複雑な課題を解きほぐすための「問い」の力を養い、自分自身と地域社会の接点を編み直す

TLAが掲げるのは「まず考える。考えて、目に見える課題ではなく、その課題の根っこを問い直す」という姿勢だ。この言葉には、地域の課題解決に取り組もうとする人々への重要なメッセージが込められている。私たちは往々にして、すでに言語化された「課題」に飛びつき、その解決策を探ることに躍起になりがちだ。しかし、そうして導き出された解決策は、本当にその地域が必要としているものなのだろうか。

TLAは、そんな問いかけから始まる学びの場として設計された。「ローカルデザイン思考」という独自のアプローチを軸に、デザイン思考の本質を学び、実際のフィールドに出て体感し、受講生たちは自分なりの問いを見出す。そして、その問いを仲間とともに深めながら、地域に根ざした持続可能な解決策を模索していく。

登壇する小田氏

2023年に開催された第1期のTLAは、全3回の講座、講座間でのフィールドワークで構成された。第1回の講座では、合同会社co-nel: 代表・MIMIGURIデザインストラテジストの小田裕和氏小田裕和氏がデザイン思考の基本を伝えつつ、受講生たちと共に「ローカルとは何か?」「ローカルデザイン思考はどこに向かうべきか?」という問いに向き合った。講座の中で小田氏は「新しい理想との出会いは、余白がなければやってこない」と語り、目先の慌ただしさや目的に囚われず、自分の感覚に意識を向け続ける「センスメイキング」の重要性を強調した。

第2回では、北三陸ファクトリー代表の下苧坪之典氏、Project MINT代表の植山智恵氏を講師に迎え、ワークショップなども交えながら実践者の視点から学びを深めた。「ミッションとは心の奥底にある、簡単にはブレないもの」「自分のニーズが満たされるからこそ、持続可能なアプローチになる」といった両氏のメッセージから、受講生たちは自分の内なる願いと地域課題の接続点を見出すことの大切さを知った。

こうしたプロセスを経て「センスメイキング」と自分のニーズに向き合うことの大切さを学んだ受講生たちは、最終回となる第3回の講座で、1ヶ月のフィールドワークを経て見出した「問い」を発表。太陽光発電跡地の森林復元、一次産業の担い手不足、木材の端材活用など、それぞれが既存の課題を深く掘り下げ、新たな視点での問い直しを試みた。

講座を通じて受講生たちは、地域課題を単純化せず、自分自身の感覚や願いに基づいて問いを立てる力を養った。受講後の感想には「本気で実現したい、自分の手で形にしたいと思える未来への道が拓けた」といった声もあり、確かな手応えを残しつつ最初のTLAは幕を閉じた。

「考える」よりも、「感じる」を先に――より外のフィールドに開かれた第2期TLAのカリキュラム

2期目となる2024年度のTLAには、地域おこし協力隊員、自治体職員、企業人、学生など、立場も背景も異なる約20名の受講生が集まった。前年度から1回分増え、全4回構成となったカリキュラムは、1期目で構築された「ローカルデザイン思考」の基礎部分のレクチャーは踏襲しつつ、随所に細かなアップデートが見られた。

第1回講座ではco-nel代表の小田裕和氏による「ローカルデザイン思考」の基調講演が行われた。デザイン思考の本質である「真・善・美」と対峙する姿勢の在り方を示すなど、昨年度のレクチャーの内容を踏襲しつつも、趣向が変わったのはロケーションだ。

講演は信州大学農学部キャンパスの芝生の上で始まり、穏やかな初秋の日差しや風を肌で感じながら「自分の心地よさ、感情はどこからくるのか?」という“Whereの問い”と向き合うことで、ローカルデザイン思考のポイントとなる「いま・ここ・自分」の感覚のつかみ方を体で覚えていった。

また、今年度より「間(あわい)の探究」というワークが追加された。「りんご」と「だるま」のつながりを探るというトレーニングから徐々に抽象度を上げ、一見無関係な事柄同士を結びつける着眼点を育み、答えのない問いを楽しむ感覚を養った。このワークは、本年度のプログラムにおいて、受講生たちが自分と地域、自分と他者をつなげて思考する際の良い枠組みとなっていたように感じられた。

第2回講座は、その全体が前年度のTLAからの最大のアップデートと言えるポイントだ。「Feel Local」をテーマに、伊那谷や南信州の森・ダムなどを巡り、体感から学ぶフィールドワークを実施した。

「学生は”まず勉強”という風潮がありますけど、最初に体感がないと勉強する意欲も湧かないですよね」と語ったのは、TLAのプロデューサーであり、フィールドワークの案内人を務めたやまとわ株式会社取締役の奥田悠史氏だ。

まずは現場で起きていることを知り、実際の景色を見ることを重んじる。そこから「じゃあ、自分はどういう景色を作りたいのか」と自らに問う――そんなTLAの学びにおける「Don’t think. Feel」という原則を、受講生たちはフィールドワークの中で体得していった。

第3回講座では、ROOTS共同代表の曽緋蘭(ツェン・フェイラン)氏とfascinate代表・但馬武氏が、地域に根ざした事業づくりを語った。自然との共生を軸にした「Nature-Centered Design」や、「正しさ」より「楽しさ」で人を巻き込むアプローチが紹介された後、参加者たちはワークショップ形式で自分たちなりの問いとテーマを探究しながら、最終発表へと動き始めた。

そして最終となる第4回の講座では、「地域課題と食」「森と暮らし」「農地のあり方」「文化再考」「野生とローカル」の5グループによる最終発表が行われた。それぞれがこのTLAでの3ヶ月間の学びを活かしながら、既存の課題を深く問い直し、独自の視点で見出した新たな問いと、その解決への道筋を提案した。

こうして、2期目のTLAを振り返ってみると「頭から体へ」「座学から現場へ」という傾向の強まりを感じる。それは決して座学でのインプットをおざなりにしているという訳ではなく、自分の感覚と知識を正しく結びつけるためのアプローチとして、カリキュラムの内容がより最適化された結果だと言えるだろう。

そのうえで、昨年以上に「関係」に対しての意識が向いたと考えられそうだ。自分や地域だけでなく、その「間の探究」が重要なのだと知った受講生たちにとって、講義もフィールドワークも、グループワークも、「間」を考えながら過ごしたはずだ。

体と頭、自分と他者、理想と課題――さまざまな「間」のつながりを見出した受講生たちの、それぞれの変容

ローカルデザイン思考を実践する機会としてさらなる磨きがかかった2期目のTLAは、受講生たちにはどのような変化をもたらしたのだろうか。ここからは参加者たちの声をベースに、TLAがもたらしたものの輪郭を探っていきたい。

まず、参加者たちそれぞれの受講理由に少し触れておきたい。「漠然と自分の住んでいる地域をよくしたいと思っているが、何をしていいかわからないので、考え方を学びたい」といった“ローカルとの向き合い”を志向している人もいれば、「自分が何をしたいのか、解像度を上たい」といった“自分との向き合い”を人もいた。これらは二分される要素ではなく、人によって濃淡はありつつも、すべての受講生にその両側面があったように感じる。

第4回の各グループの最終発表の後に、受講生たちが車座に座って、TLAでの学びを振り返りながら感想を語る時間が設けられた。その中でも印象的だった発言を、いくつか要約しつつ引用する。

東京にいる時は、自分の感情の動きがよくわからなくて、第1回の講座で『その感情はどこから?』とか言われても困るなと感じていました。ただ、第2回で実際にフィールドに出て、自然との触れ合いの中で確かな感情の揺らぎを感じられて。まだわからないことが多いけど、そのわからなさを表現することで、周りからフィードバックを得られて次の発見につながるんだ、という気づきを得られました」

「これまで参加してきた講座や勉強会は、答えを知っている人から答えを聞きに行くようなものが多かった。TLAでは、答えのない問いを探究する素晴らしさに出会えた。特に印象的だったのが『間のワーク』。今では日常生活の中でも『この間(あわい)には、何が見出せるだろう?』と考えるようになって、自身の興味や視野の広がりを心地よく感じている」

「『森』『自然』『地域』という言葉になんとなく惹かれて、軽い気持ちで参加したTLAでしたが、講座が進むにつれて学びが深まり、自分が『森』の何に惹かれていたのか、その本質について深く考え、理解する道筋を得られました。実は、ここで見えてきた自分の理想、向き合いたい課題を軸に、大学で新しいプロジェクトを立ち上げたんです。一歩踏み出すきっかけをもらえて、とても感謝しています

こうした語りからも、今年度から取り入れられた新たな要素が強く心象に刻まれている様子が伺える。受講生の多くは、普段から意識的に自然に触れているわけでもなければ、自分の感覚と向き合えているわけでもない。そうした生活習慣に根ざした感性を、ドラスティックに揺さぶって変容させていくには、よりフィールドワークやワークショップに比重を置いた第2期のアプローチが効果的だったのだろう。

なかには、TLA1期・2期の両方に参加した人もいる。そんな受講者の目からは、TLAのプログラムの進化はどのように映ったのだろう。今期の講座での学びを受け、自身にどのような変容が起きたのか寺尾真二さんにコメントをもらった。

寺尾さん「昨年のTLAは、会社の同僚から『寺尾さんの好みに合いそうなプログラムがある』と勧められたのをきっかけに参加しました。背景としては、同じ会社に20年以上勤めていて『少し視野が狭くなってきているかもしれない』という気持ちがあったり。あと、いま住んでいる場所も家を建ててそれなりに経つのですが、なかなか“地元”としての愛着を持ちにくいなと感じていたりして、そうしたモヤモヤと向き合うきっかけになってくれたらいいなと考えたんです。

1期目でも期待以上の学びがあったのですが、企業人の目線で社会課題を捉えすぎたため、最終発表でHowに寄りすぎてしまった……という反省がありました。もっとWhereに寄って、自分の感覚を起点に物事を考えるクセを体に落とし込みたいと思って2期目に参加したのですが、今年は現場に赴く機会が多く、カリキュラムを通して“体で考える”という思考法がより自然と馴染む構成だったなと実感しています」

寺尾さん

寺尾さん

寺尾さん「TLAでの洗礼を受けて、会社での仕事の進め方が大きく変わりました。メンバーの多様性を尊重しつつ、それぞれの「楽しさ」と現実の「課題」をいかに結びつけていくか、その“間”をどんな物語でつなげていくか……こうしたアプローチを試みるには、相手の感覚や思いを知るための対話が必要です。そういった場面で、ここでの学びが大きく生かされているなと感じています。

地域との関わり方については、明確な答えが見つかったわけではないのですが、「間のワーク」などで学んだことを生かして、自分と地域の間にどんなつながりを見出せるか、その中のどれを太くしていくことで愛着を育んでいけるのか、長い目で探究していこうと思っています。

TLAでは年齢も所属も関係なく、同じ目線でそれぞれの価値観や感情を差し出し合い、その違いを受け入れながら共に向き合える問いを探していく場でもあります。その実践的なプロセスを通じて、あらためて対話の難しさと、それを超えるワクワクと出会い直すことができました。これからも、問いの深堀りや他者との対話によって湧き起こる自らの変容を楽しみながら、自分らしい地域や社会との関わり方を模索していきたいです」

物の見方、人との関わり方といった、自分という人間の根幹を形作っている価値観に、何かしらの変容が生まれる――単純な課題解決のフレームを伝授することに終始しないTLAだからこそ、受講生たちは揺さぶられ、気づき、そして学びをその身に浸透させていけるのだろう。

Feel local, think local――TLAから広がる探究のネットワーク

Think Local Academy 2024年度の取り組みを通じて見えてきたのは、地域課題との向き合い方における重要な転換点だ。それは「いま・ここ・自分」という視点から出発し、感覚を研ぎ澄まし、既存の枠組みにとらわれない新しい物語を紡ぎ出していくアプローチである。

第1回で示された「ローカルデザイン思考」という概念は、単なる方法論ではなく、地域との関わり方の本質的な転換を促すものだった。第2回のフィールドワークで実践された「Feel Local」の姿勢は、頭での理解を超えた身体的な学びの重要性を示した。第3回で共有された「Nature-Centered Design」と「穏やかな革命」という二つの実践は、持続可能な変革への異なるアプローチを提示した。そして第4回の発表では、これらの学びが5つの独創的な問いの創出へと結実する様子が垣間見れた。

そして、受講生の声から感じられるのは、この場が単なる受動的なインプットの場ではなく、参加者それぞれの内面の成長を支える学び舎になっているという事実だ。Think Local Academyは、地域課題の解決に向けた新しいアプローチの可能性を示唆するのみに留まらず、参加者一人ひとりが自らの感覚を信じ、ワクワクを起点に新たなプロジェクトを立ち上げ、楽しみながら継続的に探究を重ねていく勇気まで育んだのだ。

TLAの活動は、カリキュラムが終了しても終わらない。受講生たちは引き続きDiscord上で、さらに発表した提案のブラッシュアップ、社会実装を目指し、フィールドワークや実証実験に向けた準備を進めている。信大の教員たちもこの動きを継続的にサポートしようと、前のめりになって議論に参加している。ここからどのような課題解決の芽吹きが見られるのか、とても楽しみだ。

1期目からアップデートをかけ、2期目も受講生たちに多様かつ豊かな変化を与えたTLA。3期目では、一体どんな進化を遂げるのだろうか。もしかすると、1期、2期より続いてきた探究のどれかが、小さく開花を迎えている頃かもしれない。少しずつ、着実に広がっていくTLAの関わりの輪が社会にもたらす変容は、どのようなものになるだろうか。