「Think Local」の前に「Feel local」。「感じながら考える」ことの重要性
フィールドワークは、TLAにおける新たな取り組みだ。今年度、フィールドワークを実施しようと考えたのは、どういった背景からだったのだろうか。TLAのプロデューサーであり、フィールドワークの案内人の一人でもあるやまとわ株式会社取締役の奥田悠史氏は、プログラムに取り入れた意図をこう語る。
奥田悠史氏(以下、奥田)「学生は“まず勉強”という風潮がありますけど、最初に体感がないと勉強する意欲も湧かないですよね。頭優位になっているところを、どう身体優位に戻せるか。だからこそ頭でっかちになる前に、まずはフィールドに行って地域で起こっていることを感じてもらいたいんです」
体感がなければ、意欲が湧かないように、探究したい自らの問いや、挑戦したい課題も、感じてみなければ生まれない。問いを立てる前に、地域に飛び込み、目で見て、耳で聞き、手で触れる。そうやって体験したことからの中で、湧き上がってくるものに向き合う。その機会として企画された今回のフィールドワークの森生態系コースでは、信州大学農学部 伊原 正喜 准教授と奥田氏の2人が案内人を務めた。
まだ少し肌寒い午前9時に約10名の参加者がinadani seesで集合。早速向かったのは伊那市内の美和ダム。ここが、微生物研究に取り組む伊原氏の研究フィールドだという。この研究フィールドで、どのような研究をしているのだろうか。
伊原 正喜氏(以下、伊原)「僕は、微生物の力で二酸化炭素から石油代替物質を生み出すカーボンリサイクルの研究をしています。研究者と聞くと、室内にこもって研究しているイメージが強いかもしれませんが、日々こうやって地域に飛び出して、藻類の採集に取り組んでいるんです。研究室に戻って、顕微鏡を覗き込むまで目当ての微生物が採集できているか分からないので、根気のいる作業です」
微生物である藻類は水辺に生息しており、今回のフィールドワークでは栄養食としても知られる藻類の一種「スピルリナ」を採取するという。
水辺に向かってプラスチックバッグを投げ入れ、水を採取し、フィルターで濾すことで水中の微生物たちを採取する。とはいえ、採れるのは一見濁った水だけ。
「んー、本当にスピルリナ採れているのかな…?」
目を凝らしたり、においを嗅いでみたり、五感を目一杯使って目に見えない世界を捉えようとする参加者たち。
微生物の採集作業もひと段落ついてきたところで、伊原氏は野外での微生物採集がどのような価値をもたらすかについて、こんな印象的なエピソードを語ってくれた。
伊原「WHO(世界保健機関)によって、『顧みられない熱帯病』に指定されてきた寄生虫による感染症に劇的な効果を上げ、これらの病気に苦しむ世界中の多くの国・地域の人々を救ってきた『イベルメクチン』という抗寄生虫薬があります。この薬をMerck社との共同研究で創製して、2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した北里大学の大村智先生という方がいます。
大村先生は、行く先々で微生物の採集をしている方だそうです。大村先生が伊豆のゴルフ場を訪れた際に、たまたま土を採取し、その中から微生物の一種の放線菌が作り出す抗生物質を発見。それが、イベルメクチンのもとになる『エバーメクチン』だったそうです。
微生物は外部環境のちょっとした変化にも大きく影響を受けたり、微生物同士も常に捕食しあったりしているので、同じ場所に行ってもタイミングが変われば微生物の種類もまったく変わってくる。大村先生とエバーメクチンの一期一会が世紀の発明につながりました」
大村先生のエピソードは、私たちの足元(=ローカル、第1回の内容によれば「いま、ここ」)に、世界を変えるような大発見が眠っていることもあると教えてくれた。ただ、その発見も研究室の中に閉じこもっていてはなしえなかったものだ。
思考が行き詰まった時に外に出て体を動かすことでふっと閃きが訪れるように、あるいは無計画な旅で想像もしなかった出会いに恵まれるように。頭優位になるのではなく、身体優位で行動するからこそ、得られるものがあるということを教えてくれる。
人と自然の間に立ち、共に生かす道を探る研究者の役割
ダムを後にしてお昼を食べ、次に向かったのは信州大学農学部の有機生物化学研究室。さっそく、参加者たちは午前中に採取した微生物を顕微鏡で眺めてみる。
「おお!いっぱいいる!」
研究室に歓声が上がる。そこには肉眼では捉えることができない、微生物たちの小さな宇宙が広がっていた。
「あ!いた!」
ディスプレイに映し出された、大小様々な微生物たちが動き回る中に、私たちはお目当てだったスピルリナを見つけた。自然のものでありながら、人工物のように均整のとれた円柱の形をしている。ただ、一度見つけたと思ったスピルリナも、参加者が少し顕微鏡をずらしただけで見失ってしまった。
微生物を見つける難しさを参加者たちが体感した後、伊原氏は自身の研究テーマである「カーボンリサイクル」について、「人間が排出するCO2を、微生物の力を使ってリサイクルし、化学製品を生み出すことで、持続可能な資源循環のあり方を研究しているんです」と説明してくれた。
例えば、農業によってリン不足に陥り、痩せ細ってしまった農地を再生させるために、微生物に人間の排泄物を分解してもらって、新たな有機物質をつくり出し、それを農地に還元する方法を研究しているという。微生物の力を借りて、人間と自然が共に生きる方法を見つけようとしている。
伊原氏は、自身の研究とスタジオジブリ作品の『もののけ姫』には、共通点があると感じているという。
伊原「みなさん、もののけ姫のラストシーンは覚えていますか? 最後に、主人公のアシタカとサンはこんな会話をしていました。“サンは森で、私はタタラ場で暮らそう。ともに生きよう。”というシーンです。私は、このシーンを見て、2人は森と里の間に立って、共に生かし合う、再生の道を選んで、それぞれの持ち場に帰ったのではないかなと解釈しました」
「自分もアシタカのように人里に暮らしながら、森のためにできることを行い、自然と人の間を取りもつ役割を果たそうとしているのではないだろうか」──そう伊原氏は感じたという。その言葉からは、自然と人との接点を見出し、共生関係を編み出していこうという、研究者としての姿勢が伝わってきた。
伊原「私が研究している微生物の力を借りるカーボンリサイクルの技術を使えば、下水処理場で処理される人間の排泄物に含まれる大量のリンを、肥料として農地に還すこともできるかもしれません。それができれば、食料生産のループを回すことも実現できる可能性があります」
課題の根っこを深掘り、「ほんとうの合理性」をデザインする
研究所を後にしてフィールドワークの最後に向かったのは、「森をつくる、暮らしをつくる」をコンセプトにした会社、やまとわのオフィス。最初に案内されたのは、やまとわが管理している社屋裏の森。
この森の景色を前にした参加者に向けて、奥田氏は「一歩踏み込むことで課題について違う景色が見えてくる」と語る。
奥田「日本の森は課題だらけだと言われます。人の手が入らない荒廃した森林。そしてそれは、“儲からない”、“担い手がいない”からだと。でも、森の課題の根っこを深掘りすると、違う景色が見えてきます。
それは、かつては身近な存在だった森がだんだんと暮らしから離れて、森と暮らしの接続点がなくなったこと。それによって森と人が出会えない、“関わりしろ”がなくなったから、必然的に森に関心を持つ人も増えないし、担い手もいなくなっているのではないか、という視点です」
課題の根っこを深堀りしたやまとわが設定した問いは、「森とくらしの接続点をいかにつくるか?」「それをどうビジネスとして持続させるか?」の2つだ。この問いをふまえて、デザインを通じて面白さや豊かさを伝えていくためのプロダクトや仕掛けを作っているという。
プロダクトの例として紹介されたのが、「信州経木Shiki」だ。木を紙のように薄く削り乾燥させてつくる、日本伝統の包装材「経木(きょうぎ)」を復活させて、料理などに使える天然包装材として提案している。日々のアイテムとして使いやすいプロダクトであることから、森とくらしの接続点となっている。
また、ビジネスとして持続性の観点でも経木は注目だ。本来、木は水を豊富に含んでいるために伐採してもすぐに材として使えず、最低でも半年から1年、場合によってはさらに長い乾燥時間が必要になる。需要があったとしても、供給できるまでにはタイムラグがある。経木はむしろ濡れている方が削りやすい。そのため、伐採から1日で加工、乾燥させ、出荷できるという。
経木は、日常的に使う消費材でもある。継続した経木の消費は、持続的な森の間伐にもつながる。経木が使われるほど、森が再生するという好循環を生み出すのだという。人間が手を加えることで、森が持続可能になり、人間の暮らしも豊かになる。森の循環のなかに、人間も含まれている。
先ほどの伊原氏と同様に、自然の理を観察しながら、そこに適合していく経木は、「ほんとうの合理性」とは何かに気づかせてくれる。そんな奥田氏の話に参加者のメモを取る手は止まらなかった。「森の仕事は儲からない、大変だ、なんて言っていては、担い手はいなくなるに決まっています。森の仕事を楽しみ、その楽しさをしっかり伝えていく会社が増えれば森の産業はきっと変わると思うんです」と語る奥田氏の言葉が印象的だった。
身体で感じ、「見たい景色」を描くこと
朝から始まったフィールドワークもいよいよ終盤。日もかげってきた夕方、私たちは再びinadani seesに戻ってきた。一日を通して、「Feel」をし続けてきた参加者も、充実した様子ながらも、少し疲れているようだ。奥田氏は、今回のフィールドワークの総括として、第1回でも触れられた理想を描いてみてから課題について考えることの大切さに触れた。
奥田「課題から発想するのではなくて、どういう景色を作りたいかから考えることが大切です。例えば、過疎化が進み、廃村していく村の空き家は必ずしも“課題”とはいえませんよね。でも、過疎化が進んでいく村であっても“なくしたくない”、“こんな村に再生したい”と思うなら、そこで初めて空き家は課題になります。理想があるから課題も生まれるんです」
この話は、TLAの講座で度々登場する「Whereの問い」にも通ずるように思えた。空き家という課題の分析には、真因を問う「Whyの問い」は使えるが、「この村を無くしたくない」と思う気持ちは「なぜ?」の思考法からは生まれにくい。むしろ、「この気持ちはどこから来るのだろうか?」というWhereの問いこそが、理想を描くためのヒントになるだろう。
「課題からではなく、理想を描くことから」「Whereの問い」などの話は、これまでにも参加者に共有されてきた。だが、前回までは「頭」で考えていたところ、フィールドワークという機会を通じ、「身体」で感じてみて、腹落ちした部分もあったはずだ。
参加者たちは、実際に身体優位のプログラムを経験して、どのように感じたのだろうか。
ある参加者は、顕微鏡で覗いた微生物の世界の感動を擬似体験できるような「微生物カフェをやりたい」と楽しげに語ってくれた。東京の企業で働く参加者からは「身体性の正反対にあるような会社で働く中でのモヤモヤが深まった」という声も吐露された。
違和感も含めて、身体で感じたから生じるもの。この先も感じながら考えることを続けていければ、自分なりの理想を描き、自分なりの問いを立てるきっかけにつながっていくだろう。第3回では、「地域に必要とされる取り組みを作る」をテーマにした講演とワークショップが実施予定となっている。次の回で、参加者たちはどんなことを学ぶのだろうか。