「過去最も暑い」とされた夏の暑さもピークが過ぎ去った頃、信州大学 農学部キャンパスに各地から約20名の受講者が集まった。

9月にしては穏やかな日差しと、心地よい風がふく過ごしやすい気候となった当日。最初のプログラムは、タイムスケジュールを変更して、建物の外に出て、解放的な雰囲気のなかでスタートした。

受講生たちは芝生で車座になり、順番に一人ずつ自己紹介。普段何をしているのか、今日はどこから来たのか、なぜ受講したのかをゆっくりと語っていき、一巡後にアイスブレイクの時間となった。

ファシリテーションを務めた小田裕和氏が実施したアイスブレイクの内容は、2人1組になってお互いに「Where」を問うワーク。人と人との関係性、衣食住カルチャーなど4つのテーマから1つを選び、互いに「選んだその気持ちはどこから来るのか?」を問いかけ、応えていった。

心地よい気候、木漏れ日の差す芝生、車座になっての自己紹介をへて、すでにかなり受講生の緊張はとけていたが、Whereを問い合うことでさらに打ち解けられたようだ。

「ローカルデザイン思考」とはなにかを問いかける

本年度のTLAは「問いを見つけるローカルデザイン思考」をテーマとしている。「ローカルデザイン思考」はTLAにおける造語だが、この言葉はどのように解釈すればいいのだろうか。

小田氏は、「ローカル」と「デザイン思考」に分解し、それぞれの言葉の意味を説明しながら、「ローカルデザイン思考」についての説明を試みた。まず、語られたのはデザイン思考に関するよくある誤解だ。

小田「デザイン思考とは、『正解』を探すものではありません。デザインが扱うものは『真・善・美』であり、これは正解があるものではない。たとえば、『一番美しいサッカーをするのはスペインだ』『試合後に観客がゴミを拾うのはとてもいい行いだ』といった意見には、賛成も反対もあります。

このように社会に存在する様々な事象は、ひとつの正解が存在しているのではなく、私たちが対話的に構成し、作り上げたもの。私たちは現実を構成し作り直し続けることができます。一方で、対話しよう、探究しようとする姿勢を失ってしまえば、その自由を失ってしまいます。デザイナーが行っているのは、『真・善・美』を探究し、形作るというデュアルサイクルを回し続けることなのです」

デザイン思考はなにかの正解を見つけるためのものではない。続いて、「デザインは課題解決の方法である」というイメージに対しても、小田氏はそもそも課題解決とはなにかについて説明をしながら、NOを突きつける。

小田「一般的な課題解決では、現状と理想の間にあるものを課題とし、現状と理想を探りながら課題を捉え、解決していこうとします。このとき理想を自分たちで描かず、借りてきた理想をセットしてしまうと、課題も曖昧なものになってしまいやすい。そうなれば、解決もできません。

大切なのは、理想を描く力。それが豊かであれば、そこには多様な課題が生まれてくる。逆に、それが乏しければ、目先のありきたりな課題で溢れてしまう。理想を描かずして解決に気を取られてしまうと、それっぽい課題に飛びつき、解決のためのアイデアも表層的なものになってしまいます」

現状への違和感(As-Is)、理想の景色への想い(To-Be)、そして事業としてのあるべき姿(What to Do)。これら3つの要素は互いに影響し合う。目の前の違和感ばかりに囚われることなく探索を続けるには、「私たちの関心」が原動力になると小田氏はいう。

ここまで語られてきたデザイン思考のよくある誤解を修正し、実践につなげるにはどうしたらいいのだろうか。重要なのは、自分の感覚に目を向け、探究することだと語る。

小田「まず、アイデアを考える前に、自分が現状にどんな違和感を持っているか、理想に対してどんなワクワクを抱いているかに向き合い、自分なりの真・善・美を探究すること。

デザイナーの特徴は、美しいスケッチを描くことではなく、スケッチを描き続けることにあります。自ら描いたものを見て、感じる。そうすることで、新たな良さと偶然出会っていくためにまたスケッチを描く。スケッチをしながら、自分の心の機微に気づく、という感覚が大事なんです」

解くべき課題を見つけるために、自分の『真・善・美』を探究し、自分の関心を原動力にしなければならない。そのために重要なのが、「ローカル」という概念の捉え方だ。ローカルに対置される概念は「グローバル」だ。この言葉は、「全体性」や「ひとつになる」といった意味を持つ。ローカルをその対義語として捉えるのであれば、その意味は「いま、ここ」と捉えてもいいかもしれないと、小田氏は語る。

小田「ローカルについて考えるということは、いま、ここに集中し、身の回りから思考を始めるということ、つまり自分たちの感覚にしっかりと意識を向けることでもあるといえます。

時間軸をゆったりと引き伸ばし、目の前の目的性から離れ、ただそこにある感覚と向き合い、問いを立てる。そのためには、思考ではなく、感覚に焦点を当て、センスメイキングが重要になります」

ここまでの話を踏まえて、TLAにおいてテーマとなっているローカルデザイン思考とはなにか。それは、いま、ここに集中して感覚に向き合い、問いを立て、自分の関心を原動力にして『真・善・美』を探究していく営みと言えそうだ。

「自分の関心はどこにあるのか?」に向き合い、探究するための問いを生成する

概念が理解できたとして、頭で考えているばかりでは、ローカルデザイン思考は実践できない。どのように自らの関心や感覚に向き合い、問いを立てればいいのだろう?

この日、実践のために用意されたのは、「ジャーナリング」「Whereの問い」「間の探究」3つのワークだ。受講生たちは、農・食、森、エネルギー、そのほかの4つのテーマから関心あるものを選び、グループでワークを進めた。

まず、一人ひとりが選んだテーマに関してジャーナリングを実施。なぜそのテーマを選ぼうとしたのか、その気持ちはどこから来たのかと「Where」を自分に問いかけながら手を止めることなく、ひたすらと書き続けた。

ジャーナリングした内容は、グループ内のペアに共有。共有を受けた相手は、気持ちや感情が「どこから来たのか」とWhereの問いかけをして、思考や感情の掘り下げをサポートした。問いかけられた側は、そこからさらに自分の気持ちや感情を書き出していく。

冒頭のワークから時間をへて、受講生の思考や感覚もほぐれていたのか、よどみなく言葉を書き出していた。

このジャーナリングとWhereの問いのワークは、昨年度も実施した内容だ。今年度は、ここからさらに先に進んで、新たなワークである「間の探究」が行われた。

小田「デザイン思考において、間を見る力は大切です。たとえば、新幹線の形はかものはしの嘴(くちばし)からヒントを得て開発されています。新幹線と、かものはしの間にどのようなつながりがあるかは、すぐには見つかりませんが、こうしたつながりを見出すことも重要です。

今回の講座では詳しく説明しませんが、『間の探究』のワークは現象を観察し、そこから仮説を導く『アブダクション』という推論の考え方を参考にしています。2つの一見つながりがなさそうな事象と事象の間に、どのようなつながりが見出されるのか。観察をしながら、面白がって考えてみることで、見えてくるものがあるはずです。

社会に存在する複雑な問題を解くためのヒントも、間を探究することで見えてくることも多い。まずは、間を見る練習をしてみましょう」

そう語った小田氏が表示したのが、りんごとだるまの画像が並んだスライドだ。受講生たちは2つの類似点について、「色合い」「欠けている部分がある」「供え物として使われる」などのつながりを挙げていった。

わかりやすく発見できるつながりだけでなく、その間をもっと面白がって考えてみるとどうなるだろう?なにかの物語を見いだすとしたらどうなるだろう?そんな問いかけもされながら、受講生たちは間を探究する練習を重ねていった。

練習を行ったあとは、各グループで選んだテーマと自分の間にあるつながりを考え、そのあとそのつながりをグループ間で共有するとしたらどのようなつながりがあるのかを考え、物語にするという時間を過ごした。

間からつながりを見出し、つながりから面白さを見出す。見出した面白さから物語をつくる。物語にしてみたら、さらなる面白さが見出されたり、仮説が発見できるかもしれない。いずれにせよ、大事なのは面白がることだ。それがなければ、つながりは見いだせない。

自分の関心と考える対象の間、そして自分の関心と他者の関心の間。これらの間を面白がり、自分の関心を広げて、「私たちの関心」にしていくためのつながりを探るワークとなった。

今回は、フィールドに出る前にインプットしておくべき姿勢や思考を共有した。次回は、テーマごとに実際のフィールドに出て、視察を行う。現場を肌で感じることで、受講生にはどのような感覚が芽生えるのだろうか。