つくりたい未来なくして、課題は生まれない

講義に先立ち、主催者である信州大学アグリ・トランスフォーメーション推進室副室長の宮原大地氏は「皆さんと一緒に、いい意味で“大学っぽくない学びの場”にしていきたい」と意気込みながら、受講生にエールを送った。

宮原大地氏:
TLAは、地域のよき未来をつくり、社会変革を担うプロジェクトとして立ち上がりました。今回、大学生と社会人合わせて計20名にご参加いただいていますが、半数はわざわざ県外からお越しくださっています。その熱意に感謝すると共に、あらためて答えの見えない地域課題が各地に散在しているのだなと感じさせられました。

皆さんには「ローカルデザイン思考」「ローカルデザイン実践」「興味を見つけるワークシショップ」という3つの座学を受けてもらった後、およそ1カ月に及ぶ「リサーチとフィールドワーク」を通して、自分が向き合いたい、向き合うべきと思える“問い”を探し出してもらいたいと思っています。

目に見える課題ではなく、その根っこから問い直そう……というのが、TLAの大きなコンセプトです。皆さんの柔軟な視点や発想が、私たち信大の持つリソースと繋がって、新たな研究や事業の種が生まれてくれたらいいな、と期待しています。ぜひ、この場を存分に活用してください。

(TLAの立ち上がった経緯、込められた思いについては、こちらの記事をご参照ください→複雑な課題を解くためのツボを押す──信州大学 Think Local Academyが「問い」を起点に仕掛ける”農の変容”

課題の根っこから問い直す、そのためにデザイン思考が生きてくるはず――宮原氏の挨拶を受けて、TLAの設計・コーディネートを担当したやまとわの奥田悠史氏も続けて話した。

奥田悠史氏(以下、奥田):
課題はなぜ生まれるのか? それは「つくりたい未来があるから」なんですよね、本来は。それが今は「課題が山積みで大変だ!」と、自分たちの望みをすっ飛ばして、目先の困り事にばかり気を取られてしまっているケースが、とても多いなと感じています。

課題からスタートするのではなく、その手前で私が、私たちが何を望んでいるのか、真摯に向き合う。その足がかりとなるよう、「ローカルデザイン思考」の講義を設けました。今日の場を通して、自らの興味やモヤモヤから問いを立てていく感覚を、皆さんにつかんでもらえたら嬉しいです。

「〇〇じゃないデザイン思考」から見える、飽くなき探求の地平

「今日は、『デザイン思考は〇〇ではない』という話から始めたい」

講師を担当する小田氏は「ローカル×デザイン思考という切り口で何を話すべきか悩んだ」と前置きしながら、こんな言葉から講義の語りをスタートさせた。

登壇する小田氏

小田裕和(おだ・ひろかず)株式会社ミミクリデザイン ディレクター/デザインリサーチャー。東京大学大学院 情報学環 特任研究員。千葉工業大学大学院工学研究科博士課程修了。 博士(工学)。千葉県出身。新たな価値を創り出すための、意味のイノベーションやデザイン思考といったデザインの方法論や、そのための教育と実践のあり方について研究を行なっている。

小田裕和氏(以下、小田)
日本では2010年代からデザイン思考がある種のブームになったのですが、単純化されたハウツーの紹介が先行してしまって、少し矮小化された形で広まってしまったのではないかな……とも感じていて。

たしかにデザインの方法論は、課題解決の糸口を見つける道具として、有効に働くケースが多いです。けれども、僕はデザインの力、デザインが持つ楽しさって、もっと自己や社会との向き合い方を本質的に変えて「もっと考えたい、人のためになる何かをつくり出したい」という気持ちをかき立てるものだ、と信じています。

なのでこの場では、「デザイン思考とは〇〇である」という定義の紹介ではなく、まずは僕がデザインにおいて大事だと思っていることを「デザイン思考とは〇〇ではない」という形で3つ、共有していきたいと思います。

これまでに小田氏は、さまざまな研究機関や組織の中で、デザイン教育の研究と実践を積み重ねてきた。そんな同氏が自身の知と経験から提示する1つ目のポイントは「デザイン思考とは、正しい『正解』を探す方法ではない」というものだ。

小田:
これは、アートとデザインの差異を意識すると、理解しやすくなると思います。自分の中の「真・善・美≒良さ」を探り続けるアートと違って、デザインは自分以外の誰かの「良さ」を考える行為です。

変化し続ける他者や社会にとって何が「良い」のかを探り、その「良さ」が体現される状況を実現するために、働きかけていく。そこには、誰しもに当てはまるような唯一の正解はない……という意識を常に持っておくことが大切です。

2つ目に挙げたのは「デザイン思考は、課題解決の方法、というだけの話ではない」という言葉だった。小田氏はここで受講生たちに「皆さんは『問題』と『課題』の違いをどのように識別していますか?」と問いかけた。

小田:
「問題」とは、理想と現実にギャップがある状態のことを指します。一方で「課題」とは、現状から理想的な状態に変わろうとする際に立ちはだかる障壁のことです。ここで大事なのは、どちらも「理想」なしでは語れないものだ、ということです。

理想を描く力が豊かであれば、そこに多様な課題が生まれてきて、よりよい未来を目指すことができます。しかし、理想を描く力が乏しければ、ありきたりな課題ばかりが浮かび上がってくる。それを解消しても、根本的な状況の改善には繋がらなりません。

「もっと簡単に」「もっと便利に」といった目先の分かりやすい課題に囚われずに、「自分は、自分たちはどんな未来を望んでいるのか?」と、広く長い視点で理想のイメージを思い浮かべていきましょう。

そして、最後の3つ目に掲げたのは「デザイン思考は、良いアウトプットを生み出すためのもの、というだけの話ではない」というフレーズだ。

小田:
デザイン思考のフレームに「ダブルダイヤモンドモデル」というものがあります。すごくかいつまんで説明すると「発散と収束を2回繰り返すと、良いデザインが生まれるよ」という理論なのですが、これは「2回やったらゴール」と誤解されがちです。

最初のポイントにも繋がりますが、デザインに正解はない以上、その探索に終わりはありません。仮に何か答えらしきものができても、その時点での「暫定解」でしかない。だからこそデザイナーは、常に誰かの「良さ」を探究し続けるし、それを継続するための鍛錬を怠ってはいけないのだと思っています。

(小田氏が講座で使用したスライドより抜粋)

受講生の中には「デザイナー」、「デザイン思考」という言葉に、距離を感じていた人も少なくなかっただろう。終始、柔らかいトーンで展開された小田氏のレクチャーだったが、話が進むにつれて、少しずつ会場の空気が締まっていくように感じた。「ローカルにとって、より良い未来を描くデザイナーたれ」というメッセージを、それぞれが自分ごととして受け取っていたに違いない。

ローカルから余白が、余白から理想が、そして理想が世界を

ローカルデザイン思考――本講義のタイトルにもなっているこの言葉は、一般的な概念として存在するものではない、TLA独自の造語である。ここまで語られたデザイン思考が“ローカル”と出会うとき、どのような化学変化が起こるのだろうか。

会場には小田氏が講義で使用したスライドをプリントアウトしたものが並べられ、受講生たちが感想や質問を書き込んだ付箋を貼り付ける時間が設けられた。その内容を見ながら、小田氏は受講生たちとコミュニケーションを取りつつ、対話的に学びの場をつくり上げていた。

小田:
なぜ、「ローカル」という視点が大切になるのか? TLAだからこそ、今一度「ローカルとは何なのか?」を、ここから皆さんと一緒に考えていきたいです。

こう前置いて小田氏が語り始めたのは、ローカルという言葉の起源についてだった。元は「場所、スポット」を示すラテン語のLocusから派生した単語で、13世紀頃からは古フランス語で「局所的」という意味で、14世紀には医学用語として「体の特定の部分に限定される」という意味で用いられるようになったそうだ。

語源が持つ身体的な意味合いを汲んだ上で、小田氏はローカルという言葉を「いま、ここ」と捉えても良いかもしれない、と述べた。

小田:
ローカルの対局にある「グローバル」は、「全部ひとつになる」といった単一化のイメージが強いですよね。何かこう、余白なくどんどん情報に埋め尽くされていくような感じで。それに対してローカルは「いま、ここ」と向き合える余白が残されているよな、と感じます。

「いま、ここ」と向き合う余白。その言葉を聞いたとき、今日の会場に辿り着くまでの道中の記憶が蘇った。側溝に流れる水の音、風の心地よさ、木々の香り、空の青みが淡く秋めいていたこと……もし、この講座が都会で開催されていたら、こんな感覚は思い起こされなかっただろう。

小田:
余白の中で、私たちは自分の感覚に意識を向け続けること――いわゆる「センスメイキング」が可能になります。これが、理想を考える上でとても重要なんです。

「真・善・美」って、本質的には人間の感覚によって構成されているものだから、センスメイキングができてこそ見えてくるんですよ。つまり「新しい理想との出会いは、余白がなければやってこない」といっても過言ではありません。

思考の時間軸をゆったりと引き伸ばし、目先の慌ただしさや目的に囚われず、ただそこにある感覚と向き合って問いを立てていく。そうすることで、私たちは良き「ローカルデザイン」の入り口に立てるのだと思います。

「考える」のではなく、その前に何を「感じた」のか。思考ではなく、感覚を捉えることに焦点を当てる……言葉では理解できるものの、いきなりセンスメイキングを実践しようとしても、なかなか要領は得にくそうだ。

そんな私の、及び受講生たちの当惑を察知していたのか、小田氏は次にワークを用意していた。それは、二人組になって「先週までで『最も自分の心が動いた瞬間』を思い出し、その時の心の動きを“Why?”ではなく、“Where?”で問う」という、至ってシンプルなものだ。

小田:
「なぜそう感じたの?」と聞くと、合理的な理由を探し始めてしまうんですよね。それを「その感じは、どこから来たの?」と問い方を変えて深掘りしていくと、Whyでは辿り着けない、自分のプリミティブな感覚、感情があらわになってくるんです。

もちろん、最初からそこまでうまくいくとは限りませんが、感情の起源を物理的に遡っていくイメージで捉えていくと「あ、これは普段あまり目を向けていない気持ちだな」と、何らかの新しい気づきが、きっとつかめると思います。

ふと、「探さなきゃね、君の涙のふるさと」という歌詞のワンフレーズを思い出した。涙は感情の物質化と言えるだろう。それが「どこから来たのか?」と、問うていく。彼にも故郷があって、一緒に訪ねる旅に出る……そんなイメージが脳裏に広がる。“Where”の問いかけには、感情を客体化、外在化して、向き合いやすくする効果があるのだなと実感した。

小田:
「なぜ?」と問うと、相手が一人でうんうんと悩んで考える感じになるんですけど、「どこから?」だと話し手と聞き手が一緒に探索しにいく感覚になれるんですよね。

デザイン思考とは、相手の感覚的な「良さ」を理解するところから始まります。「どこから?」の問いかけは、そんな共感からスタートするデザイン思考の足がかりとして、至るところで役に立ってくれるはずです。

我がためと、他がため――共存させるための知恵を

講座の最後は、グループで「ローカルデザイン思考」の講義から得られた学びを画用紙にまとめるワークで締めくくられた。こんな気づきがあった、この考え方はこういうケースに役立ちそう……感想を語り合う言葉は熱を帯びていて、「早く実践のフィールドで生かしたい」という心の躍動が、会場にあふれていた。

受講生たちの感想の発表を聞いた後、小田氏と奥田氏がそれぞれ次のようなコメントを残して、初回のTLAは幕を下ろした。

小田:
皆さん、今日はおつかれさまでした。これから第2回の実践者の講義を経て、実際にフィールドワークをしていくことになりますが、とくに今日の「その人の感覚を、Whereで一緒に探る」という方法を意識してヒアリングなどしていくと、見える世界がかなり変わってくると思います。

相手の感覚に寄り添い、そして自分の感覚にも意識を向けてあげること、向け続けることを、どうかこれから大切にしていってもらえると嬉しいです。それが「より良い明日、より良い世界」のデザインに、きっと繋がります。

 

奥田:
デザイナーって「誰かのためと、自分のためを行き来し続ける人」なんですよね。

ローカルの課題解決は、自分のためだけじゃ成し得ないし、誰かのためだけじゃ続かない。だからこそ、最初に小田さんの、デザインの話を皆さんに最初に聞いてもらいたいと思ったんです。

今日の講座でも多くのヒントがありましたが、「自己の理解」の理解、「他者≒ユーザーの理解」の理解をするためのノウハウが、デザイン思考には詰まっています。これらを学ぶと、何かの課題と向き合うときに、幽体離脱して俯瞰するようなイメージで、先の理想まで見通せるようになってくるはずです。

ぜひ、これからのTLAの場を通して皆さんの理想を見つけ、そこに向かうための問いをたくさん立てていきましょう! 

ローカルに根付く課題は複雑で、解決に向き合うのはとても骨が折れる――これは揺るぎない事実だろう。しかしながら、小田氏の語りから、あらためてローカルが私たちにもたらしてくれるものの豊かさを感じとることができた。

TLA流の「ローカルデザイン思考」の手解きを受けた受講生たちが、自分の湧き出でる感情に目を向け、これからどんな理想を描き出すのか……そのプロセスを楽しみにしながら、残りに2回のTLAのレポートを続けていこうと思う。

TLAを主催している「信州農X実践フィールド」のHPはこちら