地域課題の問い直し、実践したら何が見えてきた?

これまでの講座、そして今回の発表の会場となった伊那市産学官連携拠点施設「INADANI SEEDS」。農と森や伊那谷の自然資源を生かして、持続可能な地域を想像するための「企て」を生み出し、それを見えるカタチに変えていく場所として、2023年4月にオープンした。

「“地域課題”を単純化しない」

「目に見える課題ではなく、その根っこを問い直そう」

そんなフレーズを掲げてスタートしたTLAは、これまで『ローカルデザイン思考』『ローカルデザイン実践』『興味を見つけるワークショップ』の3つの講義を展開して、自分の深層にある欲求と地域の課題の交点の探り方、自分の切実なニーズを起点とした問いの見いだし方を学んできた。

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その後、受講生たちはそれぞれの内面に抱えるモヤモヤと向き合った上で、「ローカルには面白い仕事がないって本当なの?」「ゴミとして捨てている未利用資源、もっと上手に活用できない?」といった、信州の地域課題を象徴する問いを起点とした7つのチームに分かれ、それぞれ1カ月のフィールドワークを行なってきた。

TLA第1回の講座にて共有された資料より

いわゆるビジネスコンテストとは異なり、TLAの趣旨は何かを形にするためのアイデアを考えることではない。「既存の表面的な課題を、深く問い直すこと」に重きを置いている。企画者である信州大学アグリ・トランスフォーメーション推進室副室長の宮原大地氏、株式会社やまとわ取締役の奥田悠史氏も、当初から再三「このフィールドワークで、無理に答えとなるようなアクションやビジネスプランを打ち出す必要はない」「心から向き合いたい、皆とともに解決したい問いを見いだしてほしい」と訴えてきた。

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こうした語りかけと、ここまでの学びが、受講生たちの思考にどのような変化を生み出したのだろうか。印象的だったいくつかのグループの発表のポイントをサマリーしながら、会場の熱の片鱗を伝えていきたい。

「思考の根を伸ばす」ための踏み止まり、溜めが生む視点の深み

まず紹介したいのは「太陽光発電跡地の森林復元の問題」に取り組んだグループだ。近年まで脱炭素社会の実現に向けて脚光を浴びてきた太陽光発電だが、その用地を確保するために、これまで多くの森林が拓かれてきた。令和元年だけでも、太陽光発電の用地として転用された森林は、東京ドーム約800個分に及んでいる。

こうした開発は「FIT・FIP制度」と呼ばれる国の再エネ買取制度があるおかげで、事業として採算が取れるからこそ進められてきた。しかしここ十数年で、FITによる電力の買取価格は値下がり続けており、それに伴って元林地の発電所を放棄する事業者が増えてくるのでは……と懸念されているのだ。

発表資料より

こうした背景から生まれているのが「元林地だった太陽光発電の跡地を、どうやって森として再生していくか?」という問いだ。ストレートに考えれば、開発者側への規制や再生に向けた具体的なノウハウのリサーチへと展開しそうなところだが、このグループの受講生たちはまず「思考の根を伸ばすために」と、それぞれが近隣の森林を散策して「森を好きだと思う気持ち、いいと思う気持ち」と向き合う時間を取って、そこで感じたことをシェアし合ったという。

そして、同じ「森を愛する気持ちを持つ者同士でも、思いの違いがあることを理解した上で、「開発する側の人たちは森に対して、どんな気持ちを持っているのか?」を確かめるため、再生エネルギー開発に携わる関係者のヒアリングに移っていった。

発表資料より

拙速な開発行為そのものを問題視するのではなく、ディベロッパーたちの思惑や地域住民たちの森に対する情念まで視野に入れて思慮を深めたことで、問いの主題を「跡地をどうやって再生していくか?」から、「跡地再生への意識を醸成するために、関係者にどんな働きかけができるか?」にシフトさせていった。

発表資料より

発表後の質疑応答では「“森に対する思い、愛”を地域でどのように育んでいくか?」という観点でのディスカッションが活発に行われ、オブザーバーとして同席していた信州大学の教員からは「ステークホルダーにアプローチする上での世界観が格段に広がった」とのコメントが上がった。

人材不足の課題、掘り返したら世代交代のチャンスに? カギは「ワーカーズコープ」がもたらす流動性

「一次産業の担い手不足をどのように解消していくか?」という課題をテーマにしたグループは、原因の探究のための発散の議論に、多くの時間を割いたと語った。当事者たちのリアルな声や各国の取り組みなどを幅広く調べ上げ、それらの情報をオンラインホワイトボードツールの「miro」に並べていった。

発表資料より

発表資料より

途中、「検討する要素ばかりが増え続けて、一向に出口の見えない状態に焦った」こともあったそうだが、粘り強く議論を続けたおかげで「問いの本質は、従事者の自己実現の精度を高めるための“流動性”をどのように担保するか、なのでは?」という仮説にたどりついた当グループ。日本労働者協同組合への識者ヒアリングなども実施した上で、CSA(地域支援型農業)とワーカーズコープの仕組みを組み合わせた人材流動のエコシステムのイメージを共有しつつ、「システムが硬直しないように、人材間の知識交換や関係調整を行なうプレイヤーをいかに確立し、増やしていくか?」という新たな問いを提示した。

発表資料より。担い手や不足、後継者不在といった課題を「世代交代・組織構造の刷新のチャンス」と捉え直して、一次産業全体の人材やノウハウの流動性を高めるためのエコシステムを構築するには「ワーカーズコープ」のような存在がカギになるのでは、という問いかけを図示した

この発表に対して、信大の教員からは「土地に縛られないファーマーの可能性を提起してくれた」と感銘の声が寄せられた。発表者も「この問いを起点に『楽しむ農業/学ぶ農業/生きるための農業』といったさまざまなレイヤーにいる一次産業従事者が自由に階層間を行き来しながら、それぞれがフィットする場所探しができるような環境づくりを模索していきたい」と、今後を見据えた意気込みまで熱量高く語っていた。

6割以上が商品にならない木材、活路を開く研究シーズを探し求めて

「木材の端材がほとんどゴミになってしまう現状、どうにかならない?」という課題と向き合ったグループは、木製品の製造過程で元の木の6〜7割が商品価値のない端材になっていく問題の現状を知るために、信大農学部のキャンパスにほど近い伊那市内の林業事務所や製材工場、木材加工の工房などを見学。当初は「そもそも製造過程でもっと端材を減らす工夫はできないのか?」という仮説を持っていたものの、関係者へのヒアリングを通して、端材の発生は避けられないものであることをあらためて理解した。

発表資料より

その後、グループ内でディスカッションを続け「端材がゴミにならないよう、木材流通の全体をデザインし直すには、何が必要か?」という、課題を取り巻く流通システム全体に視座を広げたところで、新たな問いを設定し直した当グループ。端材の利活用のヒントを探るべく、信州大学で素材研究やきのこの栽培研究をしている教授たちへのヒアリングに舵を切った。

「木粉化した端材を脱プラ素材に転用できる」「きのこの栽培に端材が生かせる」――専門家への聞き取りから端材活用の光明を得た当グループは、それらの研究シーズを木材流通のどのプロセスに生かせるかを検討。「持続可能な森林づくり」という循環を生み出すためのシステム図を作成し、このような循環を実際に生み出すためには、今後どのような取り組みや人材が必要か……といった具体的な問いを会場に提示して、さらなる議論を誘った。

 

発表資料より。信大の教授たちへのヒアリングから、端材の利活用の方向性として「ポリプロピレンの代用となる新素材開発」「きのこの培地への利用」が見えてきたところから、「きのこハンター協会」を軸にした森と人とを繋げる取り組みを立ち上げるのはどうか、といった具体的な提案まで展開された

現場のフィールドワークから問い直しを行なった上で、新たな研究シーズを探索し、それを生かしてどのような”望む世界”が実現するのかを描いてみる――ここまでの学びが実直に生かされた発表の内容に、教員からも「ぜひ、ここに描かれた循環の実現に向けて、これから協働していきたい」との声が上がった。

これまで紹介した3つを含めた7グループとも、既出の課題をそのまま取り扱うのではなく、対話やフィールドワークを通して得られた自分の感覚から「どこにモヤモヤするのか、どうなったら私も皆も心地よいのか」と、真摯に問い直しを行なってきた。その結果、表面的な解決策では手の届かなかった、複雑な課題を解きほぐす「ツボ」となりそうな新たな問いの芽が、この場にいくつも顔を出していたように思う。発表後、信大の教授たちを中心に広がった熱心な質疑応答の様子からも、この場が示したものの尊さを伺い知れた。

市民と大学の目線と熱が揃うとき、巻き上がる「新結合」

「こんなにインスピレーションを得られる発表の場はなかなかないと思う、正直ビックリました」――すべてのグループの発表を終えた後、第1回で講師を勤めた株式会社MIMIGURIのデザインストラテジスト・小田裕和氏は、冒頭にそんな言葉を添えて、講評を語り始めた。

小田裕和氏

小田裕和氏
安易に解決に向かうアイデアに落とそうとしていないからこそ、少しザラっとしているけど、「ここから何かが始まりそうだな」という予感を引き出す問いのかけらがたくさん見えた場だったなと。僕も聞きながら、たくさんのアイデアが頭をよぎって、とてもワクワクしました。ここから1日かけて語り通したいくらいです(笑)。

大事なのは「探究の一歩目をいかに踏み出せるか」だと思っています。踏み出すと、まだ言葉にできていない「暗黙知」が見えてくる。この暗黙知の追求こそが、世の中に新しい価値を生み出していく行為に他なりません。わかりやすく形式知化しやすいものに焦点が当たりやすくなりすぎている昨今で、皆さんがここで共有してくれた「問い」は、貴重な暗黙知への手がかりになるものばかりでした。

皆さんはこうして今、とてもいい形で、探究の一歩目を踏み出せています。一緒に深くまで潜れる仲間もそばにいる。ぜひ、TLAを企画したやまとわさんや信大の教職員たちを巻き込んで、暗黙知をどんどん世界に共有していってほしいなと願っています。

その後、発表に同席していた信大の教員の方々から熱のこもった講評が続いた。最後にマイクが渡ったのは、TLAの企画者である信州大学アグリ・トランスフォーメーション推進室副室長の宮原大地氏だ。

宮原大地氏

宮原大地氏
皆さん、本当にお疲れさまでした。忙しい中でよくこれだけの発表をまとめてくださいました。今回の学びの場を通して「大学のリサーチ」と「地域課題の探究」の親和性をあらためて実感してもらえたのではないでしょうか。

大学の研究はよく「砂山に砂粒を積み上げる」ようなものと表現されます。一見すると変化はないけれども、多くの人たちの地道な積み上げが、いつの日か陽の目を浴びる山となる。そこに必要なのは、簡単に諦めない関係者全員の哲学、思い、熱量なんですよね。

今回のTLAのプロセスの中で、皆さんと信大の教職員の熱量が一体になる瞬間を、幾度となく体感しました。企画前から「こんな場があったら社会はよくなるはずだ」と願っていた空間、まさにそのものになったなと感じています。

イノベーション理論の提唱者であるヨーゼフ・シュンペーターは、その概念の根幹を「新結合」という表現で示しました。私は、人と人の結びつき、すなわち「結合」こそが、社会を変えていく原動力になると信じています。この場で生まれた結合が、数年後のイノベーションにつながることを、心から期待しています!

こうして4か月弱にわたる講義とフィールドワークにひと段落がついたTLAだが、走り出した問いの探究は、まだまだ終わらない。発表した7チーム中から、さらなる活動の継続を希望した最大3チームに信大より予算が付き、より具体的な課題解決に向けてプロジェクト化することが決まっている。

発表を終えたばかりの受講生に感想を聞いてみると「“答えを導くこと”を目的にしないで、ただただ自分たちの願いをありのままに差し出し合いながら話すこと。その対話の時間自体に幸せを感じた」「本気で実現したい、自分の手で形にしたいと思える未来への道が拓けた」などと、熱っぽく心境を共有してくれた。

時間の都合上、全員へのヒアリングは叶わなかったが、話を聞けた数名は皆「自分の心からのニーズ、願いと向き合って、ありたい理想を描きながら問い直すことが大切」「そうして見つけた問いの先には、ワクワクしながら取り組めそうな解決の方策がある」という実感は強く持てたそうで、TLAで学んだ問い直しの姿勢を仕事や私生活、家族や知人たちとの対話の中でも生かしていきたいと語っていた。

「担い手不足」「耕作放棄地」などと、言葉にしたらシンプルに言い切れてしまうローカルの課題たち。しかしながら、本当はその奥に、たくさんの地域の問題が複雑に絡み合っている。そうした背景を単純化しないで、複雑なまま受け止めて解きほぐし、新たな「問い」を見いだしていく――そんな力を養う場として企画された、Think Local Academy。今日の発表の内容と受講生や宮原氏の声を参照すれば、その企みが実を結んだのかどうかは明白だろう。

私たちはどうしても、扱いやすそうで、解決しやすそうな対象を「課題」に見立ててしまいがちだ。そこで「その先に本当にありたい未来が待ってるか?」と踏みとどまって、他でもない自分こそが向き合うべき「問い」がどこにあるのかを、じっくり探してみること。その先にどんなワクワクする景色が広がるのかを提示してくれたTLAという場に、「ここから地域社会が変わるかもしれない」というたしかな手応えと希望を感じた。