地元の資産を見直したら、世界を救う術が見つかった?

下苧坪之典(したうつぼ・ゆきのり):岩手県洋野町(旧種市町)出身。カーディーラー、保険会社などを経て、2010年に帰郷し、株式会社ひろの屋を創業。2016年に天然うに加工販売の事業を開始。2018年には株式会社北三陸ファクトリーを設立し、産学官連携でウニ養殖の研究開発事業を開始。2023年よりオーストラリアのメルボルンに現地法人を設立し、うにの再生養殖の技術を国内外に広めている。

「皆さんは、今の自分の地元、そしてこの日本が、このままでいいと思っていますか?」

第一部『ローカルデザイン実践』の講師を務める下苧坪之典氏は、冒頭から会場全体に問いかけた。普段から現場で張り上げているからだろうか、その声は少しかすれ気味で、穏やかながらも太く逞しい響きがした。下苧坪氏は2010年に地元である岩手で水産加工販売の会社を立ち上げて以降、一貫して「ローカル」と直向きに対峙してきた人だ。

父の病気を機に、就職後から離れていた故郷である岩手県洋野町に戻った同氏。水産業が衰退して賑わいを失った海辺の様子を見て、「ここで暮らす子どもたちがちゃんと希望を持てるような、かつての活気ある原風景を取り戻したい」と心に決めたそうだ。

その後わかめの養殖・加工・販売の仕事を始めた同氏だったが、半年ほどして東日本大震災が発生。すべてを津波に飲み込まれて絶望しかけたが、それでもなお「あの頃の故郷の賑わいを取り戻したい」という気持ちは消えなかったと話す。

下苧坪之典氏(以下、下苧坪):

多分、震災がなかったら、今の事業にはたどり着いていなかったと思います。すべてなくなって「もう今まで通りのやり方じゃ、ここの水産業は再生できない」と吹っ切れた。それが、私にとっては大きな転換点となりました。

そこから「うちの地元が誇れる地域資源は何なのか?」と歴史や地理のリサーチをして、やっとの思いで見つけたのが、うにの養殖でした。洋野町は世界でも唯一の「うにを育てるための“仕組み”」を持っていたんです。

同時期に、洋野町だけでなく日本各地で、うにが海藻を食い尽くして海を荒らす「磯焼け」という現象が起きていることを知りました。生育環境をコントロールできれば、害を及ぼすウニを宝に変えることができるかもしれない……そんな思いを胸に、うにの養殖事業に飛び込みました。

下苧坪氏は、北海道大学などをはじめとした産学官と連携をしながら、うにの養殖技術の研究・実践に、文字通り心血を注いだ。そして、「うに」と「海藻」の両方を再生させる「UNI-VERSE SYSTEM」の開発に成功した。

下苧坪:
磯焼けを起こしているうにの多くは餌が足らずやせており、そのままでは商品にならないものが多いんですね。このシステムではそんな「やせうに」を捕獲し、独自の技術で養殖を行うことで、食用としての価値を生み出していきます。そのプロセスの中で積極的に藻場の再生にもアプローチすることで、人も魚も環境もどんどん豊かになるサイクルをつくっていくことができるんです。

2023年にはオーストラリアに初の海外拠点となる現地法人を設立し、本腰を入れて世界の海の課題解決に乗り出し始めました。小さな地域で育まれた資源が、今こうして世界に羽ばたこうとしています。皆さんの住む地域にも、ローカルだからこそ培かれてきた誇るべき素晴らしい文化や技術がきっとあるはずです。

(講演中のスライドより抜粋)

言葉遊びに囚われず、奥にある「切実さ」に突き動かされろ

第一部の講義の後半は、TLAのコーディネーターであるやまとわの奥田悠史氏とのセッションに当てられた。奥田氏が受講生の数名に感想を聞くと「何の知識も経験もない状態からうにの養殖を始めたエピソードに、並々ならぬエネルギーを感じた」といった声が多く寄せられた。それを受けて奥田氏は「活動の熱量はどこから来るのか?」と下苧坪氏に尋ねた。

下苧坪:
何というか、もう「やるしかない、とにかく動くしかない」と思ってたんですよね。もともと好奇心はあるほうなので、新しいことにチャレンジするのが好きなのも幸いしていたと思います。

そういうときに心がけているのが「後先を考えないこと」。いろいろ考えすぎるとたくさんの課題が見えてきて、踏み出すのを躊躇してしまうから。あの時は「故郷の活気ある海を取り戻す」という重要なミッションをいかに達成するか、ただそれだけに集中していました。「ミッションをぶらさずにやり切る」という意思が大事だと思います。

この場に集まっている受講生たちの多くも、地元に対して何らかの課題感を持っている。しかし、今はまだ課題の言語化の過程であり「ミッション」と呼べるような形で自分の中で結実していない人たちがほとんどだろう。そんな“ミッション以前”の状態にある私たちにとって、補助線になり得るような言葉を、下苧坪氏は続けて投げかけてくれた。

下苧坪:
今「ミッション」という言葉を使いましたが、「ミッション、ビジョン、バリュー」とか、なくてもいいと思うんです。社員に伝わらないことも多いですし(笑)。

ミッションとは、心の奥底にあるもの。日々のモチベーションの上がり下がりなどでは、絶対に崩れたりブレたりしないもの。何としてもやり遂げたいこと、変えたいことが見えてきたら、覚悟と共に芽生えてくるものです。

作ろうとしてできるものじゃないから、無理に作らないほうがいい。最初から大きなミッションを掲げてしまうと、疲れて続かないです。時が来れば、自ずと形になっていくものだと思います。

何としてもやり遂げたい、変えたい――それは小手先の知識や経験にひもづくものではなく、自分という人間の根幹から湧き出てくるような情動とリンクするものだろう。初回の講座では「センスメイキング」を通して、そこにアクセスすることの重要性が説かれていたことを奥田氏は指摘しつつ、下苧坪氏の言葉を受け取って次のように語った。

奥田悠史氏:
地域、社会を変えていくのは「切実さ」なんだなと、あらためて感じました。「このままじゃマジでダメなんだ」という危機感を本気で突き詰めていくと、やるべきことが自然と定まってくるのだなと。

僕も森を相手に、大きな環境課題と向き合う仕事をしていますが「自分が何かをやっても社会は変わらないんじゃないか」と思うことは度々あります。けれども、本気でやれば、絶対にそんなことはなくて。切実なローカルの課題解決は、往々にして同じように思い悩んでいるほかの地域の役にも立つんですよね。

下苧坪さんのお話を聞いて、きれいな言葉になる前の、ぶれようのない思いと向き合うことの大切さをあらためて実感できました。

対話をしたいなら、考えなしに「聴け」

植山智恵(うえやま・ともえ):津田塾大学卒。ソニー勤務後、米国にてEdtech、次世代教育リサーチ業務などを手がける。2019年ミネルバ大学大学院修士課程を修了し、日本に帰国。2020年に元ミネルバ 大学教授のGloria Tam氏と共同でProject MINTを立ち上げ、徹底的に個の内的動機を引き出す「大人向けの次世代教育創り」を手がけている。

第二部の「興味を見つけるワークショップ」では、株式会社Project MINT代表の植山智恵氏が講師として登場し、「願いから来るパーパス /プレゼンシングを体感する」というテーマの下、U理論をベースにしたワークが展開された。

ここまでのTLAの講義の中で「自分の心の奥底、感情と向き合う」といったキーワードが再三語られてきた。植山氏もそうした「自分の腹の底から湧き上がる願い≒ニーズ」を起点に、積極的にありたい未来をプロトタイピングしていくことが重要だと指摘しつつ「そのニーズを協力しながら掘り起こしていくために、まずは対話の練習をしていきましょう」と受講生たちに呼びかけた。

植山智恵氏(以下、植山):
私たちが誰かと言葉を交わす際、実はいろいろなモードを使い分けているんです。たとえば、当たり障りのないことを話したり、相手の話を解釈して相槌や反応をするのは「ダウンローディング」モード。相手と持論を主張し合い、どちらが正しいのかを証明しようとするのは「議論・ディベート」モードです。こうした姿勢で会話をしていても、心の深いところにあるニーズは表に出てきません。

お互いの意見や背景を共有し、共感と内省を促す「対話・ダイアログ」モードになるには、話し手と聴き手の間で安全と信頼が形成されている必要があります。そういった状態を作るには何が必要なのか、実践を交えて学んでいきましょう。

植山氏に導かれながら、受講生たちは二人組になって「最近やりたいと思っているけど、なかなかできていないこと」「悔しかったこと、残念なこと」といった話をし始めた。

アドバイスをしない、否定をしない、茶化さない、途中で話を遮らない……といった具体的なNG行為を意識しながら、相手の話にただただ耳を傾ける。最初は緊張感のある空気が漂っていたが、徐々に話し手の顔から緩み始めて、声の調子も全体的に朗らかになっていった。

植山:
対話の入り口である「傾聴」ができてきましたね。皆さん、「聞く」と「聴く」は明確に違う行為だということを、よく覚えておいてください。

「聞く」は「Listen with thinking」と言い換えられる状態。どんな反応をしようか、相手の話をどう生かせるか……などと考えていて、意識が自分に向いています。対して「聴く」は「Listen with feeling」。意識は話し手に向いていて、相手の感情や願いを探究しようとしている状態です。

相手のことをジャッジせず、味わうように聴くこと。お互いに「聴く」ことができて信頼が生まれ、対話の土壌が整っていきます。そのモードのまま、後半のワークにも臨んでいきましょう。

「私のありたい未来」から、向き合うべき課題を見つめ直す

ワークショップの後半に差し掛かると、植山氏は一枚の紙を取り出した。描かれている矢印と円の周辺には、1から4までの番号が振られている。

植山:
これから、この「Action Arrow」を用いて、それぞれの願い向けてのゴールを設定するワークをしていきたいと思います。まずは皆さん、模造紙にこの図形を大きく書いてください。

そしたらまずは、10分間目を閉じて「1年後の理想的な人生」をイメージしてみましょう。誰と一緒にいて、どんなことに取り組み、何を成し遂げているのか。どんなふうに1日を過ごしていて、あなたや周りの人たちはどんな表情をしているのか……そんな未来の日常を、頭の中で思い描いてみてください。

10分間の思索の旅を終えた受講生たちは、そのイメージを言葉ではなくビジュアルとして、円の中に書き込んでいく。思い思いに、時には手を止めて再び目を瞑ったりしながら、自由にペンを走らせる。

そこからは3人1組になって、対話をしながら他の要素を埋めていく作業に移った。話し手は「理想を叶えた1年後の自分」に成り切り、聴き手は円に描かれた絵を見ながら「イメージの実現を支えた最も重要な要因」と「イメージに至るプロセスでほとんど失敗しかけた障壁要因」を聴いていく。真剣に、かつ朗らかに、相手の気持ちに寄り添おうとする意思が、その眼差しから伝わってくる。

そして、最後に話し手は「現在の自分」に戻り、聴き手は「そのイメージに向けて今どんな行動を起こしているか、または起こそうとしているか」と尋ねる。余ったもう一人は、それらの話をふせんに記録し、模造紙に貼り付けていく。そうしてできあがったそれぞれのAction Arrowには、それまではおぼろげだった自分の願いと、その実現に向けた具体的な行動指針が、鮮明に浮かび上がっていた。

全体で受講生たちが各々のAction Arrowを共有した後、植山氏は「外側ではなく、内側にある自分のパーパスを大切にしていきましょう」と、あらためてメッセージを送って、第二部は締めくくられた。

植山:
奥田さんも話されていましたが、地域や社会の課題に向き合う上で大事なのは、「自分の心地よさ、満たされているという実感」と繋がっていることです。それがないと、どんなに頑張っても自分がすり減るばかりで、持続可能な活動にもなり得ません。

自分のニーズが満たされるからこそ、地域課題に取り組んでいる――そう胸を張って言えるような課題や活動を、ぜひこれからのTLAの中で見出していってください。皆さん一人ひとりの幸せと、地域や社会の幸せが、いつでも共にありますように。

初回はローカルの課題に向き合うための下準備としてデザイン思考の手解きを受け、今回はリアルな実践者の薫陶を受けた後、理想の未来をプロトタイプしていくための手法を学んだ受講生たち。ここから7つのグループに分かれて、具体的な課題探索へと進んでいく。

目にみえる課題ではなくその課題の根っこ、さらには自分の心の根底を見定める術を身につけた受講生たちが、最終となる第3回の発表の場でどんな「ありたい未来」と、そこに至るプロセスを提案するのだろうか。心躍らせながら、その日を待ちたいと思う。


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