地域課題の根っこに向き合う「Think Local Academy」
2023年度から始まった「Think Local Academy」は、信州大学が内閣府の助成を受けて進める「アグリ・トランスフォーメーション(農X)を実現する信州農X実践フィールド」事業のひとつとして立ち上げられた。
表層的に地域課題を捉えるのではなく、根っこから考える──。そんなテーマを掲げ、初開講となった昨年は、全国の各地から参加者が集まった。参加者はフィールドワークやワークショップなどを通じて地域社会をtransformationしていくための課題の考え方を学んだ。昨年の様子は、inquire.jpでもレポートを掲載している。
本年度の開講に先立ちShibuya QWSにて開催されたキックオフイベントにて、地域課題にどう向き合えばいいのかに関する対話が繰り広げられた。信州大学 アグリ・トランスフォーメーション(農X)推進室 副室長の宮原大地氏は、イベントの冒頭で本講座の主旨を「信州大学の強みを農業に展開し、異分野融合による課題解決」と概説した。
宮原氏「農・食の分野は長野県の重要産業ですが、他地域同様、担い手不足や耕作放棄地の増加などの課題に直面しています。そこで、信州大学の研究領域のノウハウや学生人材の豊かさ、地元に根を張る地域ネットワークなどを活用し、イノベーションを起こそうとしています。
これまでに、信州大学の技術で浄化した水や農学部で栽培したイチゴを使い、地元ブルワリーの協力を得てオリジナルのクラフトビールを商品化するなどの実績が生まれています。信州大学、市民、行政などによる全県的な協力体制で、地域農林業の課題集約・マッチング・課題解決に取り組んでいこうとしています」
全県的な協力体制で解決していくべき課題は、どのように抽出すればよいのだろうか。Think Local Academyは、深層的な地域課題を抽出するための役割を担うと宮原氏は語る。深層的な問いをつくり、アイデアを生み出すために必要になるのが「デザイン」だ。宮原氏に続いて、地域というフィールドで研究やデザインに関する取り組みを行っている二人のゲストが登壇し、それぞれの活動を紹介した。
人間性や価値観を捉え、探究し続けられる場をつくる
合同会社co-nel: 代表 / MIMIGURIデザインストラテジストの小田裕和氏は、「地域と産学連携とデザイン思考」と題して話題を提供。
要素が複雑に絡み合っていて解決した状態を定められない「厄介な問題(wicked problems)」や現状のままの価値観や周囲との関係性では対応が難しいような「適応課題」などを引き合いに出しながら、「地域課題は、シンプルに解決できる問題ではないというベースに立つことが重要」と強調した。
こうした前提を共有した上で、小田氏が共有したのが長野県でサステナブルな鹿猟に取り組む「罠ブラザーズ」の事例だ。
小田氏「獣害、生態系維持、狩猟の担い手不足などが複雑に絡み合う中で、罠の設置に出資することで美味しい鹿肉と狩猟現場のリアルな情報が自宅に届くというソリューションを打ち出しています。ポイントは、人間の価値観に向き合うこと。
処理の難しい鹿肉を美味しく食べてみたいという感覚や、自分が出資した罠が日々どのように機能しているか知りたいという好奇心など、原始的な感覚を大切にしている点が注目です」
課題解決に取り組む際、根幹に「自分にとって何が良いのか」という感覚を持たなければならない。小田氏は「分析的なアプローチ(why)ではなく、その気持ちがどこから来るのか(where)の問いかけによって価値観を深堀りできる」と問いの立て方の重要性を訴える(昨年の講座に小田氏が登壇した際にも触れている内容)。
その上で「デザイン思考は決められたステップではなく、対話と参画のサイクルを回し続ける必要があり、大学は『探究し続けられる』というポテンシャルを秘めている」と、本イベントのテーマである産学連携の可能性に言及した。
地域に「チューニング・イン」し、純粋な楽しさを駆動力に
続いて登壇したのが、日本総合研究所チーフスペシャリスト / 山水郷ディレクターの井上岳一氏だ。武蔵野美術大学との間に産学連携の枠組み(自律協生スタジオ)を持ち、多くの地域でプロジェクトの実装実績があるほか、地域デザインの事例を発信する「山水郷チャンネル」の運営も手掛けている同氏は、実際の地域プロジェクトの中で「課題ではなく人」にアプローチしている事例を紹介した。
井上氏「鍵を握るのは、学生の存在そのものです。たとえば宮崎県では、学生が中心となって地域の豊かさを住民にプレゼンテーションする『山大感謝祭』を企画運営し、地域の魅力をまとめた冊子の制作を行いました。
このプロセスを経て実際に移住を決める学生もいて、『地域にいると、自分が真人間でいられる』という感覚に気づいた学生もいました。学生の変化だけでなく、学生が地域に入り込むことで、世代や業界の違いといった既存の地域コミュニティ同士の壁を溶かしていけると感じています」
課題ではなく人に着目し、その変化のきっかけを作り出す。そのために向き合わなければならない概念として井上氏が言及したのが、地域への「チューニング・イン」の重要性だ。
井上氏「そもそも、都市部の企業・大学と、地域のリアルな営みとの間には、価値観や時間軸(=リズム)の違いが存在します。産学連携を目的とする際、都市部のリズムのままで地域に入っていくのではなく、地域のリズムに合うようにチューニングしなければなりません。
たとえば、岐阜県郡上で活動する長良川カンパニーは、企業担当者が来訪した際にまず川遊びを体験してもらっているのです。すると、強制的に都市部のリズムから離れ、地域のリズムに近づいていく」
リズムが近づくことで、都市部の企業の担当者にも、純粋な楽しさやわくわくする感情を駆動力にする余白が生まれる。その地域を「推そう」という感情が生まれ、都市部の価値観だけでは評価されない取り組みが生まれる土壌ができると井上氏は語った。
産学連携のために、都市と地域のリズムをどう合わせるか
それぞれのゲストからの話題提供を踏まえて、パネルディスカッションの時間に。inadani seesマネージャー / Think Local Academy プロデューサーである奥田悠史氏がモデレーターを務め、3人の登壇者と対話を深めていった。
産学連携を成功させるために重要な「問い」の質について議論する中で、特に意見が活発に交わされたのが、「企業のリズム(=KPIや成果を前提とする短期目線で売れる商品を開発していく論理)」と、「地域のリズム(=関わる一人ひとりの身体感覚や感情にフォーカスし、リアルな暮らしを作り上げていく営み)」の対比だ。
井上氏は「多くの大企業も、戦後の創業時はシンプルな思いからスタートしている。だが、人間の祈りや願いとビジネスの距離がどんどん離れてしまったのではないか」と現状に対する見立てを共有する。最初は同じだった企業と地域のリズムが、次第に離れていってしまい、それが縮まっていない現状がある。
奥田氏は「企業のリズム」が大学にも広がっていることにも懸念を示すと、宮原氏は「確かに、研究費の都合上、『大企業を何社引っ張れるか』のKPIを立てざるを得ないし、地域の人をアカデミア特有の論理に合わせさせている部分がある」と大学関係者として抱えているジレンマを明かす。その上で「研究者の問いから研究をスタートする大学だからこそ、(地域との関わりにおいても)『問い』を大切にしなければいけない」と強調した。
小田氏は、関係者個人の価値観変容の重要性を訴える。特に、企業における現場の責任者である「中間管理職」の変容が追いついていない現状に対し、「知の探索の重要性が人事評価制度に広がっていない」との見立てを語った。
「私」から楽しみを見出し、「私たち」へと共感を広げる
なぜ、互いのリズムが合わないのかに対する見立てが交換された一方、可能性についての言及も活発だった。地方部の大きな強みは、都市部では感じにくいアウトカムが目の前で体感できる点であり、問いを変えることでそれを最大限に引き出していけるのではないかとも語られた。では、どうすればその可能性を開放できるのだろうか。
打開策として語られたのは、「私」を主語とすることだ。井上氏は「ビジネスの世界に合わせるなら、企業は武蔵野美術大や信州大学ではなく東京大学や京都大学と連携したほうが株主は納得しやすい。大学のブランドで戦うのではなく、地域と大学が楽しそうなことをやっているという姿を見せるべき」と語る。現状の価値の判断基準に合わせるのではなく、まず担当者たちが楽しみ、それを周囲に伝わるようにしていくことが重要だという。
それの発言を受けた小田氏も「研究者自身が地域を楽しむ、面白がるエネルギーは、価値を生む源泉。自分たちのフィールドのどこにそれを見出すかを考えるべき」と同意を示した。そうして「私」が楽しみを見出し、活動を続けていった先には、主語が「私たち」に広がる可能性にも言及された。
地域を楽しみ、その地域が「推し」になるうちに、個人にとってのその地域に関わることの価値が向上していく。そして、その充実している姿を見て、周囲が共感する。地域に関わる仲間が増え、より多様な価値観との対話を続けることで、遊び的に始まった取り組みが深化し、結果的に地域の課題解決にアプローチしていくことができるのではないか、と語られ、パネルディスカッションは終了となった。
地域課題の深層に向き合い、問いを立てるためには地域についての知識を増やすだけでは足りない。その地域に対して、自分がどう感じるのかと内面にも向き合い、推しとして楽しみを見出していくような変容も必要になるのだろう。変数は多岐に渡るが、これらの全体を捉えて向き合おうとするのが「Think Local Academy」だ。地域課題に、そして自分に向き合いたいという人は、ぜひ今年のプログラムへの応募を検討してみてほしい。
2024年度「Think Local Academy」の概要
▼DAY1 ローカルデザイン思考 オリエンテーション&基調講演
日時 : 9月7日(土)10:00 – 17:00
場所 : 信州大学 農学部
講演 : 小田裕和
ファシリテーター : 奥田悠史
▼DAY2 地域の課題と向き合うコース別視察
日時 : 10月12日(土)10:00 – 17:00
DAY1で導き出した興味関心に関連して地域の実践者、企業を視察
場所 : 視察場所に準じます(伊那谷周辺を予定)
▼DAY3 地域に必要とされる取り組みを作る 特別講演&ワークショップ
日時 : 11月9日(土)9:30 – 17:00
講演 : 但馬武 / 曽緋蘭
▼DAY4 最終発表
日時 : 12月14日(土)10:30 – 17:00
講師 : 小田裕和
総評 : 奥田悠史 / 宮原大地
▼オンラインディスカッション
各日程の間にオンラインでグループディスカッションを開設して、受講生の問いを深めるサポートを行っていきます。
お申し込みはこちら:
https://www.shinshu-u.ac.jp/project/agri-x/news/2024/08/post-4.html