「ローカルデザイン思考」をインストールして、地域課題の問い直しにトライ

「INADANI SEEDS」の様子

今回の発表の会場となった伊那市産学官連携拠点施設「INADANI SEEDS」。農と森や伊那谷の自然資源を生かして、持続可能な地域を想像するための「企て」を生み出し、それを見えるカタチに変えていく場所として、2023年4月にオープンした。施設オリジナルのグッズなども販売している。

「まず考える。考えて、目にみえる課題ではなく、その課題の根っこを問い直す」

そんなメッセージを掲げてスタートしたTLAは、これまで『ローカルデザイン思考』『地域の課題と向き合うコース別視察』『地域に必要とされる取り組みを作る特別公演&ワークショップ』の3つの学びの場を展開。

これらを通して受講生たちは、デザイン思考で物事の捉え方を学び、その上でフィールドに出て実践者や関係者へのリサーチを重ね、社会で言われている“課題”を超えた根っこの部分を自分の言葉で表現するためのトレーニングをしてきた。

TLAのカリキュラム

TLA公式資料より

3回目の講座の後、受講生たちは「地域課題と食」「森と暮らし」「農地のあり方」「文化再考」「野生とローカル」という5つのテーマを起点としたチームに分かれ、おのおのでフィールドワークや識者へのヒアリング、ディスカッションをして、最終発表に向けた問いの再発掘にチャレンジした。

自分たちの等身大のモヤモヤと向き合い、既存の表面的な課題を深く問い直すことで、彼らはどんな理想と課題を見出したのか。ここから、各グループの発表を紹介していきたい。

“食”と“地域課題”の間を結んだ「腸内フローラ」というキーワード

「地域課題と食」グループの発表の様子

「地域課題と食」グループは、はじめに伊那市における地域課題を「人口・高齢化」「交通体系」「土地利用」などとジャンル分けをして、それぞれどのような課題が顕在化しているのかを言語化。それから各メンバーと信州大学が持っているリソースを列挙しつつ「既存の課題×自分たちのリソース×食のフレーム」をかけ合わせることで、どのような新たな問いと探究テーマが見えてくるか、マッピングをしていった。

「地域課題と食」グループの発表資料、マインドマップを作成

発表資料より

マッピングを見ながらの議論の中で、メンバーの心が動いたのが「人口減少」の課題に対して、「菌・発酵食」という地域独自のリソースを生かしていくアプローチだ。

伊那市をはじめとした長野県全域では、味噌を中心とした独自の発酵食文化が各地に根付いている。また、伊那近隣の飯田市にはリニア中央新幹線の駅ができる予定で、開業後は人の流動性が一気に高まることが予想される。

これを機に都会から伊那に流れてくる人たちに向けて、地域固有の自然資源をふんだんに活用した「食」のコンテンツを提供しつつ、地域の交流人口・関係人口・定住人口を段階的に増やしていくためのアプローチができないか、と思案していった。

「地域課題と食」グループの発表資料、地域人口を増やすステップ

発表資料より

地域課題と食の間(あわい)を探索した末に、彼らが見出したキーワードは「腸内フローラ」だ。腸内フローラとは、私たちの腸内に生息している多種多様な細菌の集まりの総称であり、そのバランスは体調を整えるための重要な要素だと言われている。

この腸内フローラの改善を主軸において「伊那谷ヘルスツーリズムプログラムの実施」「リニア駅付近に郷土色を提供・紹介する施設の設置」といったアプローチを提案。これらを通して、伊那谷の食の魅力を伝えながら、初めてこの地域に訪れる人たちの“健康と胃袋”をつかむことで、定住人口を増やしていけないか、という仮説をプレゼンした。

「地域課題と食」グループの交流施設コンテンツ案

発表資料より

発表後の質疑応答では「腸内フローラ・発酵という観点と、地域振興を結びつける発想は面白い」「最近出てきた“インフラツーリズム”という言葉を、“フローラツーリズム”に置き換えて考えてみるとさらに発想が広がりそう」といった意見が飛び交った。

また、オブザーバーとして同席していた信州大学の教員からは「繊維学部では味覚センサーの研究をやっている教授もいるので、うまく連携ができるのでは」という提案もあり、さらなる探究の道の広がりも感じられた。

森が人にもたらす本質的な恵み、五感から問い直す

「森と暮らし」グループの発表の様子

「森と暮らし」グループは、まずメンバー同士で「森の定義」「森の魅力」というテーマで発散的にディスカッションを実施。さらに彼らは伊那の雄大な森の中に入り込んで「五感ワーク」を行い、それぞれの感覚器官が森から得られる要素を抽出。足を使って、森が人にもたらすものへの理解を深めていった。

発表資料より、五感ワークの説明をしているスライド

発表資料より、五感ワークの説明

五感ワークの結果、彼らは「森は人に、都会で感じる窮屈さや人工物からの解放をもたらす」という仮説を立てた。そこからさらに「森の中にいると、人は生物としての感覚を開くことができて、ありのままの自分に近づけるのではないか?」という新たな問いに着地。

「森によってありのままの自分を取り戻し、自分も自然も好きになった結果、人々の生活にも自然環境にもいい変化が起こる」という理想的なゴールまでのステップを描き、そのゴールに向かうための第一歩としてワークショップの企画と効果検証をしていきたいと語った。

「森と暮らし」グループの目指すゴール

「森と暮らし」グループのワークショップの方法紹介スライド

この発表に対して、信大の教員からは「まず、五感という身体的なところからアプローチして問いの再発見に取り組んだ姿勢が素晴らしい」「これから10年かけてアイデアを磨いていけば、信州の魅力を底上げする大きな事業になるポテンシャルを秘めている」と称賛の声が上がった。

発表者たちは「信大の教育学・心理学の先生方の知見や助力を借りながら、人の暮らしと森の営みを有機的に繋ぐワークショップを作り込んでいきたい」と、今後の展開を見据えた意気込みを見せた。

農と暮らしを有機的に編み込む「ナリワイ」の再発見

「農地のあり方」グループの発表の様子

「農地のあり方」グループは、まず伊那市の農業にまつわる地域課題として、耕作放棄地や農家の後継者不足といった既知の課題があることを確認。ディスカッションをしながら、それらの課題の背景には、価値観の変化に伴って「大都市:地方」「消費地:生産地」「働く:生きる」といった、本来は地続きになっているべきものが分離しているのではないか、という問いが見えてきた。

「農地のあり方」グループの掲げた問い

人が生きていくために不可欠な恵みを生み出す農地や自然と、その恩恵に預かる人との隔たりを、どうしたらなくしていくことができるだろうか――そんな問いの行く末を見定めるべく、メンバーたちは全国各地で活躍する兼業農家のリサーチとヒアリングを実施した。

「農地のあり方」グループが調べたこと

作物を育てる営みがほかのさまざまな暮らしや仕事の要素と不可分に結びつく実例に触れたことで、農業が「働く:生きる」の間を有機的につなぐ「ナリワイ(生業)」として自分たちの暮らしに入り込む、というひとつの目指すべき理想像が見えた。

その中で「農地は単なる生産の場所ではなく、社会を結び直すコミュニティとして機能するかもしれない」という仮説を導き、農業の営みから人の縁を育み地域活性の循環を生み出す「ラボ的農地」設置の提案にまで至った。

「農地のあり方」グループの目指すところ

今後は信大の農学部の教授たちのサポートを受けつつ、参加型農園やエディブルスクールヤードの実践をしている学校などを視察して、理想的なラボ的農地のあり方をさらに詰めていきたいと語ったメンバーたち。

信大の教員からは「問いを深掘りした結果、農地の定義を根本から切り替える視点に至ったところに、素晴らしいオリジナリティがある」と高く評価しつつ、「地域課題と食」などの他グループと連携することでさらに充実したプロジェクトに発展していくのではないか、と期待を寄せた。

文化の継承をつなぎ止めるのは、「風景」と「なつかしさ」

「文化再考」グループの発表の様子

「文化再考」グループは、問いのスタートとして「消えそうになりながらも地域に残る文化」に着目。誰に強制されるわけでもなく文化を残そうとする人たちの動機がどこから生まれるのか――そのルーツを探るべく、3名の伝統文化の担い手にヒアリングを行った。

「文化再考」グループの問題意識

しかし、彼らはインタビューした相手から「何か問いがズレている気がする」という思わぬ投げかけをもらったと話す。そこから、自分たちが「should(〜するべき)」というある種の左脳的な義務感の存在を前提に思考をしていたことに気づき、大事なのは「whant(〜したい)」という右脳的な直感の生まれるメカニズムにこそ着目しようと視点を切り替えた。そうしてあらためてインタビュー内容を精読し、そこには「歴史・精神性」「体験」「風景」という3つの因子があるのではないか、という仮説を見出した。

「文化再考」グループが掲げた共通項

「文化再考」グループが見つけた共通因子

この3つの因子の中で、メンバーたちは「風景」に着目。参考文献などを読み解きつつ、風景が誘発する「なつかしい」という気持ちは「美しさ、喜び、幸福」などと結びつくポジティブな感情だという定義を再確認した彼らは、「ある文化を残したい」と願う気持ちは、「その文化のある風景がなつかしい」と感じたときにこそ生まれ得るのではないか、という新たな問いの発見に至った。

「文化再考」グループの立てた仮説

今後の展開としては、文化の継承を促すためのアプローチとして「風景との縁を深めるワークショップ」を企画していきたいと発表を結んだメンバーたち。信大の教員たちからは「“なつかしい”という気持ちの発生の仕組みはとても議論のしがいがあるテーマ」「工場のような伝統的でない建造物がある景色にもノスタルジアが沸き起こるのはなぜか?」と、先に広がる探究の道筋がいくつも提示された。

Don`t think. Feel ――森の中で見つめ直した「ローカル」の喜び

「野生とローカル」グループの発表の様子

「野生とローカル」グループは、「都会:田舎」「仕事:生活」といった二分化されている価値の間にどのような問いがあるか、メンバー同士でディスカッションを重ねたものの、序盤から共同で探究したいと思えるテーマの発見に苦戦したと語った。

「野生とローカル」グループで価値観のあわいを探した様子

早々にぶつかった壁をなんとか乗り越えるべく、ひとりのメンバーの提案から「伊那の森を歩きながらRAPをつくる」というワークに取り組んだ。目先の目的を持たず、自然の中に身を置いて、自分の内なる声に耳を傾けるという経験に充実感を覚えた彼らは、「ローカルにこそ暇を作れる贅沢、余白がある」と実感したという。第2回講座の現場視察でインプットした「頭優位から身体優位に」という学びが、このグループにとってのブレイクスルーを産んだ形となった。

「野生とローカル」グループが森林で活動した様子

その後、森で得た感触が冷めやらぬうちに哲学対話を実施し、おのおのが理想的なローカルや、どんなときに幸せを感じるかといったテーマで、思索の枝を伸ばしていった。そこから、「単なるローカルが“フルサト”に変わる瞬間、人の幸福度は上がるのではないか」という仮説を見出し、ローカルの“フルサト”化を支援する「ローカルファシリテーター」育成の提案につなげた。

「野生とローカル」に生まれた新たな問い

質疑応答の場では、信大の教員から「外部からは時間を浪費しているようにしか見えないような活動こそ、新たな文化の芽吹きにつながるもの」「ローカルファシリテーターが豊かな浪費を育みながら、地域の間を溶かしていくような役割を担えるといい」といったコメントが飛び交った。

理想を手繰り寄せる継続的なアプローチ。その原動力は「楽しさ」であってほしい

発表を見る受講者たち

前年度のTLAでは7つあったグループが今年度は5つに再編され、1つのグループが扱う領域と問いの射程が広がったことで、それぞれのテーマの抽象度が上がっていたように思う。その影響もあってか、今回の発表では「問いの問い直し」から「仮説」に至るまでの軌道に、より色濃くメンバーの個性が反映されていたように感じられた。

また、今年度の第1回目の講座で新たに「間の探究」を取り入れたことが、受講生たちの思考に“良質な飛躍”を生み出す素地となった。その結果として「人口課題と腸内フローラ」「農地とコミュニティ」といった、一見つながりがなさそうな事象をつなぎ合わせる発想が促されたことで、発表後の質疑応答が昨年度にも増して盛り上がっていたさまが印象的だった。

「皆さんを教える立場なのに、今回も一番自分が教わることが多かったかもしれない」――すべてのグループの発表を終えた後、第1回で講師を勤めた株式会社MIMIGURIのデザインストラテジスト・小田裕和氏は、熱を帯びた口調で講評を述べた。

小田裕和氏

小田裕和氏

小田裕和氏「皆さんの語りのエネルギーに圧倒されました。発表を聴き終えて「うらやましいな」というのが今の率直な本音です(笑)。短い期間ではありましたが、これまでの問いの掘り下げの過程で、一人ひとりが出合った変化や喜びの大きさに思いを馳せると、自分も同じ立場で一緒に参加したいなと感じてしまいます。

実は私も最近、モヤモヤと悩んでいたことがありました。自分の会社を立ち上げて、これから自分の軸をどこに置くべきか、決めあぐねていたんですね。今回の発表で「ナリワイ」というキーワードが出てきて、すごく衝撃的でした。自分の仕事は共創相手と共に新たな「ナリワイ」を練っていくことかもしれない……今後の活動の指針を言語化する上での大きなヒントをもらえて、今とてもワクワクしています。

TLAのプログラムを通して得られた問いを問い直す眼差し、自分の揺さぶり方は、公私問わず今後さまざまな場面で役立つはずです。今日の発表を新たな出発点として、ぜひこれからも自身のワクワクや関心を軸に、理想と現実の間にある道筋を探究し続けてください」

TLAの企画者である信州大学アグリ・トランスフォーメーション推進室室長の宮原大地氏も、小田氏のコメントを受けつつ「TLAの学びを生かして、長期的に探究していける問いを見つけてほしい」と語った。

宮原大地氏

宮原大地氏

宮原大地氏「この4か月間、本当におつかれさまでした。仕事や学業がある中で、TLAの関わりが重たくなることもあったかもしれません。ただ、皆さんがリアルの講座でもオンライン上のコミュニティ内でも、終始楽しそうに議論や探究活動をされていて、企画者としてとても嬉しかったです。

第3回の講座で登壇していただいたfascinate株式会社の但馬武氏が「『正しさ』で人を変えることはできない」「『楽しさ』は人を巻き込むことができる」と話されていたことを、今まさに実感しています。地域課題に対して「解決しなくてはいけないもの」という認識を作っていくのは、正しさの押し付けにほかなりません。

提案する側の人間が自らの「楽しさ」で駆動してこそ、周りを巻き込んだ本質的な課題解決につながっていくのだと、皆さんの発表を聴きながらあらためて思いました。5つのグループの提案が、どんな進化を遂げながら社会に実装されていくのか、今からとても楽しみです。私たち信州大学も、サポートは惜しみません。ぜひ一緒にプロジェクト化していけたらと思っています」

最後に会の締めくくりとなるコメントを残したのは、TLAのプロデューサーである株式会社やまとわの奥田悠史氏だ。

奥田悠史氏

奥田悠史氏

奥田悠史氏9月下旬の初回講座からここまで、あっという間に過ぎていきましたね。それだけ濃密な学びが詰まっていたと思いますし、この間の皆さんの成長を本当に頼もしく感じています。

僕らが求める社会とは何なのか、それはどんな風景なのか――まず理想を描かなければ、そこに至る未来への物語は紡げません。理想をどこに置くかで、課題の見え方は大きく変わってくることを、このTLAのカリキュラムで大いに感じてもらえたのではないかなと思っています。

今日まで続けてきた議論の中で、皆さんはたくさんの「モヤモヤ」を見つけ、そこから新たな問いを立ててきました。問いとは可能性そのもので、それを今日で手放してしまうのは、あまりにももったいない。ぜひそのまま持ち続け、温め続けてください。その可能性が開くときまで、これからも皆さんと共に歩んでいけたらいいなと願っています」

私たちの足元には、手つかずの課題がたくさん転がっている。語弊を恐れずに言えば、それらの一部を解決することは簡単だ。似たような取り組みの前例がある、解決しやすそうなものを選べばよい。

しかし、そうやってやみくもに課題を解決していっても、望ましい未来にはたどり着けない。なにせ簡単にできるアプローチは大抵が対処療法的で、より根本の問題が解消されない限り、似たような課題が再び現実に表出してくるからだ。

「まずは自分たちにとっての“理想”を描こう」

「その理想と現実の間にある“課題”を見出そう」

「“楽しさ”の伴う課題解消のアプローチを見つけよう」

TLAで再三語られた「問いを問い直す」アプローチは、目先の痛みを取り除くだけでは解決しきれない複雑な地域の課題と、本腰を入れて向き合うために不可欠な原則だと言えるだろう。

4か月間の実践を通してこれらの学びをインストールした受講生たちの発表からは、理想に真っ直ぐ向き合う気高さと、楽しみながら継続的に課題と対峙していこうとする強い意志が感じられた。彼らが広大な伊那のフィールド、そして信州大のリソースを存分に生かして、これからどんな実践を繰り広げていくのか、引き続き追っていきたいと思う。