店頭とは違う、モードが引き出される空間

──ライフスタンスエキスポの開催、おつかれさまでした。プレインタビューでお話を伺った際も、いろいろなことが初めてで実験でもある、といったことをおっしゃってましたが、実際に開催してみていかがでしたか?

会場の入口にあったパネルの一部

中川淳氏(以下、中川)
会場の入口から来場者にお伝えしている情報量が多かったのですが、立ち止まって読んでもらえていたのは嬉しかったですね。伝わっているのか、そうでないのかはわかりませんが、会場に来てくださった方はなんらかの心構えがあったのだと思います。「ライフスタンス」という概念に触れるのは初めてでも、ニュアンスは感じ取っていただけたのではないかと。これは開催前に考えていたよりも、よい手応えがありました。

PARADE株式会社 代表取締役社長、株式会社中川政七商店 代表取締役会長、中川淳氏。1974年生まれ。京都大学法学部卒業後、2000年富士通株式会社入社。2002年に株式会社中川政七商店に入社し、2008年に十三代社長に就任、2018年より会長を務める。業界初の工芸をベースにしたSPA業態を確立し、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンのもと、業界特化型の経営コンサルティング事業や教育事業を開始。現在は学生経営×地方創生プロジェクト「アナザー・ジャパン」や、志あるブランドを世の中に届ける共同体「PARaDE」を発足。企業やブランドのビジョン・思想を「ライフスタンス®」と提唱し、新しい経済の形を生み出している。2015年には、独自性のある戦略により高い収益性を維持している企業を表彰する「ポーター賞」を受賞。「カンブリア宮殿」「SWITCH」などテレビ出演のほか、経営者・デザイナー向けのセミナーや講演歴も多数。著書に『日本の工芸を元気にする!』(東洋経済新報社)、『ビジョンとともに働くということ』(祥伝社)、『経営とデザインの幸せな関係』、『中川政七商店が18人の学生と挑んだ「志」ある商売のはじめかた』(日経BP社)他

──佐々木さんはいかがでした?

佐々木康裕氏(以下、佐々木):
全体というより、まずは展示構成からの振り返りになりますが、マーケットコーナーでは各出展ブランドさんのブースの横に、「なぜ『日本の工芸を元気にする!』のですか?」「なぜチョコレートを作っているのですか?」のような、それぞれのライフスタンスを表す問いと、その回答を言葉で表現してもらっていました。これが美術館における作品の解説文のようなものだったのだと思います。

ライフスタンスエキスポにご来場いただいている時点でなんらかのフィルターはかかっているのだと思いますが、来場者の方々が各ブランドの解説文の前で足を止めて読み込んでいた姿は印象的でした。

出展ブースの様子

──たしかに。多くの方が解説文を読んで、その上で出展者の方とお話されてましたね。

佐々木:
個人的には、ブランドの持つライフスタンスに一度触れると、その前後でブランドに対する認識や信頼の仕方が変わると思っています。ライフスタイルの観点でブランドを見ていると、より自分にフィットするものを見つけたら乗り換えていくのが自然ですが、ライフスタンスは上に積み重なるような、深くなっていく感じで、消えることはないと思っています。

今回のイベントの成果をどう測るのかは悩ましい部分もあるのですが、少なくともライフスタンスエキスポに参加した来場者の方の中には、出展したブランドのライフスタンスに触れて、5、10年といった単位でそのブランドのファンになったのではないかと思います。それはひとつの成果だなと。

PARADE株式会社 取締役副社長、Takram ビジネスデザイナー、佐々木康裕氏。ビジネスデザイナー。Takramではデザイン思考や認知心理学、システム思考を組み合わせた領域横断的なアプローチでエクスペリエンス起点のクリエイティブ戦略、事業コンセプト立案を展開。スローメディア「Lobsterr」の共同創業者、ベンチャーキャピタルMiraiseの投資家メンター、グロービス経営大学院の客員講師(デザイン経営)も務める。著者に『D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略 』(NewsPicksパブリッシング)、『パーパス 「意義化」する経済とその先』(同)、『いくつもの月曜日』(Lobsterr Publishing)等。

──出展者と来場者の交流で印象に残っていることはありますか?

中川:
中川政七商店のブースで聞いた、参加したスタッフたちの声が印象に残ってますね。

スタッフはちょうど入社してから1年ほど。日常の業務では、店頭で商品の特徴や使い方を説明することがほとんど。

ライフスタンスエキスポでは、商品の話はほとんど聞かれることなく、中川政七商店の考え方や背景について話す機会が多かったそうです。

お客様から問われ、話すことで「日本の工芸を元気にする!」という入社時に共感した初心を思い出せたと言っていました。それは印象的でしたね。

佐々木:
そういうコミュニケーションをしているからか、各出展者のブースに長居する方がほんとに多かったですよね。自分も、実際にいろいろなブランドのブースにいって、10〜20分くらい話してから商品を買う、みたいな過ごし方をしてました。購買サイクルの観点で言うと、効率がいいわけではありませんが、良くも悪くも”消費”をするために来ているわけではないんだと感じました。

プロダクトって、ものづくりの哲学、ストーリーがたくさん込められているにも関わらず、普段の販売の仕方だと、なかなかそうした深い部分まで到達せずに、表面的な交流で消費されてしまいやすいんだなと改めて感じましたね。なんとかそこを超えられると、ブランドと生活者のコミュニケーションは豊かになるというのも確信できました。

「知りたい」という欲求に応えるブランドの自己開示

中川:
塩谷さんと龍崎さんのトークセッション「最近、何を買いましたか?―自分らしいものの選び方、暮らしのつくり方」では、「できるだけ消費はしたくない」という話が出てましたよね。

「消費はできるだけしたくない」という話に違和感を抱いた人はいなかったと思います。じゃあ、そのあとブースでモノを買わないかというと、買っていると思う、それってどんな気持ちなんだろうって考えたんです。

──気になります…。どんな気持ちなんでしょう?

中川:
おそらく「知りたい」「理解したい」という欲求なんじゃないかと思ったんです。ブランドと生活者、両方の姿勢が大事で、そのひとつの可能性としてライフスタンスという概念が示唆された上で会場内でブランドのブースに立ち寄った。そこでは商品そのものよりも、それを提供している人たちがどのようなライフスタンスなのかを知りたいと思ってくださったのではと。

佐々木:
「知りたい」ってめちゃくちゃいいですね。たしかに。

中川:
普段と、異なる出会い方をつくれたんだと思います。既存の店舗や百貨店だと、なかなか「知りたい」という心持ちでは訪れません。人に会う機会に置き換えて考えるとわかりやすいのではと思っていて。

人と会うときに、初対面の方もいると、相手のことを理解しよう、知ろうと思いますよね。ライフスタンスエキスポの会場では、その瞬間に似た相手との接し方から始まっているのではないかなと感じたんですよ。

入口のテキストがあり、各マーケットの各ブランドの横には「なぜつくっているのか」の問いに対する回答があり、それを読んだ後に近くにスタッフがいたら、聞きたくなるんじゃないかと。

少し乱暴なまとめ方をすると、人間って相手のことを理解するとだいたい好きになると思うんです。無関心だと、好きにはなれない。相手のことを理解できると、信頼ができて、買いたいなと思えたのかも。

佐々木:
中川さんの言う、理解もそうだし、信頼もキーワードな気がしますね。従来のライフスタイルでは理解の範疇は満たせるけど、信頼まではいけないかもしれないですよね。というのも、自己紹介って職業や家族構成、出身地など「自分がなにをしているか」ということを相手に伝えることが多い。

そういうWhatではなくて、「なぜそれをしているのか」「何を大事にしているか」などのWhyまで聞けると理解の先の信頼へとつながるんじゃないかと。一般的な自己紹介よりも、開示される情報が違うのかもしれない。

──「信じたい」という人達が集まり、その気持ちを預けてもいい相手なのかを確認するために、ブランド側が自己開示的なことをしているのかもしれませんね。

中川:
中川政七商店も、自己紹介をすると、「創業何年で〜〜」というものになりますが、自己開示をすると、「なぜ、日本の工芸を元気にしようとしているのか」というものになる。ただ、いきなり自己開示するのはハードルが高いので、開示しやすい状況をつくるのがPARaDEが介在する役割なのかもな、と考えています。

「会社」に働きかけて、どう社会や経済を変えるか

──今回、これまでよりも大きな規模で生活者とも密に交流する機会に触れてみて、ライフスタンスの経済をつくっていくことへの希望や手応えは得られましたか?

佐々木:
個人的にはそこが一番むずかしいポイントだと思っています。今回のライフスタンスエキスポに1000人以上の方が来てくださって、それは大きな規模ではあると思います。ただ、先程5〜10年という話をしたように、ライフスタンスは時間軸が重要だと思っているので、今回の取り組みが点で終わらず、線の関係になるかが重要です。

ブランドの店舗があるから、ちょっと足を伸ばしてみよう。信頼しているから、複数の選択肢がある中で、このお店で買おう。そういった関係が時間軸を長め眺めに捉えたときに生み出せるかどうかは向き合わないといけないポイントですね。

中川:
今回、大きな規模のイベントを開催するのは初めてなので、一応目標人数は定めていたんです。ただ、成功したかどうかの指標は人数じゃないね、という話は社内の振り返りで出てました。

来場人数が3倍になっていたら、今回のライフスタンスエキスポのような磁力ある空間が成立したか?というとそうではないと思います。もしかしたら、コミュニケーションが薄くなってしまっていたかもしれない。

僕たちが掲げるのがライフスタンス「コミュニティ」だったら、規模のことは考えなくともいいのですが、あえて「エコノミー」という言葉を使っていることに、規模に対して向き合いたい想いがあるのだと思います。このあたりは、PARaADEのなかでも対話を重ねていきたいところですね。

──ライフスタンスエコノミーに対するアプローチの仕方で考えていることはなにかありますか?

中川:
このあたりはPARaADEとして、というより自分の考えですが、会社が社会をつくっている部分もあるという考えを持っています。その上で、自分の職業が経営者ということもありますし、会社という対象には手が届きやすいので、会社を通じて、社会をよりよくしていきたいと考えているんです。

コミュニティ的な活動に対する否定をする気持ちはなく、自分の立場や役割、関心などを考えたときに、そういうアプローチをしようとしていて、そのための活動がPARaADE。会社が成立するためには、経済として成立する必要があるので、エコノミーに対して向き合おうとする気持ちが強いのだと思います。

佐々木:
利益の換算の仕方や、経済の評価の仕方など、経済の尺度自体がだんだん変わっていく機運(※)もあるので、そこと上手にアラインできるといいですよね。更新されていくサステナブルな経済指標の検討プロセスにおいて、「ライフスタンスを重視することがフィットするね」となればいいなと。

(※編集注:ニューヨーク証券取引所(NYSE)は、NYSE上場企業から選出されたサステナビリティ上級役員で構成される「NYSE Sustainability Advisory Council」の発足を発表したり、世界各地の証券取引所はよりサステナブルな資本市場に向けた働きかけを行う「持続可能な証券取引所(SSE)イニシアティブ」に参画している)

中川:
エコノミーをものすごくシンプルに分解すると、「会社」と「生活者」になると思います。「いい会社」と「いい生活者」について、僕たちは考えていて、特に「いい会社」の評価軸を変えていきたいと思っているんでしょうね。

佐々木さんの言うように、会社の評価軸が利益一本だったのが、多様なステークホルダーに対する配慮が生まれている。B Corpのような国際認証制度もそうですよね。PARaADEはさらにそこに「個別善」という判断軸をひとつ追加したいんです。

ボーダレス・ジャパンの田口一成さんと、COTENの深井龍之介さんに登壇いただいた「これからの時代に求められる『いい会社』とは?―ポスト資本主義における共通善と個別善」のトークセッションでも、自分たちなりに大事にしたい「個別善」について触れました。

中川:
利益、共通善、そして個別善。この3本軸で会社を評価していけるといいのではと考えています。これが指標として定着し、株式市場でも評価されるようになると、会社が行動を変えながら、ライフスタンスも変わっていくのではないかと思います。

会社を構成している「人」の全人格に向き合う

──いろいろと発見のあったライフスタンスエキスポを終えて、新たに問いとして考えたいこと、継続して考えたい問いなどありますか?

中川:
会社に対してアプローチをかけるというのは先ほども話したとおりですし、会社と生活者に経済の内訳は考えられるとも話しましたが、会社を構成しているのも生活者なんですよね。本当は分離していないはずなのに、仕事の時間だと仕事人になってしまう。

ライフスタンスエキスポは、ビジネスカンファレンスでもないし、マーケットでもない。仕事と生活の垣根をなくすというスタンスで開催し、来場者もそういうスタンスで来てくれたのではないかなと思います。

佐々木:
当たり前の話ではありつつ、実行が難しくなってしまっているのが、仕事しているときも、生活をしているときも、一人の人間として相手に接するということ。その姿勢があれば、会社における仕事のありようも変わるはず。「カスタマーハラスメント」のような事象が起きてしまうのも、人格が切り離され過ぎてしまっているからなのでは、とも思います。

中川:
PARaDEが目指したいのは、常に仕事と生活の両方の自分を持ちながら、もっと自然にしていこうよ、ということなのかもしれないですね。ワークとライフを分けていると、個人の中で分断が起こってしまう。

佐々木:
たしかに、社会に生きる人という意味での「社会人」として振る舞える場所にいこうということかもしれません。生活者も、会社も。

その観点では、会社に対するアプローチをかけていくということは、その会社で働く人の生活者としてのモードに働きかけるということでもあるはず。

近年のブランドに不足していた、「一人の人間」として生活者に向き合うということも、自ずと実現されるようになっていくのではないでしょうか。

──PARaDEとして今後の展開で考えていることはありますか?

中川:
正直、来年どうするかはノープランなのです。ただ、今回のエキスポを経て、直観したのは、ライフスタンスに関する問いを投げかけることによって、ブランドの入口が開き、生活者が入っていけるようになるということ。だとしたら、PARaDEとして、その時々で「何を聞きたいのか」「問いたいのか」を考え、投げかけていくというのは変わらないのだと思います。具体の活動はいろいろありますが、その前提は変わらない。

佐々木:
提示の仕方や売り方を変え、生活者とブランド双方のモードを変えると、生じる反応が変わるのでは、という仮説は検証できたと思います。これまでブランドはスタイルを表現して、外から見える自分の姿を眺めてもらってきていましたが、生活者に内側に入ってきてもらうことが必要になってきているということでもあります。

こうしたことに課題を抱いていたとしても、「では、自分たちのライフスタンスとはなにか?」というのを言語化できないブランドも少なくありません。PARaDEとして、ライフスタンスに向き合い、言語化するためのサポートは必要になるかもしれないですね。

──活動に参画するブランドの変化はありますか?

佐々木:
この先、ライフスタンスエコノミーを広げていくためには、モノを持っていないブランドの参画の可能性についても考えていきたいですね。

中川:
最初は、モノをつくっていて、生活者向けに提供している会社に限っていましたが、これまでの活動をへて、今はソフトウェアや空間、サービス業など、対象範囲を広げてもいいのではと考えています。ライフスタンスエキスポを開催してみて、「マーケットだけをやりたいわけじゃない」というのを自覚できたので。

──より多様な業種と一緒に「ライフスタンス」について考えていくことになっていきそうですね。その際に、大事なことはありますか?

中川:
今回のライフスタンスエキスポで、理解や信頼のきっかけは作れたと思います。ただ、5〜10年かけて見ていくという話をした通り、ライフスタンスにとって重要なのは、継続的な行動でしかありません。ブランドが本当の意味で生活者に信頼されるかどうかは、これからの行動によります。

──「行動でライフスタンスを示しているかどうか」というのは大事な判断の基準になりますね。

佐々木:
ブランドが信頼を毀損するのは行動が伴っていないケースが多いですよね。「環境に良いとか言っていたのに、実際は」というような。ライフスタンスを言葉で伝え、どう行動を重ねていくか。ブランドを知覚する際のポイントが、ビジュアルから、ビジョンになり、そしてアクションへと変わっていく。その流れを促しながら、ライフスタンスエコノミーを形作っていきたいですね。