いい会社には「発心」がある

本セッションの開催に至るまでに、3人は「いい会社とは?」という問いに対し議論を重ねてきたという。考えるきっかけとなったのは、中川氏自身が会社を経営する中で感じていた疑問だ。

中川氏「社会の役に立つ事業を展開している会社もあれば、そうでもないことをして儲かっている会社もある。その中で、何を持って『いい会社』と定義するか非常に難しいと長年感じていました。

2016年に300周年を迎えた中川政七商店は、同じ頃、優秀な人材の採用強化に向けて上場しようと考えていたんです。ところが、上場準備をしている間に優秀な人材がたくさん集まるようになってきて。またそれと並行して、次第に上場によるデメリットも見えるようになりました。

そんなときに、政治家・後藤新平さんの言葉『財を遺すは下、 事業を遺すは中、 人を遺すは上なり』に出会い、事業を残す上場は中なのだと悟って、上場をやめる決断をしました。たしかに上場すれば社会的信用は得られるかも知れませんが、『いい会社』かと問われれば、利益重視に傾き必ずしもそうとは言えない。モヤモヤとした感情が芽生え、その頃から深く考えるようになったんです」

PARADE株式会社 代表取締役社長 / 株式会社中川政七商店 代表取締役会長 中川淳氏

本トークセッションに至るまでに3人で議論していた「いい会社」の定義について、田口氏は、「発心」があることが大切なのではないかと振り返る。

田口氏「『発心』は、仏教の言葉で『悟りを求める心を起こす』を意味し、転じて物事を始めようと思い立つことを表します。目的の達成に向かって『これをやろう』と思う姿勢のようなものだと解釈しているのですが、いい会社の中核にあるのは、この『発心』ではないでしょうか。さらに、発心を目に見える形にするために、行動に移すことも大切だと思います」

株式会社ボーダレス・ジャパン代表 田口一成氏

ソーシャルビジネスを通じて社会問題の解決に取り組むボーダレス・ジャパンは、まさに「発心」を仕組み化した会社だ。創業のきっかけとなったのは、田口氏が19歳の頃にたまたまテレビで、食べ物が無くて栄養失調になっているアフリカの子どもの映像を見たこと。貧困問題を解決する仕事なら、自分の人生をかける価値があると決意し、社会起業家集団としてノウハウや資金、資産などを社会起業家同士で共有するエコシステムを生み出している。

中川氏も、田口氏の「発心」という言葉を引きつつ、一般的に語られる“いい会社”という概念の変化が必要ではないかと言及する。

中川氏「今一般的に言われているいい会社には、『発心』が抜け落ちていると感じていました。私たちが考えるいい会社とは、まず発心やビジョン、パーパスなどがあり、そこに向かって愚直に行動し続けていること。

言い換えると、環境や人権の問題など社会にとって当たり前のようにやらなければならないことは『共通善』であり、一人ひとりがこれをやりたいと『発心』があることは『個別善』。利益の追求だけでなく、共通善と個別善が揃って、はじめて『いい会社』になるのではないかと考えているんです」

あらゆる哲学から、個別善と共通善を探る

本トークセッションを行うにあたって、深井氏は「善」という概念そのものについて考え、「いい会社」を作り上げるヒントを探っていたという。ここでいう「善」とは、西田幾多郎の著書「善の研究」に基づいたもので、社会生活における「個」と、他者とともにある「個」が両立し、ともに花開くことを意味する。

深井氏は、世界史の情報から人類の思考や行動のパターンを学ぶ「世界史データベース」を運営するCOTENの調査チームと共に、世界中に存在する共通善を調査。その結果を元に、一人ひとりが持つ個別善の見つけ方を紹介した。

深井氏「様々な共通善に含まれる因子を知り、自分がどの価値観に共感するのかを問うことで、自分の考えを知ることができます。

例えば『共同体』について、個人の集合と捉えるか、宇宙という広さで捉えるのか。『人間の階層』について、人間はみな平等だと捉えるか、身分社会を前提にして捉えるか。そういった善に対する捉え方を因子単位で理解することで、自分たちがどのような哲学を前提に物事を捉えているかわかるんです」

この因子単位での捉え方を前提としたとき、個人ないし会社が持つ共通善の価値観を測るには、4つの重要な問いがあるという。

株式会社COTEN 代表取締役CEO 深井龍之介氏

深井氏「1つは『我々』という存在を、誰と捉えているか。チームなのか、ユーザーも含まれるのか、国なのか…。2つ目は、自分が善を及ぼす対象を、誰だと捉えているか。自分なのか、相手なのか…。3つ目は、自分と善を及ぼす対象が幸福になる状態をどのように定義しているか。4つ目は、自分と善を及ぼす対象が脅かされる状態をどのように定義しているか。

これらの問いを投げかけると、共通善に対する価値観を一定把握できると思います」

この善に対する考え方を受けて、中川氏は「ビジョンを策定する際に考えていることと近しいものがあるのではないか」と述べた。

中川氏「私が他社のビジョンを策定する時にアドバイスしているのが『自分たちが背負えるぎりぎりの範囲にした方がいい』ということです。これはつまりWe(=我々)の定義の広さを問いかけているのかもしれません。

どういう状態が望ましいかという定義するために、ひたすらその人がどう思っているのか言葉にしてもらう。そして、一つひとつ分解して定義し直すのですが、まさに共通善から個別善を見出す方法と近しいものがありそうですね」

個別善と共通善が両立して、初めて「いい会社」が成り立つ

善という概念が個々人の持つ背景や哲学によって変化するという深井氏の話を受け、田口氏は「『いい会社』の定義は個人の価値観に委ねられるのではないか」と考えを述べる。

田口氏「よく『正義の反対は、正義』と言われるように、ある人にとっては『いい会社』だけど、他の人にとってそうではないこともあります。B Corpという制度はいい会社を作るための共通した考え方という点では素晴らしいけれども、何か欠けている気もする。そこに、一人ひとりの価値観を照らし合わせることでお互いにマッチし、初めて本当の意味で『いい会社』に変わるのではないでしょうか」

※B Corp(B コープ):B Corporationの略称で、米国の非営利団体「B Lab™️」によって作られた環境や社会に配慮した公益性の高い企業に対する国際認証制度。

この話を受けて、中川氏は「会社の中で仕事をしていると、自分が『これは違う/善だとは思えない』と感じることでも、会社の善として向き合わざるを得ないことがあると思う」と述べ、「そこを整えると、もっと社会は良くなるのではないか」と語った。

最後に、いい会社を作る上で、田口氏は「平和」を実現することが大事なのではないかと広くまとめ、そのために取り組むべきことを共有した。

田口氏「最近、一番大切なのは『平和』だと考えています。戦争やいがみ合いがある中で平和な社会をつくらなければ、いくらビジネスがどうのこうのと話をしても意味をなさないですから。

では、そのために何ができるか。ここまでの議論と紐付けて考えると、必要なのは『ヒューマニティ』の向上は大きな要素だと考えています。自分とは異なる価値観を持っていても、その価値観もいいよね、と言えるようになること。そのためには、一人ひとりが自分の価値観を理解しなければいけないですし、企業も価値観・スタンスを表明する必要がある。それらが両立した時、初めていい会社が生まれるのではないでしょうか」

共通善と個別善がお互いに重なって初めて成立する「いい会社」には、誰もがうなずくような明確な定義は存在しないのかもしれない。だが、会社としてのスタンス、一人ひとりが持つ価値観の重なりの間に、いい会社を作り上げることはできるのかもしれない。まずは、自分のスタンスを再認識するところから始めていきたい。