他者と孤独をゆるめる時間、自分と向き合う“Stay”な時間

セッションは、前日にフィンランドの西ラップランド地方から帰ったばかりという星野氏のお土産話から始まった。

なぜその場所を訪れたのかを佐々木氏がたずねると「オープンダイアローグ」への関心とともに理由を教えてくれた。

星野氏「ラップランドは『オープンダイアローグ』と呼ばれる精神医療のアプローチが生まれた場所です。一般的な精神医療では、患者が『他の人には聞こえない声が聞こえる』と話したら『それは幻聴なので、薬を処方します』と専門家がジャッジします。

ですが、オープンダイアローグでは、患者の抱える悩みについて、専門家や家族、友人などと一緒に対話を重ね、回復に向かおうとする。ジャッジをせず、『聞こえていてどうなのか』や『それがきっかけで何に困っているのか』に興味を持ち、理解を深め、症状を緩和するための糸口を探ります。

僕は以前からオープンダイアローグのトレーニングを受けていて、もっと日本でも広がるといいなと思っていたんです。ぜひ発祥の地を訪れてみたい気持ちがありました」

精神科医として働くかたわら、執筆や音楽活動も行う星野概念氏

もう一つの理由は、星野氏が好きなサウナとの深い関わりだ。ラップランドはオープンダイアローグの発祥の地であるとともに、伝統的なサウナが残る場所でもあるという。

星野氏は、サウナとオープンダイアローグを組み合わせたワークショップ『メンタルヘルススーパー銭湯』を企画・運営している。サウナで心身を緩ませた状態で、頭に浮かぶ言葉や思いに気づき、他者と対話を深める取り組みだ。

取り組みの根幹をなす二つの実践に触れた旅行で、星野氏は健やかさについて感じたことがあったと話す。

星野氏「ラップランドで過ごして、自然はコントロールできないこと、そして人間はそんな自然の一部なのだと実感しました。

サウナを温めるために何時間も火を焚べ続けないといけないし、水風呂の代わりに水温2度の湖に入らないといけない。オーロラを見たいと思っても白くてぼんやりした景色しか見えないこともある。自然も人間も、決して思い通りにはできないものだなと感じたんです。

それはオープンダイアローグにも通じる前提ではないかと思います。すぐに症状を治せるわけではない。けれど、時間をかけて話を聞き、患者が孤立しないように関わっていくと、じわじわと孤独が緩んでいく。そのなかで、だんだん『やっていけるかもしれない』という気持ちになったり、『ちょっと働いてみようかな』と思えたりする。そういう時間のかかる、面倒くさいプロセスが、今日のテーマにもある健やかさにつながるのかもしれません」

人と対話を重ねることで、焚き火にあたるようにじわじわと孤独を緩める。他者とのかかわりによる健やかに触れたという星野氏。

その話を受けて、佐々木氏は「DAYLILYのプロダクトは一人で心地よく過ごす時間を提案しているように感じられる」と小林氏へと話を繋いだ。

漢方を特別な薬と捉えず、日常に取り入れるため、お茶やコスメ、ライフスタイル雑貨などを展開しているDAILILY。プロダクトを通して実現したい価値や健やかさについて、小林氏は次のように話す。

小林氏「DAILILYでは、誰かにとっての健康や美容の『おまもり』を届けたいと考えています。

私自身、起業前に広告代理店で働いていた頃、心身ともにヘルシーに生きる難しさを感じていました。大きな組織ではコントロールできないことも多いなか、心地よく過ごすにはどうすればいいのだろうと悩んでいたんです。

その際に思い出したのが、共同創業者であり台湾出身の友人、Eriちゃんから聞いた漢方の話です。台湾では漢方が身近な存在で、コンビニや夜市で気軽に手に入る。女性たちは心身の調子に合わせて、気軽に生活に取り入れているそうなんです。

なので、気持ちのいい日々を過ごすためのおまもりとして、漢方を使ってみてほしい。それも無理に調子を上げるのではなくて。コントロールできない状況のなかでも落ち着いて心地よくいられる。“stay”な状態になってほしいという思いがあります」

DAYLILY JAPAN 代表取締役 小林百絵氏

DAYLILYでは顧客、そして従業員の両方を“Sister”と呼ぶ。そこには顧客と「共に悩みごとを解決したい」という願いが込められているという。

小林氏「お客様の課題に対して解決策を示すのではなく、同じ立場でどうしようかを一緒に考え、悩める存在でありたい。星野さんがお話していたオープンダイアローグとも重なる部分があるかもしれません。実際に売り場では、試飲をしながらお話をして、少しパーソナルな悩みを打ち明けてくれる人もいます。接客というより“茶飲み話”のような関わりを大切にしています」

自分なりの「いい感じ」を捉えて、育む

お二人の話からは、他者とのかかわりによって孤独をゆるめる時間、自分の心身と向き合い、養生する時間。その両方が心身の健やかさには欠かせないことが伺える。

星野氏は仕事で他者と関わるうえでも、まずは自分自身が“いい感じ”でいることを大事にしていると話す。

星野氏「自分が受診する立場になったとき、支援者がイライラしている感じだと、そのイライラがこちらにも飛んでくる感覚があるんですよね。診察室に入る前より、帰るときのほうが、もやもやしてしまうような。

だから、自分が診療するときは、健やかで機嫌良くいることを大切にしています。いい感じでいたら、こっちに共鳴してくれるんじゃないかと思っているんです。いい感じの波に向こうがチューニングしていってもらえないかな、と。

その意味で、自分が健やかでいることは仕事上の責務のようにも感じていて、色々と探究しているところです」

小林氏も同様に、自分自身の調子を整えることを意識してきたと話す。決して細かいルーティーンを課すのではなく、ちょうどいい感じを探っているそうだ。

小林氏「白湯やDAYLILYのお茶を飲む、といった習慣はいくつかあるものの、ルーティーンにするぞ!と意気込みすぎると辛くなっちゃう気がするんですよね。気持ちよく過ごしたいと思ったときに、何となく飲むかという、ゆるさも大切にしています。できるだけ楽に、無理なくがいいかな、と。

心身のバランスは綱引きのようなもので、きっと不調なときに『頑張らなきゃ』と、もう片方に引っ張ろうとしても、うまくいかないと思うんです。台湾の人たちは、不調なときに無理をせず、適度にゆるめる感覚に優れている感じがして。私も自分なりのバランスを見つけていきたいですね」

自分なりのバランスを見出すという話題と関連して、星野氏は自分にとってしっくりくる言葉を見つける大切さを語る。

星野氏「たとえば僕の場合、自分の心身の健やかさについて考えるときに『ウェルビーイング』という言葉で捉えようとしても、あまりしっくりこないんです。それは僕が英語に馴染みがないこととも関連しているかもしれません。どういう概念なのか、自分の中で掴めていないのに、何かが着地した気になってしまう感覚がある。

それより、僕にとっては『楽しさ』とか『心地よさ』という言葉のほうがしっくりくるし、自分の状態がそこからずれたときに、ずれているなと感じられる。英語だからダメとかではなく、人によって解像度高くとらえられる言葉を見つけられるといい気がします」

自分なりの“ずれ”を感じたときに、星野氏はどのように自分なりの楽しさや心地よさを取り戻しているのだろうか。

星野氏「東洋医学には以前から興味があって、少し『ずれたぞ』って思ったら、漢方を飲んだり、気功をしたりを試しています。病院に勤めていた頃は、不調を感じたら同僚に採血してもらって、結果をもらって対処していたのですが。採血の前に不調を感じ取って、できることは沢山あるなと今は思います。

あと、日頃から大切にしているのは自分を過度に責めないこと。自分が何か失敗しても、ここまではできたのだと捉えて、責めすぎないで、応援する。小さな自責を減らしていくことも、自分が機嫌良く、いい感じでいるために意識していますね」

自らのなかに“ピン”とくる感覚を大切に、ものを選ぶ

日常の中で自らの心身の状態を捉え、適切に対処していくのは簡単なことではない。「他者に診断してもらうのではなく、自ら気づき、調子を整える」という星野氏の態度に、佐々木氏は、漢方とのつながりに言及しながら、小林氏に「内なる声に耳を傾けるために心がけていること」を聞く。

小林氏「星野さんと同じく無理をしないことは意識しています。台湾で私が出会った人たちは、調子が悪いときには頑張りすぎない、ちゃんと休む人が多かったんです。それがとても羨ましいなぁと思って。かたや自分はなんでこんなに無理してるんだろうって、よく思うんです。今でも『頑張りすぎないように』って毎朝思い出しています(笑)

そういった感覚は、Sistersにも伝えていきたいなと常々思っています。ブランドを立ち上げた5年前は、『気分を上げる』といったアッパー系のメッセージが多かったんです。けれど、最近はコントロールできない状況の中でいかに平常心を保ち、自分なりに気持ちよく過ごすかを考えたくて。強さでも弱さでもなく、その人にとって無理のない、心地よいあり方は何かを一緒に探していきたいですね」

その変容の背景には「創業時の『頑張らねば』という意気込みだけでは、続けられない」という気づきがあったと小林氏は振り返る。星野氏も、相談を受ける人への関わり方は、ここ数年で少し変化したのだという。

星野氏「ここ数年、僕自身が機嫌よくいるための練習や実験をするなかで、相談にいらっしゃる人に『僕はこういうのやってよかったので、もしピンときたらやってみませんか?』といった話をすることが増えたんです。心地よさのために何をしたらよかったとか、生活にまつわる話をする。もちろん薬の話もしますが、僕は思うのですが、どうですか?と、茶飲み話のようなノリで話してみる。

そうすると相手との関係も対等になっていくんですよね。薬とか治療の話だったら、専門家の話を聞く感じになるけれど、生活の話なら『自分の生活ではこうです』と相手も話しやすい。そういうふうにやりとりが変わってきている感じがします」

向き合う相手は違えど、星野さんも小林さんも「茶飲み話」を大切にしているという共通項がみえてきた。

診断やジャッジではなく、個々の悩みをフラットに共有する機会や場こそが、私たちが健やかであるために必要なものかもしれない。

そして最後に、佐々木氏は「Lifestance EXPO」のテーマである「つくる。買う。選ぶ。の未来」と絡めて、お二人自身が健やかでいるためにどのようにものを選んでいるのかをたずねた。

星野氏「なるべく情報に左右されないようにしたいんです。なので、感覚的な話なのですが、ピンとくるかどうかは意識しています。

実はいろいろピンとくる練習もしているんです。あまり言うと怪しく聞こえるかもしれないので、詳しくは言いませんが(笑)

『あ、これはいい』と思ったら、買うようにしています。あまりにも高すぎたら躊躇しますが、フィンランドの旅も含めて、安くはないのものでも、これは良さそうだなと思ったら買いますね」

続いて小林氏が挙げたのは「拠り所」というキーワードだ。

小林氏「ものの良し悪しより、自分にとって身体的に気持ち良いか、拠り所になってくれるかを大切にしています。大変なことがあっても、拠り所があれば、人はしなやかに生きられる気がしているんです。拠り所がたった一つだと、それがなくなったときに大変。だから、いくつか用意しておけるといいですよね。『今日はこれにしよう』とか選べる状態がヘルシーかなと思います」

本セッションのテーマは『心とからだにとって健やかな、ものの選び方とは? 』だが、セッションでは、そもそもの自分や他者との健やかな向き合い方についての話題も多く挙がった。ものの選びかたを考えることは、自らの生き方や暮らし方の姿勢や態度、まさに「ライフスタンス」について考えることでもある。そう改めて実感するセッションだった。