会社のスタンスを理解し、理想を形づくる

本セッションが生まれた背景には、中川淳氏の経験と視座がある。中川政七商店では、2007年からgood design company代表の水野学氏と共に、ブランドデザインに注力してきている。それ以前にも様々なデザイナーと一緒に活動し、上手くいったこと/上手くいかなかったことを含め、デザインとの向き合い方を徐々に体得してきたという。セッションではデザイナーである原氏、坂本氏とともに、その解像度をあげていこうというものだ。両者はいかに会社と向き合っているのか。

本セッションにオンラインから参加した原さんは、この問いに対して「会社によって、向き合い方は異なる」と、いくつかの例を挙げ説明した。

日本デザインセンター代表 原研哉氏

原氏「例えば、2002年からアートディレクションを担当している無印商品。この場合は、アドバイザリーボードメンバーとして参画し、無印良品という商品やサービスの方向や世界観、思想などについて常に話し合っています。経営メンバーとアドバイザリーボードメンバーが双璧をなしながらブランドを練っていくというという観点では、かなり特殊な例が高いかもしれません。

一方、蔦屋書店を運営するカルチュアコンビニエンスクラブでは、経営者の意向がはっきりしているので、それに見合うロゴを作ったり、コミュニケーションツールやサイン計画を提案したりと、経営者の掲げている理想を少し先まわりして提示していくことに徹しています。

いずれも求められているデザイナーの役割を考えながら向き合っています」

奈良県東吉野村を拠点にするデザインファーム、合同会社オフィスキャンプ代表の坂本氏は、家族経営の小さな会社や行政と共に仕事をすることが多い。ものづくりに特化した事業者も多く、デザインの域を超えてマーケティングなど幅広くサポートすることも少なくないという。

合同会社オフィスキャンプ 代表社員 坂本大祐氏

坂本氏「私の場合、経営者やマーケターが考えた戦略に沿ってデザインを考えてお渡ししたり、一緒に議論しながらより良いアイデアを考えるような仕事はほとんどありません。事業者に対してヒアリングを重ねて、その会社の良さを引き出していくことに終始取り組んでいます。

その中では、たとえデザインという領域を超えていたとしても、商品を世の中に出す上で我々がやったほうが良いと思えることは、関わるようにしています。こんなにおもしろい商品やサービスがあるなら、どうにか世の中に伝えたいという想いが強くある。だからこそ、デザインを超えた幅広い領域までサポートしたいと思える事業者と一緒に仕事をしたいと考えています」

両者の話を踏まえ、中川氏は「経営とデザインのリテラシーも関係してくるのではないか」と述べる。

中川氏「経営サイドのクリエイティブリテラシーと、クリエイティブサイドの経営リテラシーがお互いに行き届いている状態であれば、いい会話が生まれる一方で、行き届いていない状態だとプロジェクトが上手くいかないと思います。

原さんは相手の求めているものを見極め都度変化させている。坂本さんの場合は相手の要求がないからこそ、深く関わる必要があるのだと思います」

地域の価値に気づき、伴走する

東京を拠点に、日本を代表する会社を中心に向き合う原氏と、奈良県東吉野村を拠点に地域の事業者を中心に向き合う坂本氏。自身の拠点も、相手の拠点も異なる両者だが、デザイナーが会社と向き合う上で、場所による変化はあるのだろうか。

原氏は、仕事の作り方や組み方を変える可能性を示唆する。日本国内のえりすぐりスポットを紹介するWebサイト「低空飛行」の活動にも取り組む同氏は、地域の持つ価値に可能性を感じた場合、成果が出るまで伴走する提案をすることが増えてきたという。

原氏「地域に眠る資源が価値に変わるという手ごたえと感じた場合、成果の一部を報酬としていただく形で仕事をすることもあります。デザインを担当して、その対価として一定のデザイン料をいただくのではなく、成果が出るまで一緒に努力し、リスクを共有しつつお互いにWin-Winになれるような状況を目指す。そういった関係性は、今後、地域の仕事をするなかで増えていきそうです」

現在は奈良、以前は大阪を拠点にデザインに取り組んでいた坂本氏は、活動拠点の違いについて言及する。

坂本氏「クライアントによって、どのようなアウトプットが求められるかが異なるだけなので、活動拠点はあまり関係ないと思います。ただ、強いてあげるなら、情報量や解像度の差でしょうか。地域に暮らしながら活動している方は、その地に根付いているので解像度が上がりやすい。同じデザイナーであっても、その地域に対する優位性があると思います」

坂本氏の話を受け、中川氏もまた地域を拠点に活動するデザイナーが増えることに価値を感じていると語る。

中川氏「リモートワークが普及したおかげで、簡単にオンラインで打ち合わせできるようになりました。ただ、クリエイティブに関しては、会って話した方がスムーズに行くことも多い。だからこそ、地域に優秀なデザイナーが増えることは、地域の事業者にとって非常にありがたい状況だと感じます」

社長が「本気」を見せているか?

経営や事業と向き合うデザイナーは、志を持つ会社か否かにそのあり方も大きく左右されるのではないか。デザイナーの視点や実践を通し、よい会社へと生まれ変わることもあるはずだ。そのような役割をも引き受けてきたであろう両氏は「これからの時代のいい会社」を見据える上で、そもそも「いい会社」をどのように捉えているのだろうか。

原氏「社長が『本気』であり、かつ実現したいことを明言していることですね。デザイナーの仕事は本質を見極めることなので、 どこに本気があるかわからない会社はお手伝いがしづらい。なかには今のまま5年くらい走り続ければ、責任をまっとうできるかのように、逃げ切り型の姿勢に見える会社もあるんですよ。そうではなく、社長が『こういう事業をやりたい』『これを成功させたい』と本気で思っている会社は、その中身がどうあれいい会社だと思います」

坂本氏も、原氏の考えに同意を示した。

坂本氏「社員を含めた組織全体が、本気か。チーム一丸となってやろうとする姿勢があるかどうかは大事だなと感じます。先ほどMinimalというチョコレート専門店のワークショッププログラム*に参加してきたんですが、講師を務めるスタッフが社長ではないのに、Minimalの取り組みについて、とても熱く語っていたんです。言動から、ビジネスとしてではなく、本気で伝えようとしている姿勢が伝わってくる。チームの中に魂が宿っていて、一匹の大きな生物がいるかのように感じられる会社は、素敵ですね」

(*編注:Lifestance EXPO内ではトークの他いくつかのプログラムを展開しており、その一つにワークショッププログラムがある。Minimalはチョコレートのテイスティングイベントを実施していた)

社長の本気が社内に伝波し、顧客にも伝わり、ブランドになっていく。その積み重ねの先にいい会社が形作られていくのではないだろうか。

Minimalのチョコレートのテイスティングイベントの様子

中川氏も、志ある会社が世の中に広まることを期待しているという。

中川氏「Minimalと同じように板チョコを1000円で売っているが、Minimalのような志がない会社も、世の中にはあるかもしれません。マーケティングを得意とする会社であれば、上手くごまかして消費者に届けられるかもしれない。しかし、それによって真面目に志を持っている会社が儲からないことはなくしていきたい。

昔は地域の情報が東京には届かないこともありましたが、オンラインでつながれることで情報の格差も着実に少なくなってきている。だからこそ、会社側も全てにおいて嘘なく真面目にやらなければいけないし、その姿勢はお客さんにも届く。『消費は投票だ』と言われるように、会社のスタンスがしっかりとお客さんに伝わり、お客さんが物を選ぶ時の判断基準になる世の中が来てほしいですね」

とはいえ、スタンスを伝えることは容易ではない。だからこそ、デザインの力が必要だ。

中川氏「例えば、お客さんと直接向き合って商品の魅力を伝えたり買っていただけたりするシーンは、どうしても限られます。でも、店頭でもオンラインでも、置かれた商品を目にしたりそこから何らかを感じとってくれる人はいる。だからこそ商品自体のみならず、その周辺も含めてデザインを活かす必要があると感じています」

中川氏の意見を踏まえて坂本氏も、改めて生産・消費を問い直す機会が必要だと語る。

坂本氏「賢く儲けることにのみ価値がある、と捉えることは、もうダサいと思うんです。それよりも、本当にいいことを世の中に向き合ってやっている会社の方が、やっぱりいいんだと知ってもらう必要がある。

今日このライフスタンスエキスポにたくさんのお客さんが来ているように、いいことをやっているから儲からないという時代ではなくなっている。だからこそ、改めてものを作ること、ものを買うことをみんなで一緒に問い直していく機会は大切なのではないかと思います」

いい会社を形づくるためには、デザイナーによる会社が持つ思想や哲学の可視化が欠かせない。だが同時に、会社で働くメンバーの志や熱意もなくてはならない。デザインが担うべき役割は単なる可視化にとどまらず、その波及にまで広がっている——とも言えるのかもしれない。

それと同時に、これからの時代のいい会社を作り上げるには、志ある会社とデザイナーが一体となって取り組んでいくことが欠かせないのではないだろうか。