山本郁也様
明けましておめでとうございます、本年もよろしくお願いいたします。
というには、少々時期外れになってしまいましたが。
冬休みに一時帰国した際に、ようやく長野のお家に伺い、この書簡でやりとりしていたことや、恋愛・結婚についてなどお話できて、とても嬉しかったです。次はいつになるか分かりませんが、また遊びに行きたいものです。
とご挨拶はここまでにし、長野からの最後のお手紙に返答する、フィンランドからの最後のお返事となりますね。郁也さんのおっしゃった、この手紙に通底している「絶望」。ぼくが日本を出た出発点はまさに、デザインへの希望の見えない現実でした。そしてまた、イマの日本社会に蔓延している空気の中で感ずることでもありました。
デザインについて考えることは、社会について、ひいては人類という種について思いを巡らすことです。古くはベルグソンがホモ・ファーベルと唱え、マクルーハンが語るように、人類は多様な道具・メディアを制作し、その道具に制作されながら、種として進化ーあるいは退化ーを遂げる生き物だから。デザインに絶望することは、現代の人間性、あるいは社会への絶望に通ずるのかもしれません。
全10回の書簡のやりとりは、その絶望に向き合いながらもぼくに一縷の光、希望をもたらしてくれました。フィンランドで肌に染み込ませてきたような、そして今までお話してきたような、夢やロマンを追いかけ未来への祈りを投じていくというデザインの本来性には、美しさや尊さすら見いだせるのです。
この書簡は、デザインの可能性を思索するものでありました。そして、ぼんやりと、おぼろげながらもその輪郭が浮かんできたように思います。一方で、これはデザインの新たな可能性を開いたのではなく、本来はそうであった、またはそうでありかったけれど近代において失われていたもの、といった類なのかもしれません。
冒頭で述べたように、デザインの言説が社会、ひいては人類に通ずる部分があるのだとすれば、重要なのは夢を大事にする人間としての生き方なのではないか。これまで、魔術的・詐術的なデザインの闇の性質も論じてきましたが、デザイン自体の問題ではなく、それに向き合う人間の”あり方”の問題に尽きるのではないか。だからこそ、内なる光が必要なのでしょう。
シュタイナー教育で高名なシュタイナーは、宇宙的視点から生を請け負う本来の人間性を哲学し、人間の復活を掲げて魂を輝かせるために人智学を興し、教育や医療、建築設計など分野を問わず従事してきました。以前挙げていただいたバックミンスター・フラーも同じく宇宙における人間の役割を唱え、戦争の根絶や地球と人類の存続に対して、建築構想からワールド・ゲームまでを手がけました。
そうした大いなる夢を掲げ、それに真摯に向き合ってきた先人たちのことを知れば知るほど、背筋が伸びる思いです。彼らにとっては、描いていた未来に対して一つの分野は入口にすぎず、包括性を大切にしながら未来へ祈りを投企していたのだと思います。「人間のあらゆる進歩は無法地帯で起こる」というフラーの言葉は、人工的、分断的な専門から、全体性を志向する自然への回帰をよく表しています。
彼らこそが真のデザイナーであるなら、デザインという未来へのコミットメントを”在り方”として捉え、未来への、そして世界への責任を真摯に引き受け果たしていく。そうした生きていくことに他ならないのではないでしょうか。そして未来のコミットメントは”専門としてのデザイン”に閉じたものではありえない、教育活動や投資だって未来へのコミットメントですから。
郁也さんの決意である「デザインという言葉を使わずに、そしてデザイナーと名乗らずに、それでもデザイナーでいる」というのは、まさにデザインを”在り方”に昇華させ、体現されているのだと受け止めました。ぼくが出会った、デザインの「外側」に広がる世界に生きる人々に感化されたのも、その生き様を彼らの実践を通して垣間見たからなのだと思います。
そう考えると、以前ほどの偏執も薄らぎました。デザインの外に出てもデザインから離れるわけでもない、とはいえ、ぼくは専門としてのデザインも活動の一つに位置づけるだろうと思います、それが追い求めたい夢に通ずる限りは。そんなこんなで、ぼくのデザインへの向き合い方や距離感は、すぐにはパキっとは割り切れないけれど、きっとそれでいいのでしょう。
それよりも、今問うべきはこのやり取りを通じて得られた可能性を希望の灯火としながら、それをもってして何ができるか、どのような未来を欲望し、コミットしていきたいのか、です。この書簡も終わりと同時に、ぼくの留学生活も卒業まで残りわずかです。これから先、どう自分なりの実践を重ねていくのかは、まだ暗いトンネルの中をおぼつかない足取りで進んでいる状態です。ただ、自らに内なる光を灯し、魂を磨いていきたいと思います。
このようなやりとりをする機会を頂けて、大変光栄でした。思い返せば、ぼくが郁也さんに初めてお会いしたときには、こうしたお話をするご縁に至るとは思ってもみなかったです。
最期に、ここで得た希望をこれから先に繋げるための自戒も込めた言葉を綴り、終わりとさせていただきます。
“You must be the change you want to see in the world.”
-Mahatma Gandhi
川地真史