働くうえで「いい会社」とは何か?

まず、「働くうえで『いい会社』とは何か」という問いが共有された。「働くうえで」という条件を付けたとしても、まだ「いい会社」をどう捉えるかは難しい。

生きるように働く人のための求人サイト「日本仕事百貨」を長く運営してきたナカムラ氏は、この問いについてこう語る。

生きるように働く人の仕事探し「日本仕事百貨」は、給与や勤務地などの条件だけではなく、職場を訪ねて取材して、良いところも、そうでないところも含め、会社のありのままを紹介している

ナカムラ氏「なかなか捉え方が難しいですが、2つの切り口から話してみたいと思います。ひとつは、このイベントのテーマでもあるスタンス(生き方・働き方)が合うかどうか。

例えば、日本仕事百貨の取材で、様々な企業の言葉に触れます。これは木の葉っぱようなもので、その先に枝があり、幹があり、根に通じている。この根っこの部分が合うかどうかというのは、大事だと思います。

もうひとつは、パズルのピースのように会社が募集しているポジションに求められる能力と、自分の強みや性格がフィットするかどうか。この2つの観点から、働くうえでいい会社は考えられるのではないでしょうか」

株式会社シゴトヒト代表 ナカムラケンタ氏

入社前に得られる情報はほんの一部。全貌がわからず、一部から判断しなければならない。「それって、きっと一枝分くらいの情報だと思うんです。ただ、根っこがズレてなければ、大きなズレにはならないはず。だから、腹を割って根っこの部分を共有できるといいですよね。求職者と会社がお互いに」とナカムラ氏は話す。

江澤氏は、「Soup Stock Tokyo」にアルバイトとして関わりはじめ、社員になり、店長として勤務。その後本部に異動した後に、新設された人材開発部を任され、現在もさまざまな人事施策を手がけている。そんな江澤氏にとって、働くうえで「いい会社」とは。

江澤氏「ナカムラさんの言う根っこは、表には理念やビジョンのような形で見えるようになってますよね。大事なのは、どれだけ実直に理念やビジョンを形にしようとしているかだと思います。

本当に成し遂げようとしているかを積極的に聞いていくと、その理念がどれだけ社内で日常的に使われているか、判断するときの物差しとして機能しているかどうかがわかってくる。根っことなる部分が、きちんと社内に浸透しているかどうかは大事ですよね」

株式会社スープストックトーキョー 店舗運営ユニット 人材開発部部長 江澤身和氏

ご自身もスープストックトーキョーが好きで、よく人に紹介したり、贈ったりしているという江澤氏は「扱っているものが好き、共感しているのも大事なので、好きか嫌いかを物差しにするというのもありますね」と付け加えた。

自分軸はどう作る、どう見つける?

根っこが重なるかどうかを判断するのは「自分」だ。自分のなかに、フィットするかどうかを考えるための物差しがなければ、判断もできない。登壇者の二人は、どのように自分の軸をつくってきたのだろうか。

江澤氏「自分自身を理解するのは難しくて、今でもまだ理解できていない部分も多いと思います。最近、ようやく徐々にできるようになってきたくらいです。学生時代、就職活動で様々な企業を見たのですが、当時はやりたい仕事や働きたい企業が見つからず、フリーターになったんです。焦らずに、自分のやりたいことが見つかるまで待つことを選びました。その後、スープストックトーキョーでアルバイトを始めて。そのときに、いろんな方と交流し、話をすることで自分自身の『軸』を見つけ、やりたいことが明確になっていきました。

25歳の時に初めて正社員になったので、自己理解や軸探しには時間が必要だったのだと思います。入社後、迷いなく軸が持てたかというと、そうでもなくて。周囲から評価される強みと自分が思う強みが一致していないこともありました。周囲から見た自分を知る機会を得られたのはよかったですね。自分の性格は頑固なのですが、段々と周囲の意見を受け入れるようになり、柔軟になってきた感覚があります。柔軟になってからのほうが、自分の軸が明確になってきたと感じますね」

ナカムラ氏は、人との関わりの中で自分軸は構築されていきますよね、と話す。その軸を見出すためには、他者とのコミュニケーションも大事だし、実際に働いてみることでわかることがあるという。

ナカムラ氏「社会にはマジョリティに向けられた価値観が氾濫しています。いつのまにかその影響を受け、あたかも自分も同じ価値観であると思い込む状況が生まれやすい。『自分もそれに合わせないといけない』と。僕も会社員時代は、ピンと来ていたわけではなかったにもかかわらず、必死に既存の価値観に合わせようとしていたように思います。いろんな人と話して、多様な価値観を知り、相対化することが大切ですね」

自分軸を知るための手段として、ストレングスファインダー®や16Personalities、エニアグラムなどの性格診断もあるが、これには注意が必要だとナカムラ氏は言う。なぜなら、これらの診断によって現れる特徴には、後天的に養われた性格や強みも含まれるからだ。

もちろん、それも自分自身のことではあるし、ポジティブな場合もある。だが、当人が望んで身につけたものではないこともあり、それを強みにしようとするとしっくりこないこともある。ナカムラ氏にとっては、幼少期より親の転勤によって身についた、「社交性」がそうだったという。

ナカムラ氏「できるだけ、素の自分、肩の力を抜いた状態でいられる自分の軸はなにかを見つけられるかが大切ですよね。当事者研究のように、同僚や友人との会話を重ねることで、少しずつそれが掴めてくると思います。その人らしさが現れるのは、これまで積み重ねてきたことがら。これは個人でも、法人でも同じですね」

二人の話からは自分軸はそう簡単に見つかるものではないことが伝わってくる。じっくりと時間をかけて見つけていくものなのだろう。江澤氏は親からの「焦らなくていい」という言葉があったことでじっくりと自身と向き合うことができたし、ナカムラ氏は働きながら中目黒にある行きつけのバーで、多様な人と会話を重ねる中で自身を相対化していった。

二人の話を受けて、内村氏は日本でも「ギャップイヤー」のような時間を過ごすことが当たり前になっていくといいですよね、とコメントした。「加速社会」とも言われる現代において、その時間を主体的に選び取ることは難しい。

「自分にとってのいい仕事、いい会社は、焦って決めることではなく、じっくりと考えるのが当たり前なんだ」という価値観が社会にじわじわと広がっていけば、仕事と会社を選べる人も増えやすくなるのではないだろうか。

「いい会社」に出会うための柔軟さ

そうやって自分軸を確認し、仕事や会社に向き合い、就職したとする。それだけ時間をかけて見つけたのだからと、その会社に縛られることがないように、と江澤氏は言う。

江澤氏「会社は絶対ではなく、辞めていいんだと考えることが大事。ずっとそこにいなきゃと思うと苦しくなってしまうこともあります。辞めるのも、一つの選択だと思うとすっと気が楽になるんですよね」

「出戻りもありですよね。他の会社を見てからのほうが、改めて自分に合うかどうかがわかることもある」とナカムラ氏は語り、「大事なのは、自分を知ること、会社を知ること。そして、ご縁の3つですよね」とセッションで話してきたことを振り返る。

セッションの最後に、二人が語っていたのは、主体的に行動し、会社の中の人やつながりがある人とコミュニケーションすることの大切さだった。少し、乱暴なまとめ方をしてしまうと、人間関係を築いていく際に必要な点と重なる点ばかりだ。

「就職活動」という、仕事のためには決まった枠組みに沿って行動しなければならないような認識が広がった。しかし、枠組みやルールだけにとらわれず、改めて、プリミティブな仕事との出会い方を探ってみることも、必要なのかもしれない。

江澤氏の挙げた「時間をかけてもいい」は、今やりたいことが何かわからない人にとっても、励みになる言葉だろう。たしかにワークとライフはつながっているとはいえ、人生においてどちらに比重が置かれるかは異なるし、変化していいはずだ。

大切なのは、その揺らいでいる状態を自覚し、何が起きているのかを捉えてみること、それを他者と共有して、自分なりのやり方を探していくことではないか。その積み重ねは、かけがえのない、私たち一人ひとりの人生を彩ってくれるだろう。