三方良しを実現する「よい価格」とは
江戸時代中期、1716年に創業した中川政七商店は、「日本の工芸を元気にする!」をビジョンに掲げ、工芸をベースにした生活雑貨の企画製造・販売をする「SPA事業」や、全国の工芸メーカーの経営再生を目的としたコンサルティングおよび流通支援を行う「産地支援事業」などを展開している。
同社は自社工場をもたない「ファブレスメーカー」だ。全国の工芸メーカーや工房、職人と協業しながら商品を世に生み出している。一方、工芸にまつわる市場は、生産額や従業員数が年々減少し続けているのが現状だ。コロナ禍で一層経営が難しくなり、事業を畳まざるをえない状況に陥っている職人や工房も少なくないという。
千石氏「特に大事にしているのは商品の価格設定です。もちろん買ってもらえないと意味がないため、お客様が手に届く価格にする必要はあります。とはいえ、膨大な時間をかけて作られた工芸品に対して、安易に価格を下げることは、職人の負荷に直結してしまう。
同時に、職人にとって望ましいのは、発注が続く状態が維持されていることでもある。長く続かずとも高く売れればいいわけでもありません。職人と企業、お客様の三者にとって、長く関係を続けるための価格を模索しています」
商品を取り巻く誰しもが無理や我慢をしない、フェアな関係でいられる状態を目指している同社。もちろん、この状態を作るのは容易ではない。
別セッション『なぜ、その商品を届けたいのですか? ―使い手とつくり手をつなぐ「思想のある売り手」』でも、同じような話題が上った。そこでは、わざわざの代表 平田はる香氏と、FOOD&COMPANYの代表 白冰(バイ ビン)氏が登壇。実店舗を持つ両者は、買い手とつくり手にとっての利益と向き合いながらも、事業としてお店を継続、拡大させることに挑戦していると語った。
「よい店舗」づくりへのこだわりが、じわじわと地域に広がる。わざわざ平田はるか氏、FOOD&COMPANY白冰氏が語る、思想ある売り手の姿勢
なかでも大きな課題感として千石氏が言及するのは「職人自身が、商品に対する適正な価格や技術の価値を見極められない」というものだ。
千石氏「職人のなかには、商品の注文を受けて、よいものを作ることだけを考えてお仕事をされている方も少なくありません。そのため『あなたの技術に値段をつけてください』というと、悩んでしまう。自分たちの技術や商品に、どれほどの価値があるのか分からないのだそうです。この状態は、価格決定権を失ってしまっているのと同義とも言える。そうした積み重ねが、事業上苦しい状況に陥ってしまった背景の一つにあると思います」
千石氏の語る課題感は「チョコレートの市場にも存在する」と、Minimal – Bean to Bar Chocolate -を運営する山下氏も述べる。
Minimalは「Bean to Bar(ビーン・トゥ・バー)」というスタイルで、世界中から品質の良いカカオ豆を選び抜いて仕入れ、カカオ豆から板チョコレートになるまでの工程を自社で一貫管理し、チョコレートを製造している。
同社が向き合うのは、チョコレートの主原料である「カカオ豆」の価格だ。地球温暖化に伴う乾燥で、生産が難しくなっているカカオ。アメリカのある研究によると、2050年までにカカオの木が絶滅する可能性があるといわれている。
にも関わらず、カカオ市場を見てみると、カカオ豆の取引額は30年間でほぼ変わっていないという。この状況下に対し、Miniamlではカカオ豆のつくり手と適切に向き合えるよう、自社独自の価格基準を設けている。
山下氏「私たちは『チョコレートを新しくする』というビジョンを掲げ、カカオ農家、企業、お客様が、三方良しとなる社会を目指しています。
そのビジョンから考えると、現状のカカオ豆の価格には大きな課題があると考え、市場価格とは別の評価軸に基づき仕入れ価格を決めています。
例えば、2021年の市場平均価格は2.43ドルに対し、私たちは6.67ドルで買い付けました。これは単に高く買っているわけではなく、品質に沿った適正な評価をお支払いしているだけのこと。決して『農園を助けたい』というボランティア精神ではありません。従来のカカオ農家と企業との関係性を変えていきたいと思っているんです」
独自の基準を定め、質に見合った高い金額を提示する。農家と真摯に向き合い、双方に利があるあり方を目指した結果が金額に表れているのだ。
相手の「主体性」を引き出すような関わり方が不可欠
取引先といい関係を持続するために必要な「適正価格」。では、単に維持するだけでなく、その一歩先を見据え、共に“成長する”には何が必要になるのだろうか。
千石氏「弊社のコンサルティングでは、過去に数回だけプロジェクトを中断したことがあります。それらに共通していたのは、工芸メーカー側が『受け身』の姿勢だと感じられたことでした。
私たちの仕事は、メーカーが抱える課題を紐解き、最適な解決法を提案し、目標に向かって伴走すること。その過程で『今の課題は何か』や『どんなものをつくっていきたいのか』、『どんな未来を実現したいのか』などと、考え抜くのは、あくまでメーカー自身です。
社内ではよく『コンサルティング事業は、経営の家庭教師だ』と言っていたりするのですが、知見やノウハウをシェアすることで、自走できるようになることを目指している。だからこそ、受け身ではご一緒できません」
千石氏のコメントを受けて、山下氏も仕入先の農家に求める姿勢について語る。
山下氏「私たちは、スーパーやコンビニなどでは1枚100円ほどから買える『板チョコ』を1枚1,000円以上、つまり約10倍以上の値段で販売しています。
この価格を成立させ続けるには、私たちが考えたり、売り方を工夫したりするだけではなく、素材となるカカオを提供いただく農家の方々の努力も不可欠。『もっと質の高いカカオをつくりたい』という気持ちを持ち、より良いチョコレートを作るために尽力し続けなければいけません。そういった姿勢こそ重要だと考えています」
とはいえ、単に努力し続けることを求めるのも難しい。そこでMinimalでは、農家のモチベーションを維持するために、会社として「ある工夫をしている」と続けた。
山下氏「カカオ農家の中には、そもそもチョコレートを食べたことがないという方もいらっしゃる。そういった方々のために、『おいしいチョコレート』を体験してもらうワークショップを現地で開催しています。
ワークショップでは、農家さんの倉庫から一緒に豆を選び、チョコレートになるまでの工程を一緒に体験していく。そして、できたチョコレートの食べ比べをするんです。すると、豆の品質によってチョコレートの味が全然違うことに気がつく。そこで初めて、世の中の『おいしい』という感覚が分かったり、おいしいチョコレートになるカカオ豆への関心が沸いてくるんです。
『おいしい』が分かれば、それを作るためのカカオとはどうあるべきなのか。今あるカカオをどうしていけばいいか——と、自分たちのカカオの質を磨いていくようになります」
顧客に扱うものの「背景」を丁寧に伝える
直営店を持つ2社は、仕入先だけでなく、販売する顧客についても考える必要がある。山下氏は、都内に2店舗展開する直営店では、商品自体の機能的な訴求ではなく、背景にある思想に基づくコミュニケーションを重視していると述べる。
山下氏「私たちは、冒頭でお話ししたビジョンに沿って、チョコレート自体の楽しみ方を変え、その楽しさを発信していこうとしています。
そのために、お店に来てくださった方に対しては、弊社のビジョンや、一枚のチョコレートが作られる背景まで、一つひとつの要素を丁寧に会話する。『普段1000円払ってるものと、同じ価値がこのチョコレートにもある』と納得してもらえるよう、チョコレートの“価値”を伝える努力をします。そうした納得感が醸成された上で買ってもらうことこそが、私たちのビジョンの実現に近づくからです」
千石氏は山下氏の言葉にうなずきつつ、ものの背景を伝える重要性について言葉を重ねた。
千石氏「私たちの扱う工芸品は、100年以上前から継承されてきた技術や技法で作られたものが多い。そして、その一つひとつに、歴史や文化、地域性、つくり手、つくり方…といった背景があります。それらを伝えることは、顧客にとって価格に対する納得感にも繋がる。最初は少し高いと思っていた商品でも、背景を深く知れば価格にも納得感が出てくる。だからこそ顧客との接点は大事なんです」
両者の発言を踏まえて、浜田氏は生活者目線における価格設定について、問いかけた。「価格を上げることは顧客を選ぶことになるが、先述の通り極端に下げることは職人や農家への負荷を強いることへも直結します。そのバランス感覚はどう考えますか?」と。
千石氏「適正な価格の中で、生活に取り入れてもらえればと考えています。もちろん暮らしの中で扱う道具全てを工芸品にしてほしいとは、全く思っていません。ですがたった一つだけでも生活に取り込むことで、変わっていくことはあると思っています。
人間はとても繊細なニュアンスを受け取れるものだと思っていて。商品を作った人の技術や想いなど背景にある情報に出会うと、ものに対する想いが変わることもある。商品の良さや価値を伝え続けていくしかないなと、今は思っています」
生産者、企業、生活者。関係する全員にとって、フェアな状態とはどうしたら実現できるのだろうか。千石氏は、それぞれの距離を縮めていくことが重要だと語る。
千石氏「お互いに対等かどうかを考えてみると、現在の作る側と買う側の距離が離れてしまっていることが問題だと思います。私たちも産地を訪れて、職人のみなさんと話し、ものづくりの背景を知るほど、『この作り手さんからを買いたいな』『使いたいな』という気持ちが一層高まります。
もちろん、買う側が毎回産地に訪れて手に取れたら素晴らしいですが、現実には難しい。私たちの役割は、作る側と買う側のも、互いの距離を縮めて、いいものを認めながら、つくったり、買ったりという行為が健全に続くことが、フェアにつながっていくのだと思います」
千石氏が語った、作り手と買い手の距離。互いのことを知り、距離が縮まっていけば、山下氏が語るような全員が「好き」という気持ちでつながる、フェアな関係が育まれていくのではないだろうか。
「フェア」な関係を実現するには、価格面などをはじめ対等に継続的な関係を維持しようという努力が不可欠だ。ただ、より根源的な部分まで遡ると、ものを取り巻くステークホルダーが互いを知り、認め合うことこそが必要ではないかという、シンプルだが力強い問いかけがなされた。
ものづくり、商売に携わる企業はもちろんだが、この問いかけは生活者としての姿勢にも当てはまる。いま目の前にある“もの”を取り巻くステークホルダーについて、考えはじめるきっかけにして欲しい。