商品を選ぶ基準になるのは、人の温度を感じるかどうか

トークでは、小売事業を展開する二人の経営者が商品を選定する基準や大切にしていることについて紹介した。

FOOD&COMPANYは、「やさしい経済を通してリラックスした社会へ」をビジョンに掲げ、オーガニックの新鮮な野菜やこだわりの食材を販売する“グロッサリーストア”を展開する。

グロッサリーストアとは、英語で小中規模の食料雑貨店を指す。「一通りのものがそろうけれど、お客様と親しくコミュニケーションを取れる」お店を目指していると白氏は言う。そうした顧客との近しい距離感に加え、作り手や買い手、社会や環境にとって、サステナブルな食品や日用品を取り扱う点も大きな特徴だ。

商品の選定においては「F.L.O.S.S.(フレッシュ、ローカル、オーガニック、シーズナル⦅季節性の高さ⦆、サステナブル)」という、5つの項目から成るガイドラインを、2013年のオープン時より利用してきた。

しかし、「決してガイドラインだけで選定しているわけではない」のだと、白氏は話す。

白氏「最終的には、商品の担当者など“人”を見て、扱うかどうかを決めてきました。少し感覚的な話になるのですが、担当者と商談をするとき、相手に商品への思いや熱量があるのかは伝わります。その熱く語る姿を見ていると、商品自体にも人の体温を感じるんです。

たとえば野菜を仕入れる場合も、栽培基準を満たしているかだけでなく、野菜を育てている人が、どのような思いを持って育てているのかを必ず聞いてきました。基本的に仕入れるのはオーガニック野菜なのですが、思い次第ではオーガニックではない野菜も検討します。

また、選定においては、お客様が日常生活で使い続けられるか。お財布にとって『サステナブル』かも重視しています。どれだけ身体にいいものでも、あまりにも値段が高いと、普段使いするのは控える方が多いでしょうから」

株式会社FOOD&COMPANY代表 白冰氏

平田氏は、長野県東御市という人口3万人の小さな街で、パンと日用品の店「わざわざ」やギャラリー・本・喫茶「問tou」、コンビニ+直売所型店舗の「わざマート」など複数の店舗を展開している。​

「自分たちが使って良いものを販売していく」というポリシーのもと、ラインアップを拡充し、2023年5月時点でオリジナル商品の種類は20種、SKU(取り扱い商品数)は1万点を超える。「あの店に行けば、だいたいのものがあるよね」という状態になってきたと平田氏は振り返る。

わざわざのコーポレートサイトには、以下のような商品選定基準が書かれている。

1.長く使えるもの
2.飽きのこないもの
3.暮らしに寄り添うもの
4.きちんと作られたもの
5.環境に配慮したもの

これらの基準と併せて、平田氏も白氏と同じく「どんな人や会社が手がけているかも選定において大切にしている」と話す。

加えて、平田氏自身が長野県に暮らすなかで感じたニーズも、選定の意図に反映されているそうだ。

平田氏「買い物って、商品の品質やトレーサビリティなど詳しく調べて、心から納得できるものを買おうとすると、時間がかかるじゃないですか。かつ、私のように地方の山間部に住んでいると、気に入ったものを一つ買うために、車で遠出しなければいけないこともあります。その時間や手間をわざわざが肩代わりしてあげたい。『わざわざで買ったらだいたい大丈夫』という状態を目指しています。

なので、衣食住すべてにおいて自分自身が好きなものを、だいたい取りそろえられるよう、商品をセレクトしています。取り扱い商品数が増え続ける背景には、私自身が気に入ったものを手軽に買えるようにしたい、皆さんにも届けたいという思いがあるんです」

株式会社わざわざ代表 平田はる香氏

生産者の経済持続性にも向き合い、対話を重ねる

商品に関わる人の思いや背景、顧客にとって価格がサステナブルかどうか、自分たちがいいと信じられるかどうかなど。二人が複数の観点から“いいもの”を捉え、選んでいることが伺えた。

そうして一度選定した“いいもの”を、継続的に届けるためには、売り手や作り手にとっての利益を確保することが欠かせない。甲斐氏は「基準を満たすものを売るために、販売価格について作り手と、どのような議論・対話を行うか」とたずねる。

平田氏「わざわざが取引をする農家さんや陶芸家さんは、謙虚すぎる値づけをしてくれることが多いんです。けれど、それではその方々が商売を続けることは難しくなりますから、ビジネスの構造などもお伝えしつつ、十分に利益を確保できるよう合意する道を探ります」

白氏も生産者の方に、ビジネス的な観点から商品の値付けについてアドバイスをすることは珍しくないと話す。

白氏「たとえば、賞味期限が短くかつ単価の高い商品ですと、売れなかった場合のリスクが高い。ビジネスとして成り立たせるのは難しくなってしまうという点は、生産者の方にお伝えして、適切な価格を探ります。

仮に納得する結論が見出せず、FOOD&COMPANYでの取り扱いを見送るとしても、『商品の特徴や価格をこう変えると、より売りやすくなるのでは』といった話をすることも少なくありません」

“小さい面白い店”からはじまるポジティブな連鎖

買い手と作り手にとっての利益と向き合いながらも、事業としてお店を継続、拡大させるのは容易ではないはずだ。顧客だけではなく関係者にとっての“いいもの”を、できるだけ広く届けるため、実店舗を増やしている二人は、険しい道を選んでいるようにも思える。

ECのみに絞り、コストを下げる道もあるはずだが、「なぜあえてリアル店舗を増やしているのか」と甲斐氏は問いかけた。

フリーライター 甲斐かおり氏

平田氏「私自身が服も雑貨も、ほぼ実店舗で買っているんです。リアルの店舗に足を運ぶ体験が好きなんですよね。店員さんと話す体験も含めて、実店舗だからこその買い物体験があると思っています。

しばらくはECの利用が拡大するでしょうし、個人に合わせてカスタマイズされた、便利な買い物体験が実現されていくと思います。けれど、それと同時に、あえて店舗で買い物する価値や体験も見直されていくと信じているんです」

写真:若菜紘之

実店舗ならではの体験が好きという平田氏だが、「わざわざ」は実店舗のオープンと同時にオンラインストアを開設している。その理由について「絶対にフードロスを出したくなかったから」と話す。実店舗で作ったパンやお菓子が余ってしまった場合に、ECで販売することで、廃棄しなくて済むのだそう。商品選定基準に「環境に配慮したもの」という項目が置かれていたのと同様、チャネルの使い分けにおいても地球環境に対する眼差しがある。

白氏は「実店舗にしかない価値がある」という平田氏の意見にうなずきつつ、実店舗がその街に与える影響について考えを示す。

白氏「小さくても面白いお店が街にできると、そのお店に人が集まって、さらにお店が増えて……と、街全体がどんどん面白くなっていくと思うんです。どこにでもあるものではなくて、そこにしかないものを売る。そんな小さなお店には、街を変えるパワーがあると思います」

平田氏は、2022年12月からコンビニ+直売所型店舗「わざマート」の展開も開始。「遠出しなくても、いいものが買えるお店」を、長野県内に増やそうと試みている。

平田氏「白さんがおっしゃっていたように、街が面白くにぎわっていくきっかけになるようなお店が、長野にも増えてほしいなと思っています。移住者の増えている地域にも、買い出しだけでも遠出が必要になる不便な場所は、多数存在していますから。

パンと日用品の店『わざわざ』よりも身近な場所に、“いいもの”のそろうお店を展開できれば、地方はもっと健やかに暮らしやすくなるかもしれない。そうなったらいいなという願いを込めて、今後もお店をつくっていきたいです」

白氏「ゆくゆくは、自分たちの店舗だけでなく、個性あふれるお店の立ち上げのお手伝いをしたいですね。『FOOD&COMPANYみたいなお店をやりたい』という人たちに、バックオフィスや仕入れの仕組みなど、商売の土台を整えるお手伝いをして、それ以外の部分は、その人の個性を表現してもらう。そんなふうにして街を面白くしていけたらいいなと考えています」

二人の話を伺い、“いいもの”を広く届け続けるためには、客観的な基準と自らの物差しに沿った商品選定、作り手と売り手双方にとって持続可能な値付けなど、ビジネスにおける一つひとつの意思決定において、複数の関係者を捉えることが必要なのだと再認識した。

また、地域の変容にまつわるお話からは、売り手や作り手だけではなく、小売店に足を運ぶ買い手一人ひとりも、お店のある地域、ひいては社会をより良い方向へと変えていく役割を担い得るのだと強く感じた。「We are what we buy. (私たちは、私たちの買ったものでできている)」だからこそ、私たちは何をどこで買うのかに向き合い続ける必要がある。