モリジュンヤ

『すべては1人から始まる』/トム・ニクソン

協働することの重要性と、個人がありのままに活動することの重要性。どう両立させるかはこれからの組織づくり、ひいてはなにかを形にしていく上で欠かせない。

『すべては1人から始まる――ビッグアイデアに向かって人と組織が動き出す「ソース原理」の力』では、ソース原理が紹介されている。「ソース」とは、「アイデアを実現するためにリスクを負って最初の一歩を踏み出した個人」であり、必ず1人しかいないとされる。ソースが一歩を踏み出した瞬間に「クリエイティブ・フィールド」(創造の場)が生まれ、そこに惹きつけられた人々が集まり、さまざまな役割を担いながらビジョンの実現に向けて共にイニシアチブ(創造活動)に取り組む。これらの考え方や実践方法を記したのが本著だ。『ティール組織』に関心を持った人なら、きっとこの本にも関心を持つだろう。

向晴香

『ブルースだってただの唄 ─黒人女性の仕事と生活』/藤本和子

アメリカ文学の翻訳家として知られる藤本和子氏が、1980年代、さまざまな境遇を生きる黒人女性の仕事や生活について聞き書きをし、その内容をまとめたものだ。懲治局に働く臨床心理医、証券ブローカー、社会復帰のための女性グループのメンバーなど。それぞれの人生、差別とのたたかい、回復や希望が語られる。

本著は、これらの語りを安易に共感できる物語として消費し、本を閉じることを許さない。「普遍性のなかにやすらぎを見出すよりも、他者の固有性と異質性のなかに、私たちを撃ち、刺しつらぬくものを見ること。そこから力をくみとることだ。わたしたち自身を名づけ、探しだすというのなら」と。自分は何者なのかを、借り物ではないことばによって考え、語り始めるよう迫る。普遍性のやすらぎに安住することなく、異質で固有な他者を尊重し、自らを問い続けること。それは混沌を増す世界において実践するのは一層難しく、大切になっていくのではないかと思う。

山本文弥

『有職植物図鑑』/八條忠基

平安時代以来、文学や絵巻で描写されてきた日本古来の植物。有識装束研究の第一人者である八條忠基氏が今度は植物図鑑である。私が花道家であることも手伝ってか、これが抜群に面白かった。目を閉じる必要などない。この図鑑を片手に文学に親しめばそこに平安時代の景色が浮かび上がる。いや、文学すらも必要ないかもしれない。植物はいまも誰もの近くにある。ふと足を止めて辺りを見渡せば、日本人と植物の長く多様な千年の歴史が私たちをひたすら取り囲んでいることに気づくだろう。この本は、歴史家や文学者、花道家はもちろん、農家、養蜂家、エコロジスト、キャンパー、ハイカー、または散歩者や通勤者まで、自然とかかわるあらゆる人々の好奇心や想像力の助けとなるはずだ。

つじのゆい

『くらしのアナキズム』/松村圭一郎

アナキズムは、国家などの支配権力の存在しない状態を理想とする思想だ。現代の社会を生きていると「国がない状態なんて想像できない」と思うのも無理はない。だが、アナキズムは「そもそも国はどのような役割を果たしているのか、なぜ必要なのか」という問いから始まり、人類の営みにおいて、国などの支配権力のない状態はむしろ「初期設定(デフォルト)」であると語る。そして、国内外のさまざまな事例を挙げながら、下から「公共」をつくりなおす手がかりを示していく。とくに印象的だったのは、著者のご家族が被災した熊本地震についての記述。行政やインフラが機能しなくなった際、人々は地域に住む人と協力し、自治を行う他なかった。国家がなくなっても、暮らしを続けないといけない事態に直面することは、日本に住んでいても起こり得る。その上で、私たちはどのように自らのくらしを、社会をつくっていきたいのか。アナキズムから出発して、さまざまな問いを投げかけてくれる一冊だった。

今村桃子

『エミール』/ルソー

人間が育つとはどういうことか。1756年にパリを去って孤独に暮らし、社会契約論と同時期に執筆されたエミールは、ルソーが20年間の省察を込めた著作だ。一般的に教育といわれるものは人間が育つための一つの方法にすぎず、自然・事物によって人間がどう育つかを踏まえたアプローチが大切だと説く。人間は生き物である。この当たり前を軽視していたことの反省と、理性的な言動だけでなく、感情や直感による言動を許容する考えや仕組みが見直され始めていることを踏まえ、選書した。本そのものは非常に読みやすく、中学生以上の読者におすすめしたい。本棚の手前に置き、ふとしたときに手に取ると、人間ってこうだったと思い出すだろう。

フジカワ悠

『モモ』/ミヒャエル・エンデ

時間は一定の速さで流れているのに、なぜ時の経過は速く感じたり、遅く感じたりするのだろう。そんな漠然とした問いに対し、紹介してもらったのが児童文学の「モモ」だった。時間の効率的を促し人々の生活のゆとりを奪っていく時間泥棒から、盗まれた時間を取り戻していく女の子の物語だ。
“人間には時間を感じとるために心というものがある。もしその心が時間を感じとらないようなときには、その時間はないもおなじだ”
新しい挑戦ができた一方で、全体を通して忙しかった2022年。記憶がほぼ抜け落ちており、たくさんの経験をしたはずなのに空っぽな感覚。同著の考えによると、それらの時間はなかったのとほぼ同じことになるというが、確かに間違いではないかもしれない。改めて私たちにとって「時間」とは何かを考えさせ、時間の大切さも教えてくれる一冊だった。

宇都星奈

『ソーシャル・ファシリテーション: 「ともに社会をつくる関係」を育む技法』/徳田太郎・鈴木まり子

「目の前の問題を解決したい」「よりよい未来をつくりたい」
そう思っても、一人でできることは少なく、その思いが重なる仲間と協働することで成し遂げられることも多い。そうした協働の場面で重要になるのが、「ファシリテーション」の考え方だ。ファシリテーションというと「対話や話し合いを促進する技術」と思われるかもしれないが、本書ではファシリテーションをより幅広く「人と人との<つながり>や<かかわり>を後押しすること」と定義している。職場や地域における日常的な話しあいの促進から、社会課題の解決に向けた事業や組織の支援・促進まで、あらゆる場においてどのようなファシリテーションが有効なのか。すぐに実践したくなるノウハウを、事例をもとにわかりやすく解説してくれる一冊だ。これまでの自分のファシリテーションを振り返る機会にもなるだろう。仲間とともに、課題解決に取り組む人の背中をそっと押してくれるはずだ。

中楯知宏

『アニミズムという希望 講演録 琉球大学の五日間』/山尾三省

持続可能性がビジネスに組み込まれ、環境配慮の姿勢や取り組みが商品やサービスの訴求に活用されるのを見る度に、何だかモヤモヤとした気持ちになることがある。その正体を探る中で出会ったのが、「アニミズムという希望」である。
現代の持続可能性の議論には、カミが不在なのだ。カミとは神や仏に限らず、喜びを与えてくれるすべての存在。そうした眼差しを持って世界を見渡すと、カミガミが溢れていることに気づく。これがまさに、森羅万象である。もちろん、何も宗教に入ろうという話ではない。筆者の言葉を借りれば、「パーソナルなカミを持つ」ことである。カミの再構築こそが、様々なことが発展した人類が直面している課題を解決していく希望なのだと感じる。
本書は1999年に筆者が、5日間にわたり琉球大学で実施した集中講義をまとめたものである。筆者自身の屋久島での暮らしでの体験や創作した詩を交えながら、穏やかな語り口で紡がれる言葉たちは、筆者が希望を見出すアニミズムの世界観そのもの。師走を駆け抜け、ふっと落ち着く年末年始に、読み返したい一冊だ。