「個の時代」が到来した。そうあちこちで叫ばれている。2001年にダニエル・ピンクが「フリーエージェント社会の到来」に記した”予言”が、20年ほどの月日を経て、現実になりつつあるようだ。

起業やフリーランス、副業など働き方の選択肢は増え、組織に従属し続けるのではなく、数年で複数の会社を渡り歩いたり、個人として独立しプロジェクトベースで仕事に関わる人が増えてきた。

到来する「個の時代」において、社会に新たな価値を生み出そうと、プロダクトを作っている1人の男がいる。 プロジェクトメンバー募集サービス「TEAMKIT」を立ち上げた、株式会社Lbose代表の小谷草志(コタニ ソウシ)さんだ。

「『どこで、誰と、何をするか』はもっと自由で良い!」と思いを掲げる小谷さん。彼はどんな思いでTEAMKITを作ったのか。そして、どんな社会を実現しようとしているのか。発言の節々からは、「ポスト・インフルエンスの時代」を見据えていることが伝わってきた。

TEAMKITはフリーランスの「不自由さ」を開放する

2017年にローンチしたTEAMKITは、個人がプロジェクト単位で仕事に関わるプラットフォームだ。「サービス開発」や「フード」、「ローカル」など「何に関わるのか」でプロジェクトを選ぶことができる。

TEAMKITのトップ画面

TEAMKIT上のプロジェクトは、「気になる」ボタンを押して参加する。既に決まっているプロジェクトのメンバー集めはもちろん、自分が出来ることや手伝えることをアピールして逆求人のように新しく仕事を生み出すこともできる。

TEAMKITのコンセプトは、一緒に仕事をしたい”仲間”と出会えること。仲間が必要なプロジェクトであれば、内容の制限はあまりない。プロジェクトの中には、温泉地の「第二村民」や「世界一使いやすいフライパン」を作りたい人の募集なども見受けられる。

プロジェクトに参加する側も必ずしもフルコミットで関わる必要がないため、自分に適したプロジェクトを関わりながら模索することができる。

参考記事:“信頼”で個人をつなぐプラットフォーム「TEAMKIT」がフリーランスにも多様なチームで活躍する機会をもたらす

2019年4月にはプロフィール作成機能がリリース。自分の使えるツールや各種SNS、過去の経歴・実績だけでなく、自分自身に付けるキャッチコピーの記載や自分に関係する写真の掲載も可能になった。

フリーランスにとって自分が何者かを示すのは、仕事を得る上で欠かせない。だが、プロフィールページを自分で作るにはどうしても工数がかかってしまう。TEAMKITのプロフィール機能はそんなフリーランスの悩みを解決してくれる。

同機能では、プロジェクト単位で軽歴を記載できるため、フリーランスに成り立てだとしても、経歴が従来の履歴書のように会社名一つだけで終わることがなく、自分が何をしてきたかを示すことが出来る。

プロフィール機能の画面。自身へのキャッチコピーなどを掲載できる。

これだけフリーランスに寄り添ったサービスを、なぜ作ろうと考えたのだろうか。

その背景には、発起人の小谷さんのフリーランスとしての原体験があった。

小谷さんは、新卒で大手リサーチ会社に就職したあと、兄の起業を手伝い、フリーランスへと転身した。そこから約4年、東京と鳥取の2拠点でフリーランスとして働く中で感じた不自由さがTEAMKITの立ち上げにつながったという。

小谷さん「フリーランスは自由だと思われることが多いですが、実は不自由なことも多いんです。まず、プロジェクトを受注できなければ仕事はありません。何万人もフォロワーがいるわけではないので、待っていても仕事は来ない。プロジェクトが決まったとしても、僕は自分だけで何か制作できるエンジニアやデザイナーではないので受注するたびにプロジェクトメンバーを探す必要がありました」

エンジニアやデザイナーであっても、一人で受注できる仕事の大きさには限りがある。一定以上のサイズの仕事を請け負うためには、プロジェクトメンバーを探すことが必要不可欠になる。とはいえ、自分の交友関係にも限界がある。フリーランスとして連帯する難しさに直面した経験が、小谷さんにサービスのアイデアをもたらした。

小谷さん「プロジェクト自体が集まるプラットフォームを作り、やりたい人や適任の人が自由にプロジェクトを選べるようにしたら、人を探す側とプロジェクトを探している側、両方の課題を解決できると考えました」

志向のあったプロジェクトメンバーを探せるプラットフォームを作れば、もっとフリーランスとして仕事がしやすくなる、そう小谷さんは考えた。だが、フリーランスの仕事をしやすくするために必要なのは、チームメイトとのマッチングだけではなかった。

「インフルエンス」から「トラスト」へのシフト

小谷さんがフリーランスとして働き始めた時期は、まさに「個の時代」の到来へと期待が集まり、世間が騒ぎ始めた時期だ。時間も場所も自由に働く。そんなメッセージが流通した。だが、実際にフリーランスとして仕事を始めてみると、世間で言われている「個の時代」とのギャップが見えてきた。

小谷さん「『個の時代』は、個人のブランド化の側面が強調され、どう個人間の競争に勝ち残るか、という論調が強い気がしています。結果、個人間の格差が広がっていき、ブランド化に成功した影響力のある人へ仕事が集中してしまっている」

たしかに、SNSでフォロワー数が多く、アテンションを集めている人たちがいる。そうした人たちは、何かしら仕事を依頼しようと考えたときの純粋想起として上位に来やすい。たしかに、インフルエンスの多寡が、仕事を依頼するときの担保の一つとして見られている面もある。

インフルエンスによって個が評価されるのではなく、別の評価軸を構築しなければ、フリーランスと案件が適切にマッチングするのは難しい。TEAMKITは、この構造にもアプローチしようとしている。

小谷草志 TEAMKIT代表&フリーランス 大学卒業後、株式会社schooの立ち上げ期にインターンとして参画。イベントプランナーから放送ディレクターまで幅広く経験。その後、マーケティングリサーチ会社やサバイバルゲームフィールドを運営している株式会社ASOBIBAなどにて従事。約4年前にフリーランスとして独立。現在は、鳥取と東京の二拠点生活をしながら【誰と、どこで、何をするか】をもっと自由に!を掲げてフリーランスのプロジェクト単位での働き方をサポートするTEAMKITを運営中。

小谷さん「やってきたことの結果として、影響力を持つ人もいるでしょう。ただ、たとえ目立たなくとも、フラットな関係で個がお互いに活かしあえる社会こそが、目指すべき『個の時代』ではないかと思うんです」

個がフラットに互いを活かし合う。そんな社会を実現するため、TEAMKITが目指したのは、大多数への「影響力(インフルエンス)」ではなく個人間の「信頼(トラスト)」をベースにユーザー同士がつながり、仕事が発生する仕組みだ。

「信頼」を評価の軸に据えようと考えるに至った背景には、小谷さんのフリーランスとしての経験がある。

小谷さん「フリーランス時代、自分のスキルだけではなく、人となりまで知る信頼のおける人、例えば大学の先輩や前職で一緒に仕事をした人から紹介された仕事は、自分に向いていることが多かったんです。

信頼できる人からの仕事は自分にマッチする可能性が高く、一緒に仕事をしても良い関係が築きやすい。だから、TEAMKITでは人となりまで含めて『この人と一緒に仕事がしたい』と思える出会いを作ろうと思いました」

個人と個人がどういう間柄でつながっているのかは、もちろん人によって異なる。だが、これまでのSNSでは親友同士と一回名刺交換をしただけの人が数字の面では同じ”1”としてカウントされ、どんな関係なのかの可視化がされていなかった。

TEAMKITが目指す信頼をベースとした仕事との出会いを実現するため実装されたのが、互いを紹介し合う「Whoop」機能だ。1:nのフォロワーを増やすような関係づくりではなく、誰とどんな関係でつながっているのか信頼関係の可視化を目的としている。

紹介文を書きあうWhoop機能

一見するとただの他己紹介機能に見えるが、Whoopはお互いが紹介文を書くことで初めてプロフィールに表示される。自分の紹介文を増やしたいからと知らない人に対して一方的に送りつけても意味がない。

小谷さん「機能を作っただけでは誰の信頼関係も可視化されていないので、まずはTEAMKITの開発メンバー同士や僕らが一緒に仕事をした人を巻込み、Whoopを書いていきました。すると、少しずつTEAMKIT上で新しいつながりが増えていったんです。

大事なのは書かれた数よりも『どんなふうに紹介されているのか』や『自分の信頼している人は、こんな人も信頼しているのか』とわかること。TEAMKITではインフルエンサーを生み出すのではなく、信頼の可視化により、相互扶助の関係を作っていきたいと思っています」

互いの信頼関係がベースにあると、価値交換のあり方も変わってくる。TEAMKITのプロジェクトを覗くと、報酬体系に「現物支給」という言葉が見受けられる。小谷さんは「金銭の報酬は価値交換の一部にすぎない」と話す。

小谷さん「売上に応じて報酬が発生するレベニューシェアや製作に関わったプロダクトの現物支給など、信頼から始まるプロジェクトワークだからこそ可能なあり方をTEAMKIT上では模索しています。発注側と受注側が互いを信頼しあい、良いものを作ろうと切磋琢磨すればするほど、双方にとって利益がある。

その利益は金銭だけではないでしょう。もしかしたら、プロジェクトを通じて得られる学び自体に価値を感じる人もいるかもしれない。関わる人全員がフェアに価値を受け取れるような仕組みを作っていきたいです」

東京と地方をフラット化し、社会全体を底上げする

小谷さん「僕が実現したいのは、『どこで、誰と、何をするか』をもっと自由にして、個がお互いを活かし合う社会。信頼をベースに自分の好きなように仕事に関わっていく。会社だって行政区分上法人なだけで、もともと「こんなことやろうぜ!」ってプロジェクトベースで人が集まって始まったもののはず。誰もが自分の持つつながりを活かして、やりたいことを実現する機会をTEAMKITが支えられたらと思っています」

信頼を軸に仕事が進んでいくと、フラットな関係での仕事が増える。このトラストベースの働き方を広げていった先には、東京であろうが地方であろうが働き方はもフラットになる、そう小谷さんは思い描いている。その背景には、周囲の人々から寄せられる相談から考える課題意識もあった。

小谷さん「東京と鳥取で2拠点生活をしていると、東京の人から鳥取への移住の相談をよく受けます。移住する人の中には、今の仕事を捨てて行かざるをえなく、3〜5年かけて準備を整え、人生をもう一度やり直すような覚悟の方もいらっしゃいます。一方で鳥取にいると、20代、30代の人から「いつかは東京で仕事をしてみたい」という話も聞きます。こうした声を聞いているうち、場所に関係なく仕事ができる仕組みと成功事例を作って、働き方自体を変えないといけないと思いました」

信頼で仲間とつながり、仕事をつくり、東京と地方をフラットにする。小谷さんのビジョンは少しずつ実現に向けて動き始めている。2019年5月には、全国各地で地域資源を生かした事業開発やコミュニティづくりを行う一般社団法人Next Commons Labと業務提携し、地域の内外を巻き込んだプロジェクトづくりに着手した。

小谷さんはなぜ、地方でも東京と同じような働き方を実現しようと思っているのか。そこには大学時代から大事にしているある言葉が関係していた。

小谷さん「大学時代、環境問題を扱うサークルに入っていて、そこで掲げられていたのが『一人の百歩よりも、百人の一歩』というフレーズが行動指針として今も僕を突き動かしています。社会的に何かを変えるのであれば、限定された人だけで遠くに行くのではなく、多くの人の思想や行動をボトムアップしないといけないという意味が込められています。東京の人だけが活性化してもだめで、社会全体の働き方や考え方が底上げされて、初めて個が自由に働けるようになるはずです」

地方のフリーランスとして活動していた際に小谷さんが思い描いていた仕組みは、TEAMKITとして徐々に整いはじめている。

影響力を競い合うようになってしまった背景には、誰もが「何者」かになりたいと願う苦しみを持っているからなのかもしれない。でも、肩書きを手に入れて、自分を無理やり定義しようとしても疲弊するだけだ。

TEAMKITは信頼をベースに「何者でもなく君は君だ」と等身大の自分を受け入れてくれる。自分が受け入れられれば、素直にやりたいことも「やりたい」と言えるようになるだろう。

「この人と一緒に何かしたら面白そう」

そんな純粋な気持ちが、どこか息が詰まりそうな「個の時代」の閉塞感を打ち壊してくれるのかもしれない。