5月に宮崎台にオープンした「喫茶ランドリー」。テラス席も充実している。


「1階づくりはまちづくり」

街を歩いていると、このモットーを思い出すことがある。提唱したのは、「喫茶ランドリー」を運営する株式会社グランドレベルの田中元子さん、大西正紀さん。

先日サンフランシスコに出張していたとき、現地のコーヒー屋に足を運んだ。いくつかの店舗では、狭い店内から席が道路に“はみ出している”ことが多く、お店とパブリックな空間が溶け合っていた。もちろん日本でも1階にひらかれたお店を見かける度に、この言葉が思い浮かぶし、それに豊かさや心地よさを感じる。

グランドレベルの田中元子さん、大西正紀さんには、『UNLEASH』で以前インタビューさせてもらったことがあった。訪ねたのは墨田区は両国にある1号店。ジェントリフィケーションの進行によりチェーン店ばかりが増える状態を「社会のモノカルチャー化」と呼び、それに抗うための実践について聞いた。

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その取材からしばらく経ち、グランドレベルは5月に2号店となる「喫茶ランドリー 宮崎台店」をオープンした。東急田園都市線の沿線にある宮崎台駅から徒歩2本のところ。全国に60店舗の総合フィットネスクラブを展開する株式会社ティップネスと提携を結び、その一階に「喫茶ランドリー」が入居した。

設立までの経緯は大西さんのnoteに書かれているのでここでは割愛するけれど、今回の喫茶ランドリーは「人とのつながり」がもたらす健康増進がコンセプトだ。ティップネスの担当者の方と「健康とはなにか?」について話し合うなかで、「健康(ウェルビーイング)への捉え方」をすり合わせていったという。

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フィットネスジムを街にひらき、地元住人のウェルビーイングに貢献

では、喫茶ランドリーが実現したい「健康」とは何なのだろう? そんな疑問をぶつけてみると、大西さんは次のように答えてくれた。

「WHOのHealth(健康)の定義には、精神、肉体のほかに『社会的福祉の状態にあること』と書かれています。『社会的福祉』を都市や街、建築のスケールに落とし込むと、グランドレベルに人々の受け皿があることだと考えています」

フィットネスジムという施設を介して、日常的に人と人との豊かなコミュニケーションを実現する。それをティップネスの企業理念である「健康で快適な生活文化の提案と提供」につなげていった。

健康、あるいはウェルビーイングと呼ばれるものは「身体を動かす」だけでは実現できない。だからこそ、交流の起点となるカフェとランドリー、そしてフィットネス施設が融合していることは、宮崎台で暮らす人々のウェルビーイングの向上に貢献してくれそうだ。

事実、オープンから半月余りが経過した頃の調査では、ティップネスの館内という場所にも関わらず来店者の6割強をティップネス非会員が占めていたという。また、ティップネス会員からも今回の取り組みは好評だ。「トレーニング後すぐに帰宅していた」という会員の方も、トレーニング前後に喫茶ランドリーに立ち寄ることで、「滞在時間が増えた」「ジム仲間との会話の幅や量も多くなった」と話しているという。

会員のみが利用する施設であったフィットネスジムを街にひらけば、商圏対象エリア全体への貢献やコミュニケーションが可能になる。その取り組みを通じて、「より持続的なビジネスに寄与できる」と、大西さんは語ってくれれた。

いっそ宮崎台でも、喫茶ランドリーは「属人的」だと言われたい

喫茶ランドリーでは「補助線のデザイン」という考え方を大切にしている。個人の創造性を引き出すことために、補助線をひいてあげること。1号店ではそのデザインにより、ママ友がパン焼き教室を開催し、焼いたパンを隣に座る方へ「お裾分け」する姿が見られたり、DJイベントでは地域の高齢者が集まったことで流れる音楽が昭和歌謡にシフトしたり、そこに集う人々の能動性が発露する瞬間が多くあった。

「補助線のデザイン」という喫茶ランドリーがもつ思想に、とても心惹かる。だからこそ、その思想を別の空間や場所に引き継ぐことは難しいようにも感じた。どのようにしてその思想を2号店に引き継いでいったのだろう? 属人性の壁を突破する方法はあるのだろうか?

「実は1件目の喫茶ランドリーではずいぶん、属人的だと言われました。いっそ宮崎台でも、そう言われたい。あちこちの喫茶ランドリーが属人的だと言われる頃には、そうなるようにデザインされていることが、多くの人にわかってもらえるんじゃないかと思います」

投げかけた問いを覆すように、田中さんはこう話してくれた。属人的でありながらも、その基盤となるセオリーは共通しているという。喫茶ランドリーでは「補助線のデザイン」を、ハードウエア(空間や家具、置かれるモノの寸法・素材・色など)、ソフトウエア(サービス、コンテンツ)、そしてこの2つをつなぐオルグウエア(ルールやコミュニケーション)に分けて捉えている。

「ディスコに例えるとわかりやすいかもしれません。ハコがあり、音楽がある。それだけでは、なかなかうまく盛り上がりません。最初に踊りだす“踊り子”の存在が、オルグウエアなんです。最終的に踊るのは不特定多数のまちの人々であって、そのためにわたしたちはこの3つを具体的かつ詳細にデザインします。この考え方があれば、どのような場所にも喫茶ランドリーのような場は実現できると考えています」

たとえセオリーは共通していても、そこに表出するものは1号店と2号店では全く異なる。

「さまざまな人々が小さな”やりたい”を実現できる器という意味では、全く同じものをつくりました。しかし、宮崎台の6人のスタッフ、お店にくる街の人々やジム帰りに立ち寄る人々、そしてティップネスのスタッフの方々、それぞれが小さな実現を重ねていくほど、自然なかたちのコミュニケーションが生まれていくでしょう。そのためにはハードとソフトをつなぐオルグ、つまり運営主体であるティップネスとその場をファシリテートしていくスタッフの皆さんが、文字通り要なんですよ」

前回の取材からの問いを引き継ぐとすれば、喫茶ランドリーのような場は社会のモノカルチャー化に抗うための希望になる。そして、個人が創造性を発露するきっかけを提供する場としても、大いに期待したくなる。急激なスケールは難しいとはいえ、思想を受け継いだ店舗が増えていくことが、少しずつでも街の景色を変えていくと信じたいのだ。