誠実に生きたい、少しでもより良い未来を目指したい——。そんな「真っ当な願い」が、この激動の世の中で踏み躙られ、蔑ろにされていくような感覚を覚えることもある。理想はあくまで「理想」のままで、現実とは相いれないものなのだろうか。そんな不安を抱えながらも、実社会は待ったなしで進んでいく。
「どうしたら未来は良くなるのか?」
「inquiring futures」は、こうした問いと向き合い続けてきたinquire.jpによる、サロン型イベントシリーズ。ビジネス、テクノロジー、カルチャー、地域といったさまざまな領域の実践者を招き、まだかたちになっていない未来の兆しを、対話の中から浮かび上がらせる試みだ。
2026年6月25日、東京・池尻のHOME/WORK VILLAGEで「inquiring futures」の第2回が開催された。テーマは「自律する組織を問い直す」。「自律型組織(Self-Managing Organizations)」という概念が注目され、議論や実践の場が増えてきた一方、理念だけが先行して現場が疲弊する、あるいは「自律」という言葉そのものが「理想論」として消費されてしまうこともあるのではないか。
そうした中で、「自律する組織」とはどのような営みであり、誰の、何のためのものなのか、改めて問い直す場を設けた。登壇したのは、自律分散型組織をめぐる国内外の議論と実践に長く関わり、多くの組織を観察しながら新しい組織運営を目指す企業を支援してきた、株式会社令三社代表取締役の山田裕嗣氏。そして、ツクルバを共同創業して東証グロース市場への上場を果たしたのち、取締役を退任。いまは株式会社ウィルネクスト代表取締役として、キャリアデザインや組織コンサルティング、採用支援事業を手がける中村真広氏だ。
数多くの組織を横断的に見立ててきた視座と、自らの手で組織を立ち上げ、降り、また立ち上げてきた視座。二人の対話の中から見えてきたのは、それぞれが自律という主題に向き合ってきた道のりそのものだった。inquireのモリジュンヤの進行のもと、「自律する組織」というテーマをゆるやかにはみ出し、組織の枠組みを超えて人がいかにはたらき、生きるのかという問いの答えを、参加者それぞれが考える契機となった。
自律分散型組織のセオリーは、自分たちで実践して見えてくるもの
働き方の多様化、知識労働の比重の増大、変化への応答速度、そしてAI……人と仕事を取り巻く前提条件が揺れ動く中、それと呼応するように組織のあり方も揺らいでいる。指揮と統制を基にした従来の組織観だけでは、現場の可能性を引き出すことはできない——そうした感覚を共有する経営者や実践者が、希望の一つとして参照しはじめたのが、「ティール組織」や「ソース原理」といった、自律を軸に据えた組織のあり方だ。

(株式会社令三社代表取締役 山田裕嗣氏)
『すべては1人から始まる――ビッグアイデアに向かって人と組織が動き出す「ソース原理」の力』などを監訳し、自律分散型組織の実践者、研究者として数多くの企業を支援する山田裕嗣氏自身も、かつては葛藤と悔恨の先に「ティール組織」へたどり着いたという。
山田氏「BtoBのITベンチャーの創業メンバーに誘われて、途中から共同代表になって、スタートアップにどっぷり浸かっていたのですが、最後のほうは役員としてパフォームできなかった。『僕じゃないな』と思って辞めたんです。成果主義、レバレッジを効かせる……いわゆる『Orange(オレンジ)組織』が、僕には合わなかった。大きな宿題として残ったのが、資金調達をして事業成長にコミットしながら、個人の創造性が本当に生かされる組織を、自分にはつくれなかった、ということなんです。でも『世界のどこかにはこの問いを解いた賢い人がいるに違いない』と探し求めて、出会ったのが『ティール組織』でした」
2018年に次世代の組織のあり方を探究するコミュニティとして、一般社団法人自然経営研究会を設立し、2021年に株式会社令三社を設立。伊那食品工業やガイアックスなど国内の実践を訪ね歩き、世界中の先進的な組織を紹介するプラットフォーム「Corporate Rebels」による書籍『コーポレート・レベルズ MAKE WORK MORE FUN』の翻訳を通じて、100社規模のグローバルな企業コミュニティにも深く関わるようになった。
例えば、同書でも紹介されている家電大手ハイアールの実践は実に興味深い。創業者で名誉会長の張瑞敏(チャン・ルエミン)氏が提唱する「人単合一」モデルは、従来の階層型組織を廃止し、世界中で約13万人もの従業員を4,000以上の「マイクロ・エンタープライズ(小微)」に再編し、それぞれが小規模事業体として自律的な組織運営を行っている。山田氏は人単合一モデルの実践を広げる「RDHY Japanリサーチセンター」を立ち上げ、その責任者を務めてもいる。
だが、国内外のさまざまな企業を見てきた山田氏がたどり着いた結論は、拍子抜けするほどシンプルなものだ。
山田氏「パターンをどれだけ知ったとしても、結局は自分たちでどうするか、答えはないから、つくるしかない。そこへ行き着くんです。けれどもその『つくる』という思考法や技術を、もっと共有できるようになれば、自分たちの組織や場をより良いものにできる人が増えるはず。そう考えて、体系的に研究して本にまとめて、またそれをさまざまな場で語ってきました」
その「技術」の一端として山田氏が挙げたのが、翻訳を手がけた書籍『ムースヘッズ・オン・ザ・テーブル ──スウェーデン発:セルフマネジメント型組織をつくり上げた2人の女性の実践』にある「大人─大人関係」という概念だ。
『ムースヘッズ・オン・ザ・テーブル』は、ヨーロッパで四半世紀にわたり、対話とコミュニケーションによるチームづくりや組織開発に取り組んできた著者、リサ・ギル氏とカリン・テネリウス氏の実践をまとめたもので、そこでもっとも重視されているのが、人と人との「対等な関係性」だという。

山田氏「人は油断すると、親子の関係に陥ってしまう。相手を子どもとして扱うのではなく、あくまで大人として対等に関わり、大人同士の関係で話す。それがマインドセットとして重要なんです。マインドセットは必ず、行動(ビヘイビア)として表出します。自分が親モードで関わった瞬間、相手は子どものモードになりやすいんです。だから、たとえ能力差が明らかにある場面でも、こちらが大人として対等に関わるモードでいれば、相手も自然に大人として対応する状態をつくることができる。でも、やってみると本当に『できない』んですよ」
山田氏のコーディネートのもと、2025年春に著者の一人であるリサ・ギル氏が来日し、ワークショップを実施。翻訳者として同行した山田氏は、参加者が「つい親モードに入る」瞬間を、何度も目の当たりにしたという。
山田氏「相談されたとき、無自覚に『こういう観点で考えて、これをやったほうがいいと思うんだけど、どう思う?』と聞いてしまう。これではダメなんです。もう、大人扱いをしていない。自分が課題解決を引き受けてしまった時点で、相手が考える機会を奪ってしまっているんです。でもこの難しさは、本を読むだけでは伝わらない。実践してみなければ、自分のどこかに『親モード』があることを自覚できないんです」
里山で気づいた、自律の意味と「場」の力
一方、中村氏の話は、神奈川と山梨の県境、相模原市藤野の山の中からはじまった。共同創業した株式会社ツクルバの共同代表を退任したあと、中村氏は藤野に移り住み、家族の住む主屋と数軒の離れ、長屋からなる「虫村(BUGSON)」という小さな村づくりを行っている。だが中村氏は、それが自律する組織の話とつながっていないようでつながっていると語る。

(株式会社ウィルネクスト代表取締役 中村真広氏)
中村氏「森の中で暮らしていると、自然の一つひとつの現象が、ほっといてもそれぞれ自律的に『良しなに』やっているというか、相互補完的になんとなく調和を生み出している。いわゆるスタートアップ的な『右肩上がりの圧倒的な成長』とは違うんですよ。四季があって、春になれば圧倒的な数の生き物が生まれるけど、冬には死にまくる。また春夏秋冬が来て、生と死がきれいにめぐっていく。そういう中で自分を見つめ直すと、無限の成長を求められる力学というのは、どこか無理があるんじゃないかと思うわけです」
コワーキングスペースの「co-ba」、リノベーション住宅のプラットフォーム「cowcamo」といった事業を立ち上げてきた中村氏が、一貫して掲げてきたのは「場」というテーマだ。個人サイトには、「場の力で人生を肯定できる世界をつくる」とある。
中村氏「『場』というのは、ハード面に限りません。心地よいインテリアの家かもしれないし、同じ志を持ったコミュニティかもしれないし、『ここが自分の居場所だ』と思える、街のなにげない場所かもしれない。自分の肯定感がグッと上がる場所、自分が自分でいられる場所が、そんな『場』だと思うんです」
けれども中村氏は、山田氏が前職時代に行き詰まりを感じたように、「心が折れた」ことがあったと振り返る。

中村氏「ツクルバで上場を目指す中、成果を出すことも大切だと思いながら、一人ひとりの『being』の部分を大切にしたいと考えていたんです。『beの肩書き』という本もありますが、自分のあり方……どんな思いでこの仕事をしているのか、どんなことが好きなのか、自分の名刺の裏側に書いてもらったり、beの部分だけを話す『beランチ』をしたり、be、beと言い続けていました。
でも、成果を上げること、beを大切にし続けること……その二つの折り合いをつけることがうまくできなくて、いつのまにかbeと言わなくなってしまった。そんな中でツクルバの経営のバトンを仲間へ渡して、取締役も退任して、藤野で暮らすことになったんです」
だが、そのまま里山で「隠遁生活」するのではなく、ツクルバの一部事業をBa&Co株式会社として引き受け、2019年に創業した株式会社KOUを、LUF株式会社と経営統合する形で2026年に株式会社ウィルネクストを発足し、個人の意志(Will)を起点に人と組織の成長が循環するキャリアモデルの社会実装を目指している。
中村氏「藤野での村づくりは、めっちゃ楽しいんですよ。建築専攻だったし、『リアルシムシティじゃん』って(笑)。里山の風景を見ながら、なぜまだスタートアップをやっているんだろうと思うこともあるけど、たぶんツクルバのときに『Be』を貫けなかった自分が、心の奥底で引っかかっていたんですよね」
それに気づいたのは、近畿経済産業局が2022年度から推進する「BE THE LOVED COMPANY PROJECT」を知ったときだったという。BE THE LOVED COMPANY PROJECTとは、「愛されるいい企業」に人的資本経営の一つの可能性として着目し、社員の幸せを起点に、地域と企業の持続的な成長を目指すプロジェクトだ。
中村氏「『LOVED COMPANY』という言葉に、あ、これだ!って。愛される会社を増やしていくために、僕はまだスタートアップをやっているのかもしれない、と。すぐに会社のみんなに話して、コーポレートサイトのタグラインも『愛される会社で満たされた世界を』と書き換えました。経営統合のリリースを出した1カ月後だったので、LUFの代表だった堀尾(司)さんからは『そんなにすぐコンセプトを変える?』って苦笑いされましたけどね(笑)」
現在は日本全国の愛される会社に出会えるメディア「Loved Company Japan(以下、ラブカン)」をリリース。ツクルバで手がけた不動産流通プラットフォームの構造を、人材に置き換える形で、日本全国の愛される会社との出会いの機会を生み出そうとしている。

「自律か統制か」ではなく、揺らいでいくもの
くしくも二人とも、スタートアップの急進的な成長を求める姿勢と、一人ひとりの個性を認め、自律的に創造性が発揮される組織のあり方とを両立させることに「挫折した」経験があったと言えるだろう。確かに、自律型組織は「統制か自律か」という二者択一で語られることが多い。
だが中村氏は、その葛藤が起こる過程にこそ、スタートアップ組織ならではの複雑なトランジションが見えると指摘する。振り返ったのはツクルバ上場後、ロゴを刷新しようとして反発されたときのことだ。
中村氏「ツクルバにもともといたのは、自律的な人ばかりだったんですよ。そんなメンバーが上場プロセスの中で、無理して『オレンジの服』を着てかしこまっていた。そんなモヤモヤが溜まっていたところにトップダウン的にロゴ刷新と言われ、『そんなのツクルバらしくない』と一気に不満が爆発した。それで『そんなに言うなら、もう意思決定を手放すから、みんなでやろう』と、委員会が組成されて、喧々諤々やりながら形になったんです」
そうした反発が起こったことそのものが、組織に自律性が残っていた証でもあった。中村氏は、変革期のさなかでティールからオレンジへ、グラデーションのように組織色のバランスを取ろうと苦心していたという。

中村氏「上場に向けて、『オレンジモード』でやらなければ超えられない壁があるというのを実感しました。まったく違うゲームをやっていた感じ。僕自身、本来的には自律的にやっていきたいタイプだし、統制の効いた組織をつくることは、自分にとってアウェイだった。とはいえ、オレンジ一色になってしまった組織は共感しにくいから、オレンジが多めで差し色としてティールを入れていくように強弱をつけて、バランスを取っていた感覚でした。
ただ、難しいのは、人はそう簡単に変わらない、ということ。オレンジモードのときに採用したメンバーは、やはりオレンジに適応した人なんですよね。突然『今日からティールモードです』と言われても、なかなか変えられない。自分自身もバランスを取ろうとしながら、その勢力図に巻き込まれてしまっていたところがあるかもしれません」
山田氏も前職時代の経験を「またあの頃に戻ったとしても、役割を持たせて分業するピラミッド型の組織づくりをやるはず。好きではないけど、正しいことだったと思っている」と肯定する。「統制か自律か」と0か1かで考えるのではなく、事業のフェーズや局面に応じて、その濃度は揺れ動くものと言えるだろう。
では、圧倒的な成長を求めるには、あるいは厳しい判断が求められる困難な局面では、自律性を弱めて、トップダウンで厳しく統制する組織にすべきなのだろうか。山田氏は、事業や市場、あるいはその局面によっても異なるため、一概には言いがたいと語る。例えば、2006年に設立されたオランダの訪問介護サービス「ビュートゾルフ」。約1万5000人の看護師が所属する組織は、エリアごとに最大12人ほどのチームに編成され、本部にはわずか50人ほどしかいない。チームには新規採用や担当分け、ケア依頼の受付といったサービス運営が任され、本部が担うのはあくまで総務的な機能のみとなっている。現場に最大限の権限が委譲された組織だが、コロナ禍という「トップダウンでスピーディに意思決定すべき」局面でも、そのまま自律的な組織が機能したという。
山田氏「外部から見れば『トップダウンでなければ』といった状況でも、ビュートゾルフではすぐにイントラのコミュニケーションツールで『私がやります』と自ら手を挙げる人が続出して、専門家チームが立ち上がった。指示されたから、ではなく信頼できるチームの仲間がいて、彼らがやってくれるなら、と『私たちも自分のエリアでこんなふうにやります』と次々と派生していった。グラスルーツで広がっていったんです」
ビュートゾルフの成り立ちは、1990年代以降、看護師の組織化、効率化が進み、分業化や細分化によって「患者と向き合うこと」が蔑ろになっていったことに対する、現場の危機感や「我慢ならなさ」がきっかけだったという。「患者の尊重と自律」を思想の真ん中に置くため、患者と適切に向き合えるよう、小さなチーム編成となった。

山田氏「『患者さんの自律を信頼するには、お互いに信頼できるチームでなければならない』というのが、根底で全部つながっているんです」
それぞれの組織を取り巻く変数は、事業成長や課題解決だけではなく、「時間軸」にもある。中村氏は、組織によってデフォルトでセットされている時間軸も異なると指摘する。
中村氏「何代も続いている会社の跡継ぎの方と話していると、その企業には100年単位の歴史があって、『次の100年』を当たり前のように考えている。跡継ぎとして、『働く人のために、組織を良くしよう』と思っている人の発想と、当然、創業から数年しか経っていなくて、次の100年なんてほとんど考えられないスタートアップとは違いますよね。いろんな会社を見ていると、『どんな時間軸で動いているのか』はとても大切だと感じます」
山田氏は、たとえスタートアップであっても「次の100年」を考えている組織は強い、と「ソース原理」を引用し、「たった一人の信念」があってこそ実現できる力があると語る。
山田氏「住宅ローンスタートアップのiYell(イエール)という会社があって、まだ創業10年も経っていないのですが、CEOの窪田(光洋)さんは『とにかく誰とやるかが先で、何をやるかは後から決めた』とおっしゃっているんです。理念が先で事業が後、文化が先で事業が後で、文化というのは人だ、1000年続く会社を作りたい、と。一時は外部環境が厳しく、人が減っていった時期もありましたが、同じことを言いつづけた。そのブレなさが、残ったメンバーからの信頼となっているんです。
ソース原理でも翻訳しましたが、やはり、トップの信念からはじまって、その人が最初の一歩を踏み出した瞬間の根っこにある『衝動』というのは、とても大切だなと感じます」
AIの時代にこそ求められる「衝動」と「自律」
そして、組織を取り巻く変数として、今もっとも大きなものとなっているのはAIだ。参加者との対話の時間にも、複数の問いが寄せられた。中でも「AIの進化が速く、1年後しか見通せない。予見できる時間が短くなると、自律的な意思決定が難しくなるのではないか」という問いは、切実なものだろう。
中村氏はその問いに対し、藤野への移住の動機の一つだった「シュタイナー教育」を引用しながら、「自律」と「衝動」の重要性を説く。自身の子どもがシュタイナー教育を受けているという中村氏は、その教育理念である「自由への教育」を「自律」と読み替える。他人軸で評価されるのではなく、自分の衝動に向き合い、それを形にすることだ、と。だが、その衝動を忘れているのはむしろ大人のほうだと指摘する。

中村氏「このご時世、もう衝動と自律しかないと思うんですよ。子どもの頃って誰でも『衝動』でしかないじゃないですか。それが大人になるにつれ、少しずつ削ぎ落とされ、社会に順応していく。自然の中に自分の身体を晒してみると、『これやりたい』『これをやらなきゃ』みたいなものが即物的にどんどん出てくるようになる。鹿も出てくるし、草もどんどん生えてくるから刈らなきゃいけないし(笑)。それっておそらくAIに侵されにくい領域だし、そこしか残されていないんじゃないかと思うんです。
『儲かるか儲からないかわからないけど、これなら命をかけられる』『5年かけて失敗してもいい、これは自分のマイテーマだ』と思えるくらいのことをやらなければ、ロジックには敵わない。衝動と自律しかないんです」
山田氏は、自分で考え判断できる人が少ない、自律的ではない組織ほど、AIの活用はますます難しくなるとしながら、この20年を「インターネット的」な時代だったと回想する。
山田氏「インターネットがもたらしたのは、個がエンパワーメントされることが思想として大切にされてきた世界でした。個人が創造性を発揮できることが良いことであり、ビジネスモデルとしても理にかなっていた。分散的な情報共有も可能になり、当たり前のものとなった。
けれどもAIは、ある意味とても中央集権的。モデルの品質に左右されるし、国家によってガバナンスされる。『個をエンパワーメントする』という思想で組織をつくることが、今までほどわかりやすくはなくなるかもしれない。問いそのものが、個人や企業を超えて『国として、社会としてどうすべきか』へと移っていく。ビジネスを軸に企業を見てきた自身としては、射程が広くなると難しい問いだなと感じます」
ハイアールやビュートゾルフといった自律型組織は、2000年代に芽が出て、2010年代に情報インフラが追いつき、2020年代になって注目されるようになった。環境的にも技術的にも、あらゆる組織で再現可能になったはずの自律型組織だが、AIによってその準拠する世界が変容しつつある。それでも山田氏は、希望のありかを示す。手がかりとなるのは、『世界観の共有』だ。社員の多くが元ユーザーだという「北欧、暮らしの道具店。」を運営するクラシコムを例に、こう語る。
山田氏「あの世界観を求めている人たち……『北欧、暮らしの道具店。』が続くことが、人生ですごく大切だと思っている人たちの集まりというのは、AIの存在はプラスにしかならないんですよ。世界観を共有して、文脈を理解している人が組織としても顧客としても『塊』になっているというのは、きっとこれからますます強みになっていくはず。
世界観を共有するとはつまり、関わる人がそれぞれ、自らの人生をどれくらいその世界に身を置きたいのかを、自分自身で選び取るということ。どんな創業者であっても、人生のすべてが会社だというわけではない。だとすれば、組織というのは、あくまで『人類が共有している大きな物語の一部』である、ということ。だからこそ、『人生の中でしっかり体重を乗せたい』と思っている人が増えている組織は、この時代に強いのではないでしょうか」
「衝動」は焚き火のように連鎖していく
中村氏は会社という組織を、地域の自治会になぞらえ「コモンズ」として引き直す。ある人がその土地に生まれ、あるいはその土地を選び、日々を暮らす。またその地域の自治会に入り、その地を共有資産として定義し、暮らしを維持するために必要な業務を引き受ける。もしその暮らしがライフスタイルやライフステージに合わなくなれば、また別の場所へ引っ越していく——。
中村氏「会社組織もそうなっていくはず。AIエージェントを使えば、全員が経営者みたいに振る舞えるようになるわけじゃないですか。必要な業務を指示して、意思決定を引き受ける。そうなれば『誰かに言われたから』ではなく、『あなたは何がしたくて、どの共同体にどれくらい関わるか』が、いっそう問われますよね」
そこには当然、「働く」を人生の真ん中に置かない人も出てくるだろう。経営者ですら、はじめの「衝動」をずっと燃やしていくことは難しい。中村氏は自身の記憶を手がかりに、自律型組織において、衝動は焚き火のように連鎖していくものだと語る。
中村氏「創業者や経営者がどんなに衝動を燃やし続けても、フォロワーがいなければすぐに鎮火してしまう。メンバーみんなが感化されて、次々に連鎖していくからこそ、大きなことができる。ツクルバから事業を承継したとき、ある事業をめぐってメンバー同士の対立が起こっていたんです。どうにかしなきゃと虫村で合宿しても、空気が凍りついていて……どうしようかと思っていたら、メンバーの一人から『私はこの事業で人生を変えられたから、責任を持ってやりたい』って。そこから完全に『ソース』が生まれて、次々に課題を突破していったんです。
衝動は、別に創業者だけのものじゃないんです。個々の衝動の発露こそ、いちばん人の心を動かす。言われたことをやるだけの仕事がいずれAIに置き換わるなら、一人ひとりの『be』と向き合って、その衝動を発露できる場をつくることが、会社の役割の一つなんじゃないかと思うんです」
それはある意味、中村氏自身のキャリアの道筋によって証明されていると言えるだろう。アイデア一つで市場を切り拓き、上場という節目を迎え、そのバトンを後続へ託し、また新しい物語をはじめる——。
中村氏「創業者としてのエゴや衝動にも、賞味期限があると思うんです。初期衝動でずっと突っ走れないじゃないですか。飽きが来たら変えればいいし、乗ってくれるメンバーがいれば託せばいい。また別の衝動が生まれたら、別のことをやればいい。一生かけて、何発でも狼煙を打てばいいじゃない、と」

山田氏は、そこに伴う「面倒くささ」を引き受けることの意味を語る。自律型組織は、決して万人のためのものというわけではない。その上で、数多くの組織を見てきた実感を、次のように語る。
山田氏「今の組織状態を『これが完成形だ』と思って描いた人は、一人もいないんですよ。試行錯誤して、結果的に今の状態になっている。衝突して、メンバーが辞めて、組織文化も揺らぎながら、その根本にある本質に共感する人が残って、時間をかけて良い組織になっていく。10年、20年経つと文化の濃度が高くなっていくんですよね。成功しかしていない組織は、一つもない。失敗やつらい経験を経て、それでも初期衝動を大切にして、試行錯誤を続けていれば、長く続く良い会社になっていく。それは、とても希望があることだと思うんです」
「自律する組織を問い直す」というテーマではじまった対話は、明快な答えを差し出すものではなかった。自律とは、完成された状態を求めるものではないのかもしれない。人間らしい面倒ごとや衝突を引き受けながら、自らの意志でその場に残り、熱量を高めていく。創業者の、あるいは他の誰かの衝動が、焚き火のように次々と移っていく——。時間いっぱいに語る参加者たちにもその火の一部が、確かに灯されたような夜だった。