「やりたいこと」があるのが夢組、それをサポートするのが叶え組?
セッションは、お二人の自己紹介と出版された本の紹介から始まった。桜林氏は「雑談の人」として、2020年より希望者と“マンツーマン”で雑談をする「サクちゃん聞いて」を主宰。また、雑談を聞いてもらうというかたちでイベントでお話したり、コラムニストのジェーン・スー氏とのポッドキャスト番組『となりの雑談』を配信している。
桜林氏「今は『雑談の人』と看板を掲げていますが、もともと洋菓子業界で12年間会社員として働いていました。その後、クッキー屋『SAC about cookies』を経営しはじめて、現在も製造委託として続けています。いろんな仕事をつまみぐいしてきたので、働き方や『やりたいことを見つける』というテーマでは、話したいことがたくさんあるんです」
桜林氏は、2020年に初めての著書「世界は夢組と叶え組でできている」を出版した。
桜林氏「今は『雑談の人』でも自分にやりたいことがなくても、やりたいことがある人、つまり『夢組』の船に乗ってチームになれば、サポート役ができる。自分を『やりたいことがない人』ではなく、『叶え組』と捉えればやれることがあるんじゃないかと思います」
とはいえ、自分を「叶え組」と思う人が一生その役割のままではなく、誰かをサポートし続けていれば、やりたいことができて「夢組」として始めることもある。夢組・叶え組は両方とも自分のなかにいる、と桜林氏は話す。
三宅氏は、京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程を中途退学し、2017年大学院在学中に作家デビュー。会社員を経て2022年に独立し、現在はエンタメから古典文学まで、評論や解説を幅広く手がけている。
三宅氏「今は京都市立芸術大学で非常勤講師をしながら、文芸評論家をしています。また、”働きながら本が読める社会をつくる”をミッションに、読書や物語の魅力について発信、講演を続けています」
2024年4月に、三宅さんは労働と読書の歴史を紐解き、日本人の「仕事と読書」のあり方の変遷を辿る著書「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」を出版した。
三宅氏「働いていると本が読めないという声を聴くんです。じゃあ過去に遡って、明治や大正時代、バブルのときに人はどう本を読んでいたのだろう?と思って調べたんですよね。現代の働き方は、その頃とは違った難しさがあるのではないか、と本を書きながら感じました」
三宅氏は、桜林氏の夢組・叶え組の考え方を聞き、このように感じたという。
三宅氏「自分は夢組で、ずっと『本に関わる仕事につきたいけどどうすればできるか』と考えてきました。今は文芸評論家として活動しているし、フリーランスで“好きを仕事にする働き方”ができていると思います。でも、そうなるよう、時代に要請されてきたのかもしれない、と感じる部分もあります」
2003年にベストセラーとなった、子ども向けに514種の職業を紹介する村上龍氏の著書「13歳のハローワーク」を、三宅氏は実家でたまたま読んだという。2000年代はキャリア教育が盛んになり、「やりたいことを仕事にしよう」という流れが生まれた時代だ。また、2014年に日本で流れたYouTubeのCMのキーメッセージ、「好きなことで、生きていく」は若者たちに大きな影響を与えた。
三宅氏「振り返ってみると、2000-2010年代は、『やりたいことを仕事に』がブームだったんだなと思います。その流れを踏まえたうえで、現在の自分の働き方を俯瞰しながら『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を書きました。
私はゆとり教育の全盛期に生まれ育ったので、企業で会社員になるよりフリーランスや副業で好きなことをするのがいい、という時代の流れに乗っているように思います。とはいえ、フリーランスの働き方は不安定なこともあり、メンタルのバランスが取れず苦労する人も多いので、どちらがいいかは難しいですよね」
「あれがしたい」「これがやりたい」そんな自分の欲にふたをしない
本の出版等を通じ、自分の考えを広く世に発信しているお二人の仕事ぶりを見ると、「やりたいことをやっていてうらやましい」と感じる人も多いかもしれない。ここで佐々木氏から、「そもそも働くうえで『やりたいこと』が必要と考える人が多いのはなぜなのか」という問いが投げかけられた。
桜林氏「『やりたいこと』が必要かどうかは疑問に思います。私自身も30代後半になるまで、そう考えたことがなかったんです。
今は、『雑談の人』という世の中にない仕事を勝手につくって、勝手に肩書きを名乗っているから、やりたいことをやってるように見えるかもしれません。でもそれを目指してきたわけではなく、シングルマザーで時間がないのにお金を稼がないといけない状況をどう打破するか考えた結果、『好きにやるしかない』にたどり着いたんです。『やりたいこと』をしようと思ってここまできたわけじゃないんですよ」
桜林氏は自身の経験をふまえたうえで、やりたいことと仕事を無理に結びつける必要はない、と考えているそうだ。
桜林氏「私は『やりたいことを仕事にするのがよい』ではなく、『自分にふたをしないまま育つ』のがベストだと思います。私は子どもが一人いますが、やりたいことがあったら邪魔しないようにしたいと思って、『何をしたいか言って?』といつも尋ねてきました。それは親にとって勇気がいることかもしれませんが、子どもに“自分がしたいことを知っている状態”をつくってあげたいんです。
こう聞くと、『子どものしたいことを聞いてくれるのは、いい環境だ』と思うかもしれないですが、同時に私は『お母さんのせいにしないでね』とも言っていたんです。私自身がこれまでの人生において、環境のせいでできなかったことが多かったので、『親のせいであれができなかった』と言われたくないな、という気持ちがあります」
その話を受けて三宅氏は、これまで自分自身を守るために、「やりたくないこと」を言語化し大切にしてきたと語る。
三宅氏「私には『やりたいこと』にプラスして『やりたくないこと』があって、両方とも同じくらい大事なんですよね。たとえば、本は好きだけど、飲み会に参加することがどうしてもつらい。私は夜に本が読みたいので、会食が入る可能性がありそうな編集者の仕事は無理だと思いました。その習慣は自分を守るためには大事で、無理せざるを得ない環境になってしまうとメンタルが不安定になるんです」
ここで佐々木氏から、「自分がやりたいことをやっているのは時代の流れでそうなったからだ」という話について、もう少し詳しく聞きたいというリクエストがあった。
三宅氏「昭和は、日本の仕事やキャリアの教育は『立身出世』がいいとされていました。いい大学に進み、いい会社に入って、マイホームを建てて、みんなで年金もらおう、という流れですね。そこに外圧がかかり、新自由主義のような考え方が日本に入ってきたのが90年代で、ゆとり教育とセットでキャリア教育が始まりました。
『個性を伸ばそう』というメッセージとともに、働き方も会社員だけでなくフリーランスなどの選択肢が出てきて多様になった。『自分の意志に任せた仕事選びをしよう』という考えが学校や就活の現場にも押し寄せ、就活で志望動機を語らせられたり、仕事で自己実現しようという流れがセットで訪れた。これがざっくりとした戦後のキャリアの変遷だと認識しています」
好きなことを仕事にしようとした結果、不安定な職場にのめり込んでいく若者も多いという。三宅氏は著書において、そういった状態を「自己実現系ワーカホリック」というフレーズで紹介した。
三宅氏「やりがいを仕事に求めて、フリーランスや派遣社員などの働き方を選ぶ人も多いですが、社会保障がなく危うい働き方でもあります。それに、『自己実現』と『働く』が重ねて語られるようになり、それで幸せになれる人もいると思う一方で、課題もある。
企業に勤める人が大半だった時代に、外から向けられていた『ちゃんと働きなさい』というプレッシャーや監視の目が、現代は自分自身のなかにある気がしています。『やりたいことを選んだから、頑張らないといけない』と強く思うから、疲労してバーンアウトしてしまうことも多いのではないでしょうか。
世間が『やりたいことだけで人は幸せになれるのか』という問いを考え始めたタイミングなのではないかと思います」
自分の欲を一つ叶えたら、またその先が見えてくる
三宅氏は、「やりたいこと」を仕事に求める人が多いのは、仕事のモチベーションがほしいからではないかと考えているという。ここで桜林氏に「どうやって仕事のモチベーションを持っているのか」と尋ねた。
桜林氏「私は人生を振り返ると、時期によってモチベーションの源泉は違いました。子どもが産まれたあとに、会社員から独立してクッキーの会社をつくったときのモチベーションは、まず会社員で給与が足りないという一点だったんです。そして、シングルマザーなので一人でたくさん稼がなければいけないけど、使える時間が少ない。
なので私のスローガンは、『これまでの半分の時間で2倍稼ぐ』。それを叶えるために働くから、それがやりたいことだしモチベーションでした。具体的にやることはなんだってよかったんですよ」
どんな仕事をするか考えるとき、もっと手前にある自分の欲に目を向けたほうがいいと桜林氏は話す。
満員電車に乗りたくない。
広い家に住みたい。
毎日家でご飯食べたい。
そんな自分の欲を無視して、突然職業につながる、やりたいことにたどり着くのは難しい。それが叶えられないことによって、仕事にも違和感を持ってしまうのではないか、と考えているそうだ。ここで大学で教員を務める三宅氏が、自分の持つ欲を知るためにはどうすればいいのか、と問いかけた。
三宅氏「就職活動では、なぜこの会社に入りたいかという大きい志望動機ばかりが語られますが、本当はどういう生活をしたいか、どう生きたいかを落とし込む作業は個人では難しいと思うんです。私の教えている学生でも、自分の考えを言語化するのが得意ではない生徒もいますが、どうやって深掘っていったらいいんでしょうか」
三宅氏からの問いかけに対して、桜林氏は自らの考えをこう語る。
桜林氏「私が今、自分の仕事をつくってやりたいことをやってるのは、クッキー屋さんを始めたことで『半分の時間で2倍稼ぐ』が達成できたから、一旦は経済的・時間的に余裕ができたおかげ。
これが叶ったらこれが見えてきて、これが叶ったらこれが見えてきて、と段階を踏んでいくことを繰り返してきたんだと思います。つらいことを長く毎日続けるのはしんどいので、楽しいことでないと続けられない。楽しいと感じることを仕事に選ぼう、と思えたのは最近ですね。以前は、やりたいことをやるのは贅沢なこと、だと思いこんでいました」
やりたいことを100個書いてみる。やりたいことリストの勧め
「やりたいことを仕事にしよう」という社会の流れ、そしてやりたいことの手前にある自分の欲や願いに目を向けることが語られた。実際に桜林氏の雑談サービスでも、たくさんの人から「自分が何をしたいのかわからない」という相談があり、話しながら一緒に整理することも多いという。
桜林氏「本当に自分が思っていることにうっすら膜が張られていて、自分が何を楽しいと感じるかわからなくなっている人が多くて。どこに行きたいか、どんなことが知りたいか、などの欲が出てこない状態はよくないと思うんです。
私はなぜ若いときに欲が出てこなかったか振り返ってみると、シングルマザーで子育てをしなければいけないので、それどころじゃなかったんです。『今の状態で欲が出てきたら困るから』と気持ちを抑えていたと思います。
私の場合は、まず困ってることを解決する必要があったのが理由でしたが、欲が出てきにくい理由は一人ひとり違う。その原因を見つけて、時間をかけて取り組んでいけば、自分の“小さな欲”を見つけられると思います」
桜林氏の著書には、「何がやりたいかわからない」という叶え組の人たちにむけて、そのフタの正体を探るための方法として「できない条件を考えずに、やりたいことを100個書き出してみる」ことを勧めている。
これは、桜林氏自身が体験した、夢組の友達がやりたいことを軽やかに100個書いていたことに衝撃を受けて、自分で書いてみたら一つも思いつかなかった、というエピソードをきっかけに生まれたものなのだという。
桜林氏「私はそこから、やりたいことを書けない自分を観察して、書けない理由を探っていました。そんなこと自分勝手だよ、できないじゃん、こんなこと書いたら恥ずかしい、などの気持ちが出てくるのですが、それを観察するために書けなさを味わってたんですね。私は『ないもの』について考えるのが癖で、書けないなりの楽しさがありました。この作業は時間をかけてやるべきだと思うので、よく『ざっと2年はかかるよ』と言っています」
半分は仕事、半分はそれ以外。「半身」で働くことのよさ
ここで佐々木氏から、三宅氏の著書の最終章で「これからの日本は半身社会になるべきだ」と語られていたことに共感した、という共有があった。
三宅氏「本を書くなかで考えていたのが、日本は『会社員になったら、全身全霊で会社員でいなさい』という圧力が強く、個人でいることを許さない傾向にあるということ。それ以外の時間があってはいけない、ずっと仕事のことを考えているのが正解という思考が強いと思います。それは他の立場でもそうで、『お母さんになったら、全身全霊でお母さんでいなさい』と要求される。
そんな状況では、個人の欲は出てきにくいですよね。本を読みたい、音楽を聞きたい、映画が見たい、など、仕事と別文脈から出てくる自分の欲を大事にできない。仕事以外でも“自分”はいるし、家族と過ごしたり地元に帰ったりする時間など、仕事と別文脈の自分があることによって、欲を持ち続けることができると思うんです。
仕事に全身で取り組むより、半分くらいの自分を残して、仕事に関係ない本を読んだり映画を見たりする時間を大事にできたら、自分の人生を仕事以外の場所でもつくっていけるのではないでしょうか」
著書で三宅氏は、社会学者の上野千鶴子氏が提唱した、「全身全霊で働く」という働き方と対比して、身体の半分が仕事にあり、身体の半分は別にある「半身」という考え方を勧めている。
三宅氏「半身で働くなんて贅沢では、と言われるかもしれませんが、そこを変えていきたいんです。
たとえば勉強でも仕事でも『切り替えが大事』とよく言われますが、日本は全身から全身に替えること、コミットすることをよしとしていますよね。その結果、バーンアウトするのがかっこいいという思想があると思います。
でも家でケアをしてくれるような人がいる状態ならいいかもしれませんが、独身や共働きの人も増えるなかで、それは持続可能性がないのではないかと思います」
その話に対して桜林氏も、『半分の時間で倍稼ぐ』というコンセプトのもとで働き方を考えたとき、まさに半身だったのではないか、と語った。
小さな欲と休むことを大切にしながら、半身で働く
人生100年時代。働く時間が長くなっているなか、やりたいことを仕事にすることを目標にするのではなく、健やかに働くためにはどうしたらいいのか。
三宅氏「半身を残して置くのが長く健やかに働けるコツだと思います。全てをかけて仕事に没頭すると、一時期は成果がでるかもしれないですが、長続きしないと思うんですね。
私自身は、“サボること”への肯定感が異様に高いんです。小学生のときからみんなが皆勤賞を目指すなかで、できるなら休みたいと思っていました。だから仕事が忙しくてもしっかり寝るし、休む。帳尻を合わせながらサボるのが悪いことだと思っていないんです。
“サボることへの罪悪感”が自分のふたになっている人もいると思うので、『人間はもっとサボろう』と私は言っています」
三宅氏が仕事に没頭しすぎないことの大切さを語ったが、桜林氏もよく「休めない」という悩みを他者に打ち明けられることが多いそうだ。
桜林氏「仕事のない日も勉強や習い事をしたり、“意味のあること”に時間を使わなければいけないという意識から逃れられず、『休んでる=サボってる』と思っている人が多いんです。時間が半分空いたから、好きなことをやろうと思える人は健やかだと思います。ただ、時間が空いたら、意義のあることや将来につながることをやらなければ、時間を埋めなければ、と思うのは怖いこと。
休むと罪悪感を感じるという人に対しては、『休むというスケジュールを入れるんだよ』とよく言ってます。休むを頑張るために、予定を抑えて意味あることをしない。
私がカウンセリングなどの言葉を使わず、雑談と称して話をしているのも、『無駄なことに時間を使おう』というメッセージなんです。「全然関係ないんですけど」みたいな話をどんどんしてほしくて。無駄が仕事につながることもありますよね。意味あることだけしていると、どんどん世界が閉じていくと思うので、私は無駄は必要だと思います」
また、桜林氏は健やかとはどんな状態かを考えてみると、「あれがしたい」という自分の小さな欲が叶えられている状態なのではないか、と話す。
桜林氏「人にも言わないような、小さな欲を大切にしてほしいです。そうしないと、その欲が自分にとっていいのか、みんなにいいねと言われるからしたいことなのか、わからなくなってしまう。まず自分がどうしたいんだっけ、と考える癖をつけてほしいです。自分の欲を知って満たす、を小さく繰り返すことが健やかだと思うし、仕事でなくても自分がやりたいことができているほうが嬉しいと思うので。
やってみたら欲が出てきた、という成功体験があれば、次もやってみようと欲が出てくると思いますよ」
二人の話を伺い、何よりもまず自分の心の声・身体の声を聴くこと、そして自分を知ることの大切さを感じた。
そうすれば、きっとふたをしていた自分の欲や願いに気づくことができる。
そのうえで、「やりたいこと」だけに目を向けるのではなく、「やりたくないこと」も大事にする。「やらなければいけないこと」に一生懸命になるだけでなく、小さな楽しみや無駄な時間を大切にする。
そうやって、自分の欲をなるべく叶えてあげる道を探すことが、長く無理せず働き、人生を楽しむことにつながるように思う。
お二人の経験から生まれた人生をよりよくする工夫を、一つずつ活かしていきたい。