連携から共創へ、官民連携10年の歩み

高度経済成長期以降に増大した各種インフラ整備や公共施設の老朽化や改修、近年では社会的孤立、ヤングケアラー、ワーキングプア、地域包括ケア、自然災害対策や防災・減災対策など、私たちの社会や地域が抱える問題は現在進行かつ将来にわたって向き合わなくてはいけない問題として存在する。複雑化する社会課題解決に乗り出すため、「官民連携」という言葉を皮切りに民間セクターとの共創関係が急速に育まれてきた。

横浜市役所で企業との共創推進に取り組んできた中川氏は、この10年の歴史を振り返りながら「官と民との連携」を超えた「官と民との共創」という根本的な構造転換が図られてきたと話す。

元横浜市政策局共創推進室 / ソーシャル・エックス総研 主任研究員 中川悦宏氏

中川氏「従来の公共施設の維持管理で民間委託を行うような形ではなく、ハードからソフト施策へ、分野も地域経済や観光、社会福祉において様々な共創が図られてきました。同時に、これまでのガイドラインに則った硬直的な手法ではなく、多様な取り組みを成立させるための柔軟な対応へと行政のマインドやあり方も変化させ、官民が共創関係を通じて同じ目線で課題解決を図る動きが生まれてきています」

評価軸においても従来の民間委託型によるVFM(Value For Maney:金額に対する必要な価値提供)から、社会的なインパクトや成果を求める動きと、財務的な効率性や経済価値以外の評価も見据えるようになってきたという。

横浜市の取り組み例として、山下公園横に設置した「GUNDAM FACTORY YOKOHAMA」が挙げられる。ガンダムという世界的なコンテンツ装置が生み出す経済価値だけでなく、宇宙関連の展示やワークショップ、プログラミング教室といった教育コンテンツ、トークショーや講演会、研究発表などを行うコミュニケーションスペースを併設による共創と知の拠点機能も備えており、まさに経済性と公共性に寄与した事業となった。ビジネススキームもバンダイナムコグループが市の敷地を借り上げる形のため行政の収益も確保している。財政確保、経済効果、社会性や公共性といった様々な観点でインパクトを生み出した共創事業の一つといえる。

インパクトを踏まえた事業を成立させるには、今までにない新しい価値観や世界観に対し地域住民らを巻きこむためのクリエイティブが求められる。「これまで行政が得意としてきた合理性だけでなく、人々の感性に訴えかけ、面白さや楽しさといった共感を生み出す仕掛けが欠かせません」と中川氏はインパクトを生み出す必要要素について触れた。

さらに、近年では社会的なインパクト志向の新たなスキームとして、SIB(Social Impact Bond)に取り組む自治体も増えてきた。SIBとは、地方自治体が社会課題解決の民間委託事業に対し「成果連動型民間委託契約方式」(Pay For Success)という一定の成果に応じて報酬が支払われる仕組みに、民間の投資家や金融機関からの資金提供を組み合わせたもの。報酬が確定している従来の委託事業と違い、事業の成果に応じて報酬額が変動するため、サービスの質向上やインパクトを生み出すインセンティブも働きやすい。

行政事業における成果連動型やインパクト志向の流れは、行政の限られた財政状況、生活者目線に立てば厳しい税制状況において、効率的・効果的な税の活用への注目とも連動している。まさに、透明性、国民参加、官民協働というオープンガバメント変革の成果でもある。

スタートアップが行政との連携で見出す価値とは

大津氏は中・低所得者のキャリアに関する無料オンライン相談やキャリアマッチングサービスなど、トータル支援でワーキングプアの人やワーキングプアに陥りそうな人を対象とした就労支援サービスを展開している。自治体への就労支援DXといった共創事業を積極的に展開しているスタートアップである。伊藤和真氏のPoliPoliは、政治家と有権者をつなぐ政策共創の場だけでなく、行政からの意見や知りたい要望に対して市民から集まった意見をもとに政策策定を行う、市民と行政をつなぐ政策共創を推し進めている。両者ともに自治体の課題解決、ひいては地域や社会の課題解決を図るGovTech領域のスタートアップだ。

株式会社PoliPoli代表取締役 伊藤和真氏

ビジネスモデルの収益源などの区分けから、一般消費者向けサービスを「BtoC」、エンタープライズや企業向けのサービスを「BtoB」と表現し、行政向けのシステムやサービスの提供を「BtoG」と表現する。GovTech領域のサービスは収益源が行政に限定されがちである一方、行政依存の収益構造による企業の持続可能性においての課題は拭えない。

伊藤和真氏は「行政との事業だからこそ生み出せる規模感、行政という信頼感を基盤とするPR力がある」と語る一方、「先出しを前提とする委託金の支払いタイミングのズレによるキャッシュフローの難しさは意識すべきです」といった経営課題について指摘する。

伊藤和真氏「社会課題解決型のスタートアップにおいて行政との連携は重要だが、ファイナンス面の工夫など、通常のビジネス以上に考えるべきことは多い。ビジネス上のスキームにおいて行政に頼りすぎず、民間企業や財団など多様な団体との連携やスキームを構築することで企業の持続可能性を高めていかないといけません」

企業によっては、ファイナンス戦略としてVCからの資金調達を念頭に置くこともあるだろう。企業としての持続性担保のため一定の売上確保や収益性も考えなければいけない。一方、あまりに収益性を高めすぎることで行政との心理的な距離が離れてしまうことが、結果として社会課題解決という目的からぶれてしまっては元も子もない。経済性と社会性の狭間で揺れる問題に対し、GovTech領域は行政との折衝も必要な施策の一つだ。

株式会社Compass代表取締役 大津愛氏

大津氏は行政に安心感を提供し、信頼を獲得するため、事業の目的や成果を可視化したインパクト設計を行政に積極的に開示しているという。

大津氏「ワーキングプアの方々の置かれている環境が改善されることで就労の確保や給与水準の向上、地域や社会全体の労働力の確保、それに伴う自治体側へのインパクトが伝わるようにしています。非営利な活動に対する理解を深めてもらいつつ、スタートアップへの理解や連携に向けた円滑なコミュニケーションを図っています」

中川氏も、行政サイドの意見として行政とスタートアップとの協働の可能性とともに事業を作り上げる準備段階やセットアップの重要性を指摘する。

中川氏「行政に依存しない基盤となるビジネスモデルと、行政との協働という二階建ての発想で行政との連携を考えたほうが良いですね。うまく行政が持つチャネルやリソースの優位性を活かしたり、行政という信用力をもって事業を進められることでインパクトを生み出したりするような提案が望ましい。行政との連携を通じて本来の事業そのものが成長し発展していける戦略を見出すべきなのです」

横浜市では過去に民間企業とのフードシェアリングサービス事業を展開した際、食品ロス問題や貧困問題解決といった公共性に寄与しながら事業が成長するモデルを組んだことで、事業者の売上にも貢献。その後、実店舗設置につながるという波及効果が生まれた。行政サイドの思惑とスタートアップの事業成長とがしっかりかみ合うことで生まれるインパクトは大きい。

行政のプラットフォーム化をいかに加速させるか

モデレーター、株式会社ソーシャル・エックス 代表取締役 伊藤大貴氏

行政も日々多くの企業から相談や提案があるため、名も無き企業の提案がすぐには受け入れられないことは想像に難くない。であればこそ、社会性や公共性のある事業であることをいかに示していくか。ステークホルダーとの関係構築へと話は続く。

大津氏のCompassは、神戸市主催の自治体の課題とスタートアップをマッチングするオープンイノベーションプラットフォーム「Urban Innovation JAPAN」をきっかけに起業した経緯がある。その後も、いくつかの自治体主催のアクセラレーションプログラムに採択された。アクセラレーションプログラムでは、官民の間を取り持ち互いの認識や理解を促す橋渡しをしてくれるメンターやサポーターの存在は大きい。こうしたサポート環境があったことで自治体との関係構築や事業のブラッシュアップや方向性が定まった、と大津氏は語る。

全国各地でも類似の行政主導プログラムが開催され、スタートアップへの理解だけでなく協業を前提としたマッチングも増えてきた。「行政主体や単独でのソリューション提案から脱却し、SIBのスキームが生まれてきたように課題に対してより多様なプレイヤーで解決を促す仕組みが求められます」と中川氏。モデレーターである伊藤大貴氏が以前から言及してきた「行政のプラットフォーム化」への潮流が今まさに現場で起きている。

こうした行政側の官民の共創の盛り上がりがある一方、官民の共創事業に積極的な自治体とそうでない自治体の差異が生まれてきているのも確かだ。

伊藤和真氏「日々どのような政策を打ち出しているか、市長の政策手腕、熱意ある職員がいる自治体かどうかなどがすべて可視化される時代です。スタートアップの視点に立てば、官民の共創に対して理解がある自治体と積極的に連携を図りながら実証実験を展開し、成果を積み上げていくことで事業展開の足がかりにしていくことが肝要です。もはや、行政自体も選ばれる時代にきており、自身のあり方を見つめ直し変化をしていかないといけない時代になりました」

インパクトと事業成長の時間軸を分けて考える

モデレーターの伊藤大貴氏から「大きなインパクトを生み出すには時間もお金もかかります。インパクトを出しつつ事業成長を図るという難しい経営課題と向き合わなくてはいけません。資金調達の状況によっては経済的リターンへの迅速なコミットが必要です。だからこそ、インパクトと事業性のバランスをどのように考えていくべきでしょうか」という問いが登壇者に投げかけられた。

この質問に対し、大津氏は「まさに現在進行形の悩み」と語る。そして、インパクトを生み出す時間軸と事業成長と収益確保の時間軸の違いを無視せず、別物として分けることも一つの方法論だと話す。

大津氏「中長期のインパクト戦略と企業の成長戦略に向けたKPIは別物にしています。売上を上げて収益を目指す事業とインパクトと出すための社会的事業を社内でチーム分けし、違う文化を持ったチームをうまく組織として一体化させる試みに取り組んでいます」

大津氏とは違った角度から、伊藤和真氏は課題解決型の事業の立ち上げ期における収益性確保の難しさを支えるフィランソロピーや助成金、リターンを求めないファンドの活用などインパクトスタートアップの環境の充実をきっかけに新たなフェーズに入りつつあると話す。

伊藤和真氏「インパクトと経済合理性の両立は難しい課題です。特に事業の初期段階は収益そのものも生みずらいため、寄付や財団からの支援はとてもありがたい。収益確保が難しい事業において、寄付やフィランソロピーで成り立つ事業もあります。上場やバイアウト経験者らのフィランソロピー活動も今後増えてくるなか、資金の出し先を今以上に増やし多様な社会課題に取り組むスタートアップを増やさないといけません」

伊藤和真氏が指摘するとおり、2019年に休眠預金(金融機関に10年以上預けられたまま取り引きがない預貯金)を新たな公益活動を支える資金とする法律が誕生した。また、2023年に議会で承認された改正法案によって、社会課題解決のスタートアップへの出資も行えるようになるなど、インパクトスタートアップへの資金の流れも大きく変化が訪れようとしている。

行政が変わることで法改正など規制そのもののルールチェンジも起きる可能性もある。スタートアップを支える多様かつ豊富な資金環境を通じて、これまで以上に行政との連携や共創事業が生まれることで、社会課題解決の新たな展開も見えてきそうだ。SIBのような行政ならではの新たな事業スキームも構築されはじめている。インパクト創出に向けた新たな幕開けは近い。