どんな環境でも通用する「インパクトの法則」は存在しない

本セッションの登壇者に共通するのは、「グローバルな視点を持ちながら、日本・アジアを起点にインパクト創出に取り組んでいる点」だ。

まずは、それぞれの来歴と現在取り組んでいる活動の内容が共有された。

最初にマイクを握ったのは、モデレーターを務めた川端氏。同氏は自らのキャリアを「ソーシャルイノベーションの触媒になること」と表現する。そんなキャリアを象徴するのが、2015年に設立した「人・組織・社会の変容デザイン事務所 innovate with」での仕事だ。海外の財団や投資家と日本の社会起業家をつなぎ、インパクト戦略策定・実行支援・評価を行いつつ、日本各地の起業家精神を育むエコシステムづくりに携わってきた。

川端氏は自身の事務所の業務と並行して、2022年から2023年にかけて、イギリスのロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)に留学し、ソーシャルビジネスとアントレプレナーシップを科学的に探求。その中で得た学びをこう表現した。

川端「さまざまな国籍の方々と、さまざまな国におけるソーシャルビジネスの事例などを学ぶ中でわかったのは、『どのような条件下でも世の中にインパクトを与えられるような絶対的な“正解”は存在しない』ことでした。

その国、その地域、そしてそこに住む人々のことを深く理解し、その理解をベースに、適切な判断を重ねることでしか前向きな変化は起こせない。さまざまなことを学んだイギリス留学でしたが、このことを理解出来たことがとても大きかったと思っています」

一般財団法人社会変革推進財団(SIIF) インパクト・エコノミー・ラボ インパクト・カタリスト 川端元維氏

この「学び」が現在のの活動にもつながっていると話す。川端氏は2023年より、一般財団法人社会変革推進財団(SIIF)に所属している。SIIFは、「社会課題解決と多様な価値創造が自律的・持続的に起こる社会の礎をつくる」をビジョンに掲げ、日本におけるインパクト投資の黎明期からエコシステム構築の中心的な役割を担ってきた存在だ。

川端氏はSIIFのインパクト・カタリストとして、世界中のシステムチェンジ(社会課題の根本的・構造的解決)の実践者・研究者とのネットワークをつくり、その知見を日本に取り入れると共に、日本における実践事例を世界中に発信する役割を担っている。

KIBOW社会投資ファンドでインベストメント・プロフェッショナルを務めている五十嵐氏もまた、グローバルな視点を持ちながら、国内におけるインパクト投資を加速させる役割を担う一人だ。

KIBOW社会投資ファンドは、2011年3月11日に発生した東日本大震災をきっかけに立ち上げられた財団である。絶望的な状況の中、被災地に一筋の希望を示すための事業を手がける起業家たちに助成金を提供することで支援してきた。2015年からはその対象を「日本・世界に対してインパクトを提供する起業家」に広げ、株式投資(社会的インパクト投資)という形で活動を後押ししている。

KIBOW社会投資ファンドにジョインする前、五十嵐氏は内閣府において日本や欧米における社会的投資およびソーシャルビジネスの「価値評価」(社会的インパクト評価)に関する研究・調査を手がけていた。その後、社会的投資の価値評価に関してさらに学びを深めるため、イギリスへの留学を経験した五十嵐氏。「そこで出会った人々から、必ずと言っていいほど聞かれる質問があった」という。

五十嵐「『あなたは何を学びに来たのですか?』と問われることが多かったんです。『日本は教育も医療も進んでいる、とてもいい国ですよね。そんな国から何を学びにここにやって来たのですか?』と。私は答えに窮してしまいました。

その後、私はBig Society Capitalという社会的インパクト投資を専門とするロンドンのファンドで働き始め、そこでも『東洋人として、日本人として世界に対してどういった貢献ができるのか』という問いに向き合い続けることになりました。今回は、そのときに考えていたことをベースにお話ができればと思います」

KIBOW社会投資ファンド インベストメント・プロフェッショナル/公認会計士 五十嵐剛志氏

「課題先進国・日本」だからこそ、できることがある

特定非営利活動法人ARUN Seed代表理事/ARUN合同会社代表の功能氏もまた、海外での実務経験をインパクト創出に生かしている。同氏は1995年からNGOの職員としてカンボジアでの駐在を経験した後、JICAや世界銀行で開発協力に従事、2009年に日本で初めてアジアで社会的投資を実践するARUNを設立した。一連の活動の中で感じた「ある思い」が現在の活動につながっているという。

功能「カンボジアで働いている時に現地で感じたのは『一方通行の援助』に対する違和感でした。何かを一方的に『与える』のではなく、人が持っている力を『引き出す』ことで社会を変える方法はないのかと考える中で出会ったのが、社会的投資だったのです。

私にとって社会的投資とは、インパクトを生み出すための手段であることはもちろん、投資家と起業家の関係を変えるためのものでもある。具体的に言えば、投資家はお金を出すだけではなくて、起業家と共にリスクを取り、一緒にインパクト創出に挑む。そんな関係性をつくりたいと考え、社会的投資、インパクト投資に取り組んでいます」

特定非営利活動法人ARUN Seed代表理事/ARUN合同会社代表 功能聡子氏

ARUNは「地球上のどこに生まれた人もひとりひとりの才能を発揮できる社会」をビジョンに掲げ、社会課題の解決に挑む起業家を発掘し、投資によって支援、伴走している。これまで、カンボジアやインド、バングラデシュなどの企業計11社に対して、総額152万ドルの投資を実施し、起業家と共にリスクを取りながら社会変革に邁進していると語った。

次にマイクを取ったのは、Robo Co-op Founder / CEOの金氏だ。外資系コンサルティングファームでキャリアをスタートさせた同氏は、ソーシャルインパクトオフィスという部署でインパクト創出を追求する中で「いても立ってもいられなくなり、独立という道を選び、現在に至っている」と話す。

そんな金氏が立ち上げたRobo Co-opとは、「誰でもいつでもどこからでも支えあえるオンライン協同組合」だ。より具体的には、世界中のシングルマザーや難民の方々などがデジタルスキルを学び合う仕組みを無償で提供(所得向上時のみ返済を求める奨学金制度を導入)し、デジタル人材を育成することで「貧困」や、世界的な「デジタル人材の不足」という大きな課題の解決を目指している。

オンラインコミュニティであるRobo Co-opでは、「すでにトルコに住むシリア人の方が、アフガニスタンから日本に逃れてきた女性に対し、デジタルスキルを教える。そんなことも起こっています」という。

そんな金氏は、「『日本だからこそ』できることがある」とし、その可能性をこう語った。

「日本は『課題先進国』だといわれます。世界の国々が、今後抱えるであろうさまざまな課題を、先んじて経験しているわけですね。だからこそ、できることがあるのではないかと思っています。

たとえば、日本はアジアで最も早く第三国定住(難民キャンプなどで一時的な庇護を受けた難民を、第三国へ移動させること)による難民受け入れを開始したり、2023年12月に開催された『第2回グローバル難民フォーラム』の共同議長国を務めたりと、難民問題の解決にも積極的に取り組んでいるんです。

そして、極東の島国だからこそ、さまざまなイノベーションのパイロット版を試しやすいのではないかと思っています。日本だからこそ生み出せるオープンイノベーションがあると思っていますし、これからもその可能性にチャレンジしていきたいですね」

Robo Co-op Founder / CEO Welcome Japan代表理事 金辰泰氏

「わびさび」に見る、“東洋型・日本型インパクト”の可能性

4名からのプレゼンテーションに続いて、質疑応答が実施された。まず、モデレーターの川端氏から金氏に対して、「日本が課題解決策の『パイロット版』を試しやすい環境だといえる理由」を問う質問が投げかけられた。

金氏は「あくまでも、比較論だが」と前置きしつつ、こう答えた。

「おそらく、政治、経済、治安などの面で不安定な国を拠点にしていたら、Robo Co-opは生み出せなかったと思うんです。その点、日本はしっかりとしたビジネスインフラがあるし、とても安定した国ですよね。特に難民支援という観点から言えば『きれい』『安全』『安い』という要素はとても重要で、日本はそのすべてを満たしています。

一方で、インパクト投資のエコシステムはまだまだ未発達なので、資金繰りはとても苦労します。しかし、資金面の問題さえ解決できれば、とても安定した環境の中でさまざまなチャレンジができる。普段私たちが見ている、メルカトル図法で描かれた世界地図上では日本は小さな国に見えますが、実は意外と大きいんです。

安定した環境とある程度広い国土があるという点において、日本はさまざまなチャレンジをするのに打ってつけの国だと思います」

次に川端氏は五十嵐氏に水を向けた。

留学中、そしてロンドンで就業している中で五十嵐氏が向き合っていた「東洋人として、日本人として世界に対してどういった貢献ができるのか」という問い。川端氏からの質問は、「その問いに対して、今ならどんな風に答えるか」。

五十嵐氏は自身の経験を元に、私たちが西洋から学ぶべきこととして「多様性、包摂性の重要さ」「説明責任を果たすこと」「起業家精神」を挙げた上で、「一方で西洋を礼賛するだけでは社会をよりよくすることはできない」と語った。そして、「私たちが東洋人、日本人として世界に発信できること」として、「わびさび」を挙げた。

五十嵐「みなさんも、インパクトシフトというイベントでこの言葉を聞くとは思っていなかったと思いますが、私は『わびさび』という概念こそ、世界に向けて発信できることだと思っています。

私たちKIBOW社会投資ファンドは、東日本大震災をきっかけに誕生しました。また、特定非営利活動促進法(NPO法)は、1995年に発生した阪神淡路大震災が契機となって成立しました。私たちは、常に自然と共に生活し、常にその驚異にさらされています。もちろん、自然災害は多くの悲劇を引き起こしますし、被害にあった方々の悲しみは癒やしようがないものかもしれません。

私たちはこれまでの経験から、自然は管理できるものではないと知っている。しかし、その大きな力によって社会が破壊されたことを嘆くだけではなく、そのことを受け入れ、何度でもその“傷”を修復してきました。私たちが積み重ねてきたそんな営為を象徴しているのが、『金継ぎ』なのではないかと思っています」

「金継ぎ」とは、欠けたり割れたりした器を、漆や金などを用いて使って修復する、日本の伝統的な技法だ。一度壊れてしまったものを諦めるのではなく、修復する——そのような事物との向き合い方を象徴するものとして、ヨーロッパを中心に金継ぎに注目が集まっているとし、五十嵐氏はこう続けた。

五十嵐「『わびさび』とは、儚さや不完全さなどを受け入れることを中心とした世界観、美意識を示す言葉です。そして、金継ぎはそんな『わびさび』を象徴するものだと考えられている。つまり、過去の悪い出来事や悲劇を隠したり忘れたりするのではなく、『いま』の不完全さを受け入れ、そこから美しいものを見出していこうとする精神性の象徴なんです。私たち日本人は、そんな精神性を持っているはず。

社会的インパクト投資の文脈で言えば、投資は社会を修復するための“漆”であり“金”です。

東日本大震災によって社会という“器”は一度壊れてしまいました。社会的インパクト投資という手段で、壊れてしまった“器”を再構築するだけではなく、さらに美しくできるのだと信じられるのが、私たち日本人という存在なのではないでしょうか。

金継ぎが象徴する『わびさび』の思想は、西洋にはないものです。自信と誇りを持って、世界に発信していくべきだと思っています」

“東洋型・日本型インパクト”とは何か。その答えは、私たちに中にある

五十嵐氏の言葉を受け、川端氏は「『インパクト』という概念そのものが、西洋からの“輸入品”。だからこそ、それをそのままコピー&ペーストするだけではなく、私たちなりに解釈し、咀嚼し、取り入れなければならない」と応じた。

そして、功能氏に「“東洋型、日本型インパクト”と聞いて、どのようなものを想起するか」という質問を投げかけた。

功能「西洋型インパクトが『支配・制御』によって社会を変えていくものだとすれば、東洋型は『交渉・共鳴』なのではないかと思っています。先ほど、五十嵐さんからお話があったように、私たちは昔から自然を『支配』ないしは『制御』するのではなく、『共生すること』を選んできたはずです。

たとえば、『生物多様性』は世界的に重要なテーマになっていますし、そういった課題解決に取り組む企業も投資対象として注目を集めはじめています。ただし、多くのお金を集めているのは、やはりビジネスとしてスケールする可能性が高いテクノロジーやグローバルな展開可能性の高い事業です。

日本やアジアにも生物多様性を守り、豊かにするためのビジネスを展開している企業が存在します。それらの会社が展開する事業は、世界中から多額の資金を集めている企業と比較すると、ローカルでビジネスとしてスケールする可能性は低いかもしれません。でも、私たちが大切にしてきた、自然との『いい塩梅の』あるいは『ちょうどいい』付き合い方を維持するための事業を展開しているように思えます。

現在は『(経済合理性の観点での)“いいビジネス”にお金が集まる』のが一般的だと思うのですが、『社会に対してよりインパクトを与えうるビジネスにたくさんのお金が集まることによって、ビジネスとしてもスケールさせる』という逆のサイクルがあってもいいはず。そういったサイクルをアジア、日本から生み出していきたいですね」

「“ガラパゴス”であることを、もっと胸を張って発信すべきなのではないか」と言葉を重ねたのは金氏だ。かつて需要が豊富だったこともあり、大多数の日本企業は「国内マーケットで成長すること」を念頭に発展してきた。その結果、独自の進化を遂げた製品やサービスが海外マーケットでは苦戦を強いられるようになり、このことを指して「日本のマーケットは“ガラパゴス化”している」と批判的に語られることが多い。

だが、金氏は“ガラパゴス化”を肯定的に捉えている。その真意はどこにあるのだろうか。

「先ほど、日本は『課題先進国』だと言いました。そして、そのマーケットは“ガラパゴス化”している。つまり日本という国は、独自のマーケットの中で、多くの国がまだ直面していない課題にアプローチすることができる。その中で得られた知見は、多くの国にとっての参考になるのではないでしょうか。

たとえば、SDGsは『2030年までに達成すべき目標』を定めたものなので、今後はその先を見据えた議論を進めていかなければなりません。ポスト2030年に向けて、僕は日本から『脱成長』というテーマを発信していけるのではないかと考えています。

というのも、僕は最近島根県に移住したのですが、既存の経済指標では測れない豊かさが間違いなく存在することを肌身で感じているんです。地域の方と物々交換しても、貨幣が介在しているわけではないので、GDPはプラスになりません。でも、GDPでは測れないものがきっとあって、それは『絆』などと表現されているものなのかもしれません。

日本にはGDPでは測れない豊かさが根付いているはずですし、そういったものを大切にしてきた歴史がある。これはあくまでも一例でしかありませんが、日本から『脱成長』というインパクトを世界に与えられる可能性があるのではないかと感じています」

セッションの最後、マイクを取った五十嵐氏は「『東洋型・日本型インパクトとは何か』という問いに答えはない」とし、こんなメッセージを送った。

五十嵐「歴史を振り返ってみると、私たち日本人は元々『インパクト』を大切にしてきたのではないかと思うのです。商売の世界では古くから『三方良し』という言葉が使われていますし、江戸時代後期には二宮尊徳が『道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である』という言葉を残しています。また、渋沢栄一は『論語と算盤』という言い方をしていますが、これらはいずれも同じことを言っています。

日本はある時点から『西洋に追いつけ追い越せ』でここまで来ましたが、必ずしもこの道の延長線上に豊かな社会があるわけではないと思います。西洋的な近代化、すなわち『合理化』を追求するあまり、私たちはかつての日本人が大事にしていた協調性や『お互い様の精神』を忘れてしまったのではないでしょうか。世界の合理化が加速する中、そんな日本的な美徳がむしろ際立っているように思います。

先ほど、『東洋型・日本型インパクトとは何か』という問いに答えはないと言いました。あえて言うならば、私たちはすでにその答えを知っているのではないでしょうか」

近代以降、私たちは西洋を規範として社会を形づくってきた。法、政治、経済……その影響は至るところに見られる。西洋から受け取ったものが日本社会を大きく前に進めたことは言うまでもないだろう。そして、今後も「西洋発」のものが日本社会に好影響をもたらすことも多いはずだ。

しかし、同時にその功罪を検証するフェーズに来ていることも事実だろう。「インパクト」もまた、「西洋発」の概念の一つだ。この概念を通して見えるのは、「ビジネス」と「社会」の関係性だろう。私たちはこれから、ビジネスと社会をどのような関係で結ぶべきなのだろうか。西洋からやってきたインパクトというレンズを手にしたいま、そのレンズを通して見る「ビジネスと社会の理想の関係」は、ひょっとすると極めて“日本的”なものなのかもしれない。