阪神淡路大震災以降から始まるNPOの歴史

誰もが当たり前の言葉として使っている概念や制度はいきなり自明のものとなったわけではなく、時代の要請や社会の変化とともに誕生し、次第に社会に浸透していく。言葉が生まれることで社会が変わり、社会が変わればまた新たな言葉が生まれるという振り子によって社会は前進していく。

社会貢献活動や社会課題解決の事業体として知られるNPOは、1999年12月1日に施行された「特定非営利活動促進法」(通称:NPO法)の設立によって誕生した。同法案の設立には1995年1月17日の阪神淡路大震災の際に被災地支援で多くのボランティアが集まったことが大きく寄与している。1995年は「ボランティア元年」と称され、以来、社会貢献活動に取り組む団体は急増した。まさに市民的な動きが法律施行の後押しとなったのだ。

そんなNPO法をきっかけに誕生したのが、日本の社会起業家エコシステムの草分け的存在であるNPO法人ETIC.だ。起業家を育成し、社会課題解決に取り組むエコシステムをつくる事業に取り組むため、同法施行をきっかけに任意団体からNPOを設立。20年以上、日本の社会起業家育成やエコシステムづくりに尽力してきた組織だ。

鈴木氏「利益を第一に追求せず、自分たちが作りたい社会を目指し、課題解決のモチベーションを持って事業活動を推進していく法人としてNPOという概念が生まれたことはとても大きいです。私たち以外にも多くの仲間がNPOを設立したことで、社会課題解決という大きな潮流が生まれました」

NPO法人ETIC. Co-Founder / シニアコーディネーター 鈴木敦子氏

今も第一線で活躍する社会起業家らがNPOで活躍していることは多くの人が知るところだろう。2000年代前半当時、まさに「イノベーター」と呼ばれる多くの起業家がNPOという法人形態を自発的に選択し、社会起業として立ち上がったのだ。

NPOの特徴は「誰のものでもない、誰にも利益が還元されないからこそ、フラットに事業が行え、フラットなスタンスだからこそより多くの人を巻き込めること」と鈴木氏は話す。

90年代以降から国内外で様々な社会課題が表出し始めた時代、社会貢献や社会課題解決という概念や取り組みは一般的ではなかった。だからこそ、行政や企業も含めたステークホルダーを巻き込み、時には行政ができない共助の仕組みを構築しながら政策提言へとつなげるなど、課題解決のための理解や実践を広げるためにもNPOという組織が一定の機能として役割を果たしてきたのだ。

社会課題と向き合う組織の志向性や形態の多様化

一方、時代の変遷とともにNPOという組織や事業形態以外にも社会課題解決に取り組む企業が増加してきた。今や社会起業という言葉の意味にNPOだけでなく多様な組織のあり方が混在している、とモデレーターの河合氏は話す。

近年では「インパクトユニコーン」「インパクトスタートアップ」「ゼブラ企業」「B Corp」といったキーワードも生まれ、組織の志向性や形態も多様化している。スタートアップという言葉も一般化すると同時にそれを支える豊富なスタートアップエコシステムも構築されており、日本において起業するという行為が一つの選択肢として認知されてきていることも大きいだろう。

河合氏「一口に起業といっても、成功の物差しは多様であり解釈の幅が存在します。事業形態やお金のあり方をもとに、いくつかの分類ができるのではないでしょうか」

:IMPACT SHIFT実行委員会発起人 / 株式会社UNERI代表 河合将樹氏

河合氏の提案をもとに法人格、IPOの志向性、組織形態の傾向、組織を取り巻く状況や呼称から5つの区分けがなされた。

統計によると、NPO法人は1999年から毎年右肩上がりで増加してきたものの、2014年頃からは5万強の規模感から横ばい傾向で、ついに2017年をピークに現在まで若干の減少傾向にある。20代のNPO創業者や代表も減少傾向にあり、NPO法施行から約25年が経過する現在、団体の高年齢化や人材不足の懸念などNPOという組織が置かれている立場にも変化が訪れようとしている。

こうした状況に対し、鈴木氏は「時代の変化とともに共感されるものは変わってくる。大事なのは関わる個々人のモチベーションであり、社会をよくしたいという構造をどうつくっていくか。NPOでなければいけない理由もないし、違う枠組みも含めてどんどん試行したらいいのでは」と話す。

事業を支える多様な資金のあり方とその可能性

社会情勢、社会課題に対するアプローチ方法、関わる個人の関わり方や運営形態の多様なあり方。時代とともに変化が求められているのかもしれない。組織のあり方から事業運営を支える資金面について議論は進む。

SIIFの青柳氏は日本財団においてNPOを支える助成事業に携わり、現在はインパクト投資を行う立場として、長年、資金的なサポートから事業の現場に携わってきた人物である。そんな青柳氏は「助成金の可能性と限界」について自身の経験から話を展開する。

青柳氏「助成金は財務的に返す必要がないためリスクの高い事業に資金を投入することができます。課題解決の手前であるリサーチ活動や事業の立ち上げ期において助成金はとても有効で、リターンを気にしない資金提供者の存在は大きい。一方、助成金ばかりだと事業の成長可能性についての見方が薄らぐこともあるし、助成金を受ける団体側のガバナンスや規律がゆるみやすいといった課題もあります。

一方、投資は何かしらのリターンを投資家は求めます。社会課題解決というインパクトと事業で利益を出すという二兎追う難しさがある。だからこそ、投資する側も投資を受ける側もガバナンスを重要視します。この視点は助成金にはない要素であり、投資と助成金それぞれのメリットや可能性があります」

一般財団法人社会変革推進財団(SIIF)専務理事 青柳光昌氏

投資によるリターンによって短期的志向に陥ってしまい、本来の社会課題解決という目的からぶれてしまっては本末転倒だ。どのようなお金を組織は調達するのか。お金の出し手と受け手のそれぞれの関係が問われてくる。

鈴木氏も青柳氏の話に触れながら、「資金の出所によって、引き出される事業のあり方は変わってくる」とし、多様な立場や意見から事業を多角的に見ることによって事業をより良い形へと導いていくものがあると話す。

リターンとリスク、そして”インパクト”という評価軸が生まれた背景とは

日本政府も国会でインパクト投資について言及し、インパクト投資の環境整備が整い始めようとしている。では、この「インパクト投資」とはいつ、どのようにして生まれたのか。ファンド運営から社会起業家支援に長年携わり、現在ではインパクト投資の制度づくりにも関わる渋澤氏がその経緯について紹介した。

氏によると、ロックフェラー財団が2007年ごろに初めて使われた言葉だという。その背景には、同財団は失業や格差、貧困、医療といった社会課題の解決を意図とするスタートアップへ新たな資金の流れをつくることがあった。現在では、従来の投資判断における「リスク/リターン」という2次元評価だけではなく、課題解決の意図も価値創造とする3次元評価がインパクト投資の定義とされている。2013年には先進国首脳会議において議長国であったイギリスの呼びかけにより「G8社会的インパクト投資タスクフォース」が設立され、より良い社会づくりのための新たな可能性として世界的に発展した。

当初は「“社会的”インパクト投資」という言葉だったが、迫り来る地球温暖化や環境問題、貧困問題といった待ったなしの社会課題に対し、国連によるSDGsの設定を皮切りに民間セクターの社会課題解決のための事業開発や資金提供が広く浸透したため、現在では「インパクト投資」として定着したという。

シブサワ・アンド・カンパニー代表取締役 渋澤健氏

世界35か国の加盟国や地域が参加し多様なステークホルダーとともにインパクト投資を推進するGSGグローバルネットワークにおいて、近年ではグローバル経済におけるインパクト化への志向がますます高まりつつあると渋澤氏は語る。

渋澤氏「インパクト投資は投資家が主語の言葉だが、本来は課題解決という価値を生み出す企業に主体性がなければいけません。インパクト投資の父と呼ばれるドナルド・コーエン氏は、ポストESGとしてインパクト測定をあらゆる経済活動に統合させ意思決定を図っていくために、企業の会計制度において非財務的価値を可視化しインパクト的意思決定を促す『インパクト加重会計』という考えを提唱し企業の行動変容を促しています。こうした、価値を生み出す企業の経済活動におけるインパクトへの注目や重要度が広がり始めています」

いかにして ”インパクト”を共通言語にできるかが問われている

社会起業の変遷、そしてインパクト投資という言葉が生まれた背景を踏まえ、これからの「インパクト」のあり方や位置づけについて河合氏から問いが投げかけられた。

河合氏「社会課題にも深さがあります。例えば、通常の経済活動であれば直接の受益者である一次顧客がお金を支払いますが、深い社会課題領域では一次顧客ではなく二次顧客がお金を支払います(例:教育であれば子どもではなく、両親などが支払う)。さらに深い社会課題領域では、二次顧客がお金を支払えない領域も存在しています。このように、一口に『社会課題』といっても、誰から・どのようにマネタイズするのかという観点で事業構築難易度が異なっており、法人格を使い分けるケースが増えています。インパクト投資は、究極的には金融業です。したがって、期待値リターン次第ではカバー出来ず取り残されるものが必ずあります。そこは折込済みで、社会課題とどう向き合い、考えるべきでしょうか」

こうした問いに対し、青柳氏は多様なお金の出し手が多様な事業を支える基盤となることついて言及する。

青柳氏「社会課題が複雑多様化してくるなか、事業によってはリターンが出せないものもあるでしょう。もちろんそれが悪いわけではありません。フィランソロピーのような寄付に支えられる事業もあるはずです。投資による課題解決だけがすべてではありません。寄付も助成金も、政府のお金も、民間投資も、あらゆるお金の出し手の登場に意味があり、多様なお金が持つ可能性を引き出しながら事業を推進していくべきなのです」

青柳氏の話に続き、渋澤氏も「課題解決のために必要なのは多様なお金のバリューチェーンである」と説くと同時に、そのバリューチェーンを生み出す多様なステークホルダーをつなぐ共通言語が求められる、と指摘する。

渋澤氏「多様なお金を組み合わせによる課題解決のバリューチェーンを支える”共通言語”がないことが問題なのです。政府や企業、投資家といったあらゆるステークホルダーをつなぐもの、それこそが”インパクト”であるべきです。測定しないとインパクトの意図を示せません。課題に対してどのような測定をすべきか、その測定方法や測定結果による共通言語、共通認識を浮き彫りにすることが大切です。

ロジックモデルにおける事業活動によるアウトプットのKPIが明確でも、短中長期アウトカムとなると測定するコストも増えて直接的な因果関係も曖昧になりがちです。グローバルで見渡しても、10年以上のインパクト投資に実績のあるリーディングプレイヤーでさえそうです。世界レベルでみてもインパクトに向けた試行錯誤は現在進行形の課題なのです」

「インパクト」を測定する時、どのような時間軸で考えるのか、本質的なインパクト測定とはどのようなものなのか。時には測定そのものが間違っていることもあるかもしれない。事業活動と生まれた結果の相関関係や因果関係を単調につなげてしまうことで抜け落ちるものもあるかもしれない。

何を持ってインパクトとするのか。ステークホルダーそれぞれの視座によって評価も変わってくるだろう。インパクトを共通言語化することの難しさと同時に、これらの壁を乗り越えることによって、より良い社会づくりの新たな道が開かれていくのかもしれない。

「インパクトとは何か」という問いはスタートを切ったばかりだ。この課題に対して中間支援団体やインパクト投資ファンド、民間企業、政府、さらに市民をも巻きこみながらともに考えることが大切だ。インパクトを取り巻く多様な問題と向き合いながら、より良い未来、より良い課題解決の仕組みを見出すことが新たなイノベーションの一歩へとつながっていく。