経済合理性の限界曲線から見る資本主義と贈与経済

日本において社会起業という言葉や非営利セクターを支えてきた寄付やフィランソロピー。フィランソロピーとは利他的な行動や奉仕活動の意味であり、フィランソロピーを実践する人を日本語では「篤志家(とくしか)」とも呼ばれている。こうした人達の多くは、「資本主義経済において一定の成功と財をなした人達が、その財を活かす(時には節税対策等も含めて)ために財団やファミリーオフィスを設立し、NPOへの寄付や助成金プログラムを組成することは多い」と小柴氏は話す。

政府による支援が行き届かない問題や通常の事業活動において受益者からお金を徴収できない領域に対し、NPOや社会起業などの社会課題解決の取り組みが生まれた背景がある。2000年代当時は社会課題解決のための活動を支援するファンドや助成金も少なかったため、これらの寄付活動や財団による助成金は数少ない事業を支える資金であった。

こうした歴史的な背景を踏まえ、10年以上にわたってNPOを経営してきた小沼氏より、山口周氏の著書『ビジネスの未来』にて指摘されている経済合理性の限界曲線の図式をもとにしながら、経済合理性と寄付・贈与の関係、さらにソーシャルイノベーションが果たしている役割についての問題提起がなされた。

NPO法人クロスフィールズ代表理事 小沼大地氏

小沼氏「横軸に問題の普遍性、縦軸に問題の難易度とした場合、ビジネスで解決できる領域とビジネスで解決が出来ない≪ 経済合理性の限界曲線 ≫を引くことができます。ソーシャルイノベーションと呼ばれるものは、この経済合理性の限界曲線を拡張する活動と解釈できそうです。もちろんすべての社会課題をビジネスで解決できるわけではなく、寄付やフィランソロピーが支える公助や共助の領域も非常に重要です。ビジネス、ソーシャルイノベーション、寄付・贈与とがバランス良く作用することによってこそ、私たちは社会課題が適切に解決され続ける世界をつくっていくことができるのです」

小沼氏の指摘に対し、上場企業の取締役を務めつつも寄付や贈与活動に関する活動を実践している桂氏は「交換」と「贈与」の違いを意識すべきという別の見方を提示した。氏によると、ビジネスとは「等価交換」が原則であり、イノベーションによって単価を下げることができても社会課題の当事者や受益者に商品の支払能力がない場合、資本主義経済では救えないという指摘だ。さらに、ビジネスにおけるサステナビリティについても問いかける。

桂氏「小沼氏の図式では、曲線の内側にあるビジネスはサステナブルだと示しているが果たしてそうでしょうか。株式会社ですぐに倒産する企業もいれば、何十年と続くNPOもいる。ビジネスはサステナブルで共助やNPOはサステナブルではない、という解釈は違うはずです。
さらに言えば、曲線の外側にある公助や共助の領域とは、国家や家族、宗教、地域社会など人間社会の基盤となるものであり、資本主義が逃した課題を拾っているわけではありません。人間社会という土台があり、その上に株式会社という仕組みがあるだけであり、贈与や寄付といった人間や社会の根源に関わる行為を起点とすべきではないでしょうか」

一般社団法人新しい贈与論 代表理事 リブセンス取締役 桂大介氏

ビジネスによる社会課題解決という視点が広がりすぎた?

日本でNPO法が生まれて約25年。株式会社を代表とする営利団体とNPOや学校、病院のような非営利団体。その違いは余剰の利益を株主らに分配するか、構成員へ分配せずに事業に再投資するか、である。そして、非営利団体であっても利益を追求でき、事実、売上を伸ばし続ける非営利団体も存在する。しかし、この20数年来、非営利団体、特にNPOは「ボランティア」というニュアンスや利益をあげることへの偏見も少なくなかった。

そうしたなか、グラミン銀行を創設したムハマド・ユヌス氏が2006年にノーベル平和賞を受賞したことをきっかけに、国内外で社会起業という概念とともにビジネスを通じた社会課題解決という理解が広まった。次第に、非営利事業だけでなく営利事業も展開する事業型NPOのような団体など、多様な組織形態も生まれてきた。

モデレーター AVPNシニアマネーナー エリクセン恵氏

いまや新公益連盟と経済同友会、インパクトスタートアップ協会が共助資本主義の実現に向けて連携協定を結ぶほどにまで広がってきた。そんな広がりを喜ばしく思う反面、ビジネスでなければいけないという視点が強すぎることへの反動もある、とこれまでNPO業界を牽引してきた小沼氏は話す。

小沼氏「今の若い世代がスタートアップによる社会課題解決やインパクト投資ばかりを見ている風潮には、どこか危うさも覚えています。ビジネスでの社会課題解決は、寄付や助成金に頼るNPOの活動よりも優れているという思い込みがあるように思いますし、社会起業家世代の起業家である自分も、そうした流れを作ってきてしまったという自戒の念もあります。これからはNPOにおける事業性の是非を議論しながら、公助や共助、NPOという領域の価値を改めて見直す時期にきているのではないでしょうか」

小沼氏の懸念を裏付けるように、現在NPOの団体数は5万強の規模感を頭打ちにここ数年は減少傾向にある。それと反比例するかのごとく、スタートアップに対して若い世代が強い関心を寄せている。若い起業家の中で、NPOや非営利活動に対して「なぜ、ビジネスにしないのか?」という声も一定数あるという。

会場内の若手起業家がその事業内容からあえて非営利団体を選んでいることに対し、桂氏は「これまで等価交換で行っていたものを逆転させ、贈与や寄付で成り立たせようという構造転換を図ることだ」と評し、経営の拡大やソーシャルイノベーションではなく、ビジネスの領域をいかに小さくし寄付や贈与の領域を拡張していくかが本来の人間社会なのでは、とコメントした。

フィランソロピー・アドバイザーズ代表取締役 小柴優子氏

一方、多様な法人形態があるなかで、営利か非営利か、という考え方そのものから変革すべきと小柴氏は語る。

小柴氏「営利か非営利かという選択は、自身が成し遂げたい活動を達成する手段にすぎません。私自身、諸外国に比べて規模の小さいフィランソロピーという活動がしっかりと給料を得て活動できる社会にしたいと考え株式会社を選びました。日本では営利と非営利の区分けが分断を生む要因になっている気がします。一方、海外を見渡すとその違いはあまり意識されません。非営利領域に対する偏見や解像度の低さを変えていかなければいけません」

効果的利他主義への批判、数字の罠に陥らないためにどうするか

非営利領域に対する理解の状況とは裏腹に、「インパクト」を求める動きやビジネスで社会課題解決を図る潮流がますます主流になるなか、社会課題解決の成果を求める動きが加速することによる懸念もある、と桂氏は警鐘を鳴らす。

桂氏「株式会社や資本主義が社会課題解決やインパクトを打ち出すことで、実は非営利領域はますます劣勢に立たされているんです。なので、本来、非営利領域の人達はインパクトという流れを一緒に盛り上げようとするのではなく、警戒心を抱くべきなんです。もし、すべてがインパクトに収斂されていけば、結局は資本効率や費用対効果、ROIといった数字の世界に支配されてしまいます。効率性を求めるのならば、大企業や大手の団体が最も効率よい選択肢になってしまうはずなのだから」

桂氏の指摘は「効果的利他主義」に対する批評にもつながっている。「効果的利他主義」とは、米国の倫理学者ピーター・シンガーが1972年に発表した論文が元であり、2011年以降から貧困や温暖化、環境問題などにおける途上国への支援に対して費用対効果を調査し始めたことから、社会課題解決において効果的・効率的でインパクトを最大化するために生まれた言葉である。

”効果的”とはいわば「最大多数の最大幸福」である。であれば、この多数に入りきれないこぼれ落ちる人は救えないのだろうか。インパクトや効率性という数値測定や評価軸による数字の罠に陥ることで見逃しているもの、効果や効率性では測れないものこそが公助や共助といった人間社会そのもので支えなければならないものではないだろうか。まさに本セッションが問いかける大きなテーマである。

思いを託し、託される関係によって生まれるお金の循環

寄付や贈与というものをどう捉え直すか。効率性という数字の罠に回収されない個人の思いが乗ったお金であるフィランソロピーについて、小柴氏は自身の活動や経験をもとにそのあり方を投げかけた。

フィランソロピーとは、寄付を出す側もただお金を出すだけでなく、解決したい課題への強い思いを団体に託し、受け取った団体はそのお金と気持ちを受け取ったことに対する責任を持って行動し社会貢献や社会課題解決に取り組む「ステュワードシップ」という構造がそこにはある。バブル期に設立された財団や団体の多くは、創業者が掲げた当初の理念が次第に薄まり、団体そのものが存続するだけになっていることも少なくない。慈善活動や社会貢献活動をより良い形で持続させるには、こうした人から人への思いの伝達を改めて見直すことが重要だ、と小柴氏は話す。

桂氏が運営するコミュニティ「新しい贈与論」では、会費の一部をNPOや個人など様々な活動に毎月寄付を行っている。寄付先の決定には、毎月違うテーマを参加者に投げかけ、その問いを踏まえてそれぞれが寄付先を提示し、参加者全員の熟議と投票によって寄付先を決めるという仕組みを導入している。有名無名や規模の大小ではない個人の価値観への問いかけから生まれる寄付先の選定にこそ、贈与の新たな可能性があるという。

小柴氏「寄付でさえも、一般的に世の中で良いと思われているものや、大手や有名なNPOに寄付しさえすれば良いと考えがちです。そうではなく、自分自身の問題意識を問い直した上で、誰にお金を託すのかを改めて考え直すだけで違った世界が広がってくるはず」

思いを託し、託される関係によって生まれるもの。時には社会課題として世の中が認識しきれていない問題に向かう小さなアクションを支える寄付がきっかけとなり、次第に社会課題として顕在し解決への好循環が生まれることもある。

NPOのような非営利団体の活動は当事者の声に耳を傾けて社会課題を定義・発信するR&D機能であり、効率性や事業性ばかりに目を向けることなく社会全体に必要な基盤であるという認識を、NPOセクターが改めて提示していくことが重要なのかもしれない、と小沼氏はNPOへの理解や今後の展開について考えを示した。

資本の論理や効率性といった数字の罠に陥らず、社会が見過ごしがちな問題に光を当て、アクションを積み重ねることによって世の中を動かし、時に世の中を変革する動きへとつなげていくという非営利団体が取るべき行動。当事者の声に耳を傾け、共感のコミュニケーションによって時には公助や共助を促進し、一部には事業性を持ってビジネスで課題解決を促進する動きも含めた多様なお金の循環を生み出す非営利団体というの存在とその重要性について再認識された気がする。