社会課題を「複雑なまま、わかりやすく」表現するには?

最初にマイクを握ったのは、モデレーターを務める阿座上陽平氏。株式会社Zebras and Companyで共同創業者/代表取締役を務める同氏は、ユニコーン企業へのアンチテーゼから生まれたとされる概念「ゼブラ企業」の認知拡⼤のためのムーブメントやコミュニティ創出、およびその社会実装のための投資や経営⽀援を行っている。

株式会社Zebras and Company 共同創業者/代表取締役 阿座上陽平氏

続いて自己紹介したのは、一般社団法人 公共とデザイン・共同代表の石塚理華氏。「私たちの言う『公共』とはイコール『行政』ではなく、私と他者がいるからこそ存在する『わたしのいる世界』のことを指します」。公共とデザインは、生活者の視点から想いや困りごとを可視化するリサーチ・ワークショップなどアイディア発想支援を行っており、2023年10月には民主主義とソーシャルイノベーションについての「デザイン書」である『クリエイティブデモクラシー「わたし」から社会を変える、ソーシャルイノベーションのはじめかた』(ビー・エヌ・エヌ)を出版した。

石塚氏「『わたし』の私的な衝動から生まれる『ライフプロジェクト』から、『わたしたち』の社会環境の変革につながっていく環境はどうすればつくれるのか。いろいろな人がいろいろな方法で、消費者ではなく生産者にもなることで、課題に取り組んでいけるようになるための“うつわ”をつくることを目指しています」

「チャーリー」と呼びかけられたのは、図解総研代表取締役の近藤哲朗氏だ。チャーリー・ブラウン(漫画『ピーナッツ』の主人公でスヌーピーの飼い主)に似ていることから、そう呼ばれるようになったそう。図解総研では「共通言語の発明」というパーパスのもと、社会の複雑な仕組みや事象を「図解」という手段で可視化して伝えることで、専門的な知識の社会実装を目指している。

近藤氏「3×3の9マスで代表的な経営資源のつながりを表現した『ビジネスモデル2.0図鑑』(KADOKAWA)という本では、変数がとても多い複雑なビジネスモデルを、シンプルに表現するためのアプローチを考えていました。ただ、あまり単純化しすぎると、より多くの人に向けた入口としては機能するけれど、本来あるビジネスモデルの複雑さを表現しきれない。『入口』の先の複雑さを理解し、認知し、共通認識を持ってもらうには、どうしたらいいのか。最近はそうした問題意識から、複雑なものを複雑なまま可視化することにチャレンジしています」

そして最後に自己紹介したのは、株式会社イグジットフィルム代表取締役/フィルムディレクター、NPO法人ブラックスターレーベル代表理事の田村祥宏氏だ。自らが貧困家庭の出身であること、かつて住み込みで働いていた介護施設に「支えられていた」ことへの感謝の思いから、そういった方々と共に映像を製作するプロセスを大切に、映像を通して社会的価値を生み出すことを目指しているという。

田村氏「チャーリーさんのおっしゃる通り『複雑性を残したまま、それでもわかりやすく表現する』ことは重要だと考えています。複雑で解決困難な社会課題に対して、映像にできることはまだまだあるのではないか。映像というものが秘める社会的な価値を、もっと突き詰めてみたい。そう考えて、最近はエネルギー問題や気候変動をテーマに、17年ぶりに『Dance with the Issue』(2023年公開)という映画作品もつくりました」

「意味がわからない」という体験が導くもの

近藤氏と田村氏から出た「複雑なものを複雑なまま伝える」という論点に対して、阿座上氏はたずねる。「シンプルにすることで最初のハードルを下げてきたにもかかわらず「なぜ、また複雑さを表現することにチャレンジしているのでしょうか?」。

近藤氏「僕らは『図解には暴力性がある』と言っています。複雑なものをシンプルに図解するときには、何かしらの優先順位に従って情報を構造化し、取捨選択する必要があります。その際、十分に気をつけないと、本来重要だったものを捨ててしまう可能性があるからです。

その暴力性に無自覚でいると、捨てられた情報に目が向けられないまま、図解の情報だけがあたかも正解かのように世の中に広まってしまう危険性がある。ですから最近は、シンプルな図解を入り口に、複雑なものを知りたくなる好奇心をどうつくっていけるかに関心を寄せているんです」

図解総研 代表取締役 近藤哲朗氏

「映画はもっと取捨選択が激しいのでは?」と、阿座上氏は田村氏に問いかける。たとえば、田村氏が監督を務めた『Dance with the Issue』は、身近なエネルギー問題を、言葉を介さないコンテンポラリーダンスも交えながら伝えていく作品だ。

経済産業省や東京電力、そして自然エネルギー産業で実際に働くキーパーソンたちから、エネルギー問題ついて自分の言葉で語る本心を引き出すインタビュー映像。立場ごとに信じるものが多様性を帯び、その課題は複雑にからみ合っている。その課題の複雑さを突きつけられた直後、目の前ではコンテンポラリーダンスが始まる。近藤氏は、同作品に対してこんな感想を抱いたという。

近藤氏「この映画は経産省の人や東京電力の人にインタビューした直後に、突然コンテンポラリーダンスが出てきて、『何かを踊り出して、しかもその意味はわからない』といった時間が5分くらい流れる。はじめはポカンとして驚くのですが、次第に映画で描かれている課題について、自分なりに考え始めていることに気がつきました。僕がこれまで図解を通して取ってきたアプローチとは全く違って、新鮮な体験でしたね」

田村氏は、複雑な問題に対してどのように表現しようと考えて作品づくりを進めたのだろうか。

田村氏「複雑で難しい問題に対して一つの答えを示し、『これが正解だから、こっちに来てください』と言うのは、課題解決という点においてあまり本質的ではないと思っています。そもそもシンプルなロジックで解ける問題であれば既に解決できているはずですし、僕は『解決』がしたいわけであって、選択肢を一つに絞りたいわけではない。そう考えたときに、この複雑性をそのまま残し、受け取ってもらうことはすごく大切だなと感じました。

ありがたいことに、映画を観てくれた事業者さんで、『言いたいことを、全部言ってくれました』と涙を流してくださった方もいらっしゃいました。東日本大震災以降エネルギー関連の映画は多くあるのですが、こうしたフラットな視点でつくられている映画はとても少なかったと」

まずは「わたし」から始め、「わたしたち」へとつなげる

映画をつくる際、田村氏が意識していたことは、「一人ひとりの観客や視聴者の、心の深い部分にアクセスできるチャンネルをつくること」だという。

田村氏「多くの人にとって“社会課題”は距離感が遠いですが、『自分の暮らしをどうするか』『自分の理想はなにか』からであれば考え始められる。そこにアクセスするときに、デザインやアートが役に立つと思うんです。

何を美しく感じ、何を幸せだと感じるのか。観客に自分自身の内側に意識を向けてもらうダンスパートの時間を設けることで、ゆくゆくはこの課題に関心を寄せ、意見を持ち、解決に向けたアクションにも参加していく──そんな構造の映画をつくりました」

株式会社イグジットフィルム代表取締役/フィルムディレクター・NPO法人ブラックスターレーベル代表理事田村祥宏氏

「自分自身」に働きかけ、「わたし」から活動を始めるというアプローチを聞き、近藤氏が思い出したのが、以前、公共とデザインが2023年に開催した「産まみ(む)めも展」だった。

図解は個人よりも社会の構造に着目し、それをいかに多くの人に理解しやすいようにすることだ。それに対して、展示からは「わたし」に強くフォーカスが当たっている印象を抱いたと述べ、その背景にあった考えについて、石塚氏に問いかける。

近藤氏「政策をつくる時にも、ある一人の個人的なストーリーを伝える方が話が進みやすいという話を聞いたことがあります。社会課題全体の課題に焦点を当てる方がストレートな気がするのに、感情にフォーカスする方が真実味が伝わる。個人が生み出すストーリーは強い力を持っていて、共感の波を生み出すのではないでしょうか」

石塚氏「そうですね、『わたし』への着目は意識的に取り組んでいます。『社会』の話をすると義務感に訴えかけるかたちになってしまいがちですが、それだと途中でうまくいかなくなってしまったときに心が折れてしまう。そうではなく、たとえ直接の当事者ではなくとも自分の状況が『わたしの取り組む社会課題』にどうつながり、どう影響し合っているのかを、意識してもらう必要があるのではないでしょうか」

「巻き込む」に伴って生じる経済性や政治性に向き合う

ただ一方で、田村氏は複雑なものを複雑なままに、フラットさを残してつくったからこその難しさも感じていたという。

田村氏「フラットにつくったがゆえに、経済性を乗せることが難しくなってしまうんですよね。とはいえ、どこか特定のスポンサーが入った途端に、このような映画はつくりづらくなってしまう。そのあたりのバランスがとても悩ましいなと思っています」

この田村氏の指摘に対し、阿座上氏と近藤氏も強く同意を示した。

阿座上氏「大きな課題ですよね。お金は一つのリソースに過ぎません。その他の人が出している労働やアイデアなど多様なリソースも含め、それらをどう公平に取り扱うのかが、プロジェクトリーダーの腕の見せ所であり、共感のつくり方でもあると思いました」

近藤氏「現状では、お金の出し手がパワーを持ってしまう構造がどうしても生じてしまいます。だからこそ、(本イベントを貫くテーマでもある)インパクト投資のように、全体として社会にインパクトを生み出していくために、お金の回り方を変えていくことが必要な気がするんです」

さらに、さまざまな立場の人を巻き込んだ共創に付随する経済性の課題に加え、トピックは政治性の課題にも及ぶ。指摘したのは、「公共」という多様な人々を巻き込んだデザインに日々取り組む、公共とデザインの石塚氏だ。

一般社団法人 公共とデザイン 共同代表 石塚理華氏

石塚氏が政治性と向き合っている事例として紹介されたのは、先ほども触れた「産まみ(む)めも展」だ。同イベントでは「産む」をめぐる協働デザインのプロセス、および5組の作家による作品が展示された。

不妊治療されていて子供を授かった人/授からなかった人、特別養子縁組を検討して辞めた人、もう子供を産まないと自ら選択された人……出産や「産むこと」をめぐる課題についてさまざまな視点からリサーチやヒアリングを重ね、全体像を見てみる。その際、当事者や、不妊治療専門の専門家などの支援者が、実際に何を見てどのように感じているのかを聞きにいくという。

そうしたリサーチを踏まえて、絡み合う問題をシステムマップに整理し、課題を生み出している構造についての仮説を立てる。最終的にはリサーチのプロセスや「産む」に関する作品の展示を行うことを目指したが、「共創プロセスにおいて誰に参加してもらうのか」に関しては政治性が反映されるトピックであるため、慎重に話し合いを重ねたという。

石塚氏「プロジェクトを誰とつくるのかは、政治的な意思決定だと思っています。何かを選び、形にすることは、そうではない可能性を排除することでもあるので、ある意味では平等ではない。アウトプットのあるデザインやものづくりには政治性が伴い、そこに存在するだけで政治的な力が宿ってしまうんです。ですから、参加者として誰を呼ぶのか、どういう人々をプロセスに巻き込んでいくのかについての選択は、慎重に検討していきました」

巻き込む際に生じる政治性を自覚することの重要性を指摘した石塚氏に対して、対象は違えど日々「取捨選択」しながら図解に取り組む近藤氏も共感を示した。

近藤氏「図解する過程においても、そもそも何をテーブルに乗せるのか、誰からどのような意見を聞くのかが同様に重要だと感じます。僕も専門家から話を聞くことがあるのですが、全ての人の意見を聞けるわけではないので、それも一部の人からの視点です。僕らの図解も正解ではなく、あくまで一つの解釈にすぎないのです。それぞれの解釈に従ってつくっているものなのに、それを正解とみなしてしまうと、途端に思考停止に陥ってしまいます」

問いを共有し、共創を生み出す「踊り場」をつくる

「社会が複雑化する中で、デザインやクリエイティブがどう関わるべきか」というテーマのもとで展開されたトークも終盤に差し掛かる。「巻き込む」ことに伴う政治性の議論に付け加えるかたちで、石塚氏は「誰を巻き込んでいくのか」と「どう伝えるか」のフェーズの違いについて指摘した。

石塚氏「全体像を見出してどこにアプローチし誰を巻き込むのかを選定していくフェーズでは、現状の課題が可視化できたり、テーマを置くことで参加者の本心をを引き出せたりすると思っています。一方で、『どう伝えるか』はマーケティングに近く、一般の方に伝えるために誰にフォーカスし、何を伝えるか、狭めていくようなイメージがあります」

この「巻き込む人の決め方」と「伝え方」の使い分けについての指摘から、近藤氏は「デザイナーに求められる『クリエイティブ』の定義は広がっている感覚がある」と着想した。

近藤氏「いわゆるビジュアルデザインだけではなく、政策のようなルールづくりなど、大きな仕組みに対してデザインがどう絡んでいくかは大事な問いだと思っています。引き続き『デザイン経営』に注目が集まっていたり、デジタル庁で働くデザイナーも増えてきたりしていますし、たとえばデザイナー出身の官僚だってもっと出てきてもいい。

公共とデザインもそうですし、田村さんの映画もそうですが、答えを提示しているわけではないじゃないですか。でも、そのモヤモヤが一個のバリューだと思うんです。いまの時代、答えはそこまで大事ではないのかなと思っています。答えはみんなそれぞれあっていいけど、そもそも何が課題で、何を問いとすべきなのかを、もっと解像度高く共有していく必要があるのではないでしょうか」

そしてクリエイティブを通じて社会的価値を生み出すためのキーワードとして、田村氏は、改めて「共創」を挙げる。

田村氏「映画を通じて少しずつ一人ひとりの認知を変えられてきている手応えがありますが、大きなインパクトを起こすためには、課題に取り組む人をもっと増やしていかなければならない。しかし、従来の映画のようにタレントを起用して作品をつくり、派手に伝えていくだけでは不十分に思えますし、そうした方法では論じることができないテーマや主張があるとも思っています。だからこそ、お金の出して、クリエイター、受け手もみんな巻き込みながら『共創する』ということが重要なのではないかと思います」

この田村氏の「共創」というキーワードを引き受けつつ、最後に石塚氏は、「踊り場をつくる」という言葉でイベントを締めくくった。

石塚氏「踊る場をしつらえても、誰も踊ってくれないこともあります。けれど、そこに良い音楽や良いスピーカーがあって楽しく踊ってる人がいれば、次の人が踊りたくなるかもしれない。もしかしたら、さっきまでDJをしていた人も踊る方にまわっているかもしれません。

そうして役割が変わっていく可能性のある場を準備することが重要だと感じており、それはデザインでもできるのではないかと考えているところです。分野としてもまだまだ若い分野ではあるので、日本でもさまざまな実践をされる方が増えていくと良いなと思っています」

ビジュアルづくりだけでなく、社会の根底にあるルール設計や関係性づくりなど、デザインやクリエイティブに期待される役割は広がってきている。さらに今回のイベントを通して、その際に簡易化することが持つ暴力性や、プロセスの政治性を自覚し、「正解を押し付けない姿勢」の必要性も浮かび上がってきた。

課題が絡み合う複雑化した社会だからこそ、適切にデザインやクリエイティブの力を活用し、「行動を起こしてみよう」と思う人を一人でも増やしていくことが重要だと言えるだろう。