あえて、平易にいってみると「社会をよりよくすること」

ソーシャルイノベーションとは、直訳すると「社会的な革新」。その名のとおり、社会課題に対する革新的な解決法を意味する。

「(1)特定の社会課題に対処するための新たな製品やサービス、取組かつ(2)(規模の大小を問わず)社会における認識、価値観、行動様式、法・制度、関係性、資源配分等の変化、あるいはその双方を含みうる概念であるとされる」

【論文】 地域の歴史・文化に根差したソーシャル・イノベーションとは

ごく平易に言い表すと「社会をよりよくすること」だが、社会課題を解決するビジネスはソーシャルビジネスと呼ばれ、イノベーションとは異なる。既存の方法にはない何らかの新規性があって、初めてソーシャルイノベーションと呼べるのだ。

ソーシャルイノベーションが注目される背景

ソーシャルイノベーションはビジネスに限った取り組みではないが、とりわけ新たなビジネスとして注目されているのはなぜか。それは、社会的な背景が理由として挙げられる。

SDGs(持続的な開発目標)への意識の高まり

かつての企業は、自社利益の最大化こそが重視され、そのために新しい商品やサービスの開発に取り組んできた。しかし、2015年に国連サミットで持続的な開発目標(SDGs)が採択されたことで、企業の活動においてもSDGsの視点は欠かせないものとなった。

ソーシャルイノベーションは、社会課題の解決を目指すことで結果として企業にも利益をもたらす。社会と経済の両方にインパクトを与えるビジネスモデルとして、注目を集めているのだ。

政府と企業の共創の必要性

日本では、人口減少、働き手の不足、高齢化による医療費・社会保障関連費の増加など、社会的な問題が山積している。しかし、原因となる社会変化や、問題解決に役立てるべき技術革新のスピードに、政府の取り組みだけでは追いつけていないのが実情である。

ソーシャルイノベーションには、かつてはあまり見られなかった企業と政府が協働するケースが多く見られる。政府は企業の協力により問題解決のスピードが上がり、企業は政府の認定という社会的信用を得られる、新たなwin-winの取り組みである。

日本におけるソーシャルイノベーションの事例

ソーシャルイノベーションに対する解像度を上げるために、国内外の事例を紹介する。まずは国内企業の例を、スタートアップを中心に挙げていく。

農薬に頼らない農業の拡大(株式会社坂ノ途中)

株式会社坂ノ途中は、農作物の販売を通じて農薬・化学肥料に頼らない農家を増やすビジネスを行っている。

化学肥料は安定生産を可能にする一方で、環境破壊や、土壌劣化に伴う化学肥料依存のリスクを孕んでいる。そこで坂ノ途中は、環境負荷の小さい農家を増やすことで、100年先も続く農業のかたちを目指すビジネスを行っている。

さまざまな営農スタイルに対応できるよう、個人のネット通販、卸、八百屋運営と、複数の販路を維持。さらに、社内ITエンジニアの手によって自動化に取り組むことで、多様な農家をサポートしている。

農産物の流通の常識からは考えられないほど手間のかかる無謀な取り組みを、少しずつ、一歩ずつ実現させているのだ。

聴覚障害者が強みを発揮できる環境作り(株式会社サイレントボイス)

株式会社サイレントボイスが掲げるミッションは「優劣のものさしを変える」。健常者と障害者という単一的な視点でなく、さまざまな尺度で他人を尊重できる社会の創造を目指す企業である。

具体的には、コミュニケーションの原点を体感できる無言語研修プログラムや、聴覚障害者(デフ)と聴者が共に活躍できる職場づくりを実現するコンサルティングサービスを提供している。

コンサルティングサービスでは、健常者が障害者を一方的に支援するのではなく、お互いに歩み寄りのある関係性や環境変化のための実践計画書を作成。課題解決の支援をすることで、聞こえる、聞こえないだけではない、あらゆる違いに強い職場作りを実現している。

介護負担を軽減するプロダクト開発(株式会社aba)

厚生労働省によると2025年の介護職員の必要数は約243万人で、2019年比で5.3万人増加する見込みである。しかし、2021年から2022年の増加数はわずか5000人で、労働力の確保は急務とされる。

そこで株式会社abaでは、要介護者の排泄状態を検知・記録できるデバイス「Helppad」をパラマウントベッド株式会社と共同開発・共同販売。人手不足を解消する方法のひとつとして、各施設へ提供している。

abaは「テクノロジーで誰もが介護したくなる社会をつくる」のビジョンに基づき、商品の販売と並行して介護事業参入支援サービスを実施している。単に介護の作業を自動化するのではなく、介護現場に寄り添った取り組みを行っているのだ。

海外におけるソーシャルイノベーションの事例

日本以外でも、自国の社会課題に対応したさまざまなソーシャルイノベーションの取り組みが行われている。ここではインド、中国、イギリスの事例をピックアップして紹介する。

インドの農家向けマイクロファイナンス

まずは、日本企業が新興国でソーシャルイノベーションを実現している事例を紹介する。農業最適化アプリケーションを開発・提供するサグリ株式会社による、インドでのマイクロファイナンス事業の取り組みである。

インドの農家における資金繰りの問題は深刻だ。金融機関への信用がないことから高金利の貸金事業者から融資を受けざるを得ず、返金の目途が立たずに自ら命を絶つケースも少なくない。

そこでサグリ株式会社では、人工衛星等で取得した農業データを金融機関に提供。データに基づく農家の収入見込みと返済予測を可能にし、適正レートでの融資を実現している。インドの農業における課題を解決することで、企業としてビジネスチャンスを掴んだ事例だ。

中国の貧困問題を解決するアパレルブランド

世界で初めて衣類の素材としてヤクに着目したアパレルブランドSHOKAYは、中国のチベット族の貧困問題を解決するために誕生した。ヤクを放牧しているチベット族から、直接フェアな価格で毛を買い取ることで、彼らに安定的な収入をもたらしている。

さらに、チベット族の人々にヤクの毛の手入れ方法を教え、女性たちにも紡績のスキルを教えることで、自立支援や女性の社会的地位の向上に取り組んでいる。

なお、中国では2014年に政府がスローガン「大衆による起業・イノベーション」を打ち出して以降、大学発の起業がブームに。市場が安定期に入り新型コロナウイルスの影響で低調になるも、21年に復調。研究者の起業が再注目されている。

イギリスのスポーツを活用した都市再生

イギリスのリバプールは第二次世界大戦以降、産業が急激に衰退。人口減少、スラム化などの社会問題を抱え、国内で最も寿命が短い都市となっていた。この問題に対処したのが、2005年に開始したスポーツ等を通じて住民を健康にする「リバプール・アクティブシティ」戦略である。

大学、医療機関、フットボールクラブなどと連携し、エビデンスや効率を重視しPDCAを重ねながら、誰もがスポーツに参加できるプログラムを多数展開。市民の身体活動の増加、健康増進とともに社会的結束を高め、犯罪の減少、人口増加という成果をあげた。

この事例は世界で注目され、世界保健機関(WHO)からも評価を受けた。その後、各都市におけるアクティブシティ・プログラムの開発の参考にもされている。

ソーシャルイノベーションを実現する上での課題

国内外の社会課題を解決に導くソーシャルイノベーションだが、新規参入には次のような課題が挙げられる。

既存のビジネスと比べて資金調達が難しい

利益創出が目的だった既存のビジネスと異なり、ソーシャルイノベーションの目的は社会課題の解決である。そのため、売上のような定量的な評価が容易ではなく、銀行や投資家からの理解を得るためのハードルが高い傾向にある。

ソーシャルイノベーションをビジネスとして継続していくには、解決度合いの定量的、定性的な指標を設ける必要がある。活動の進捗を目に見える形で分析、共有することで、ステークホルダーの理解を得ていくことで、アイデアは成功へとつながっていく。

最新技術の開発・活用に捉われがち

メディアで注目されるソーシャルイノベーションには、最新技術を活用したものが少なくない。新しい技術は社会課題の解決につながる場合もあるが、技術の開発自体は必須条件ではない。

技術の新しさに固執するあまり、本来の目的である「社会課題の解決」がおざなりになってしまう例もある。開発した技術が本質的な課題解決につながっているのか、検証を重ねることが重要である。

すべての人にソーシャルイノベーションの視点を

社会課題を解決し得るイノベーションは、一朝一夕に起こせるものではない。しかし、これからは既存のビジネスに取り組む企業も、ソーシャルイノベーションの視点が求められる。また、個人であってもソーシャルビジネスを理解し、支援する立場になることで社会課題の解決に貢献できる場合もある。

自分は関係ない、不可能だと他人事として捉えるのではなく、まずは、社会への問題意識から始めてみてはどうだろうか。

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