社会変革の背景に、いつも個人の物語がある
初めに語られたのは、社会のシステムを変えていくために、個人の内面や揺らぎに目を向けることの可能性だ。
本イベントの発起人でもある、NPO法人薩摩リーダーシップフォーラムSELF代表理事の野崎氏は、鹿児島を拠点に、セクターや組織の垣根を越えて、持続可能な地域社会モデルを共創する様々な取り組みを行っている。
そうした活動の原点には、家庭や学校において、人と人のすれ違いや衝突に向き合ってきた経験があると言う。
野崎氏「家族同士が本当は愛し合っているのに、うまくいかないとか、みんな、楽しい学校生活を送りたいはずなのに、いざこざが絶えないとか。そうした、ままならない現実をどうにかできないか、自分がその間に入ることで、違う現実を作れないかと考えてきました。その延長線上に今の活動があります」
望ましい状態は同じはずなのに、すれ違いが起きてしまう。野崎氏の話を受けて、井上氏は、日常生活で起こる対立や個人の抱くモヤモヤにこそ、新しい選択肢の可能性が残っているのではないかと述べた。
井上氏「一人ひとりが違う立場から、違うフィルターで世界を見ていて、意図していない未来を、日常のパターンの積み重ねによって作り出してしまう。
そのパターンを脱するには、根底にある社会の大きなシステムを変えなければいけないと思います。逆に言えば、日常の中で一人ひとりが抱く感情、感情になる前の“もやっと”や“ざわっと”にこそ、システムを脱する手がかりが残っているのではないでしょうか」
『対立の炎にとどまる』の著者であり、心理学者のアーノルド・ミンデルは、世界の難問の背景にあるのは、よい関係を築けない人たちの集まりであると述べた。
そして、民族紛争やジェンダー格差、職場の人間関係、夫婦の関係など、あらゆる対立を避けるのではなく、そこにとどまり、自分や他者の内なる声や集団に渦巻くエネルギーや葛藤を体感し、共同体としての感覚を掴むことによって、新たな関係を創造できる可能性を示した。
ミンデルを含む先人たちは、プロセスワーク(※)やNVC(※)といった、個人の内面や身体性を大事にしながら、他者と協働し、望まない現実を変えていくための知恵や技法を積み重ねてきた。野崎氏、井上氏のやりとりを聞きながら、それらを学び、実践する機会をつくることの重要性を改めて実感した。
注1:内面的な体験や感情に意識を探究し、理解する、心理学において発展したアプローチの一つ。個人の心理的な課題解決に限らず組織開発など幅広い領域で実践が行われている
注2:アメリカの心理学者マーシャル・B・ローゼンバーグ博士によって体系化された、対立や葛藤を対話的に乗り越えるコミュニケーション手法
地域の中に“抜け”をつくり、変化の小さな兆しを生み出す
続いて印象的だったのは、Next Commons Labの林氏、合作株式会社の齊藤氏が、地域の中で他者と協働し、社会が変わり始めるきっかけ、小さな兆しを感じたエピソードだ。
林氏の率いるNext Commons Labは、「ポスト資本主義社会をつくる」をミッションに掲げ、日本各地で地域の資源を活かした多様なプロジェクトを展開している。地域に社会起業家など外部のプレイヤーが入るとき、そこに生まれる“抜け”について語った。
林氏「良い悪いではなく、どの地域にも、特有の磁場のようなものがあると思うんです。そこに外部から新しい人が入ってきたときに、磁場から脱することのできる“抜け”が生まれる気がします。
実際に、起業家の卵のようなチャレンジ精神溢れる人が地域に入り、拠点をつくったら、そこに引きこもりがちな高校生や移住したばかりの主婦が集まってきて、『ここなら居られる』と話していたことがありました。
そうした“抜け“や新しいつながりのある場所は、社会のいたるところに存在したほうがいいのだと、自分自身が地域で拠点をつくっていて感じています」
株式会社合作の齊藤氏は、まさにそうした“抜け”をつくってきた起業家の一人だろう。齊藤氏は、2020年7月に鹿児島県の大崎町で合作株式会社を設立。県内企業と連携して「大崎町SDGs推進協議会」を立ち上げるなど官民連携の動きを推進してきた。
齊藤氏「大崎町は、これまでに何度も『リサイクル率日本一』を達成している町。役場も、町民も、みんながそれを誇りに感じ、熱い想いを持っていました。
一方で、最初の頃は、外からやって来た私が、軽々しくその話題に触れてはいけないオーラも感じていたんです。それまでの苦労を知らず、安易に褒めるのも失礼なのではないか、と。
特に緊張したのは『大崎町のリサイクルって本当に環境にいいんですかね?』という問いです。大崎町のリサイクルを、環境面や経済面から評価したいという気持ちからだったのですが、『よそから来た身でそんなことを言っていいのか』、と葛藤しました。今振り返ると、周囲の人たちは、言っても受け入れてくださったと思いますが、勝手に自分の中に躊躇いが生まれていたんです。
けれど、少しずつ関わりを重ねていったり、私以外にも外から新しい人が入ってきたりすると、徐々に躊躇いが減っていきました。そうして今、周囲に対して遠慮せずに『言えること』が増えて、共に課題と向き合えるようになっていることに、変化の可能性を感じています」
個々の仕事や生活、地域に溢れる「セオリー・オブ・チェンジ」を共有する
外から人が入ることで“抜け”のある場が生まれること、対立を過度に恐れず“言えること”を増やす大切さ。お二人の経験を聞き、井上氏は「こうした『セオリー・オブ・チェンジ(※)』を言語化・共有し、集積していくことが、社会を変えるために必要なのではないか」と語った。
「セオリー・オブ・チェンジ」は、社会課題の解決を目指す企業や団体が、活動においての指針とするために活用することも多いが、井上氏は「難しい理論ではなく、経験的・感覚的に獲得され、個々人の仕事や暮らし、地域の活動のなかに溢れている」という捉え方を示す。
筆者は、井上氏の言葉に共感すると共に、そうした変化のための知識や情報を、いかに表出させ、蓄積する場や機会をつくっていくのかは重要な課題だと感じた。
ビジネスの領域では、事業や組織の成長のために、いかに一人ひとりの持つ知識や情報を流通させるのかといった実践や研究が積み重ねられてきた。それらを企業活動に限らず、実践していくことにより広がる可能性があるのかもしれない。
注3:社会課題の解決やビジョンの達成を、どのような手段・方法を用いて行うのか、事業や活動による変化を言語化・図式化したもの
“私”から始まる、地に足ついた(プレイスベースド)な社会変革
最後にモデレーターの井上氏が紹介した「コレクティブインパクト」や「プレイスベースド・ソーシャルチェンジ/イノベーション」というコンセプトについても触れておきたい。
井上氏が共同発起人を務めるスタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビューの第4号では『コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装』をテーマに取り上げている。その中の論稿では、以下のようにコレクティブインパクトが定義されている。
コレクティブ・インパクトとは、集団やシステムレベルの変化を達成するために、ともに学び、連携して行動することによってエクイティに向上を目指す、コミュニティの人々とさまざまな組織によるネットワークである
井上氏「『コレクティブ・インパクト』は、かつては異なるセクターが共通の課題に対して、連携して行動することを指していました。
しかし近年は、異なる立場による抑圧、社会の格差などを理解し、是正しようとすること。公平性や正義、つまり『エクイティ』の向上にも一緒に取り組まなければ、新たな状況は生まれないという考え方があります。固有の物語を大切にしながら、どのように他者とつながり、連携していくかが、より重要になっているのです」
そうしたコレクティブインパクトの新たな潮流を示す論文に触れる中で、何度も出てきたキーワードが「プレイスベースド・ソーシャルチェンジ/イノベーション」という言葉だったという。
井上氏「プレイスベースドとは、今この場所に拠点を置く、地に足をつけている状態を指します。特定の土地や地域に深く根ざし、地に足をつけて変化を起こしていくことの必要性が、さまざまな論文で指摘されていました。
私たちは、インターネットのおかげで、地理的な制約に縛られず、近しい考えを持つ人とつながれるようになりました。それ自体はよいことですが、同時に私たちは、実際に住んでいる地域で、自分とは違う人たちに出会う必要がある。
全てに合意できなくても、違うものがあるのだと理解する。そうやって一人ひとりが、家庭や職場で、一所懸命に生き、違いと向き合うことで見出していけるセオリー・オブ・チェンジがあるはずだと信じています」
意見や考えの違う人たちと対峙し、言葉を交わすのは、時に面倒で、労力もかかる。けれど、一足跳びに違いや対立を乗り越えられなくても、自分や他者の違いを知ることはできるだろう。井上氏は第4号の『ソーシャルイノベーションの2つの系譜とコレクティブインパクト』と題した論稿の中で、以下のように“集団的”と“集合的”の違いを次のように説明している。
コレクティブな取り組みとは、個を排して、集団のために一枚岩になることではない。集合的アプローチは、個人が多様な自分自身を理解することを通じて、異なる他者の背景の理解を進めるところから始まる。そこから、多様な社会のあり方に近づくような、協働が可能となるのだ。
今、私たちが起こしたい変化は、集団的なものだろうか、それとも集合的なものだろうか。本セッションを聞いて、少なくとも筆者は後者を選びたいと感じた。そのために、自らの内面を知ること、他者との違いを避けずに、向き合うことから始めたい。
(写真提供:SELF)