システミックデザインとは?

デザインの対象がサービスや政策などに拡大していくにつれて、その複雑さも増している。たとえば、新型コロナウイルスの感染拡大対策としてアクリル製パーテーションが広く普及したが、現在ではこのパーテーションの再資源化が問題となっている。

また、再生可能エネルギーの確保のために山林に太陽光パネルを設置すると、土砂崩れが起きやすくなってしまったという例もある。つまり、短期的な視点で対処療法的な解決策に飛びつくことが「意図せぬ結果」をもたらす恐れがあるため、より長期的な目線で根本的な解決策をデザインする必要性が問われている。今日の解決策が明日の問題にならないようにしたいのだ。こうしたデザインの課題を克服するべく考案されたのが、システミックデザインである。

ここで注意したいのがシステマティック(systematic)とシステミック(systemic)という言葉の違いだ。システマティックとは組織的・機械的を意味するのに対して、システミックデザインで使われているシステミックとは包括的・全体的を意味する。従来のデザインがシステマティックなアプローチであることで「意図せぬ結果」を引き起こしてきたという反省から生まれたのがシステミックデザインである。

この包括的・全体的な視点を取り入れるために、システミックデザインはデザイン思考にシステム思考を掛け合わせている。そのため、主な特徴はループ図とレバレッジ・ポイントにある。複雑な因果関係をループ図で表しながら、レバレッジ・ポイントというループ図において有効に介入ができる部分を探し出す。一般的なデザインにおいては解決策(solution)という言葉を使うが、システミックデザインでは介入(intervention)という言葉を使うといった違いもある。

こうした説明は専門用語ばかりで難しく思えるかもしれないが、似た考え方は日常にもあふれている。たとえば、「情けは人の為ならず」「風が吹けば桶屋が儲かる」「ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を引き起こす」などは、システムの複雑さや予測の難しさを言い表している。また、割れ窓理論や鍼治療などを思い出せば、レバレッジ・ポイントへの介入がシステム全体に影響を及ぼす効果も理解しやすくなるだろう。

システミックデザインが提唱される以前からシステミックデザイン的な考え方やアプローチは存在していたと言える。そのため、システミックデザインをまったく新しい方法論と捉えるよりは、デザインにシステム思考を取り入れながら長期的かつ包括的な介入方法を考える手法と捉えると良いだろう。

ちなみに、システミックデザインと似たデザインに、2015年からカーネギーメロン大学のテリー・アーウィン氏らが提唱しているトランジションデザインがある。テリー・アーウィン氏はシステム思考で有名なドネラ・H・メドウズに影響を受けてトランジションデザインを考案したため、トランジションデザインとシステミックデザインは兄弟のような関係である。もちろん細部を詳しく見ていくと違いはあるのだが、アメリカ流のシステミックデザインとイギリス・ヨーロッパ流のシステミックデザインという「流派」の違いという見方もできるかもしれない。

「トランジションデザイン」とは?持続可能な未来への“移行”を設計する手法の実践と可能性を探る

システミックデザインをビジネスに活かす

アカデミックの世界で研究が進んでいるシステミックデザインだが、主にイギリスやヨーロッパでシステミックデザインに基づいたプロジェクトも始まっており、その有効性が証明されつつある。たとえば、イギリスのサルフォードの洪水緩和計画では、コンクリート製の堤防の代わりに湿地の開発を選び、湿地による水の吸収を増やして洪水を防ぎながらも野生生物の居場所や人々が散歩をする場を生み出した。洪水発生時に備えて堤防を築くという直接的な解決策を取らずに日常でも人間や自然のつながりを考えた開発は、システミックデザインの代表例だ。

この事例が公共セクター系であるため、ビジネスへの応用が難しいのではないかと心配になるかもしれない。しかし、その心配はむしろ乗り越えていかねばならない心理的ハードルだ。

英国デザインカウンシルのチーフ・デザイン・オフィサーであるAlexandra Deschamps-Sonsino氏は、システミックデザインはデザイナーが気候変動や政治的な仕事への関与を促すと述べており、デザイナーがデザインやそのデザインを活用するビジネスが社会に与える影響に目を向けることを求めている。

今はシステミックデザインがビジネスに関係なさそうだと感じられるとしても、将来はビジネスに社会的・政治的な視点を取り入れるためのデザインとして重宝されるようになるだろう。

こうした海外の事例を紹介しながらシステミックデザインを日本に広める活動を日本でDesign RethinkersACTANTなどが行っており、今後は日本でもシステミックデザインを取り入れたビジネスが増えていくことが予想される。

なお、Design Rethinkersは日本のシステミックデザイン的な事例の一つとしてネット古書店のバリューブックスを挙げている。通常は古本として再販売できずに廃棄されてしまう本のリユース率を高める様々な取り組みによって、古本の新たなエコシステムを構築しているからだ。

ちなみに、2023年3月に開催され、弊社インクワイアがメディアパートナーとして参画した「Lifestance EXPO」ではバリューブックス代表取締役副社長の中村和義氏が登壇し、古本の循環について話していた。詳細は以下のレポート記事を参照されたい。

社会の循環を考えた「手放し方」とは──バリューブックス中村氏、おてらおやつクラブ松島氏による模索と実践

なぜ今、システミックデザインなのか?

ここまではシステミックデザインの概要を紹介してきた。では、なぜシステミックデザインが提唱されるようになり、今後必要となるのだろうか? それを理解するために、ルネ・デカルトから始まった近代的思考による弊害を克服する歴史を見てみよう。

デカルトは数多の側面で近代科学の礎を築いたが、ここでは①主体と客体を分離し、②客体を分析することで理解するという2点に注目する。これらのデカルト的な考え方が科学的思考となり、この思考に沿ったものが「正しい」思考であるとみなされる時代を近代と考えることができるからだ。

しかし、20世紀頃から、この科学的思考が批判されるようになり、複雑系や創発が唱えられるようになってきた。デザイン界では Horst W. J. Rittel と Melvin M. WebberによるWicked Problems(厄介な問題)が代表的だ。つまり、1+1が2よりも大きくなる現象に対してデカルトの機械論的な考え方では世界を理解できないことが明らかになってきた。例えるならば、生物を理解する際に「死んだ生き物を解剖しよう」と考えるのではなく、「生きている様子をありのままに観察しよう」というパラダイムシフトが起こったのだ。

このような脱近代の流れを踏まえると、システミックデザインは②客体を分析せずに全体性・全一性を捉えようとしており、脱近代を模索する時代におけるデザインの回答の一つと言えるだろう。

システミックデザインとは、システムをデザインするのではない。

では、もう一つの①主体と客体の分離という観点からシステミックデザインを考えると何が見えてくるだろうか? この観点を人類学の視点を借りながら考えてみたい。なぜなら、人類学は脱近代の旗頭を担ってきたからだ。

デカルト的思考はカントやヘーゲルへと受け継がれて近代の基礎となったが、そこに異を唱えるきっかけを与えたのが人類学だった。つまり、人類学者のクロード・レヴィ=ストロースの構造主義が「西洋が進んでいて、その他の地域は遅れている」というヘーゲル的進歩史観を否定したことを脱近代の始まりと考えることができる。

さて、この人類学の特徴は参与観察にある。参与観察の生みの親である人類学者のブロニスワフ・マリノフスキの著した『西太平洋の遠洋航海者』には以下のように書かれている。

民族誌的調査にふさわしい生活環境ーーすでに述べたように、これは主として白人の世界から自分を切りはなし、可能なかぎり現地住民と接触することにあり、彼らの集落のまっただなかにキャンプを張ってはじめて達成される。(34ページ)

住民たちの生活にこのように飛びこんでみた結果ーーこれは研究のためばかりでなく、人間といっしょにいたいという万人に共通の要求にしたがったのであるーー部族の取引きのあらゆる面での住民たちの行動、彼らの存在のあり方が、まえよりもすっきりし、容易にわかるようになった。(58ページ)

この方法を彼は「住民たちの生活との密接な接触」(61ページ)とも表現し、観察対象と観察者である自己を切り離すのではなく、自己が観察対象と一体となるように努めることが観察対象を理解するために必要と述べている。通常の学問では観察者の主観的経験を記載することを避けるが、人類学では観察者がどのように観察対象と関わったのか(どのように観察対象と馴染んで一体となったのか)を記述することになる。この特徴が脱近代の試みに踏襲されており、デザインも例外ではない。

たとえば、2010年代頃からデザイン人類学が提唱され始めているが、これはデザインが主体と客体を分離しない方法を人類学から取り入れようとしていると解釈することもできるだろう。Anne-Marie Willis氏らが唱える存在論的デザイン(Ontological Design)での「我々が世界をデザインする一方で、世界は我々をデザインし返している(We design our world, while our world acts back on us and designs us.)」という表現は、主体と客体とを分離しない考え方を端的に表している。

ここまで見てくると、システミックデザインは「システムをデザインする」という意味ではないことが浮かび上がってくる。なぜなら、この解釈では「デザイナーという主体がシステムという客体をデザインする」という関係性になってしまうからだ。そうではなく、デザイナーもシステムの一部であると捉え、誰が主体で誰が客体なのかが曖昧になっていくことこそにシステミックデザインの意義がある。システミックデザインは存在論や認識論などの世界の捉え方という哲学的な命題にまで切り込んでいる点が重要だ。

このように、①主体と客体を分離するという近代科学の前提を疑う現代においては、デザイン界でも「デザインをする側」と「デザインをされる側」という二項対立を超えていく必要があり、システミックデザインはその方法の一つとなる可能性を秘めているようだ。

Think Globally, act locally.

最後に、ここまでの内容をまとめてみる。近代はデカルト的思考に基づいて①主体と客体を分離し、②客体を分析することで理解していたが、20世紀頃から脱近代的な潮流が高まる中で、デザイン界における取り組みの一つがシステミックデザインである。

システミックデザインでは、①デザイナー自身もシステムの一部を構成することを自覚しながら、②そのシステムを「解剖」することなく全体性を捉えながら介入してくことが特徴的である。さらに、システミックデザインはデザイン手法という枠組みにとどまらず、脱近代的な世界観を具現化しているという考察をした。

この記事が「システミックデザインをもっと知りたい。自分も実践してみたい」と思う一助になれば幸いである。しかし、そんな高揚感とは裏腹に、システミックデザインをいざ実践してみると、自分の行動が世界にどんな影響を与えるのかを理解するなんて不可能に思えたり、自分の行動が世界にもたらす影響の重大さを目の当たりにして気が滅入ったりすることもあるだろう。

でも、逆に言えば、一人ひとりの小さな行動によって地球全体に良い影響を与えることができるという希望を目にする営みでもあることを忘れてはならない。この記事も「私がシステミックデザインを紹介することが回りまわって世界を良くするかもしれない」と夢見ながら書いてみた。これが正夢になるかどうかは、地球という壮大なシステムを構成する私たちに委ねられている。


システミックデザイン関連情報、参考文献

書籍

  • 世界はシステムで動く ―― いま起きていることの本質をつかむ考え方, ドネラ・H・メドウズ 
  • なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか?―小さな力で大きく動かす!システム思考の上手な使い方, 枝廣 淳子 (著), 小田 理一郎 (著) 
  • システミックデザインの実践 複雑な問題をみんなで解決するためのツールキット, ピーター・ジョーンズ (著), クリステル・ファン・アール (著), 高崎拓哉 (翻訳), 武山政直 (監修)

動画

「複雑な社会問題に対するデザインアプローチとは?」講師:Design Rethinkers[紫牟田伸子、角めぐみ、水内智英、依田真美]

【第1部】複雑な時代を拓くデザイン実践へのアプローチ 〜システミックデザイン シンポジウム(レクチャー:字幕付き)

イベント・団体