ソーシャル・インパクト・ボンドとは
ソーシャル・インパクト・ボンドの意味
ソーシャル・インパクト・ボンドとは、行政、事業者、民間資金提供者といった多様なステークホルダーが連携しながら、社会課題解決に取り組んでいくための資金調達の方法である。事業評価者が、第三者評価機関として事業の成果について評価を実施し、それに連動して行政からの支払いが行われることや、民間資金を活用することに特徴がある。近年、市民に対してより透明性の高い説明責任を果たしながら質の高いサービスを提供するための手法として期待されている。
ソーシャル・インパクト・ボンドの歴史
ソーシャル・インパクト・ボンドは、2010年にイギリスで第1号の案件が開始し、その後2018年3月時点までに108件の案件が生まれたとされている。その後、アメリカやオーストラリアにも広まり、多くの国で、特に就労支援や医療・健康、再犯防止、生活困窮者支援といった分野での社会課題の改善に活用されてきた。日本で最初のソーシャル・インパクト・ボンドは、2015年の横須賀市における子ども・家庭支援を目的としたパイロット事業であり、2017年には八王子市と神戸市が本格的なソーシャル・インパクト・ボンド事業を行い、その後他の地方公共団体にも広がりつつある。
ソーシャル・インパクト・ボンドが注目される背景
現代日本では、行政の税収や財源が限られる一方で、高齢化社会への対応などにより、社会的事業のニーズは拡大している。そうした中、従来の行政事業においては、行政が直接的に受益者に対して事業を行う、あるいは、特定の社会課題に特化したNPOや社会的企業などの民間事業者に業務を委託して事業を行うことが多く、近年は特に後者の傾向が強くなっていた。
しかし、こうした従来の業務委託契約では、サービスの成果にかかわらず一定の委託料が支払われるため、民間事業者にとって事業の効率化のインセンティブが働きにくいことが課題であった。
これに対して、成果連動型民間委託契約と呼ばれる契約形態も生まれている。成果連動型民間委託契約においては、事業の成果に連動して委託料の最終支払い額が決まる。そのため、事業の効率化へのインセンティブが生じる。しかし、提供者である社会的企業やNPO等は、十分な資金的余裕がないことも多く、支払いが数年後になるような成果連動型民間委託契約への対応は困難な場合も多いと言われている。
ソーシャル・インパクト・ボンドの仕組みと特徴
そこで活用されるのがソーシャル・インパクト・ボンドの手法だ。ソーシャル・インパクト・ボンドは、成果に連動して委託料が決まる成果連動型民間委託契約に、民間資金の活用を組み合わせた資金調達の方法である。
ソーシャル・インパクト・ボンドの一般的な流れとしては、まず行政からの委託を受けた中間支援組織が、必要な社会課題解決に応じて、革新的かつ実証的な事業を実施する事業者を選定する。また、中間支援組織は民間などからの資金提供を募集。選定された事業者は、調達された資金を用いてサービスを実施し、その後、第三者評価機関がサービスを評価し、その成果に応じて資金提供者にリターンが支払われる。
ソーシャル・インパクト・ボンドの意義
ソーシャル・インパクト・ボンドの意義の一つは、質の高い行政サービスを提供できる可能性が高いことである。成果連動型支払契約のため、事業目標が達成されているかどうかが適正に評価される。これにより、市民に対してより透明性の高い説明責任を果たしつつ、成果の高い事業を継続し、成果があがらない事業を改善することが期待される。また、リスクは資金提供者が追うことになるため、高い成果を掲げる可能性がある革新的な事業を、行政のリスクを軽減しながら実施できる。そのため、行政課題が効果的に解決される可能性が高い。
ソーシャル・インパクト・ボンドの事例
イギリスにおける世界初のソーシャル・インパクト・ボンド
まず、イギリスで行われた世界初のソーシャル・インパクト・ボンドの事例について紹介する。この事業は、イギリスのピーターバラ刑務所において、再犯防止を目的とし、出所後の短期受刑者に対して支援・指導のプログラムを提供した。
この場合、プログラムを受けないコントロールグループ(全国平均)の再犯率と、プログラムを受けるグループの再犯率を比較し、どれほど再犯率が低減されたかを測定することで評価が行われるという方式がとられた。基金や慈善団体等17団体から500万ポンド(約8億円)の出資を得ることができ、この資金で、カウンセリングや職業訓練などの社会復帰支援策を実施する8年間にわたる再犯防止プログラムが作成されたという。
横須賀市における日本初のソーシャル・インパクト・ボンド
日本においても、ソーシャル・インパクト・ボンドが広まりつつある。神奈川県横須賀市は、横須賀市内の望まない妊娠に悩む実親と、市外の養親マッチングを行うという、特別養子縁組事業についてソーシャル・インパクト・ボンドを実施した。このケースは、パイロット事業として日本財団が資金提供を行っている。
年間4件以上の特別養子縁組成立が目指され、結果は、特別養子縁組成立件数は3件で当初目標の4件には届かなかったものの、一定の成果が見られた。特別養子縁組は近年、民間事業者が推進してきた分野だが、公民連携で推進することで要保護児童の安定的養育を実現することを目指す有意義な取り組みとなったと言える。
神戸市のソーシャル・インパクト・ボンド
神戸市は、糖尿病性腎症重症化予防の効果的な保健事業を検討するため、日本で初めてソーシャル・インパクト・ボンドを導入して「糖尿病性腎症重症化予防事業」を実施した。糖尿病性腎症者のうち、重症化のリスクの高い未受診・治療中断中の100人を対象とし、看護師の資格を持つスタッフが電話や面談により約7ヶ月間支援を行うプログラムだ。
本事業はプログラム修了率、生活習慣改善率、腎機能低下抑制率の3つを成果指標として第三者評価機関が評価が行われた。成果指標のうち、腎機能低下抑制率は目標値を下回ったものの、プログラム修了率及び生活習慣改善率は目標値を上回る結果となった。また、中間支援組織、サービス提供者が事業に参画したことで、成果の創出や事業の質向上が確認されたという。この枠組みは、経済産業省によって支援されて行われている。
ソーシャル・インパクト・ボンドの今後の課題と展望
日本総研の調査によると、ソーシャル・インパクト・ボンドに対して既に積極的な取り組みを進めている自治体は1割、今後取り組む可能性のある自治体は7割程度存在することがわかっており、自治体におけるソーシャル・インパクト・ボンドへの期待は高いと言える。
一方で、今後のソーシャル・インパクト・ボンドの普及という観点からは、前述の取組可能性のある7割の自治体がソーシャル・インパクト・ボンドを実行しやすい環境を整えていく必要がある。現状では、「適格なサービス提供者の見つけ方、選定の仕方」「成果を判断する指標の設定」「庁内での合意形成」などについて、自治体が課題として認識していることがわかった。今後、各自治体がソーシャル・インパクト・ボンドの取り組みを推進していくのをどうサポートできるかは鍵になりうる。
特に指標の設定については、どのように適切な選定し、標準化していくかは重要になる。ソーシャル・インパクト・ボンドは新しい仕組みであるため、事例が蓄積しておらず、適切な評価指標を選定することが難しい場合もある。この点は、「インパクト評価」がどうあるべきかにかかわる重要な論点でもあるだろう。
ソーシャル・インパクト・ボンドは、国や地方自治体が、限られた財源の中で、質を維持・向上させながら効果的な行政サービスを提供する手段の1つとして期待される。今後の動向に注目していきたい。
本記事で参照した情報
- 日本財団「日本初 “ソーシャル・インパクト・ボンド” パイロット事業『日本財団×横須賀市』特別養子縁組推進に取り組む」
(https://www.nippon-foundation.or.jp/who/news/pr/2015/20150414-22451.html、2022年12月28日情報取得) - 独立行政法人 行政政策研究・研究機構「ソーシャル・インパクト・ボンドの動向に係る海外事情調査-イギリス、アメリカ-」(https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2017/documents/189.pdf、2022年12月28日情報取得)
- 内閣府「成果連動型民間委託契約方式(PFS:Pay For Success)ポータルサイト」(https://www8.cao.go.jp/pfs/index.html、2022年12月28日情報取得)
- 経済産業省「ソーシャル・インパクト・ボンドを活用した神戸市における糖尿病性腎症等重症化予防事業の総括レポートを取りまとめました」(https://www.meti.go.jp/press/2020/10/20201009001/20201009001.html、2022年12月28日情報取得)
- 江夏あかね「ソーシャルインパクトボンドの発展と今後の課題-地方公共団体の財源調達手段多様化の可能性-」(https://www.nomuraholdings.com/jp/sustainability/sustainable/finance/research/rs201908_01.html、2022年12月29日情報取得)
- 細海真二「地方自治体におけるソーシャルインパクト・ボンド導入の現状と課題 : フィランソロキャピタリズムの黎明」経営戦略研究、12号、2018年、p.79-90。
- 唐木宏一「ソーシャル・インパクト・ボンドの『論点』ー活用のための前提を考えるー」事業創造大学院大学紀要、第 7 巻、第 1 号、2016年、p.97-111。