先日、UNLEASHの編集長が新しいTシャツを買ったとツイートしていた。

購入したTシャツを手がけるのは米国のD2Cブランド『Everlane』。徹底した「透明性」を掲げ、社会的な倫理に配慮したプロダクトを生み出している。『The 100% Human Collection』には、すべての人間の平等、人権を守るというメッセージが込められ、一着売れるたびにアメリカ自由人権協会(ACLU)に5ドルが寄付される。

参考記事:消費者はこれから何にお金を払うのか? 米アパレル「Everlane」に学ぶ若年層をつかむ新たな指標

大手新聞がD2Cエシカルブランドと手を組む理由

そんな『Everlane』が、2019年の4月22日、アースデイに合わせて、気候変動を啓蒙するためのコレクション『The Climate Collection』を発表した。同コレクションで彼らが手を組んだのは、米国で最も影響力のある新聞社の一つ『The New York Times』だ。

同コレクションのスウェットとTシャツには、『The New York Times』が2017年から実施しているブランドキャンペーンの名前「Truth」の文字がプリントされている。


(「The truth is hard(真実は容易ではない)」など複数の文章が表示される同CMは、フェイクニュースへ対抗する同紙の意思が反映されている)

背面には「何を買うか」「どのようにエネルギーを消費するか」「どのように情報を得るか」といった文章が並び、一番下に「真実は価値を持つ」と書かれている。人々が暮らしや消費のなかでより良い選択をするために、正しい情報が何より重要であり、それを世に届けるジャーナリストに光を当てたい。そんな彼らの願いが込められている。

スウェットやTシャツを1着購入するごとに、公立学校の生徒9人がThe New York Timesのサブスクリプションプログラムに加入できる。

The New York Timesの生存戦略

The New York Timesがアパレルブランドとコラボレーションをするのは初めてではない。2018年には、メンズブランドの『sacai』が「Truth」キャンペーンをフィーチャーしたTシャツやパーカーを展開している。

こうしたブランドとのコラボレーションは、The New York Timesの生存戦略の一つだ。インターネットを介して人々が無料でニュースを読むようになり、米国の新聞は次々に廃刊に追い込まれている。The New York Timesのような大手も例外ではなく、同社は2000年代後半からオンラインのサブスクリプションに注力している。

お金を払ってでも読みたいと思ってもらうため、彼らは“グローバルな消費者向けブランド”としてThe New York Timesを育てようとしている。チーフオペレーティングオフィサーMeredith Kopit Levein氏は、Digidayのポッドキャストで次のように語った

コンバージョンしたいと思ってもらうだけの求心力をいかにつくるか、それによって人々がお金を払って、購読者としてとどまってくれること、そのための関係性を育むのが私たちの仕事です。

国内のオーディエンス以上に、国外のオーディエンスの数が増えています。300万人もの、大卒で、英語を第二言語として話す人々です。私たちはグローバルブランドです。彼らにとって「お金を払うに値するブランドである」と説得する必要があるのです。

2019年5月に発表された決算によると、ニュースやクロスワード、クッキングアプリの購読者はこの1年では29%も増加、350万人に達している。この伸びを持続させるには、Meredith氏の言う通り、ブランドを育て、「お金を払ってでも読みたい」と思ってもらう必要がある。

『Everlane』のように、リベラルなミレニアル世代に人気のあるブランドとのコラボレーションは、確かにThe New York Timesのブランド価値を高める上で一役買ってくれるだろう。実際、日本に住む私は、このコラボレーションを知らせるツイートにいいね!を押し、Tシャツを「欲しい!」と思ったのだから。

マスメディアがオーディエンスを絞る功罪

しかし、マスメディアが消費者ブランドのように振る舞おうとする戦略に懐疑的な意見もある。例えば、米国のジャーナリストJoshua Benton氏は、一応“マス”メディアであるはずの新聞が、個人のアイデンティティに沿ってオーディエンスを限定している状況に警鐘を鳴らす

デジタルへの移行がもたらした残念な影響の一つに、“マス”だったはずのメディアが個人のアイデンティティに元づいてオーディエンスを細かく区切ってしまっていることだ。以前なら「カンザスシティに住んでいる人」といった分け方だったにもかかわらず。(Everlaneの提供する服の)質の良いモンゴリアンカシミアにうっとりできないなら、あなたはオーディエンスじゃないのだ。

カシミアはさておき、地球温暖化は広く課題として認識されていると思うかもしれない。けれど、米国では地球温暖化について大統領が「地球温暖化はでっち上げだ」と発言し、支持者も温暖化を優先度の高いイシューとしては捉えていない

地球温暖化を課題として捉え、質の良いフェアトレードの商品を好むリベラル。といったように、マスメディアがオーディエンスを絞っていけば、従来なら“カンザスシティ”という大きなくくりで同じ紙面を読んでいた人々が各々の思想に合った新聞を読むことになる。

もちろん米国では、以前から新聞の論調の二極化が進んでいた。2014年の調査をみると、NewYorkTimesは正真正銘のリベラル向けメディアだ。Benton氏の指摘に「今更…」と思う人もいるだろう。

また、魅力的なプロダクトをきっかけに社会課題に触れる機会が得られることや、自らの思想にあわせて支持するブランドを能動的に選び取る消費が広がること自体、私は前向きに捉えている。

けれど、同時に起こりうるネガティブな影響も忘れてはいけないように思う。

『リベラル再生宣言』のなかで政治学者のマーク・リラは、「黒人」や「女性」など、アイデンティティにもとづく差別への抗議運動が1960年以降に展開された結果、アイデンティティや属性によって、人々が異なる集団に分かれてしまったことを指摘。その壁を超え、広く社会へインパクトを持つ運動が生まれづらくなったと問題提起を行なっていた。

思想にもとづいて人々を惹きつける強いブランドを構築すること。そのポジティブな面だけでなく、ネガティブな面についても考えていきたい。