ノキア製の携帯電話は派手なレモン色をしていた。背面の蓋は取れ、バッテリーは黒い塗装が剥げ落ち、SIMカードには錆がまとわりついている。キーボードやブランドロゴは無傷だ。電話とテキストメッセージなど、連絡を取るために必要な最低限の機能を備えたシンプルな機種だ。

何のトピックについて書かれた文章か想像がつくだろうか?もう少しだけ続きを読んでみてほしい。

3つの部品に分解された携帯は真空バッグに収納されている。そのなかにもう一つ、酸化のせいでオレンジ色の染みがついたビニール袋が入っていた。海を渡る際に財産を塩水から守るためだろう。

故人が残した持ち物はたったこれだけだった。

これは、2015年にイタリア沖でリビア船が転覆した事件を追う報道記事の冒頭だ。レモン色の携帯電話は、船に乗っていたリビア人の遺物を描写している。記事を掲載したのは『Les Jours』。“連続ドラマシリーズのようにニュースを語る”フランスの新興メディアだ。

人々を夢中にするドラマシリーズのようなニュースを

Les Joursのトップページには、従来のニュースサイトと同じように、最新記事が並んでいる。記事タイトルの左上には、シリーズ名が記されている。彼らはシリーズを「obsession(こだわり、執着)」と呼ぶ。

冒頭の記事は、「LES DISPARUS(行方不明者たち)」というシリーズの1つ目の“エピソード”だ。同シリーズでは、冒頭のノキアの携帯を持っていた故人がどのような人物だったのか。検察官や捜索活動を担当した消防士など、沈没事件の関係者への取材をもとに探り、難民をめぐる状況を浮かび上がらせる。現在、22のエピソードが公開されている。

各記事の冒頭には他のエピソードへのリンクに加え、10曲前後から構成されるプレイリストが掲載されており、SpotifyやAppleMusicから曲を再生しながら記事を読める。シリーズ名をクリックすると、シリーズの概要やエピソード一覧、登場人物などがまとめられたページが開く。

2019年9月時点で124のシリーズが公開されている。巨大製薬企業のスキャンダルを扱う「AVALER LA PILULE(薬を飲み込む)」、10月末にEU離脱期限を控えるイギリスの混乱を描く「ANARCHY IN THE UK(アナーキー・イン・ザ・U.K.)」、ストリーミングビジネスとアーティストの変化を追う「LA FÊTE DU STREAM(ストリーミングの祭り)」など、多岐にわたるトピックを扱う。

シリーズのなかには書籍化されたものもある。フランスから「ジハード」に参加し、戻ってきた人々の証言を元に書かれた「Les revenants(帰ってきたものたち)」はベストセラーになった。

登場人物をクリックすると簡単な紹介文が表示される

フランス第3位の日刊紙出身者のジャーナリズム

Les Joursはフランス第3位の日刊紙「Libération」出身のジャーナリストの下、2016年に始動し、12人のメンバーで運営されている。そのうち9人はジャーナリストだ。彼らは政治や経済、エンタメなど、分野の枠を超え、自由に探求したい“obsession”を追う。あえてジャーナリストを束ねるデスクのような役割は設定していないそうだ。

立ち上げ時はクラウドファンディングで資金を集め、現在も広告ではなく読者からの購読料で運営している。今では11,000人が月9ユーロの購読料を支払う。運営においては透明性を重んじ、資金提供者や株主の情報もオープンに公開する

サイトにてどこから資金を受け取ったのかが細かく明示されている

Les Jours(英語でThe Days)というメディア名には、他のメディアが忘れたとしても、昨日から今日、明日もずっと、報じ続ける、という意味が込められている。立ち上げに関わったジャーナリストたちは、日々注目のニュースが移り変わり、ロングフォームの調査報道が読者に届きづらい現状への課題意識を共有していた。

そこで彼らは、連続ドラマシリーズのように分割すれば、より広く読んでもらえるのではないかというアイディアに至る。プレジデントのIsabelle Robert氏はインタビューで次のように振り返る

創立時に掲げたのは“サーガ(大河小説、叙事小説)のようなニュース”です。せっかくサーガの形式でニュースを語るなら、今最も人気のあるドラマシリーズの形式を採ろうと考えました

ドラマシリーズのように分割したからといって読者を惹きつけられるのだろうか。調査報道記事を“一気読み”する文化はなかなか想像しづらいように思う。

しかし、彼らは、すでに一つの成功例を知っていた。米国初の大人気ポッドキャスト番組「SERIAL」だ。同番組は、ジャーナリストが15年前の殺人事件の真相を、12のエピソードに渡って追いかけていく。証言者への取材を通して次々と明らかになる真相に、世界中のリスナーが耳を傾けた。2014年に公開されると、iTunesの歴史のなかで最も早く500万ダウンロードを達成した

Les Joursは同様の成功をテキストを中心としたウェブサイトで実現しようとしてきた。年間購読者の95%が購読を更新するなど、一定の支持を得られているという。最近は、Netflixにシリーズの全エピソードを一気に公開することも検討している

フィクションのように語る功罪

一つのトピックを深く掘り下げる報道が、より多くの読み手に届く状況は理想的なように思える。一方、ドラマとしての面白さを意識しすぎた結果、過度にセンセーショナルなトピックを扱い、背景にある社会課題や構造にまつわる議論が置き去りにされてしまう可能性もある。

例えば、前述のSERIALには、シーズン1が人気を博した後、「この事件からどのような刑事司法制度の課題が見えてくるのか?」という質問が多く寄せられたそうだ。製作者たちは「シリーズ1の事件は決して法廷の日常を反映しているわけではない」と考え、シーズン3ではクリーヴランドの刑事司法制度の課題を取り上げた。同シーズンは残念ながらシーズン1ほどの人気は獲得できていない。

読者のアテンションを一定保ちながらも、的確に背景にある課題を共有する。Les Joursはいかにそのバランスを取りながら“連続ドラマのようなニュース”を形にしてくれるのだろうか。