社会課題に光を当てる“トランスナショナル”な調査報道
Lighthouse Reportsでは、特定のトピックに興味のあるジャーナリストを、国やメディアの枠を越えて集め、チーム(彼らはニュースルームと呼ぶ)を組織する。そのニュースルーム単位で、一定期間をかけてトピックについて調査報道を行う。
ニュースルームで扱うトピックは、EUにおける移民の労働問題やプラスチックごみ問題、EUの武器輸出、移民の強制送還など多岐にわたる。
例えば『MIGRATION NEWSROOM』と呼ばれるニュースルームでは、EU諸国の農地で働く移民の労働状況が、新型コロナウィルス感染症の影響でどのように変化したのか、数ヶ月かけて追った。ドイツやフランス、ベルギー、イタリア、オランダ、ギリシャ、スペイン、ルーマニアなど計8ヶ国のジャーナリストが取材を行い、賃金をめぐる詐欺や長時間労働の強制、不当な解雇などを明らかにしている。
制作された記事やドキュメンタリー映像は、ドイツの大手新聞『Der Spiegel』や欧州のニュース専門放送局『Euronews』、英国の大手メディア『The Guardian』など、欧州の複数メディアで10か国語以上で報じられた。
豊かさを求めてヨーロッパにたどり着いた若者たちが、権利や自由を奪われている状況は読者の反響を呼び、季節労働者保護に向けた議論を巻き起こした。
また『BORDERS NEWSROOM』では、欧州の難民や移民に対する暴力の実態を追い続けてきた。2020年10月には、欧州の国境監視を担う警備機関『FRONTEX』が、エーゲ海でギリシャに入国しようとする移民を押し戻している実態を報じている。
報道には、Lighthouse Reportsだけでなく、『Der Spiegel』や英国の調査報道NPO『Bellingcat』、ドイツの公共放送連盟『ARD』、テレビ朝日も携わった。報道の結果、2021年1月には欧州不正対策局がFrontexの調査に乗り出すにいたった。
このようにLighthouse Reportsは、世界各地のジャーナリストや70以上のメディアパートナーと連携し、複雑かつ国を越えた課題を報じてきた。そのあり方は「私たちの住む今日の世界において最適なものだ」とディレクターのDaniel Howden氏は綴っている。
現在は、メディアからの原稿料や財団からの寄付金で運営している。2021年にはオランダの大手チャリティ財団『DUTCH POSTCODE LOTTERY』から3年分の補助金を獲得した。前述のBORDER NEWSROOMなどが与えたインパクトが評価された結果だという。
個が集い、学び合う。“チーム”だからできる報道を
ディレクターのHowden氏は、『The Economist』や『The Guardian』などで調査報道に携わった後、2016年にLighthouse Reportsを立ち上げた。
5人のコアチームと5人のアソシエイトが、ニュースルームの主催やマネジメントを行っている。各ニュースルームには、オープンソースデータを活用した調査報道やデータジャーナリズムなど、異なる専門性をもつジャーナリストが集う。
「集まるジャーナリストはキャリアも経験も様々です」とHowden氏は電話取材で共有してくれた。「一定のキャリアを積んだジャーナリストの知識や経験、キャリアの浅いジャーナリストの衝動や意欲。両者の間で、建設的な交流が起きている」という。
さらに、テクノロジーを活用した新たな調査報道手法をラーニングする機会も、積極的に提供している。
例えば、EUの武器輸出の実態を追うニュースルーム『EU ARMS』では、動画や写真、位置情報など、インターネット上に公開されている情報をもとに機密情報などを暴く手法『OSINT(オープン・ソース・インテリジェンス)』を用いている。
OSINTを活用し、数々の事件を明らかにしてきた英国の調査報道NPO『Belling Cats』とも連携し、2週間にわたるブートキャンプを実施した。
チームで新しい技術を学び、ナレッジを蓄積し、より複雑で難易度の高い調査報道に取り組む。そうした営みが社会の変革に欠かせないと、LighthouseReportsは自らのミッションで強調している。
「調査報道によって、市民と政策決定者に、意思決定と結果の関係を、明確に伝えること。それが、私たちが変化を起こすためのセオリーだ」
公共に資する調査報道を担うNPO
意思決定と結果のつながりを掘り起こし、社会に変化をもたらす。そうした営みを誰が担うのかは、国内外問わず大きな課題だ。
近年、調査報道を担ってきた新聞や雑誌の経営状態は厳しい。SNSの普及とともに急成長したメディアスタートアップも、新型コロナウィルス感染症の影響による広告収入の激減などで、苦しい状況に置かれている。2020年はレイオフのニュースが相次いだ。
そもそも「意思決定と結果の関係を、明確に伝える」といったジャーナリズムの価値は、ビジネスには繋がりづらい。メディア経済学を専門とする米国の作家のRobert Georges Picard氏は「事件や事象を監視し、権力に責任を問う」といった社会的な価値が「うまく機能する市場を生み出すことにはつながらない」と述べている。
市場で評価されづらくとも、社会に不可欠な調査報道を持続的に行うために。近年、担い手として注目が高まっているのが調査報道NPOだ。パナマ文書報道を率いた『国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)』やオンラインで公開されたニュースとして初めてピューリッツァー賞(米国の権威あるジャーナリズムの賞)を受賞した『ProPublica』などが顕著な例だ。
こうした調査報道NPOは、主に個人や企業、財団の寄付によって運営され、世間的な注目度は低くても重要な事件や事象を取り上げたり、一つのトピックを継続的に追いかけたりと、より公共に資する報道に注力している。
もちろん、NPOだけが調査報道を担う必要もない。Lighthouse Reportsのように、NPOが営利メディアと協働し、報道を行う事例も増えている。
米国では、2016年の調査で146の営利メディアのうち、半数以上がNPOとのコラボレーションを行ったと述べた。日本でも、2017年に設立された探査報道NPO『Tansa(旧ワセダクロニクル)』が、韓国の独立メディアやインドネシアの有力誌とコラボレーションし、取材を行なった例がある。
国や地域、セクターを越えた“チーム”が、公共に資するジャーナリズムを追究する。Lighthouse Reportsを始めとする調査報道NPOは、国や地域が相互に影響し、複雑に絡み合う社会を、遠く鋭く照らす。その光を絶やさないため、私に何ができるのだろうか。これからも考え続けていきたいと思っている。