差別の“交差点”に隠れたものに光を当てるメディアプラットフォーム

人種や出身、階級、性別、障害の有無など、いくつものマイノリティ性の交差する場所では、多層的な差別や抑圧が起きている。それらはしばしば見過ごされてきた。

欧米を中心に、多層的な差別を扱う概念として「インターセクショナリティ」といった言葉がある。公民権運動家のKimberlé Crenshawは差別や抑圧が高速道路だとして、二つの道が交差するところは見えないことにされてきたと形容する

「(黒人女性を例に)人種差別の道路か性差別の道路でけがをしたことが明らかになれば彼女を手当てします。しかし交差点では手当しないのです」

実際にアメリカでは警察から黒人への暴力が度々報じられているが、黒人女性の被害者への認知度はとても低いと言われている。日本でも障害をもつ女性人種・民族的マイノリティ女性の複合差別の事例が調査によって明らかになっている。(インターセクショナリティについてはThe HEADLINEの記事『インターセクショナリティとは何か?』でわかりやすく解説されている)

こうした交差するところで起こる事象を捉え、「見えないものを見えるようにする」ために。2019年の国際女性デーに誕生したのが、オランダのインターセクショナルメディアプラットフォーム『Lilith』だ。

「メンタルの不調を受け入れられず苦しむ黒人男性」
「幼少期に保護者のいない難民としてオランダに渡った経験」
「オランダのアート業界における#MeToo運動」
「アジア系移民の第一世代とレイシズム、アクティヴィスト」
「メットガラ2021についての平和なツイートと衣装まとめ」
「警察組織のレイシズムと人種差別」

見出しを見てもわかる通り、Lilithの扱うテーマは政治や経済、メディア、アート、ファッションなど多岐にわたる。いずれも人種や出身、階級、性別、性自認、障害の有無など、さまざまなマイノリティ性を抱える人々のストーリーと、背景にある複合的な差別や抑圧を伝えている。

例えば『Racism is not a Pandemic』という記事では、昨年のBlack Lives Matterで繰り返し使われた『Racism Is A Pandemic(レイシズムはパンデミック)』というフレーズを起点に、人種的マイノリティかつ心身に障害を抱えている人が受ける二重の差別について解説する。あるいは、オランダのアート業界における#MeToo運動の記事では、性被害の起きる背景にある性差別に加え、不安定な雇用体系にも触れる。

共同編集長のHasna El Maroudiは、自身にとってのインターセクショナリティとは「一人ひとりの人間の多面性を見つめること」だと説明する。

Hasna「私はシスジェンダーで、ヘテロセクシュアルで、ムスリムで、モロッコ出身の両親のもとに生まれ、オランダで、貧困家庭で育ちました。

レイシズムやイスラム嫌悪、経済格差の問題など、異なる差別や抑圧に出会ってきました。それらが今の私を、私たらしめているのです。

Lilithでは、そうした『Who We Are(私は何者か)』を構成する、異なるレイヤーの、異なる物事を見つめたい。一人ひとりの人間を見る営みこそが、私にとってインターセクショナルに考える、ということだからです」

そうした複合的な差別や抑圧、社会構造に目を向けるのは「個人の体験や物語だけを語っても何も変わらなかった」経験があるからだとHasnaは続ける。

Hasna「15年ほどジャーナリストとして活動するなかで、人種差別や性差別が『実際に起きているのだ』と証明するエピソードを何度も何度も語ってきました。

でも、いつも何も変わっていないのではないかと、感じていたんです。とある通りで、男性に痴漢被害に遭ったという出来事について書いたら、人々はショックを受けた様子でした。『本当にそんなことがあったの?信じられない』『大変だったね、可哀想だね』と言うんです。けれど、2日後にはまったく同じことが起きる。

そもそも『なぜ私たちの街がマイノリティにとって安全な場所ではないのか』という構造的な問題に働きかけない限り、何も変わらないのだと思います。もちろん、身近な問題であると感じてもらうために、読者にとってわかりやすいエピソードを語ることも大切です。けれど同じくらい構造的な問題も語られなければいけない」

安心して自分らしくいられる、間違いを指摘し合える“セーフスペース”

Hasnaと共同編集長のClarice Gargardは、オランダの大手メディアでジャーナリストとして活動してきた。

人種や宗教、民族不平等や抗議運動などを取り上げてきたHasnaはモロッコ系オランダ人、Clariceはアフリカ系アメリカ人とオランダ人のミックス、報道機関では常にマイノリティだったという。以前のインタビューでは「現状は変わっていると思う」と前置きしつつ、Clariceはスリナム人のアクティヴィストを取材しようとした際「同じ黒人であるからという理由だけで、批判的なインタビューができるのか社内で議論された」経験を語っている。Hasnaも近しい経験から「自身の能力について疑問を持つことがあった」と振り返る。

Lilithは報道機関におけるマイクロアグレッションから自らを解放し、書きたいことを自由に書くために二人が立ち上げた「セーフスペース」でもあるのだ。

Hasna「今ではマイクロアグレッションを笑ってやり過ごす必要はありません。大手の報道機関と仕事をすることもありますが、Lilithという自分たちが立ち上げた場所があるから、嫌なことは嫌と言える。

また『私たちが誰であり、どこから来て、今何を感じているのか』を率直に共有したうえで、ストーリーを語ることができます。もちろん報道の手法やプロセスは、客観的に説明できる可能性がありますよ。ですが、それは私たちが完全に中立な存在であることを意味しません。何を報じ、何を報じないのかといった選択には、常に何かしらの思想があるはずです。白人で、クリスチャンである人たちが『自分たちは中立である』と振る舞うことには、以前から違和感を抱いていました」

(© photo: Laila Cohen)​​

そのセーフスペースがもたらすのは「ありのままでいられる安心感」だけではない。自分や他者の間違いに気づき、学び直す機会は絶えないと、Hasnaは言う。

Hasna「Lilithでは、誰かがもし間違えたことをしたら、他の人が『この観点について考えてみた?』と指摘し、議論します。セーフスペースをつくることで、私たちは、お互いより良くあるために学び合えるのです。

先ほど挙げた『Racism is Pandemic』という記事を出したきっかけも、知人からの指摘でした。当時、多くの人が『Racism is Pandemic(レイシズムはパンデミック)』という言葉を使っていて、私自身もInstagramのストーリーなどで用いていました。

そしたら、ある人が『RacismをPandemicと表現するのは違和感がある』と、指摘してくれたんです。レイシズムは昔からあり続けたもので、ウィルスのように急に生まれたものではないだろう、と。そこからチームで議論をし、原稿を書いてくれる人に連絡をして、あの記事が出来上がりました。

私自身、一度口にした言葉に対して『あ、やってしまった』と思うことは多々あります。それを認められる状態でいたい。オランダのジャーナリストは、間違いを犯すと『いやいや、そういう意味じゃなかったんです』と自己弁護的になりがちです。もちろんそれは難しいことですよ。原稿を批判されれば、誰だって自分が失敗であるかのように感じるものですから。けれど、少し時間をおいて、ゆっくりと真摯に批判に向き合えば、より良いジャーナリストになる何かが、きっと見つかると思うんです。

「自分らしさ」を届けて、読者を惹き込む

複合的な社会課題に向き合うメディアを続けること、安心してジャーナリズムを実践できるセーフスペースを築くこと。いずれも「大変な仕事だ」とHasnaは言う。だからこそ、二人は「楽しむこと」を忘れないようにしてきた。

Hasna「私たちは一面的な人間ではなく、多面的な人間です。私は以前、ファッションやデザインを学んでいて、今は政治について書いている。ファッションもデザインも、政治を語ることも、美しいイラストも、同じように興味があって、大好き。

だから、Lilithには政治や社会課題にまつわる記事も、星占いやファッションの記事も、同じように掲載します。

社会に変化を起こしていくのは途方もなく大変な仕事です。よりよい世界を目指すことと同じくらい、自分の人生も楽しむ必要があると思うんです」

Lilithのイベントでは時折アンジェラ・デイヴィスの言葉が引用される。60年代後半から、人種差別や性差別、階級制度、刑務所制度に反対の声を上げ続けてきた、米国の思想家・アクティヴィストだ。彼女の著書のタイトルでもある有名な言葉に「Freedom Is a Constant Struggle(自由とはたゆみなき戦い)」というものがある。

私たちの戦いが成熟するにつれ、新しい考え、新しい課題、自由への戦いのための新しい地勢が生まれる。ネルソン・マンデラのように、私たちは自由への長い道のりを受け入れなければいけない。

その自由への長い道のりは一人で歩むには長すぎる。安心して力を発揮できるセーフスペースを築き、ときには間違いを指摘し、議論を交わす場を築き、社会を変えることと同じくらい、「自分らしさ」を大切にする。Lilithの複雑さに向き合うストーリーテリングを支える、Hasnaのあり方やマインドは、日本において“たゆみなき戦い”と向き合う誰かにとってもヒントになるのではないだろうか。

冒頭に紹介した『Hidden Figures』には、主人公の3人が酒を飲みながらダンスを踊る短いシーンがある。差別や抑圧と戦いながらも時には全力で飲み踊る。このシーンと同じ強さがLilithにもみなぎっているように感じる。