テクノロジーの進化、価値観の多様化など、社会は急速に変化を遂げている。その無限に広がる可能性にワクワクする一方で、予測不可能性に不安を感じることも多い。未来へ続く道を示す地図はなく、絶対的な「正解」も存在しないからだ。

2019年3月に開催された『CREATIVE SCRAMBLE』では、そんな予測不可能な未来を考える手段として、クリエイティブの持つ価値を考えた。

登壇したのは、EXIT FILM Inc.代表取締役の田村 祥宏さんとREDD inc.の望月 重太朗さん。田村さんは「スペキュラティブデザイン」を取り入れた近年の映像作品を、望月さんはテクノロジーとスタートアップの祭典テクノロジーとスタートアップの祭典『SXSW2019』に出展した経験を共有、複雑化する未来の手がかりを探る上でクリエイティブが果たす役割について考える時間となった。

架空の世界から未来を考える「スペキュラティブデザイン」

まずは、EXIT FILM.inc代表として、社会課題を扱う映像作品を数多く手がけてきた田村さんが、未来を考える手がかりとして、「スペキュラティブデザイン」を取り入れた映像作品を紹介する。

スペキュラティブデザインとは、あり得る未来の姿を提示することで、人々の思考を促すデザイン手法だ。“問題解決型”のデザインではなく、“問題提起型”のデザインと表現されることもある。

スペキュラティブデザイン的なアプローチを取り入れた作品事例として、田村さんは『私はイルカを生みたい (I Wanna Deliver a Dolphin…)』を挙げる。バイオアーティストの長谷川愛さんが制作した同作品は「ヒトがイルカを生む未来」を描くことで、環境問題との向き合い方を考えさせる。

田村さん「この作品は、人口増加による食料不足が予測される未来において、これ以上人間を増やすのではなく、絶滅危惧種であるイルカを代理出産する選択肢を提案しています。

『動物を出産してみてはどうか?』という、非現実的な問いをリアリティーを持って提示することで、私たちがどのように食糧不足や人口増加に向き合うべきか、考えるきっかけをつくっています」

『ブラック・ミラー』と『ブラックパンサー』が描いた起こりうる未来

こうした”スペキュラティブデザイン的”な映像作品が、社会に広く影響を与えた事例として、Netflixの人気SFシリーズ『ブラック・ミラー』がある。同作は、新しいテクノロジーが持たらす予期せぬ結果を風刺的に描く1話完結型の作品。今年3月に行われた世界最大のクリエイティブ・ビジネス・フェスティバル「SXSW(サウス バイ サウスウエスト) 2019」では「スペキュラティブデザインとブラック・ミラー」と銘打ったセッションも開催された。

それぞれのエピソードは異なるキャスト、異なる設定、異なる現実ですが、私たちが不器用であるならば、それらのエピソードは私たちの今の生き方、そして私たちが生きるであろう10分後を表している。

『ブラック・ミラー』の製作者チャーリー・ブルッカーさんが語った通り、同作品は「起こり得る未来」を描き、今の私たちに問いを投げかける。代表的なエピソードをEXIT FILMの寺井さんが紹介してくれた。

寺井さん「シーズン3の『ランク社会』では、SNSでのランクが実社会に反映された世界が描かれています。まるで悪夢のような世界ですが、実際に中国では社会信用システムの構築が進んでいる。全国民のランキングが作成され、社会的信用の低さを理由に、海外旅行を禁じられた人たちもいます」

インターネットが生活のインフラと化した今、日本においてもSNSのフォロワー数や“いいね”の数で、その人の評価を決める風潮は存在している。果たしてそれは、健全な行為なのだろうか。便利なコミュニケーションツールとして登場したSNSは、今や人々に息苦しさを与えるものになっているのではないか。本作は日々当たり前にあるSNSとの向き合い方を、改めて考えるきっかけをくれる。

『ブラック・ミラー』と同じく、スペキュラティブデザイン的な要素を含む作品として、寺井さんは2019年のアカデミー賞にもノミネートされた『ブラックパンサー』を挙げる。

アフリカにある架空の王国・ワカンダを舞台にした同作では、「もしもアフリカが植民地にされなかったら」というパラレルワールドが描かれている。

寺井さん「作品のなかで、ワカンダはテクノロジーの導入で進化を遂げた国として描かれています。これは、一見パラレルワールドのようですが、現実世界のアフリカでも、テクノロジーは凄まじい勢いで発展しています。その意味で、近い将来のアフリカを描いていると考えられるかもしれません。

Twitter上でも、国際政治学者の人による議論が起きたそうです。『ブラック・ミラー』も『ブラックパンサー』も、フィクションでありながら、近い未来の姿をリアルに描き、私たちの現実の見方を変え、思考を促してくれます」

スペキュラティブデザインは、人々に多様な視点を与え、現実を問い直すヒントを与える。過去から単一に積み上げられた漸進的な未来ではなく、オルタナティブな世界観を提案し、思考を刺激してくれるのだ。

「食のプロトタイピング」から人間の“営みの本質”を探る

最後に登場したのは、SXSWに毎年訪れているというREDD inc.代表の望月重太朗さん。望月さんによれば、これまでのSXSWでは「どんなテクノロジーに注目すべきか」が語られることが多かったが、近年、「テクノロジーを人間の営みにどう取り入れるのか」が議論されるようになってきたという。

そうした流れを汲み、望月さんは人間にとって重要な営みである「食」にフォーカスし、世界に向けて未来への思考を促す場を開く。SXSW2019の会場に、自身が主宰する「UMAMI Lab(ウマミラボ)」を持ち込んだのだ。

UMAMI Labは、出汁を引く機材と日本の伝統的な出汁の素材をスーツケースに詰め、世界各地で現地の食材やお酒とブレンド、多様な「旨味」を追求する、共創型のフードプロジェクトだ。日本国内だけでなく、オランダなどでも、旨味のつまった食事やお酒を振る舞い、未来の食について考えるイベントを開催してきた。

望月さんはUMAMI Labの活動を世界に広げるべく、立命館大学や東洋ガラスと共にSXSW2019で非公式のイベントを開催した。

望月さん「このイベントに向けて、捨てるはずだった野菜くずから抽出した『Feel of the Earth, 2045』という出汁を開発しました。2045年は、シンギュラリティが起こると言われている年。AIが人間の知能を超え、人間の生活に様々な変化が起きるとされ、世界的な食糧危機が訪れるとも言われています。

さらに輸送できる日本酒として『100%日本酒ゼリー』も振る舞いました。これはいつか宇宙空間で生活することができるようになったときの宇宙食を想起して開発したもの。アルコールは液体よりも、固形化した方が摂取しやすくなるんですよね」

望月さん「もしも食糧危機や宇宙空間での生活が強いられる未来が訪れたとしても、『Feel of the Earth, 2045』や『100%日本酒ゼリー』があれば、美味しく『食』を楽しめる。このように、既存の食材を新たな視点でプロトタイピングし直すことで、食に対しての向き合い方を変えることができるんです。衣食住のどれかにクリエイティブをフォーカスすると、未来が楽しみになると考えています」

変化が激しい今、未来に対する不安を抱える人も少なくないだろう。だからこそ、どう楽しむかを考えることが重要なのだろう。UMAMI Labのように、既存の営みを新しい形にアップデートすることで、未来の捉え方は少し変わってくるのかもしれない。

本イベントを通して、複雑化する未来を見通す上で、クリエイティブが果たす役割は、大きく 二つあるのだと感じた。

一つは、現在を起点に考えていては決してたどり着けない視点の提供だ。一見あり得ない未来を提示して体験させることで、人々は問いを持って現実に向き合い、新たな視点で未来を考えられる。

もう一つは、まだ見ぬ未来を体験させること。UMAMI Labのように、五感を介して未来を追体験することで、頭で考えていては得られない想像力を養うことができる。

こうしたクリエイティブの力を信じ、思考を柔軟にアップデートしていくこと。その積み重ねが、私たちに「正解のない未来」を生きるための力をくれるのではないだろうか。