静岡の実家では、祖父が畑で野菜を作っていた。作りすぎてしまったときは、近所の知り合いに「おすそ分け」をする。それが、小さい頃からの習慣だった。

時には、こちらのおすそ分けに対して、お返しをされることもあった。「余り物」を介して地域での人間関係が作られる感覚は、今でも自分の中に根付いている。

大学進学と同時に、東京に住み始めた。すると、余り物を通した人間関係は日常の中から消えていった。近所に住む人の顔も知らないような環境では、もうあの感覚には出会えないのだろうか。

そう思っていた時、インターネットによって新しいおすそ分けの形が生まれたことを知った。それが「フードシェアリングサービス」だ。

「より快適な毎日を、より多くの方々に」を理念に掲げるIKEAがフードシェアを開始

売れ残り商品がある飲食店と、それを格安で購入したい消費者をマッチングするフードシェアリングは、顔見知りでない関係性における「おすそ分け」を可能にする。

2019年3月、家具販売店「IKEA」もこの領域に乗り出した。フードシェアリングサービス「Too Good To Go」と提携し、併設するレストランで売れ残った食品の割引販売を開始したのだ。対象となるのはベルギー国内のIKEA8店舗。

Too Good To Goはデンマーク発のフードシェアサービスだ。売れ残りを販売したい店舗と、安価に食品を手に入れたいユーザーのマッチングを行っている。

利用方法は簡単だ。まず、ユーザーはToo Good To Goのアプリで売れ残りを確認する。欲しいものがあれば注文し、閉店時間に店舗に取りに行くだけだ。

価格は一律2.99ユーロ。日本円にして400円弱と手に取りやすい価格設定だ。IKEAリエージュとIKEAハッセルトの2店舗で実施されたトライアルでは、ほぼ毎日完売したという。この結果から、IKEAでのフードシェアリングのニーズの高さが伺える。

世界では毎年、生産された3分の1の量の食品が廃棄される。日本国内でも食品廃棄は深刻な問題だ。国内で年間に廃棄される食品は、約632万トン。これは日本人1人当たりに換算すると、毎日お茶碗約1杯分の食べ物が捨てられている計算となる。

こうした食品ロス問題の解決を目指し、日本でも「 TABETE 」や「 Redecu GO 」などのフードシェアリングアプリが生まれている。

IKEAのフードシェアリングの取り組みも、コストカットという企業メリットにとどまらず、社会問題を解決する重要な一歩と言えるだろう。

大型チェーン店の参入は、消費者の選択肢を広げる

私たち消費者にとっても、安価で美味しい食品を手に入れられるフードシェアリングは魅力的だ。とはいえ、私たちが日常的にその恩恵を得るためには課題もある。

取り組みを行っている店舗が少なければ、必然的に選択肢も少なくなり、自宅近くで食品をピックアップしたり、気分にあわせて食べたいものを探したりすることは難しくなるだろう。

実際に、日本でもいくつかのフードシェアリングサービスがあるが、以前自宅近くで検索したところ、登録店舗数が少なく、食べたいと思えるものも見当たらなかった。

IKEAのような大型チェーン店がフードシェアリングに取り組むことは、利便性を高めるだけでなく、個人の趣向にあわせた選択肢を広げることにつながるだろう。

しかし、フードシェアリングは衛生面への配慮や、マッチングシステムの整備など、企業にとっての導入コストが高いはずだ。今回、IKEAが取り組みを開始できたのは、いったいなぜだろうか。

それが分かるのが、IKEAベルギーのフード事業マネージャであるCihanKökler氏から寄せられたコメントだ。

「2年以上にわたり私たちはレストランでの無駄を防ぐ可能性を模索してきましたが、Too Good To Goアプリのおかげでこれを実現できたと感じています」

IKEAは、Too Good To Goだけでなく、これまでも食料廃棄物モニタリングツールを開発する「Winnow」と連携し、食品ロスの削減に取り組んできた。ノウハウをもつ外部企業とうまく連携することで、導入コストを下げた成功事例と言えるだろう。

IKEAに続き、他企業のフードシェアリングへの取り組みが期待される。

「おすそ分け」を通して自分のライフスタイルを選択する

幼い頃、地元で行われていたおすそ分けは、近所に住む知り合い同士で行われていた。相手を選ぶというよりも「地縁」という関係性に埋め込まれた受動的な行為だったとも言える。

しかし、インターネットを通して行われるフードシェアリングという新しいおすそ分けは、個人が主体的に相手を選択することができる。これまで隣人だけであったおすそ分けの対象が、企業も含めた共同体に広がったと言ってもいいだろう。

体に優しいものを生活に取り入れたければ、オーガニックフードを。

手軽に食べたければ、ファーストフードを。

これから取り組む企業が増えていけば、私たちの選択肢も広がっていくはずだ。

まだ、フードシェアリングを行う企業が少ない現状では、IKEAのような先進的に取り組む企業の「おすそ分け」を選択すること自体が、環境に優しいライフスタイルを主体的に選びとっていることになるのかもしれない。

地縁に決められた「おすそ分け」から、個人のライフスタイルに沿って主体的に選択するフードシェアリングという「おすそ分け」へ。その変化を見るのが、楽しみだ。