世界中の都市が殺到したAmazon第2本社候補地の公募

2017年、Amazonが第2本社の候補地を公募で決めると発表したとき、米国中の自治体が目を輝かせた。

巨大企業のAmazonを誘致できれば、大きな税収増と、地元経済の活性化が見込める。米国にとどまらず、カナダやメキシコを含む、238もの都市が立候補を表明し、誘致合戦を繰り広げた。

そして、2018年11月、同社はニューヨーク市クイーンズ区のロングアイランドシティとバージニア州北部アーリントンのクリスタルシティの2カ所に分け、第2本社「HQ2」を建設すると発表。

わざわざ公募をしたにも関わらず、シリコンバレーに次ぐスタートアップ都市、ニューヨークに決定したニュースに不満の声もあるが、「約25億ドルの投資と2万5千人の雇用」を約束された両自治体は、祝福ムードに包まれた。

大きな変化を遂げることになると考えられるのは、どんな街で、どんな人々が暮らしているのだろうか。

“次のブルックリン”と言われるロングアイランドシティの風景

ロングアイランドシティは、マンハッタンからイースト川を隔てた対岸のクイーンズ地区に位置する。

マンハッタンからのアクセスもよく、ウォーターフロントからはマンハッタンの摩天楼を見通せる最高のロケーションだ。住宅と工業施設が入り乱れたエリアで、ニューヨークの他の地区に比べると比較的家賃は安い。アトリエやスタジオを構えるアーティストも少なくない。

しかし、近年では再開発が進み、家賃も徐々に高騰し始めている。その風景は、ブルックリンにアートやクリエイティブ人材が移住し、独自の経済圏が生まれ、街が高級化(ジェントリフィケーション)を遂げた姿と重なる。実際、ロングアイランドシティは、「次のブルックリン」として注目を集めている。

第2本社「HQ2」の具体的な建設予定地区は公表されていないものの、ウォーターフロント付近で、最低でも400万平方フィートの土地で建設を行うとされている。

ニューヨーク市ロングアイランドシティの街並み。ウォーターフロントを中心に、高層コンドミニアムの開発が進む

ウォーターフロントのGrantry Plaza State Parkからは、マンハッタンの摩天楼を見渡せる

一方、肝心の現地住民は、決して手放しで喜んでいるわけではないという。いったい彼らはどんな気持ちで誘致合戦を見つめているのだろう?そんな問いを胸に、2018年12月に冬のロングアイランドを訪れた。

「私たちのネイバーフッドは完売してしまった」

筆者が滞在中に参加したのは、「Amazonに抵抗せよ!(Resist Amazon — Long Island City Community Forum)」と銘打たれた抗議集会だ。

集会には、クイーンズの地元住民を中心に、HQ2の新設に反対する住民ら数百人が集まった。老若男女、人種もさまざまな参加者で、特に私服の若者が多い印象だった。

発表者は、ひとり2分ほど、ステージに出てきて意見を述べる。英語が拙い移民系の参加者も多く、アクセントも様々なのは、いかにもニューヨークらしい。

集会で多くの時間を割いて語られたのは、市からAmazonに提供された巨額の税金免除への批判だ。

3期目となるアンドリュー・クオモ(Andrew Cuomo)州知事とビル・デブラシオ(Bill de Blasio)ニューヨーク市長は、ロングアイランドシティへのAmazonの参入を「州と市が行う最大の経済開発戦略」として支援してきた。

そのなかで、Amazonとニューヨークが締結した契約書の覚書に、多額の税額控除や助成金プログラムが盛り込まれていることが明らかになったのだ。これらの情報は、建設地に決定するまで、公表されていなかった。

ロングアイランドシティの位置するクイーンズ地区は、低所得者向けに行われている食料費補助対策「フードスタンプ制度」を、住民の60%が利用している。地元の低所得者のニーズを差し置いて、多額の公共資金をAmazonに投入することへ、疑問の声は多い。

「私たちのネイバーフッドは完売してしまった」

そう、参加者の一人が呼びかけると、会場からは同意の拍手が寄せられた。近隣や近所など人間性を感じられるエリアが完売してしまったという表現は、地域住人の人々による資本主義に対する抵抗が伝わってくる。

世界中から資本が集まり、煌びやかな印象のあるニューヨーク。実は、全米でもっとも貧富の差が大きい州だ。ほんの一部の富裕層が圧倒的な富を握っている状況は非常にグロテスクだが、それだけではない。

貧富の差を解消されるために使われるべき公共資金の多くは、企業誘致や富裕層に有利な教育システムなどに投入されているという。Amazonの事例からは、アメリカ経済システムの闇の一端が、見事に浮かび上がっているように思う。

家賃の高騰、いつか来る「立ち退き」への不安

AmazonのHQ2ができることにより、将来的に予想される家賃の高騰、地元住民の「Displacement(立ち退き)」も中心的な論点であった。

企業の誘致と富裕層の流入による家賃高騰はマンハッタンやブルックリンが通ってきた道だ。そのうえ、ニューヨーク市は、Amazonに10億ドルの「移住従業員支援プログラム(Relocation and Employment Assistance Program)」を提供するという。

外部から移住してくる高給取りのAmazon社員に対する支援プログラムがある一方、家賃の高騰が急速に進むロングアイランドシティで、低所得者中心の地元住民へのサポートは皆無。これも住民の反感を買っている。

抗議集会では、長くクイーンズ地区に住む移民系の高齢の女性が、孫と思われる高校生ほどの女の子の通訳を介し、以下のように語った。

「クイーンズでは、すでに(家賃が高騰して、低所得者階級の)立ち退きが始まっている。最終的にここに残るのは、Amazonの社員だけだ」

働き方の変化やテクノロジーの発展により、現代では多くの人が住む場所を自由に選べるようになった。国内に限らず、海外への移住も最近ではハードルが低くなっている。

一方で、「移動の自由」があるというのは、一定のスキルや経済力のある一部の層の特権でもある。

今回の事例のように、大きな資本の動きによって住みたい場所に住み続けられない人々がいることを、忘れないようにしたい。

テックジャイアントが変える街をどう捉えるべきか

近年、Amazonに巨額の税金控除を提供するニューヨーク市のように、多くの都市がテック企業への優遇措置を進めている。今後、巨大テック企業がオフィスを建設する際、同じような誘致合戦が繰り返されることは、想像に難くない。

自治体が潤い、街は便利になる。しかし、それと引き換えに、生まれ育った街を去らねばならない住民が大量に生まれる。たった一つの巨大企業が、それだけの影響力を持ち、半ば強制的な変化を住民に強いる現状を、私たちはどう捉えるべきなのだろうか。

日本も無関係ではいられない。ちょうど今年、渋谷にはGoogleのオフィスがやって来る。大規模な抗議活動で開設が中止されたベルリン市民に比べ、渋谷市民の反応は薄いように思える。

巨大ビジネスの進出によって、街や住民の生活はどのような変化を遂げるのか、それを私たちはどう受け入れていくのか。世界各地でジェントリフィケーションが加速する今、私たちは自らに問いかけてみる必要があるだろう。