2017年1月、第45代アメリカ合衆国大統領、ドナルド・トランプがある書類にサインをした。それは、メキシコとアメリカの国境に「通過不可能な具体的な障壁」を建設するという大統領令だった。
一方で、中米からは「キャラバン」という移民集団がアメリカ国境を目指し北上している。その数およそ6,500人(2018年11月現在)。
彼らがアメリカを目指す理由はただ一つ。過酷な環境から逃れるためだ。
6割を超える貧困率、不安定な政権、蔓延する犯罪……。
中南米は広大な面積の中に豊かなエネルギー・鉱物資源、食料などの農業、水産資源を持っているにもかかわらず、そこで暮らす人にその恩恵が与えられることはない。では、その恩恵を受けているのは誰か?
それは、私だ。
この前、晩ご飯で食べたサーモンはチリ産だった。今朝、夫が飲んでいたコーヒーはコロンビア産の豆から作られていた。さっき支払った10円玉の銅はチリかペルーからきたのかもしれない。
元を辿れば、ジャガイモやトマト、とうもろこしなんかも中南米を発祥としているわけで、私が彼らから貰い受けたものは計り知れない。
それなのに、私は彼らのことを何も知らない。
今回はそんな中南米について知るためにNetflixで見られる3つの映像作品をご紹介する。
莫大な国家の利と生活を奪われる小さな住民
湖が壊されたらその魂はどこに住むのか?
分からない
『湖の娘: アンデスの水を守る』
ペルーから日本へ、年間1,500億円以上の天然資源が輸出されている。莫大な量の銅や天然ガスの採掘には、大規模な掘削を余儀なくされる。
ドキュメンタリー映画『湖の娘: アンデスの水を守る』では、アンデス地方カハマルカにある湖を舞台に、湖を破壊し金を採掘しようとする業者たちと、湖周辺に住む地元住民たちの対立が描かれている。
カハマルカの湖の底には大量の金が眠っており、湖を爆破すれば、大量の外貨獲得が期待できる。その一方で、地元の住民たちは、住む場所を追われ、湖を取り囲む環境も大きく破壊されてしまう。
主人公は、湖と対話できるという地元住民の少女。自分たちの生活の糧であり、神聖な母なる湖の存続が危ぶまれる中、自身の専門である法律を武器に、争いの矢面に立っていく。
美しい湖は守られるのか?それとも、国家の利が勝つのか? 話の展開にどんどん引き込まれていく中、開発業者たちの要望の背景に他国の資源を安価に手にする自分たちの姿を重ね見ることで、私たちがこれまで「奪ってきたもの」の大きさについて考えさせられる映画だ。
ラテンアメリカの英雄って誰?『ジョン・レグイザモのサルでもわかる中南米の歴史』
なぜ俺たちのアートが民芸品でヨーロッパ中のアートが美術品なんだ?
『ジョン・レグイザモのサルでもわかる中南米の歴史』
ブロードウェイ発、コメディアンで俳優のジョン・レグイザモが送る喜劇的で悲劇的な一人芝居『ジョン・レグイザモのサルでもわかる中南米の歴史』。
芝居の中では、ラテン系であることを理由に学校でいじめを受ける少年が、「尊敬する英雄は誰か?」という宿題の答えを探すため、父親との対話を重ねていく。父親は、息子のために、中南米の歴史を3000年前までに遡り、コンキスタドール(征服者)たちに歪められた歴史の中で「本当の英雄とは誰か」を突き詰めていく。
ジョンの語り口は軽快でユーモアに溢れているが、その内容は全くもって笑えない。資源の強奪、虐殺、強姦……。歴史の教科書の中で、偉人、とされるコロンブスやコンキスタドールたちが行った暴虐の数々をデータや資料を元に明らかにすることで、今まで見えてこなかった歴史や差別が明らかになる。
真実の歴史の下、親子が出す答えとはなんなのか?
その答えを知る頃には、あなたの中南米に対する認識も変わっているだろう。
独裁政権打倒のための切り札は広告?新しい未来を切り開くために『No ノー』を突きつける
https://www.youtube.com/watch?v=lOeiw_BJPas
1988年、チリ。独裁軍事政権を率いるピノチェト将軍は大局を迎えていた。それは、ピノチェト独裁政権の是非を問う国民投票だ。彼は15年にわたり政権を独占。社会主義を掲げ、反駁するものには、拷問や処刑など肉体的圧力をかけることで国を制圧してきた。
しかし、一連の弾圧行為は他国から非難を浴び、この投票で『NO』が突きつけられれば、政権は崩壊する、という局面まで追い詰められていたのだ。
しかし、長きにわたる弾圧によって疲弊した国民たちの間には選挙の前から諦めムードが漂っていた。事前調査では、国民のおよそ70%が「投票に行かない」と回答していたという。
そんな雰囲気を打破するため、反政権側は投票までの27日間、1日15分間流されることになったテレビCMに運命を賭けることに。反政権側は広告を完成させ、国民の心を動かすことができるのか?
当時の映像を織り交ぜながら作られ、2012年に発表された『NO ノー』は、ドラマでありながらもドキュメンタリー映画のような切迫感で、第65回カンヌ国際映画祭、監督週刊アートシネマアワード(最高賞)受賞するなど、批評家たちの間でも高い評価を得ている。
今作は、視聴者に主題となる広告の力の大きさはもちろん、一つのきっかけによって勇気付けられた人々の力強さも実感させてくれる。
また、状況は全く違うものの、政治を諦めてしまった人々の姿は政治に期待することができない日本の人々とどこか重なる部分があり、考え直すきっかけにもなった。広告やものづくりに携わる人にはぜひ、見て欲しい作品だ。
中南米についてもっと知りたい、という人には、上記の作品の他にも、『世界の”現実”旅行』の「ラテンアメリカ編」、『シェフのテーブル』第二部ブラジル人シェフの「アレックス・アタラ」、第三部ペルーのシェフ、「ビルヒリオ・マルティネス」などもおすすめだ。
中南米にまつわる作品を見る中で、今まで知らなかった歴史や情勢について学ぶことができた。そして、何より一番興味深かったのは、そこで生きる人々の姿だ。
独裁政権、貧困、略奪、虐殺、強姦、彼らを取り巻く厳しい環境とは対極的に、映し出される人々は明るくユーモアに溢れている。
百聞は一見にしかず。映像を通してリアルな中南米を知ることは、教科書を読むよりも学びが深いのだ。