「やめる」というテーマが引き寄せたもの
──3回目のLifestance EXPOとなりました。今回のテーマ「やめる」は、来場者の層にどんな変化をもたらしましたか?
中川淳さん(以下、中川):今回、初めてアンケートで滞在時間を計測したのですが、最も多かった回答が2時間。3時間という人もいて、長い時間を過ごしてもらえた実感がありました。
来場者の年齢構成にも変化がありましたね。前回の「働く」では、就職を控えた10代や20代が多かったり、50代以上の方も目立ったりしましたが、今回は30代が最多で、40代、20代と続きます。テーマによって結構年齢構成が変わるんだなと感じました。
──年齢層は変わっても、ライフスタンスに関心を寄せる人が集まるという点では一貫していますね。来場者の反応はいかがでしたか?
中川:年齢ではなく、問いへの感度で人が集まる場なのだと思います。それがLifestance EXPOの特性としてはっきりしてきた回でもありました。

中川淳。PARADE株式会社代表。中川政七商店元会長。企業やブランドのビジョン・思想を「ライフスタンス」と提唱し、志あるブランドの共同体PARaDEを通じて新しい経済の形を探求している。
佐々木康裕さん(以下、佐々木):たとえば、前回は転職や就職といった直近の悩みに対するヒントを探しに来ている感じがあったんですよね。今回は、いい意味でもやもやして帰っていった人が多い印象です。大きなこと、大切なことを考えるきっかけ、種のようなものを渡した感覚が、今回は特に強かった。
──「働く」や「買う」と比べて、「やめる」は行動に移しにくいテーマだからでしょうか。
佐々木:そうだと思います。「働く」や「買う」であれば、体験の流れを想像したときに、気持ちが前向きに動く瞬間がイメージしやすい。でも「やめる」は、その感情がどう動くのか見えにくいんですよね。
来場者の方々は、「やめる」をネガティブなものとしてではなく、これまであまり向き合ったことのないテーマとして受け取っていたように思います。明確な課題を抱えているわけではないけれど、「これでいいのか」という漠然としたもやもやに向き合う時間。それが長い滞在につながったのかもしれません。
「やめさせない」社会の構造に気づく
中川:今回、テーマを深めていくなかで改めて感じたことがあります。世の中はやめさせない圧力に満ちている。たとえば、LTV(顧客生涯価値)、解約ボタンが見つからない設計、サブスクリプションモデルなど、すべてがやめさせないように設計されている。
──「やめる」力は個人の意志だけではどうにもならない、構造的な問題でもあると。
中川:まさにそうです。SNSのアルゴリズムはその象徴ですよね。やめさせない側の技術が日々高度化するなかで、個人がそれに自覚的であること自体が、ひとつのリテラシーになるのだと思います。
トークセッションで取り上げた「撤退学」の話もここにつながります。企業の新規事業における撤退基準は「何年でこの規模にいかなかったら」といった、粗い数字の基準で決められがちなんです。なにかをやめるということへの解像度が、社会全体で低い。
佐々木:解像度をあげることに加えて、やめることをどう否定的に捉えないか、というのは大事なテーマですよね。やめるということが何か別のことを始めるうえではセットだから、これは考えなきゃいけない。

佐々木康裕。PARaDEの共同運営者。カルチャーや生活者の価値観の変化に耳を澄まし、企業やブランドが未来に取るべきアプローチについて考察・発信を行っている。著書に『パーパス 「意義化」する経済とその先』『D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略』など。
佐々木:デイヴィッド・グレーバーらの著書『万物の黎明』で論じられているのですが、古代社会の人々は季節ごとに狩猟採集と農耕を切り替え、役割どころか名前すら変えていたそうです。「やめてまた始める」という柔軟性が、人類のベースの姿だった可能性がある。現代人がひとつの制度やアイデンティティにとらわれていく構造のほうが、むしろ問い直されるべきなのかもしれません。
Lifestance EXPOという場が生み出す「柔らかさの交換」
──今回、おふたりも初めて参加者としてワークショップに加わったそうですね。
中川:はい、僕は積読読書会に参加しました。運営してくれたバリューブックスさんの手探りな感じも、みんなで一緒に場がつくられる感じがすごく良かったですね。ある夫婦で参加した方は、普段あまり本を読まないとおっしゃっていて。
最初は遠慮がちだったのですが、周囲の温かい反応のなかで次第に心を開いていった。僕自身、普段そういう場であまり距離が縮まることがないタイプなんですが、同じ本を持ち寄った参加者とその後の茶会も一緒になり、個別でメッセージをいただきました。ああいう場だからこそ起こり得るものだなと。

──Lifestance EXPOでは柔らかい関係が生まれるのでしょうか。
中川:そうかもしれません。前回のLifestance EXPOの時に参加してくれた高校生が大学生になって、今回はボランティアとして参加し、さらに学生の友人を連れてきてくれた。継続的な関係が、緩やかに、しかし確かに育っているんです。これも柔らかい関係が築けていると感じる事象でした。
なぜ柔らかくいられるかという話について考えてみたんです。普段、僕はブランドや人を「球体」に喩えて考えています。ライフスタンスに当てはめて考えると、表面にはプロダクト層があり、その奥にライフスタイル層、さらに芯にはライフスタンスがある。球体であり、層がいくつかに分かれている全人格を、丸ごと共有することは現実的ではありません。ただ、「表面を柔らかくして、視線がなるべく奥まで届くように開く」ことはできるのではないかと。
Lifestance EXPOに来る人たちは、その表面を柔らかくしてきている。そして見る側もまた、温かい視線で接する。深い部分まで見られたとしても、否定的な反応にはなりにくい。だから、奥まで見られてもいい面が出ているのではないかと考えています。
佐々木:ライフスタンスという旗印と、各回のテーマ設定。この二層がグラウンドルールとして機能しているのだと思います。それゆえ、Lifestance EXPOの会場には仕事モードでも教室でも消費の場でもない、独特の空間が生まれている。
たとえば、職場からは早く帰りたいけれど、Lifestance EXPOには長居したくなるという人もいると思います。その違いは何かと考えると、能力と報酬の交換だけではない、ライフスタンスの交換が起きているからなのだと思います。
柔らかさだけでは足りない──複数の世界を行き来する
中川:ただ、常に柔らかくいることが正解かというと、そうでもないんですよね。仕事とは関係ない場面で、相手にズルをされてしまった際に、いちいち追求するのも「大人げない」と感じてやめてしまったことがありました。その後、長くもやもやが残ったんです。柔らかくい続けることが成熟かのように勘違いしていたのだと気づきました。
──緊張が必要な場面と、弛緩が許される場面がある。
中川:そうなんです。古代社会の人々が季節ごとにモードを切り替えていたように、硬さが必要な場面と柔らかさが許される場面を行き来することが、本来の健全さなのだと思います。問題は、柔らかくいられるシーンが社会的に少なすぎること。だからこそ柔らかさへの憧れが生まれるのですが、それだけを良しとするのは偏りになる。

佐々木:利害関係から離れたときに初めて見える関係性もありますよね。フリーランスになった知人は、退職してから元同僚と純粋に1対1の関係が築けるようになったと言っていました。会社という枠があったときには見えなかった距離感や温かさが、枠を外したことで初めて見えてきたと。
──緊張と弛緩の話は、承認欲求の扱い方にもつながりそうですね。
中川:まさに。どこまでいっても承認欲求は残ります。完全に排除するのは不健全だとも思っていて。承認される場所と、何者でもない自分として扱われる場所。その両方が必要なんです。僕が趣味で参加しているカードゲームの世界では、自分は「底辺」にいるんですよ。特別扱いされない。逆に経営の世界で評価されすぎると居心地が悪い。一方、カードゲームの世界では底辺。その複数の世界を行き来することで、自分が望む自分に近い状態を保てている。おそらく、100点満点で65点ぐらいが、なんかちょうどいいんですよね。
佐々木:以前の振り返りで「全体性」という話がありましたよね。はたらくを会社での領分、地域での領分、職業コミュニティでの領分と複層的に捉えるという考え方。今回の「複数の世界にいる」という話とも響き合います。
中川:ひとつの共同体にとらわれず、複数の世界にいること。家や職場だけでなく、サードプレイスとしての居場所を持つこと。それはライフスタンスを考えるうえでの、ひとつの実践的な指針なのだと思います。
3回のLifestance EXPOで見えてきたこと、そしてこれから
──3回のLifestance EXPOを経て、ライフスタンスという概念に対する理解はどのように深まりましたか?
中川:これまでのLifestance EXPOを通じて、球体の表面を柔らかくして開くこと、緊張と弛緩のバランスを自覚的にとること、複数の世界に身を置くこと。こうした具体的な姿勢が浮かび上がってきました。いずれも、誰かに教わる答えではなく、自分で確かめるしかない感覚です。
佐々木:今回の「やめる」は、すぐに効く処方箋ではなかったと思います。でも、参加者の中で発酵して、いつか生活や選択を変える種になっていくのではないかと。その感覚は、回を重ねるごとに強まっていますね。

──次のLifestance EXPOはどうなるのでしょうか?
中川:3回のLifestance EXPOを通じて、わかったことが数多くあります。一度、Lifestance EXPOについて捉え直して、今後の活動を考えているところです。まとまったら、またお知らせしたいと思います。