広がるソニーのクリエイティブセンターのカバー範囲

最初に登壇したのは、2020年よりクリエイティブセンターにて企画・管理・人事領域等を統括している前川氏だ。同氏は、1993年にソニーに入社後、デバイス事業のマーケティング、事業企画などに従事。欧州や台湾への海外赴任を経て、本社の経営企画管理部に異動し、さまざまなコーポレートプロジェクトを担当してから現職についている。

前川氏「クリエイティブセンターは、ソニーが創業して間もなく1961年に設立されたデザイン室です。エレクトロニクス領域のデザインを主に手掛けてきましたが、ソニーの事業領域が拡大するのに伴い、様々なアプリのUI/UXデザインや、コーポレートメッセージを伝えるためのコミュニケーションデザインなど担当領域が大きく広がってきています

クリエイティブセンターの手掛ける範囲が広がっていることを示す例が「オリジナルブレンドマテリアル」の開発だ。

前川氏「ソニーでは環境に配慮した紙素材を開発しました。環境負荷を抑え、あらゆるパッケージに最適化できる素材として、クリエイティブセンターのデザイナーが深く開発に関わっています」

その他、2020年4月に設立したソニーデザインコンサルティングでは、社外の顧客に対してデザインソリューションを提供している。

前川氏「今回ご紹介した活動はクリエイティブセンターのデザイナーが関わっている事例のほんの一部です。今回のリサーチカンファレンスのテーマである『SPREAD』の通り、私たちがリサーチする範囲も広がり、期待も高まっています」

未来を描き、バックキャストする「Sci-Fiプロトタイピング」

広がり続けるリサーチをどのように進めているかの説明は、前川氏から大野氏にバトンが渡された。同氏は、2002年にソニー入社後、PCやオーディオ機器のプロダクトデザインを担当。中国赴任を経て、新規事業の創出とインキュベーション、要素技術R&Dに係わるデザイン開発のマネジメントに携わった後、2018年よりデザインリサーチ、知財、PR、プロジェクト推進を担当するグループのマネジメントを担っている。

大野氏「クリエイティブセンターにおけるデザインリサーチは、マクロトレンド把握のための『トレンドリサーチ』、デザイン開発ためのリサーチ『R&D』、ルーチンワークのデザインリサーチなどに分かれます。

こうしたリサーチ内容は、レポートとしてまとめ社内に共有します。レポート内容は、プロダクトデザインにおける表層を構成する色(カラー)、素材(マテリアル)、加工方法(フィニッシュ)といったCMFをどうするかを考える際にも反映されます」

大野氏が例に挙げた特徴的なリサーチが「Sci-Fiプロトタイピング」だ。「Sci-Fiプロトタイピング」とは、SF(サイエンス・フィクション)を用いて未来を構想し、それを起点にバックキャストして「いま、これから何をすべきか」を考察する技法。

クリエイティブセンターでは、ソニーのデザイナーとSF作家がコラボレーションし、Sci-Fiプロトタイピングの手法で「2050年の東京」を描き出す「ONE DAY, 2050 / Sci-Fi Prototyping」というプロジェクトを手掛けた。

「2050年」「東京」「恋愛」という3つのキーワードを大きな傘とし、「WELL-BEING」「HABITAT」「SENSE」「LIFE」の4つのテーマについてワークショップ等を実施。最終的に、4つのテーマごとに、以下のような未来を描いたコンセプトムービーを作成し、デザイナーによる「デザインプロトタイピング」と、SF作家による「SF短編小説」がアウトプットされた。

「デザインプロトタイピング」と「SF短編小説」のプロットや世界観からバックキャスティングするなかで導かれた架空の社会と技術の変遷を、現在から2050年までの時系列に整理し、「未来年表」としてマッピングしている。

未来トレンド把握のためのリサーチ「DESIGN VISION」

最後に登壇した尾崎氏は、2010年ソニーに入社後、VAIO事業本部に配属、PCの商品企画に携わる。15年よりソニーモバイルコミュニケーションズに異動、スマートフォンXperia商品企画を担当、シンガポールの駐在を経験。帰国後、クリエイティブセンターに配属、さまざまなデザインプロジェクトのデザインリサーチを担当している。同氏から発表されたのは、未来トレンド把握のためのリサーチ「DESIGN VISION」だ。

従来は、プレリサーチ、ワークショップ(テーマ設定)、フィールドリサーチ、ワークショップ(整理、分析)、レポートというステップにてリサーチを進めていたが、2021年は「Sci-Fiプロトタイピング」を取り入れて、リサーチプロセスを変更。「Sci-Fiプロトタイピング」を経てアウトプットされたものの解釈を深めるためにワークショップを実施した上で、リサーチテーマを設定し、リサーチを行ったという。

尾崎氏「コロナ禍で、フィールドリサーチができなかったため、2021年のリサーチをどうするかと考えました。私たちは、SFは脳内にフィールドを起ち上げて旅する行為なのではと捉え、Sci-Fiプロトタイピングを実施。普段は先端事例から未来の兆しを掴むフォアキャストなアプローチに対して、バックキャストでのアプローチをとりました」

※クリエイティブセンターによるDESIGN VISIONの背景はこちらにもまとまっている|DESIGN VISION 2021 | Sony Design(ソニーデザイン)

クリエイティブセンターではリサーチしてつかんだトレンドに独自の名前をつけることで社内浸透をしようと取り組んでいるという。中には、メタバースもひとつのフィールドとして捉え、トレンドとして扱った。こうしてまとめられたレポートは、ミラノデザインウィークでの展示テーマやサステナビリティ説明会での内容にも反映されているそうだ。

CMFの検討にも活用されており、最近ではモーションキャプチャセンサー「mocopi」のカラーやマテリアルにもDESIGN VISIONのリサーチ内容が反映されている。

 

重要なのは、予測するより、思索することであると尾崎氏はいう。思索によって可能性の幅を広げてインスピレーションを与え、そこからなにをアウトプットするべきかを考える。従来のデザインリサーチの手法に、未来構想の手法を組み合わせると、新たな可能性が広がりそうだ。