ChatGPTの台頭をはじめとした、進化するAI

本基調講演では、視聴者がインタラクティブに参加できるよう、リアルタイムでアンケートを共有・回答し、プレゼンテーションに反映できる「Mentimeter」を使って進められた。

マエダ氏は冒頭、スター・トレックに出演していたミシェル・ニコルズという俳優のキャリアについて紹介し始めた。まだ、スタートレックがヒットする前、出演を辞めて別の活動を始めようかと考えていたミシェル・ニコルズが、「NAACP(全米有色人種地位向上協議会)」の集まりに参加した際、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア博士が「あなたのファンです」と言って現れたという。

「あなたのような自分たちに似た人が幹部として登場するので、スター・トレックは私が子どもたちに見せている唯一のテレビ番組なのです」とマーティン・ルーサー・キング・ジュニア博士に伝えられたミシェル・ニコルズは出演を辞められなかった。スター・トレックの人気の秘密は「包摂性にあった」と語り、これこそAIが苦手とする領域だとマエダ氏は言う。

まず、マエダ氏は「ChatGPT」の台頭によるAI環境の変化を、様々なウルトラマンが存在するウルトラマン・ユニバースに例えて説明した。

マエダ氏「初代ウルトラマンやウルトラマンレオなど、日本にはたくさんのウルトラマンが存在していますよね。以前から『AI』もウルトラマンのように多様だったと捉えています。

例えば、AIにも人間の持つ感情を表す『Fuzzy論理』があり、脳の神経回路を数理モデルで表した『ニューラルネットワーク』があり、『エキスパートシステム』を持ち合わせている。

大規模言語モデル(LLM)を使ったAIチャットボット『ChatGPT』の台頭です。この新たなAIは、異質で、強力なパワーを持ち、その限界が私たちにはわかりません」

このことについて、マエダ氏は「エキサイティングな映画が始まろうとしている」と喩え、従来のAIとの違いについて話を続けた。

マエダ氏「これまでのAIは、大量のデータを学習させて特殊なモデルを構築し、その精度を高めていく必要がありました。AIは構築に時間がかかるものの、1つのことしかできないという欠点を抱えていたのです。

例えば、たくさんある画像の中から猫の画像を見つけられるようにAIをトレーニングさせると、猫の画像は見つけられるようになる一方で、『犬の画像を探してください』と指示した時にエラーが発生してしまいます。

しかし、大規模言語モデルは、私たちがイチから学習させることなしに、AIを使えるようになりました。ここまで進化を遂げたAIを踏まえ、私たちはこれからのAIについて考え方を変えていく必要があります」

ChatGPTの「P」に込められた「事前学習済み」の意味

OpenAIが開発したAIチャットサービス「ChatGPT」について、マエダ氏は視聴者に一つの問いを投げかけた。それは「ChatGPT」の中で、どの文字が最も重要な意味を持っているかについてだ。

マエダ氏「残念ながら『C・H・A・T』という綴は、ここではあまり重要ではありません。『G・P・T』は、Generalized Transformer Pre-trainedの略です。『G』と回答した人が多いですが、注目してほしいのは『P』です。

『Pre-trained』とは、事前学習済みのことを指します。要は、準備万端であり、私たちがAIをトレーニングする必要がないのです。例えば、従来のAIのように『猫とは何か』『犬とは何か』を教えなくても、いわば箱の中から取り出すだけで済みます」

ここでマエダ氏は「夕食をどのように用意しているか」というアンケートを視聴者に送り、その回答に基づいてPre-trainedの解説を進めた。

マエダ氏「多くの人が『自分でつくる』と回答していますが、その分手間もかかりますよね。一方で『コンビニ弁当を買う』『レストランで食事をする』と回答している人もいます。これらは、あらかじめ用意された食事を食べるだけなので楽であり、いわばPre-trainedされた食事を食べることになります。

また、同じPre-trainedされた食事でも、例えばコンビニで販売されているお弁当と高級デパートで販売されているお弁当では、その質が異なりますよね。従来のAIが実現できる食事の質はコンビニ弁当に近いものでしたが、ChatGPTは従来のAIより質が高いように伺えます」

インクルーシブなAIを保つためには?

ただし、新たに登場したAIには一つ問題があると、マエダ氏は指摘する。なぜなら、Pre-trainedはどのようにトレーニングするかに依存するからだ。その理由を、「北海道のお弁当」を例に挙げて解説した。

マエダ氏「北海道のお弁当といえば、何を思い浮かべますか? 回答を見ると、イクラ、カニ、ウニなどの海鮮が多いですね。エゾ鹿、チーズなどといった意見もあります。

私たちは、多様な北海道のお弁当を思い浮かべることができますが、Pre-trainedされたAIは、そうはいきません。『北海道のお弁当=海鮮』と事前に訓練されている場合、和牛やチーズなどを使ったお弁当を排除してしまうのです。

北海道のお弁当をAIが包括的に捉えるためには、北海道には様々な種類の弁当があることをPre-trainedさせなければなりません。大規模言語モデル(LLM)がLarge Language Modelsを意味するように、Pre-trainedするサイズを大きくすればするほど、AIは包括的になります」

AIの課題である包括性。その課題を乗り越えるためのトレーニング方法について紹介した上で、マエダ氏は「AIは常に何かを見落とす可能性があります」と続けた。

マエダ氏「AIが社会に浸透していくにつれて、AIが排除するものも増えていく可能性があります。私たち人間は、それらに対して違うということを主張していかなければなりません」

AIが「より良い未来」をつくることを信じて取り組む

視聴者からAIにまつわる様々な質問が飛び交う中、マエダ氏はなぜアーティストや
デザイナーがこれらの新しいテクノロジーと向き合うことが大切なのか、その考えを共有した。

マエダ氏「AIに限らず、私たちは新しいものに対して常に恐れを抱いています。こういったAIの話を聞くと、とても怖く感じる人はいるかもしれませんが、私はそうは思いません。

科学者の仕事は、最先端をつくることです。アートとサイエンスの両方を活用しながら、新たな可能性を見出すことが求められます。一方で、アーティストやデザイナーは、それらの最先端に対して人類とつながる方法を見つけることが仕事です。だからこそ、これからのAIを考えることは重要な意味を持ちます」

すでにChatGPTをはじめとした新しいテクノロジーを理解しているのであれば、きっと新しいものを恐れることは少ないだろう。しかし「問題は、新しいものに対して、私たちは簡単に怖がることができてしまうことだ」とマエダ氏は指摘する。

マエダ氏「1990年代、私はコードを書ける数少ない人間の一人でした。アートやデザインも生み出せたのですが、変わったことをしていると見られ、みんなから仲間外れにされていました。脇に追いやられる中で、私は働き続けました。そして、計算やデザイン、アートが必要とされる時代が来たのです。

私たちが覚えておくべきは、人とは違う何かに挑戦しているときは、誰にも好かれないということです。もし、あなたがAIに新たな可能性を見出し、それに対して誰かがあなたをバカにしていると感じるのだとしたら、それが普通なんです。もしかしたら、その可能性に対して否定的な考えを持つ人が正しく、私が間違っているかもしれない。

でも、どうなるのかわからないからこそ面白いのです。新たな価値を生み出すAIが、未来をより良く変えることができるかもしれない。そう私は信じています」