女性に対する暴力およびDVに関して定められた4つのP

「女性に対する暴力と家庭内暴力の防止と撲滅に関する欧州評議会条約」は、暴力の防止、被害者の保護、加害者の免責の撤廃を目的とする国際人権条約だ。

2011年5月にトルコのイスタンブールで署名され、2014年に発効したことから「イスタンブール条約」という通称で知られる。2023年2月現在、45カ国とEUが署名している

条約の柱となるのは、12章(81カ条)より締結国に女性に対する暴力およびDVに関して定められている、以下の「4つのP」である。

①防止(Prevention):メディアや教育を通じて女性に対する暴力に寛容なステレオタイプをなくすために意識啓発を行い、被害者と関わる専門家を訓練すること。

②保護(Protection):保護命令や、シェルター・ホットライン・カウンセリング・医療・精神保健サービスなどにより、被害者や子、証人を保護する措置を講じること。

③訴追(Prosecution):女性に対する暴力およびDVへの刑法上の対応を強化し、精神的暴力、ストーカー行為、身体的暴力、レイプを含む性的暴力、強制結婚、強制的性器切除、および中絶・不妊手術の強制を犯罪化すること。

④政策(Policy)協調:締約国がNGOなどと協力して包括的・統合的な政策を推進すること――である。

イスタンブール条約の締約国は、身体的・性的暴力事件における加害者の捜査や訴追に関して、被害者による通報や告訴がなくても、あるいは告訴の取り下げがあっても、手続きを進められる。

また条約では、個人の暴力に対しても、国がその行為を防止、調査、処罰および補償するために責任を負うことを明確にしている。

イスタンブール条約の活動にかける想い

2022年11月、日本におけるEUの大使館である駐日欧州連合(EU)代表部と、女性の命と健康を守るための活動を行う国際協力NGOジョイセフは、「性と生殖に関する健康と権利」を意味するSRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)を国内で推進するべく、全4回のイベントを開催。

第2回のイベントでは、日本における女性に対する暴力をなくす運動、および世界中のジェンダーに基づく暴力を撤廃する16日間のキャンペーンの一環として、ジェンダーに基づく暴力やイスタンブール条約を取り上げた。

冒頭では、駐日欧州連合大使であるジャン=エリック・パケ氏(以下、パケ氏)が登壇。世界で起きている事件を踏まえ、活動に対する想いを語った。

パケ氏「これまで認められてきた権利でも、覆されたり、疑問視されたりする可能性があります。重要なのは、法を整備するだけでなく、社会全体が現状に目を向けて、法の中身についても議論していくことです。私たちは、人々が持つ権利を守るために、ジェンダーに基づく暴力撤廃の活動を日々続けていきたいと思っています」

その後は、イスタンブール条約の解説書を執筆しているサラ・デヴィド氏が、同条約について説明した。「本条約は、女性を暴力から守るための措置において最高水準であると思っています。本テーマにおいてはこれからも世界で議論していく重要性を感じています」と強調した。

イスタンブール条約を通して考える「日本の現状」とは

現在、欧州評議会からの「ぜひ批准してほしい」との声も踏まえ、日本は批准のための国会質疑が何回か行われているものの、まだ批准は実現していない。

しかし、日本はこれまでも女性差別撤廃条約や子どもの権利条約など、国際連合で採択された人権における条約を批准してきた。イスタンブール条約は欧州評議会の条約であるが、欧州評議会の非加盟国にも批准は開かれているので、元女性差別条約委員会委員長であり弁護士の林陽子氏(以下、林氏)は、「日本が批准することが大いに期待される」と言う。

ただ、批准するにあたっては「いくつかの懸念が存在している」と話した。

林氏「まずは、イスタンブール条約は被害者に対して統合的なアプローチをとっていること。例えば性犯罪があった際に、『強制わいせつ罪が成立しました』で終わる話ではなく、被害者にどのような救済があるのか?シェルターは利用できるのか?民事で損害賠償ができるのか?など、被害者への対応が細かく規定されています。そこが日本の刑法の立法のあり方と異なっているために、なかなか批准に進まないのでしょう。

また日本には、裁判ではなく、お互いの話し合いの上合意で解決する『民事調停手続』があります。相手が同意しない離婚については家庭裁判所の調停手続が必要になりますが、イスタンブール条約では『暴力が発生している事件については話し合いは禁止』されます。日本の法律と条約の考え方にずれがあることが、批准を妨げている要因だと思います」

林氏は他にも、DV法における緊急保護命令の規定がないことや性犯罪に関する刑法改正など、日本の法律がイスタンブール条約の水準に達していない点がいくつかあると語った。これらの懸念点を踏まえた上で、最後に条約の今後についての展望を語り、コメントを締め括った。

林氏「イスタンブール条約はヨーロッパで採択された条約ですが、言及されている内容は極めて普遍的なものです。欧州評議会加盟国ではないイスラエルやカザフスタン、チュニジアといった国が批准のための準備を始めたことが伝えられています。『女性に対する暴力の禁止』というテーマは、世界中で扱うべきものだという認識になっていくはず。これからも、『地球に住んでいる誰しもが守られる権利がある』ということを、訴え続けていきたいです」

林氏の意見を踏まえ、全国シェルターネット共同代表の北仲千里氏(以下、北仲氏)は、「日本の現状」について現場の視点から語った。

北仲氏「日本においては、『これはドメスティックバイオレンスではないのでしょうか』『どうしたらいいのでしょうか』などといった相談を受け止める窓口はそれなりに整っていると思っています。

逆に弱いのは、保護や被害者支援の部分です。現状は、被害者がシェルターに入りたいと申請しても、相談所側が措置をして決定しないと利用できず、ごく一部の深刻な緊急の被害者しか救えていません。

他にも『一時保護』の基準が明確ではない、シェルターには原則2週間しかいられないなど、様々な課題があります。『DVの被害者』と言っても、多様な人がいるはずです。身体的暴力はないが、精神的に追い詰められている人。ペットも一緒に連れて逃げたい、子供と一緒にいたい、仕事は辞めたくない人など。もっと、誰もが簡単に利用でき、個人に寄り添ったシェルターを増やしていく必要があります」

世界の暴力対策について思いを巡らせ、活動していく

三者が登壇した後は、UN WomenUNFPA一般社団法人SpringSRHRユースアライアンスなど、ジェンダーに基づく暴力の撤廃や、ジェンダー平等、SRHRの促進に取り組む国連機関や市民団体から代表者が参加し、それぞれの活動や思いについてプレゼンを行った。

イベントは、イスタンブール条約の理解を深めると同時に、条約を通して、日本におけるジェンダーに基づく暴力や、被害者保護等に関する法律や政策についての現状を伝える機会になった。