カネをめぐる調査報道の“空白”を埋める

Follow The Moneyは「経済や金融財政において不正を働き、社会に負の影響を与える人やシステム、組織」を調査するメディア。2010年にジャーナリストのEric Smit、Mark Koster、Arne van der Walによって創業され、ビジネスや経済、政治はもちろん、テクノロジー、教育、ヘルスケア、医療、環境など、あらゆる分野における“カネの流れ”を監視してきた。

政治家による不正な企業買収や製薬会社の独占取引、医療制度の悪用など、一度報道して終わりではなく年単位で追う。サイトではトピックごとの記事が「DOSSIERS(ファイル)」としてまとめられている。

Follow The Moneyの報道は、大臣の退任など実政治にも影響を与え、欧米の著名なジャーナリズムアワードを複数受賞している。丹念な取材と社会への貢献によって評判を高め、現在4万人の有料購読会員によってFollow The Moneyは支えられている。共同創業者の​Arne van der Wal​は「私たちは報道における“空白”を埋めてきた」と語る。

Arne「2008年のユーロ危機以降、パブリッシャーは物事を深く掘り下げる調査報道から撤退していきました。私たちはそれによって生まれた報道における“空白”を埋めてきたのです。

マイルストーンとなった記事は無数にあります。一つは2016年にオランダの地方銀行が小規模会社に売りさばいていた金融派生商品に関するスキャンダルです。国の財政大臣がFollow The Moneyの連載記事を国会で引用して問題提起し、調査につながりました。

2017年には、自由民主国民党の会長であったHenry Keizerを含む計4人が、不当な値段で企業を買収して利益を得た問題を取り上げました。結果的に会長の辞任につながり、Follow The Moneyはオランダで広く知られるようになったんです。

有料購読者のなかには『全部の記事を読んでいるわけではない』という人もいます。『週に一回しか読まないけれど、あなたたちがやっていることは社会にとって不可欠だから、支援する』と言ってくれました。そうやって私たちのTruth Finding(真相究明、真実の探究)に貢献してくれているのです」

飲み込みづらい真実こそ、伝える必要がある

Arneの発言に自然と出てきた「Truth-Finding」という言葉は、そのままFollow The Moneyのミッションでもある。

Follow The Moneyとは、「社会のために真実を見出す」という明確な目的を持ったジャーナリズム運動である。

ミッションのもと、時に読者にとって飲み込みづらいファクトや事実、真実を伝えるのも厭わない。一時的な「わかった」という感情に応えることは「Truth-Finding」の対極にあるような行為だからだ。

Arne「昨今、真実はオピニオンと同義になったと感じます。Follow The Moneyのコメント欄でも、自身の作り上げた物語を信じるために、記事を読み、あてはまる情報だけを取捨選択している人がいる。彼らは記事を読んで情報を得るのではなく、単に自分の意見が正しいと確かめたいだけです。そして私たちは決してそれを与えるだけの仕事はしたくないと思っています。

事実や真実というものは大抵の場合、どのような党派の人、どのようなオピニオンを持つ人にとっても飲み込みづらいものです。時には受け入れるのに抵抗を感じることもあるでしょう。けれど、それを伝えることこそ、私たちのような報道機関が公益のために果たすべき役割です。飲み込みづらい真実を伝えた結果、読者が私たちを嫌いになることも避けられないと考えています」

飲み込みづらい真実にたどりつくために、Follow The Moneyは徹底的にファクトを追う。そのために資金と時間を投下することも辞さない。

Arne「私たちはなるべく特定の党派に偏らないように報道しますし、事実を確かめるためのリサーチを怠りません。イギリスの哲学者Carl Popperのいう『反証可能性』にならって一つひとつの記述を複数人で批判的に見つめ、検証します。

その結果、1ヶ月のリサーチが9ヶ月に延長するようなケースもあります。それでも、リサーチに関わるメンバーには、文字数ではなく、日給か月給でフィーを支払います。腰を据えて報道に集中できる環境を整えるのです。もちろん支払えるお金はこれからもっと増やしていく必要がありますけどね」

また、報道のプロセスやメソッドについて、透明性高くあることも大切だとArneは言う。

Arne「できる限り、そもそも記者がなぜそのトピックを選んだのか、なぜ大事だと思うのか、どこで情報を得たのか、誰が言ったのか、裏にどのような利益関係があるのかを伝えるようにしています。

以前、各党の財政状況について報じるシリーズ記事を作ったとき。一つ目の記事として左派の集金方法について批判する記事を公開したら、読者に『左派だけ批判しているが、右派はどうなのだ』というコメントがありました。当然、右派の記事も用意していたし、決して特定の党を批判することを目的とした記事ではなかった。けれど、読者にそれは伝わっていなかったんです。

ジャーナリストは『わざわざ背景を説明しなくても、文章を読めば明らかな状態が理想』だと教わってきたかもしれません。けれど、その理想は、読者が記事を読んで事象を理解するにあたっては役に立たないケースもある。時間も手間もかかりますが、言葉を尽くし、背景を説明することが求められる場面もあるのだと思っています」

現状を憂うメディアがいる限り、調査報道は終わらない

丁寧に検証と説明を重ねる報道によって、Follow The Moneyは着実に支援者を増やしている。特に2020年以降は、コロナ禍で「ニュースを求めている人が増えたこと」で、有料購読者は急増。2021年の収益は2,804,292ユーロ。2021年のファイナンシャルレポートによると、昨年比50%の増益(収益のうち89%は有料購読料、それ以外は補助金や寄付が占める)純利益も10%と、次年度に向けて投資する余裕も生まれている。

Arne「私たちは一日一記事程度しか公開しませんが、他のメディアがわざわざ追いかけない物事をしぶとく追い、圧倒的に良いストーリーを出します。また、ストーリーテリングやビジュアライゼーション、データリサーチにも人や資金を投資しています。質の高い報道によって私たちは読者から信頼を得てきた自負があるのです。

立ち上げから12年は本当に大変でしたが、私はプロセスと結果を誇りに思っています。そして何より、他の国でも同じことができるはずと信じている。もちろん日本でも同じです。現状を憂う市民がいる限り、人々は必ず質の高い報道を求めている」

Arneは最後に「大切なのは人々の感情がスパークするような優れたストーリーを語ること」だとも付け加えた。そうすれば人々は価値を感じ、「Netflixとさして変わらない購読料」を払ってくれるはずだ、と。

ときに飲み込みづらい真実の提示と、優れたストーリーテリングの両立は容易ではないだろう。読者の一時的な快の感情を満たしたり、すでに「わかっていること」を確認したりするだけではなく、感情をスパークさせるストーリーとはどう実現できるのか。また別の機会にじっくり話を伺ってみたい。

今日も世界では「なぜ?」と問いたくなる複雑な事象が次々と起き、明解な理由や説明を求めて極端な考えに惹かれていく人もいる。Follow The Moneyのような安易な「わかった」という快の感情に安住させないメディアは、Netflixの人気ドラマのように大勢が好むものではないし、嫌う人もいるだろう。だが同時に、現状を憂い、社会をより良くしたいと望む人々にとっては、より一層必要とされていくはずだとも思う。