世界各地のコントリビューターから届くストーリーの集積

LOST Magazine』は、世界中のコントリビューターから届く、旅にまつわるパーソナルなストーリーを掲載する旅行誌だ。異質な環境のなかで、彼らが何を考えたのか、内面にフォーカスした記事が並ぶ。

スイスでの登山体験から考えた山と文学のつながり、スペインからアメリカに帰国して出会ったカルチャーショック、インドで得たエクストリームな体験などが、英語と中国語で綴られている。

日本の奈良を訪れたJohanna Tagada氏のコラムにはこんな気づきが綴られている。

古い書物のページをめくるたび、心地よいリズムとともに、途切れることない学びを感じた。故郷のアルザスから遠く離れた図書館に座っているだけなのに。

私は何を求めて書物をめくっているのかわかっていなかった。けれど、必ず見つかるはずだという確信が持てた。自らをメタに見つめ、外部から切り離され、安心した感情を得られた。これは、賑やかなヨーロッパの街では得られなかったはずだ。けれど、この私の中に確かに芽生えた豊かな感覚は、そこへ持ち帰れる感情だと思った(筆者訳)

『LOST Magazine』の制作に携わるのは、世界各地にいるコントリビューターと2、3人の翻訳メンバー、そしてNg氏さん。フルタイムで携わっているのは彼のみ。編集会議のようなものも存在せず、一般的な旅行誌のように、特定の地域やテーマにまつわる特集を設けることもない。

Ng氏「一つひとつの号は、異なるパーソナルストーリーの集積に過ぎません。ただ、毎号の冒頭と最後に掲載している詩が、その号のテーマに近いかもしれません。そこにあるストーリーから、読者に何を感じて欲しいのか、彼らと視点を共有できればと思っています」

旅はコンフォートゾーンから抜け出す機会

旅行とは、まったく異質の環境に自らをさらし、落ち着かない、居心地の悪い想いをすることだ

ウェブサイトのAboutページに綴られている通り、『Lost Magazine』では、旅で体験する“居心地悪さ”の価値を伝えていきたいという。

Ng氏「有名な観光地を訪れ、お土産を買うことが旅行のすべてではないと伝えたかったんです。以前、中国から日本まで船で一人旅をした際、地理も言語もわからず、なかなか居心地の悪い想いをしました。しかし、帰ってきてから、私が旅行前に比べ、大きく成長したと感じたのです。そのとき、『LOST(失われた、道に迷った)』という雑誌の名前が浮かびました。

ルーティーンに沿って、居心地の良い日常を送っていると、周囲の環境や、関わっている人たちを、客観的に見つめるのは難しくなってしまう。

旅行は、異なる環境で居心地の悪さを感じさせることで、私たちがコンフォートゾーンから抜け出し、それを外側から見つめる機会をくれます。その価値をより多くの人と共有できればと思っています」

先日からオランダに滞在し、たまにブログを書いている。つい見応えのあった博物館や美味しかったレストランなど、きらきらした体験を書きたくなる。旅に出ているからには楽しんでいなければと、どこかで思い込んでいたのかもしれない。

今週末は、居心地の悪かった体験を思い出しながら、なぜ私はそう感じたのか?を振り返ってみたい。私自身や育った社会に対し、新たな視点が得られるといいなと思う。