日本の働き方やワークプレイス変革に向けた知見を共有するフォーラム『WORKTECH19 Tokyo – Unwired Ventures』では、オランダのワークプレイス戦略コンサルティング企業『Veldhoen + Company』のIolanda Meehan氏が登壇。日本のオフィスひいてはワークスタイルを、個人と組織、双方にとってより良い方向へ変革していくためのヒントを共有した。

時間と場所の縛りから組織を解き放つ『ABW』

Meehan氏の所属するVeldhoen + Companyは「Activity-Based Working(ABW)」を初めて提唱した企業として知られる。ABWは、働く人が仕事内容に合わせ、時間や場所を自由に選べる働き方を指す。以下がVeldhoen + Companyによる定義だ。

ABWは、組織のカルチャーや戦略、ビジョンに沿った形で、人々がより効果的に働く方法を再考するための媒介(catalyst)です。チームのコラボレーションのあり方を改善し、オーセンティックな関係性を育み、変革を促進し、優れた才能を惹きつける。ABWはそのためのアプローチです。

組織や戦略、ビジョンに沿って、個人と企業にとってベストな働き方を設計すること。そのための場を構築するのが彼らの仕事だ。

例えば、オランダの保険会社Interpolisでは、保険のネガティブイメージを払拭するため、「明白な、澄み切った」をテーマに新オフィスを設計した。個人デスクは必要な社員にのみ設置、上層部のフロアは一階に移動、在宅勤務を一部許可するなどの施策によって、オフィス面積は45%も節約でき、固定費を24%も減らすことに成功した。

このオフィスが設計されたのは1996年、現在InterplolisはABWを初めて導入した企業として知られている。

2014年に手がけたオーストラリア行政機関の事例では、組織に対するエンゲージメントの向上、オペレーションの改善を掲げて、オフィスをリニューアルした。仕事内容に合わせて自由に移動できる環境を整え、離職率は13%から7%に減少。新しいオフィスで働き始めてから「より生産的に働けている」と答えた従業員は68%に上る。

柔軟さに欠ける日本のオフィス

Meehan氏は、日本企業がABWを取り入れることで得られるメリットを、オフィスにおける柔軟性の低さから紐解いていく。

Meehan氏「日本のオフィスで働く人は、1日のうち75%もの時間を机で過ごしています。これは他国の平均を上回る数値です。

日本では、小学生の頃から1つの机が割り当てられ、じっと座って勉強するよう指導されますよね。卒業してからも、あらゆる仕事をオフィスの机の上で取り組む。けれど、知的労働者は1日平均10.2種類の異なるアクティビティを行なっているといわれています。それらはすべて机で行うのが最適解なのでしょうか?

普通の家を考えてみると、歯磨きや家族との対話、食事をすべてベッドの上で行う人はいません。アクティビティに合わせてベストな環境が用意されていますよね。けれど、なぜかオフィスは全てのアクティビティを1つの場所で行うべき、という前提で設計されているのです」

仕事の内容や個人の性格、その日の体調によっても、いつどこでパフォーマンスを発揮できるかは異なる。いつも同じ時間に同じ机の前に座らなければいけない状態はたしかに効率的とは言えないだろう。

また、Meehan氏の考えるアクティビティには、休憩や雑談の時間も含まれる。「お仕事ロボットでもない限り、ずっと作業をし続けることは不可能だから」だ。

その日の仕事内容や体調に合わせて自由に働く場所と時間を選ぶ。必要に応じて、適度な休憩や雑談を挟み、ベストなコンディションを維持する。そんな働き方が日本で広がれば、たしかに今よりも健やかに働ける人は増えそうだ。

チーム間の「信頼」を育み、主体的な個人を増やす

しかし、そのためには、単に休憩するスペースを用意したり、リモートワークを許可するだけでは不十分だとMeehan氏は考えている。オフィスに全員が集まっていることを前提とした仕事の進め方では、ABWを取り入れても、むしろ組織の生産性が下がってしまうからだ。とりわけ日本においてはより一層注意が必要になる。

Meehan氏「世界と比較すると、日本のリーダーはよりauthoritative(権威的)』な傾向にあります。しかし、一つひとつの意思決定はチームの合意にもとづいて行う。つまり、リーダーを含め、チームメンバーは互いに合意を得なければ物事を前に進めづらい。

この状態でABWを導入した場合、メンバーの合意形成に時間がかかり過ぎてしまいう可能性があります。リーダーとメンバー、メンバー同士が信頼関係を育み、一人ひとりの意思決定の範囲を広げていくことが重要です」

Meehan氏によると、日本では「組織に信頼されている」と感じている人の割合も諸外国に比べて少ない傾向にあるという。時間や場所に縛られない働き方のためには、この「信頼」の構築が第一歩になりそうだ。

しかし、「信頼」の定義は人によって異なる。ABWを取り入れる上ではどのような信頼の形を築いていく必要があるのだろうか。Meehan氏は米国の研究者ブレネー・ブラウンが提唱した『Anatomy of Trust(信頼の解剖学)』から挙げる。

  • Boundaries…相手の許容範囲を理解し、尊重する
    Reliability…約束を守る。できない貢献は約束しない
    Accountability…失敗をした際に説明責任をもつ
    Vault…共有された秘密を守る
    Integrity…短期的に楽しい道より正しい道を選ぶ
    Non-judgement…助けを求めたり、失敗した際にジャッジしない
    Generosity…性善説に則って相手の行動を評価する

こうした要素を含む「信頼」の構築は、柔軟な働き方の実現の先にある目標、働く人のエンゲージメントを高める上でも有益だ。

Meehan氏「日本企業は他の先進国に比べ、従業員のエンゲージメントが低いことで知られています。

この調査結果の元になった質問は大きく4つです。会社についてよく思うか、ビジョンに共感するか、ナレッジを同僚と共有しようと思うか。そして、4つ目の質問が『組織から信頼されていると感じるか』でした。

組織における信頼の質を高めていくことは、ABWをワークさせるためだけでなく、従業員のエンゲージメントの向上にも寄与するはずです。働く場所と時間の変革は、組織におけるリーダーシップや信頼について再考することと密につながっているのです」


(ブルーネブラン氏が『Anatomy of Trust』を解説している動画)

近年は、政府も「働き方改革」の一環として、時間や場所に囚われないワークスタイルの実践を後押ししている。今年も7月24日に、一斉にテレワークを行う「テレワーク・デイズ2019」を実施予定だ。

しかし、Meehan氏が指摘した通り、組織の信頼関係にまつわる課題を一つずつ解きほぐしていかなければ、柔軟な働き方の恩恵は得られない。

それはきっと、丸一日テレワークを試してみるよりも、複雑で時間のかかる営みだ。けれど、会う度に上司の愚痴をこぼす友人を前にすると、組織における信頼の質を高めていく試みは、きっと企業も個人も、腰を据えて取り組むべき課題のように思うのだ。