オフィスの役割を捉え直す

2018年12月14日、オフィスの役割を再考するイベント『RETHINK by RETHINK vol.1「オフィス再考」』が『RETHINK CAFE SHIBUYA』にて開催された。

本イベントはTokyo Work Design Week オーガナイザー/& Co.代表取締役 横石 崇さんが主催し、ゲストには建築設計事務所SUPPOSE DESIGN OFFICE 共同代表 吉田愛さん、株式会社ツクルバ 代表取締役 CCO中村真広さんのお二方を迎える。

吉田さんは、自社のスタッフのための食堂でありながら一般の人も利用できる飲食店『社食堂』や「働くことを考えることは、休むことを考えること」をコンセプトにしたコーヒースタンド『BIRD BATH & KIOSK』の企画設計など従来の建築事務所のイメージから離れた取り組み数多く手掛けている。

中村さんは、会員制のシェアードワークプレイス『co-ba』やスタートアップのためのオフィスサービス『HEYSHA』を運営。デザイナーがともに働くクリエイティブチーム『tsukuruba studios』を自社で持ち、メルカリをはじめさまざまな企業のオフィス空間を手掛けてきた。

働く場を拡張する活動を行う面々が、自身の取り組みやオフィスのあるべき姿について語った。

自然発生的なコミュニケーションが生まれる場

トークセッションのはじめに、横石さんから、「オフィスづくりで大切にしていることは?」という問いが投げかけられた。

中村さん「経営者としてオフィスに求めるのは、会社のアイデンティティを表現する場所であるということ。会社概要がどんなにうまく説明できて、聞いている人が理解できても、会社のコアの雰囲気は体では感じられない。頭で理解するのではなく、体感できるオフィスがいいし、それが表現されるオフィスは素敵だと思っています」

深く頷きながら中村さんの話を聞いていた吉田さんは、現在東京にある事務所を作る上で大切にしたことを例に出しながらオフィスづくりの大切さを語る。

吉田さん「自社のオフィスを”開く”ことで、どこか小難しい建築業界のイメージを変えたいと考えていました。その姿勢を見せる場所として、自社のオフィスに『社食堂』を作ったんです。

『社食堂』とオフィスは間仕切られることなく同居しています。ランチの時間は働いているはずのスペースも食堂になるし、打ち合わせがはじまると会議室になるし、絵を飾ったらギャラリーになる。

空間の役割を固定せず、どう使われるかによってそのスペースの名前が変わるような設計をしています。空間の奥行きを意識して設計することで、それを実現しているんです」

『社食堂』 撮影:伊藤徹也

中村さん「半開きなオフィスは増えるといいですよね。閉じた場所で働いていると、新しい情報を得たいときには自ら外にでなければいけない。半開きであれば、外から新しい情報が入ってきて、自分を広げやすいと思うんです。若干ノイジーではあるんですけど」

吉田さん「間を仕切らない曖昧な空間を作っておくと、自然発生的なコミュニケーションが生まれる可能性につながりますよね」

中村さん「あとは、交流しやすい場所でありながら、しなくてもいい環境を担保すること。利用者が選択できる余白とは大切だと思います」

境界を捉え、暮らしの解像度を上げ、新しい価値を見つける

『12SHINJUKU』リビング、ダイニング、キッチン

オフィスの役割は仕事場だけにとどまらなくなってきている。吉田さんが手掛けた「暮らし方を自由にするオフィス」である『12SHINJUKU』からも仕事と生活の垣根が溶けているのが伝わってくる。

吉田さん「オフィスに暮らしの要素が入ることで、選択肢が増えて、時間を有効活用できます。たとえば、オフィスにこどもが滞在できる環境があることで、通勤や休憩中にこどもとも触れ合う時間を確保できる。家と働く場の間を模索できる場があることで、その人にあった自由な生き方が可能になると思うんです」

『社食堂』『12SHINJUKU』などSUPPOSE DESIGN OFFICEが手掛けるオフィスはどれも仕事と生活の境界線が曖昧だ。その理由を吉田さんは次のように語る。

吉田さん「境界をなくすことで新しい価値を生むと思うんです。たとえば、紙に一本の線を引くとその線の左右をわけて見てしまう。でも、その線がすごい太かったら、一本の線じゃなくて、左右とは違う領域として捉えられる。

あるいは、白黒つけてよという言葉がありますが、白と黒の間には多様なグラデーションのグレーがある。そういうところに新しさがあると思うんです。今いる場所とは別の奇想天外なところから新しいものを生み出すのではなく、今あるものをよく見つめることで新しい何かは見つかる。二項対立で物事を考えない方がおもしろいと思いませんか」

境界を生むもの自体を捉える。新しさを日常の外に探すのではなく、暮らしの解像度を上げて見出す。この視点はオフィスのあり方に限らず、生活を豊かにしていくために有効な視点かもしれない。

空間と時間と人間の”間”

最後の質疑応答では、参加者より「現在、働く場所の呼び名としてオフィス、ワークプレイスがある。次はどんな言葉が生まれるのでしょうか?」という問いが投げかけられた。吉田さんは、自身が求める場について語る。

吉田さん「”play”みたいな名前が付いている場所で働きたいです。”遊ぶ”や”スポーツをする”などいろんな意味を内包している言葉。私にとって働く場所はいろんなものが混ざる場所であってほしい。混ざり合うことは新しい価値を生んでいくと思う」

中村さん「難しい質問ですね。コミュニティとかムーブメントの話になっていく気がします。一つの働く場所に集う形ではなく、思想とかビジョンに集う形というか」

横石さん「”間”が入るのかなと思います。今日のイベントは空間と時間と人間の話をしていたと思うんです。そこに共通するものは“間”。日本人の身体感覚しても相性がいいと思うので、これからのオフィスを考えるヒントが”間”にあるんじゃないでしょうか」

質疑応答が終わり、横石さんはゲストの二人に「今回のイベントを通じて考えたこと」を尋ねる。

中村さん「仕事と暮らしの境目を曖昧にしていくのは自由だと思いつつ、まだまだ境目を自分で作っていることはたくさんあるので、どう自覚していくか考えたいです」

吉田さん「楽しむことや休むことがよりいい仕事につながり、生き方にも影響していく。だからこそ、自分が仕事に求めるものがなにかを定期的に考えたいと思いました」

今回のゲストの取り組みは、働く場を既存の視点とは別の角度から捉え、仕事と生活の境界を溶かすものだった。境界が溶けたところには、生活を豊かにする可能性が流れている。

イベントが終了して、会場に残ったゲストのもとには、参加者が集まり、自身の意見や悩みを共有していた。話される内容はオフィスのあり方から自身の働き方まで、多岐に渡っている。

「これからのオフィスが担う役割は、働く人の生活を豊かにしていくこと」会場の様子を眺め、そんな言葉が想い浮かんだ。