ホフマンは、個人と企業の互恵的な提携関係“アライアンス”を提唱した。終身雇用でもなく、社員を「取替え可能な資産」として扱うフリーエージェント型雇用でもない、第三の選択肢。

アライアンスにおいて、企業は社員の成長のためにリソースや機会を提供し、社員は企業の臨む成果のために時間と労力を提供する。

全社員に一律で適用される雇用契約ではなく、社員一人ひとりに応じて、目標やコミットメント期間を設定するアライアンスによって、企業と社員は信頼関係を築き、両者が最大限のパフォーマンスを発揮できると、ホフマンは述べた。

さらに、この信頼で結ばれた関係は、社員が企業を去った後もゆるやかに続く。卒業生の活躍は企業のブランディングに貢献し、企業イメージの向上は卒業生のレジュメの価値を高めてくれるからだ。

「個人」と「企業」は、より柔軟に、末長く続く互恵関係を繋いでいく。ホフマンの描いた新しい雇用の形は、2015年、働き方改革前夜の日本でも大きな話題を呼んだ。

アライアンスを体現したLinkedInの会社ページ

『アライアンス』の出版から早5年、ホフマンが創業した世界最大のビジネス特化型SNS「LinkedInは、彼の綴ったビジョンを、具体的な機能として形にしようとしている。2018年11月に「会社ページ」のアップデートを発表したのだ。

LinkedInには、個人のプロフィールページだけでなく、企業が情報発信をする「会社ページ」がある。多くのページのタイムラインには企業の最新情報が並び、別のタブに会社の概要や求人が掲載されていた。

従来の「会社ページ」は、国内の求人情報サイトとさして変わりないように聞こえる。今回のアップデートによって何が変わるのだろうか。どのように“アライアンス”の思想が体現されているのか、主要な2つの機能を紹介したい。

個人を巻き込んだ企業のストーリーづくり

1つ目は、従業員や顧客が会社ページにメンションした投稿を、タイムライン上でシェア、コメントできる機能だ。

世界最大のPR会社Edelmanが2018年に発表したレポートによれば「企業のトップよりも従業員が発信する情報の方が信頼できる」と答えた人は71%に上る。一方的な広告を嫌う人が増えている昨今、企業が顧客から信頼を得るためには、社員を的確に発信へ巻き込んでいく必要がある。

社員にとっても個人名義で、自身の考えや経験を発信・蓄積できる機会は重要だろう。社内だけでなく、社外に向けて携わった仕事の成果や実績を発信することによって、退職後に活きる評価を蓄積できるからだ。その評価は企業自体のイメージにも影響する。

日本では個人アカウントと所属会社がわかる形での発信を禁じる企業もあるが、より長期的な互恵関係を目指すのなら、個人の発信を抑えつけるより、むしろ積極的に後押しする方が得られるメリットは大きいのではないだろうか。

社員の「ネットワーク情報収集力」を高める

従来の「会社ページ」では、ユーザーの行動履歴にもとづいて「おすすめの求人」が表示されていた。しかし、今回のアップデートによって、「おすすめの社員プロフィール」 や「社員ブログ」が表示されるようになった。

LinkedInによると、会社ページに訪問する求職者の約40%が、自分と近い職種の社員を探し、個人のプロフィールにアクセスするという。自社の社員を見つけやすい状態を整えておくことで、求職者がその企業に関心を持ち、応募にいたる確率は上がるだろう。

会社ページにアクセスした求職者と社員がつながることで、新たなネットワークが広がっていく可能性もある。新たなつながりは、企業だけでなく社員にとっても資産だ。『アライアンス』においても、社員のネットワーキングを支援する重要性について、次のような言及がある。

会社は社員に仕事上のネットワークを広げる機会をつくって彼らのキャリアを一変させるサポートをする。社員は、自分のネットワークを使って会社を変革する手助けをする。まさに会社と社員の提携関係だ。

社員と求職者、顧客のコミュニティを促進

会社ページの管理画面上で、業種や職種、居住地ごとに、エンゲージメントの高いトピックを検索する機能も追加された。これにより、企業は社員や求職者、顧客が関心を持ちやすいトピックを投稿し、互いの交流を促すことができる。

なぜ採用にコミュニティが求められるのか

「会社ページ」のリニューアルにあたって、LinkedInは以下のようにコミュニティの重要性を述べている。

あらゆるビジネスの成功の核となるのはコミュニティです。コミュニティの構成員である従業員、パートナー、顧客、求職者との接触によって生み出される輪が、企業の成長を支えるでしょう。

“構成員”には、その企業を退職した人々も含まれる。例えば、中国の巨大テック企業「Alibaba」は、毎年本社に退職者(彼らは“卒業生”と呼ぶ)を招き、大規模なアラムナイイベントを開催している

コミュニティの構成員との「接触」を増やす地道な努力が採用、ひいては事業戦略において重要な要素になることは間違いない。LinkedInの発した言葉からは、その変化にいち早く対応しようとする意識が伺える。

コミュニティが重視される背景には個人と会社の関わり方の変化がある。正社員以外にも、業務委託で特定のプロジェクトに携わる、副業として週末の数時間だけ仕事を手伝うなど、個人が会社にコミットする方法や期間は、多様かつ流動的になっている。

そのなかで企業へのエンゲージメントを高めるには、正社員だけではなく、フリーランスや副業ワーカーなど、社員以外の“構成員”にもコミュニティを開き、思想や価値観への共感を生み出していく必要があるだろう。

国内で進む、企業と『個』の新しい関係の議論

「個」の時代が到来すると共に、企業と個の関係性が変わってきている。LinkedInの新しい動きも、そのことを象徴している。

昨年、企業の“ストーリー”を発信するプレスリリース配信サイトを運営する『PR Table』は、「企業と『個」の新しい関係構築」をコンセプトにカンファレンスを開催した。

その概要文で、企業と個人の関係の変化に言及した箇所がある。

企業と個人とのコミュニケーションが手軽になり、一気に多様化しました。さらに、AIをはじめとするテクノロジーの進化は、企業活動のあり方を大きく変えていくでしょう。労働市場の移り変わりも大きく、企業と「個」の関係性はどんどんフラットになっています。

フラットになるからこそ、会社と個人の間でどのような関係性を結ぶのか、“Personal Relations”が、企業に価値をもたらすPRに不可欠になる。採用活動やインナーコミュニケーションも広義のPRとするならば、彼らの提案はLinkedInの掲げるビジョンと、重なる部分があるように思う。

個人と企業が、柔軟かつフラットな関係性を、長期的につないでいく。それが当たり前になれば、きっと今よりも自由に働き方、生き方を選べるようになるはずだ。

もちろん、自由には責任と“選ばなければいけない”プレッシャーが伴う。しかし、とある調査によると、「所得」や「学歴」より、「選択の自由」の方が、日本人の主観的な幸福度を左右していることが明らかになっている。

与えられた条件のなかで、納得できる最適解を信じ、それを正解にしていく。そんなふうに仕事を捉える人が増えた日本は、今よりも少し明るくなっているはず。会う度に「仕事を辞めたい」と言う友人の顔を思い浮かべながら、そんな期待を抱いた。