日本の一次産業の中でもっとも未来が見えないのが「漁業」だ。高齢化が進み全国の漁獲量が落ち続けてる。秋田に暮らす私にとって、漁業はなかなか語りづらい。

友だちが秋田に遊びにくると「海に近いから魚が美味しいはず」と期待してくれる。もちろん、美味しい魚はある。

でも、漁師の知り合いから話を聞くと「これからも、この魚を食べ続けられるだろうか?」と不安になるのだ。

「ノルウェーでは、漁師が一番人気の仕事だよ」

ある日、知り合いの研究者からこんな話を聞いて、俄然興味が湧いた。すぐに本を買いあさり調べ上げると、どうやら本当らしい。なら、ノルウェーで漁業はどう教育されているのか?ノルウェーの人々は海のことをどう思っているんだろう?

僕は、秋田の海洋高校と付き合いがあり、東京のような大都市ではなく、秋田のような地方都市と同じくらい田舎で漁業を教えているノルウェーの高校に行ってみることにした。

訪れたのは、ノルウェー第2の都市、Bergenから車で1.5時間+フェリーで35分のところにあるAustevoll。この小さな島には、現在5000人が暮らしている。小さな街ではあるけど、島にある海関連の会社はなんと800社。

世界トップクラスのOffshore船舶(油田開発用の船の製造)では従業員が7000人を超えていたり、サーモンの養殖で卵の産卵、孵化から加工、出荷まで手がけるノルウェーで1番大きな養殖事業者でも2000人の従業員が世界で働いてる。

もともと、小さな船でニシン漁をはじめた1人の漁師がはじめた事業が100年かけて世界的な企業になっているという。

持続可能な海洋資源管理に取り組む高校を訪れて

そんな島にあるAustevoll Vidaregåande Skule は、持続可能な海洋資源管理に取り組む高校。学生数はCollegeまで含めて200人で、秋田の男鹿海洋高校と同じサイズ。決して大きいとは言えないけれど、どこまでも深みのある教育システムがあった。

Austevoll Vidaregåande Skuleでは、2年間学内で海洋資源管理や航海・機械整備などをコースに分かれて学び、その後2年間は企業で経験を積む。企業での経験後は、学内にあるTechnology Collegeで2年間のコースを受ければDeck1+というインターナショナルライセンスを取得し、どんなに大きな船でも船長になることができる。

同校のVivian校長がこの学校でもっとも大事にしている考え方は「実践に基づいた学習」。1年生から地域企業を毎週1社訪問することにはじまり、年に4-5週間は企業での実施経験を、3年からは2年間の現場で経験を積み、Technology Collegeに進学しても企業でのインターンは続く。企業は学生を受け入れることに積極的で、学生の学びに資するのであれば、学校への寄付をいとわない。

寄付金額も膨大。昨年、実習船のリニューアルを実施するにあたり、1.2億円必要になった。学校の予算ではもちろん足りないとわかり、地域企業に寄付を要請したところあっという間に4000万円集まり、今年からは最新設備を備えた実習船になった。

では、残りの8000万円の資金はどこからきたのか?そこもノルウェーの高校独自の仕組みがある。

産業と学校の連携による人材育成

海洋資源管理を徹底するノルウェーでは、魚の品種ごとに割当量(quota)が決まっている。このquotaが学校にも割り当てられており、サバだけで年間75トンを漁獲している。地域の漁船も協力して、釣った魚を学校に寄付している。そして、この売上はすべて学校予算になる。日本では学校で利益を上げることなんてできない。でも、ノルウェーでは魚の売上はすべて教育の充実に向けて利用することができる。

養殖専門のRoy先生は、毎年祖国のスコットランドの養殖場に学校予算(150万円くらい)でクラスの学生を連れていくそうだ。学校内のコンピュータールームには航海シュミレーター用のPCと巨大モニター6台のセットが12台、それに部屋をまるまる使った巨大航海シュミレーターも2年前に購入。ソフトでもハードでも取り組めることがあれば、なんでもチャレンジする貪欲さがある。

授業に出ていた学生にインタビューをさせてもらった。ちょうど、5週間のタラ漁船(トロール船)でのインターンを終え、成果発表をしてくれた20歳の学生。彼はノルウェー北部の出身。祖父が漁船をもって漁師になり、今は家族に加えて10人を雇用して漁をしてるそう。

「親から漁師になるようプレッシャーをかけられたことはないよ。小さいころはなりたくないって思ったけど、やっぱり親父がやってる仕事はかっこいいと思えた。別に高校いかなくて仕事は続けられるけど、キャプテン(航海士)になりたいって思ったんだよね。だから、ここで学んで、また実家で漁師として働くよ」

漁師は儲かるゆえ、ノルウェーでは人気な職業。気負うことなく、実家を継ぐというあたりがとても自然体だった。

もう1人は、地域で世界トップレベルのサイズを誇るサーモンの養殖に取り組む企業でFeeding(サーモンへの餌やり)のチーフとして働く24歳の男性へインタビュー。仕事環境が特殊で、特大スクリーン6つに養殖場のいけすの中にあるカメラの映像が映し出され、ゲーム機のコントローラーを駆使して、適切な量の餌を画面を見ながら撒く。養殖の現場とはかけ離れたコンピュータールームで7人のチームを率いる彼はこの高校の卒業生だ。

「実家がこの町で、祖父が今働いてる会社を作った人なんだ。やっぱり家族がいることが、この町に残ることになった大きな理由かな」

地元企業が若い世代も働きたいと思える仕事を作るべく、高校と連携して資格を作ったり、専門性を高めてクリーンな作業に変えていく。徹底した合理主義による取り組みが見て取れる。北欧の理路整然とした論理と戦略が見える。

労働環境さえよければ、人はきっと集まってくるのではないか。「今、ちょうど人が足りていなくて。日本からでもこの仕事はできるから、よかったら一緒にやろうよ」と誘われた。平均月収が60万円を超えるノルウェーで、この仕事には少し興味が湧いてしまった。

漁業を持続可能にし、将来につなげる

ここまでの取り組みがどうしてできたのか?Vivian校長やRoy先生に聞くと、やはり大変な時期があったのだと教えてくれた。

「5000人の小さな町。誰もが互いの素性をしっているから、いつでも協力しあえるのがこの町のいいところ」

「養殖や漁業が今こそ儲かるようになっている。でも、ピーク時に12万人いた漁師も1万人まで減った。厳しい時代にたくさんの衝突があった中で、今の状況がある」

ロシアとドイツという大国に挟まれた人口500万人の国。生き残るための道筋を真剣に考え続けた結果、海に囲まれた立地を活かした産業を軸にしてきた。ノルウェーの特筆すべきことは、産業を適正規模で”留められる”こと。

今の利益を最大化するなら、ノルウェーの漁船の能力があればもっとできる。でも、将来世代に渡って魚を取り続け、かつ高い利益を維持するためには、これ以上漁師を増やせない。1万人以上に漁師を増やさないことで、漁業を持続可能にしている。

それでも、地域に雇用を生み出すには産業が必要だ。フィヨルドの地形により海が荒れないことを利用して、サーモンやサバの養殖に取り組んだ。ノルウェーの海岸沿いすべての地域で養殖は取り入れらた。直径600m、外周が2kmほどの巨大ないけすが内海には広がり、多くの雇用を生み出した。

養殖業は海洋汚染と隣合わせ。いくら大規模であろうと、魚をある範囲の中で大量に養殖すれば海は汚染される。これ以上拡大すれば、汚染が進んでしまう。そこで、養殖業も打ち止めにする。将来世代に渡り、持続可能な養殖業にするために、自然に負荷をかけ続けてはならない。

漁業にノルウェーは囚われれない。漁業、養殖業ときて、次の産業として選んだのが”こんぶ(kelp)”。海を綺麗にしつつ、二酸化炭素を固定し、昆布自体は医療への活用、肥料にもなる。養殖業に並行して展開することで、自然をより持続可能にしようとしている。この”留まる”こと、自然の持続可能と、先の産業を描くしたたかさ。考え続けきたノルウェーの戦い方に、小さいからこそ動きが早く取り組める強さをみた。

日本の漁業も変えられるはず

時間がなくて、日本の漁業のプレゼンはできなかった。ただ、ちょっと安堵したのも確か。これだけ進んだ取り組みをしている高校に、日本からなにを提供できるだろう?すると、Vivian校長は「必ずそこに学びはある」と教えてくれた。

「日本に関心を持っています。課題があって、変えようと取り組んでいることに興味があります。課題へのアプローチを生み出すアイデアや視点には、設備や制度の充実とは関係なく、普遍的な学びがあるはずです」

ノルウェーを鏡にすると、日本にはたくさんの不合理や非効率性がある。それは否定されるものではなくて、言葉にできないが、アニミズムにもとづく世界観の中で起きていること。その世界観をもとに、私たちが取り組んでいくなら、それは世界にとって魅力的なアプローチに映るはず。

前職の社長が「効率は愛」と言ってた。それは経済合理性のもと考え方として正しい。でも、世界のローカルとやり合うなかで、「非効率が価値」になりうるかもしれない。

Austevoll Vidaregåande Skule