2019年に入ってすぐ発刊された『FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』が話題になっている。

ファクトフルネスとは、データや事実にもとづき、世界を読み解く習慣のことを指す。著者はTEDスピーカーとしても知られるハンス・ロスリングだ。

同氏は著書の中で、「人々はドラマチックに世界を捉えてしまいがちだが、データを見ると社会は良くなっている」ということを一貫して伝えている。

「世界は良くなっている」と主張するのはロスリングだけではない。

ハーバード大学の認知心理学者スティーブン・ピンカーも、最新刊『Enlightenment Now』(未邦訳)で、地球上の暮らしがどれほど向上しているかについて書いている。

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たしかに、データをみると世界は良くなっている、はずだ。だが、それを体感している人は多くないのではないだろうか。

オランダの歴史家でありジャーナリストのルトガー・ブレグマンは、異なった視点を提示する。

同氏の著書『隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働(英題:Utopia for Realists)』の冒頭で、現代はかつてないほど豊かな時代だが、かつてないほどに不幸で行き詰まってしまった現代人の姿について触れている。

社会は豊かになっているが、それが現代に生きる人々の実感にはつながっていないという。人が活き活きと生きるためには、課題解決とはまた違ったアプローチが必要なのだろう。それは、近年「ウェルビーイング」という概念が注目を集めていることからも伺える。

こうした状況を踏まえて、僕たちは2019年何をするか。それは身近にあふれている「小さな革命」を伝えていくことだ。『ファクトフルネス』では、ニュースにならない小さな進歩を積み重ねることの大切さを伝えていた。大きな、ドラマチックな動きに囚われるのではなく、すでに存在している変化を可視化する。

これはブレグマンが創立に関わったオランダの新興ウェブメディア「デ・コレスポンデント」の哲学でもある。メディアは、「センセーショナル=扇情的な報道」から「ファウンデーショナル=社会の根幹を見つめる報道」へと転換していかなければならない。識者たちが語っている「良くなっている世界」を伝える必要がある。

今の時代、メディアを運営していく上で必要なのは、未来に対するスタンスに自覚的であることだ。ブレグマンが言うように、かつて人々が思い描いていた向かうべきユートピアはもう見えないが、それに悲観することはない。だからといって、楽観もするべきじゃない。

90年代に生まれた、「カリフォルニアン・イデオロギー」は徹底的な楽観主義が特徴だった。コンピュータやインターネットの発展が世界を変えていくと信じられていた。だが、進化したテクノロジーに対して、フェイクニュースやフィルターバブル、ナッジの悪用など、批判や批評も増えつつある。ただ、楽観的に向き合うわけにはいかなくなった。

だからといって、テクノロジーを無思考に批判し、プリミティブな世界を目指そうというつもりは毛頭ない。進化するテクノロジーと付き合っていけるように、人が成長しなければいけない。『WIRED』誌の創刊編集長であり、テクノロジー界の思想を牽引するケヴィン・ケリーは自身のことをユートピア主義者ではなく、「プロトピアン」と定義している。これは、進歩を信じる人という意味を指すそうだ。

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僕は、北海道浦河町にある精神障害をかかえた方たちのコミュニティ、べてるの家が掲げる「今日も、明日も、明後日も、順調に問題だらけ」という哲学が好きだ。新たな課題は生まれ続けるものだし、それを解決すれば進歩できるんだというスタンスでいることは、ウェルビーイングの向上につながる。

そして、その小さな進歩を伝えるという活動をUNLEASHではやっていきたい。