「この世界には、どれくらいの人が生きているのだろう」。

深夜の満員電車に揺られ、久美子はそんなことを思った。湿った暑さのせいか、いつもよりも呼吸が苦しい。車窓から見える景色をぼーっと眺めながら、口から小さな溜め息が漏れた。東京には人が溢れすぎている。

窮屈な気を紛らわそうとスマホを取り出した。SNSを一通り確認したあとに、お気に入りの個人誌サイト「ZINE」を開く。数あるポートフォリオをスクロールするうち、一つの作品に目を奪われた。

淡い色をした夕日、人気のないバス停、不恰好なかかしが立つ畑。不思議な感覚が、からだ中を駆け巡る。画面越しに映された景色は、そのどれもが柔らかく、優しい。

私の求めているものはきっとここにある。根拠のない確信が、彼女を突き動かす。いてもたってもいられず、すぐさま『三浦半島』と検索バーに打ち込んだ。

数多のページを跨ぎ、やがて一つのサイトにたどり着く。『三浦Cocoon』と題されたイベントページに、彼女は釘付けになってしまった。

「三浦半島のあらたしいすごしかた」を提案するイベントとして、京浜急行電鉄株式会社が7月21日(土)、22日(日)の2日間に渡って開催する『三浦Cocoon』。

同イベントは、2017年度に三浦半島活性化に向けた魅力的なコンセプト作りを目的に、東京大学と京急グループの共同研究により作成された「三浦半島コンセプトブック」に沿って行われるという。

『三浦Cocoon』という名前は、優しい空気感を持つ三浦半島が、すべてを包み込む「繭(cocoon)」の性質と似ていることから由来しているんだとか。

コンセプトはずばり、「“あるがまま”を楽しむ」。手つかずの自然や食事、島での様々な体験を通じて、手軽にリフレッシュできる場所としての三浦半島の魅力を体感できるイベントになっている。

 

面白いのはイベントに決まったコースは存在せず、三浦半島でのスケジュールは参加者次第ということ。

京急湯壺マリンパークで受付を済ませたあとは、レンタサイクルに乗り、地元のお店や自然を心ゆくまで満喫できるのだ。

例えば「みやかわベーグル」で、三浦半島ならではの食材を使ったベーグルをテイクアウトして、海の見えるベンチで波の音を聞きながら、ちょっと早いランチを食べるなんてどうだろう?

はたまた、三浦市唯一の出版社「アタシ社」が営む築90年の蔵書室で、古っぽい本特有の匂いを嗅ぎながら、文芸の世界に酔いしれるのも良い。たまたま手に取った一冊が、自分にとっては運命の一冊になるかもしれない。

夕方には、城ヶ島公園に集まって「かもめ児童合唱団」の歌に耳を傾けてみる。幼くも力強いその歌声は、いとも簡単に人の心を解きほぐすに違いない。

そして寝る前には大型の天体望遠鏡で星空を眺める。東京では見たことのない景色が、そこには待っていることだろう。日本にもこんな優しい場所があったのかと、涙してしまうかもしれない。

ほかにも、イベントでは様々なアクティビティが用意されている。農園で茄子をもぎとる体験や釣り体験、シーカヤック体験などもできるそうだ。いずれも都会では滅多に経験できないことばかり。自ずと好奇心が湧いてくるはずだ。

イベントのチケットは、「日帰り券(6,500円)」「テント貸し出し券(15,500円)」「ホテル宿泊券(17,500円)」の3種類が用意されている。参加申し込みは、公式サイトから7月17日(火)まで受け付けている。

『三浦Cocoon』が起こった背景には、三浦半島の“人口減少”という問題があった。暮らす人が減れば、地域の公共交通を担う京急電鉄も使われなくなる。どうにかして三浦半島の魅力を外へ伝え、中に人を呼び込むことはできないか。そんな危機感が彼らを突き動かしたという。

ただ、京急電鉄はこのイベントで三浦半島という地域の魅力を変に取り繕おうとはしていない。人が必要以上に手を加えていない、“ありのまま”の三浦で勝負をしようとしている。

きっと『三浦Cocoon』で見えてくるものは、三浦半島という地域の魅力だけではないはずだ。私の求めているものは、やっぱりここにある。

久美子は心惹かれるがまま、電車を降りると同時に「申し込み」のボタンを押した。湿った暑さが肌をなでる。呼吸はもう、苦しくなかった。

 

※文章中に出てくる橘久美子は、「三浦半島コンセプトブック」に登場するユーザーモデルの一人。

Photo by Karen Lau